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第109話(アクシデント)


長征の途についたレアの一行。

すると、初めての宇宙空間での長期滞在となったイヴェラ・リヒ・アルテミスの身にアクシデントが。


最初のハプニングを無事乗り越えることが出来るのか?

団結力を試されるのであった......


 一方、カイルス星系を出発したレア一行。

 

 イヴェラは初の実戦参加に気合いが入り過ぎていた。

 低重力下での対峙訓練。

 建艦から200年以上経つ老朽艦アプロディテ号内での訓練なので、ビームサーベルだけしか使用を許されていないが、やる気満々で、キランと対戦する。


 しかし......

 低重力下では、キランの相手に全くならなかったのであった。

 イヴェラは両手を中性子ビームサーベルに変化させられるが、キランは右手しか変化させられない。

 ところが、イヴェラの両手連撃を、片手で楽々と弾き返すキラン。

 低重力下なので、通常重力下に比べると、連撃の速度は大きく減速していた。

 ただ、条件はキランも同じ。

 でも、キランのビームサーベルを扱う速度は、通常重力下と殆ど変わらない様に感じられるのであった。


 「なんで、ビームサーベルをいつもと同じ様に扱えるの?」

 対峙訓練を終えて、質問するイヴェラ。

 「俺は、生まれた時から宇宙空間で暮らしていたからね。 低重力や無重力に慣れているんだ」

 少し昔を懐かしむ様な表情を見せるキラン。

 2人の訓練を見学していたジークト、ローグラ、ルガルト、レクアーの4人のキランの親戚達。

 「嬢ちゃんカワイイのに、やるね~。 やっぱりアトラス人の最新ナノ兵器は凄えわー」

 ジークトが対戦訓練を見学した感想を述べる。

 「私、完敗ですよ? 全然凄くないでしょ」

 その評価に、少し反論してみるイヴェラ。

 すると、レクアーが、

 「イヴェラちゃん。 キランはめちゃくちゃ強いのよ、宇宙空間ではね。 私達も訓練を受けているけど、キランに一太刀も当てられないわ」

と説明する。

 「自信持ちなよ、かわい子ちゃん。 そうじゃないと、キランに4人がかりでも一撃すら当てられない、俺達4人の立場が無いよ」 

 ローグラとルガルトは、苦笑いしながら2人の訓練結果の評価を語ったのであった。


 4人と同様に訓練の様子を見ていた、アトラス人のオプス大佐がイヴェラの肩を軽く叩く。

 「お疲れさま。 あの子相手に、打合いに持ち込んだだけでも十分よ。 それに貴方は宇宙空間で戦うのは初めてでしょ?」 

 「はい、でも......」

 「その様子だとレアは、キーラン君のことをロクに説明していないようね。 彼は惑星アプロディーテーに住む全種族の中から、特別に選ばれた子なの。 レアが保護者だからという理由で選ばれた訳ではないのよ」

 大佐はその様に説明する。

 「そうなのですか? 初めて知りました」

 普段の態度からは、その様な素振りを一切見せなかったキラン。

 

 「大佐。 あまり過大評価しないでください。 僕はそこまで強く有りませんよ。 イヴェが宇宙空間に慣れたら、結果も変わりますから」

 一連の会話を聞いていたキランは、みんなから褒められ過ぎて、少し恥ずかしそうに話すのであった。



 それから半日ぐらい経ち、イヴェラはなんとなく体調の悪化を感じ始めていた。

 『あれっ、ちょっと熱があるかな?』

 体にナノ兵器を埋め込んでから、病気になったことが無かったイヴェラ。

 体調不良は、初めてであった。

 ひとまず、シィーアの元を訪れて、診察して貰う。


 「イヴェ。 即、入院して貰うよ」

 予想外に真剣な表情で言われたことで、驚くイヴェラ。

 「入院? ちょっと微熱があるだけだよ」

 大袈裟な診断結果に反論するも、シィーアはレアに連絡を取り始める。

 すっ飛んで来たレア。

 「ちょっと、私にも診させて」

 そう言うと、イヴェラの額や心臓に手をあてるレア。

 そして、

 「入院で決まり。 絶対安静だからね。 説明はシィーアと、アトラス人のオプス大佐からして貰おうかな」


 

 直ぐに病室行きとなり、入院用カプセルに横たわることとなるイヴェラ。

 やがてオプス大佐がやって来て、シィーアと一緒に病名についての説明を始めた。

 「イヴェ。 この病気はアトラス人特有のもので、宇宙空間に不適応の遺伝子を持っている者が掛かり易いの。 アトラス宇宙病って言われているわ」

 シィーアが相当深刻な表情で説明する。

 「イヴェラさん。 アトラス人が衰退した一番の理由って、この病気のせいよ。 テラ人にはこの遺伝子が無いけど、古代テラ人であるアトラス人には存在するの。 宇宙時代に不適合な遺伝子がね」

 オプス大佐はその様に説明した。


 自身が宇宙病に罹るなんてと、ショックを隠しきれないイヴェラ。

 「それで、具体的にはどの様な症状が出ますか?」

 「高熱と呼吸困難。 意識混濁に全身の激しい痛み」

 「乗り切れなかったら死ぬわ。 薬も無いので、回復出来るかどうかは、イヴェの奥底に眠る力次第......」

 そこまで話すと、シィーアの瞳から一筋の光るものが流れ始めた。

 「そんな......戦いで死ぬのなら納得出来るけど、病気でなんて......」

 絶句するイヴェラ。


 しかし、暫くすると気を取り直して、

 「私、頑張るから、回復を祈ってくれるかな? 絶対に乗り切ってみせる」

 笑顔で力強い言葉を発してみせる。

 長征に出発したばかりなのに......

 でも、周囲の者に迷惑を掛けたくない、逆に元気づけたいという気持ちから、虚勢を張っている様にも見えた。

 「絶対安静だからね。 大人しくカプセルで寝ているのよ」

 シィーアはそう言い残すと、大佐と一緒に病室を出て行ったのであった。



 誰も居なくなった病室で、考え事をする。

 『大袈裟な気もするけどな』

 発熱以外、これと言った症状が無い状況に、まるで実感が無かったイヴェラ。

 ところが翌日。

 時間を経つにつれて、シィーアに言われた症状が現れ始める。

 高熱に加え、全身の痛みが出始めたので、症状を訴えると集中治療室に移されたイヴェラ。

 話を聞きつけ、治療室の外から心配そうに見つめるキーラン。

 それ以外にも、アプロディテ号に搭乗している全員が、遠くより様子を見守る。

 「出発早々、試練だな」

 「まさか、こんなことになろうとは」


 イヴェラの戦士としての能力は非常に高い。

 セレーネの手先と戦う前に、万が一にも失うことになってしまっては、純粋に戦力面だけをみても、非常に痛い。

 シィーアは集中治療室に入り、治療で掛かりっきりに。



 やがてキランは、1つの考えを持って、レアのもとへ相談に行くのだった。

 「レア。 今、忙しい?」

 「忙しいけど、話ぐらいなら全然大丈夫よ」

 「イヴェラの容態だけど......」

 「かなり悪いね。 これはアトラス人固有の問題なんだよね」

 「治療方法って無いの?」

 「遺伝子から来る病気なのよ。 長い間、研究されてきたけど、治療薬は完成していない」

 「致死率は?」

 「罹患者の約30%。 相当高いよ」

 「ということだと、70%は完治しているんだね」

 「そうなんだけど、その数字は全体を捉えてのもの」

 「えっ?」

 「遺伝子型別に、致死率が違うのよ」

 レアはそう言うと、一覧表をスクリーンに出す。

 「イヴェラの持つ遺伝子型は、これなの」

 レアが示した型を確認すると......

 致死率が50%近かったのだ。


 「レア。 これは......」

 「だから厳しいと言ったの。 こんな運命だとはね」

 レアはそう言うと、天を仰ぐ。

 その様子を見て、キランはあることに気付いた。

 「レアは前から知っていたのでしょ? イヴェがこの病気に罹患する可能性が有るって。 だから、今まで実戦に連れて行かなかったんだね」

 鋭い質問に頷くレア。

 「絶対発症する訳では無いけど、発症したら高確率で人生終わっちゃうから......」

 「レテュムで治療出来る可能性は?」

 「それは無理。 レテュムの力は細胞自身が持つ治癒力を上げたり、壊れた細胞の代用になるだけ。 遺伝子由来の病気を治癒する能力は無いの」

 その答えは予想していたキラン。

 「そこで提案なんだけど、僕のナノ細胞だったら、どう? 耐宇宙線能力が非常に高くなるからね。 そもそもアトラス人固有の宇宙病って、宇宙線が原因でしょ?」

 「キラン。 それはちょっと、まだ......実験すらされていない方法だから......」



 レアが創出するナノ兵器は、エルフィン人の最先端技術を応用したものだ。

 アトラス人のナノ兵器は超精密なナノマシンであるが、レアのナノ兵器はナノ細胞とナノマシンが融合したもの。

 そして、レテュムとキランのナノ細胞の根幹は似ている。

 だから、可能性を確認してみたキランであった。



 「その答え方だと、可能性は有るんだよね」

 レアは誤魔化し切れないとみて、

 「キランのナノ細胞に、イヴェラの病気を治癒する可能性は有るかもね。 ただ、あくまで可能性だけだよ」

 そう言うと、レアは諦めた表情を見せ、

 「シィーアに言っておくわ。 キランのナノ細胞をイヴェラの体に注入してみましょう。 ナノ細胞が宿主を殺すことは絶対に無いからね」

と答えると、直ぐにシィーアに連絡をとるのであった。

 


 その後、キランはシィーアに呼ばれて、集中治療室に入る。

 採血をして、血液型を確認。

 イヴェラの血液が凝固してしまうのであれば、血液を完璧に濾過し、ナノ細胞だけを抽出してから注入するしかない。

 幸いにも凝固しなかったので、簡易濾過装置を透過させたナノ細胞をイヴェラの血管に注入する。

 既に、高熱と激しい体の痛みに苦しんでいたイヴェラ。

 痛みを和らげる為、全身麻酔下に置かれていたので、カプセル内で静かに寝ている。

 そして、ナノ細胞を注入後も、特に拒否反応は見られない。

 その結果を確認してからキランはシィーアに、

 「ここに居てもイイかな?」

と確認する。

 「う~ん......良いわよ。 私も24時間体制で監護しているから、交代でイヴェラの容態を看続けましょう」

 シィーアはキランの気持ちも考えて、集中治療室での滞在を許可したのであった。



 その後キランは、手術用カプセルから出ているイヴェラの右手を両手で握り続ける。

 『絶対に助かって欲しい。 一度も戦うことすらなく、ただナノ兵器となっただけで、宇宙に出た途端死んでしまうなんて、あんまりにも酷い運命だ』

 そんなことを考えながら、シィーアと交代で容態を見守る。

 シィーアも、効果はないとわかっていながらも、バイオ兵器『レテュム』をイヴェラの体内に少量注入する。

 既に注入したキランのナノ兵器の細胞と何らかの反応を起こしてくれることを期待しての決断であった。



 ただ見守るしかないキランとシィーア。

 ダーダネとヅーヅルも、チームレア5人の仲間として、集中治療室の外で、ずっとイヴェラの回復を祈り続ける。

 今回、出征に参加した全員が同じ気持ちであった......




 イヴェラの容態が悪化してから1週間。

 一旦、麻酔を打ち切ってみて、イヴェラの状態を確認してみるシィーア。

 麻酔が切れて、両目を開けるイヴェラ。

 右手に人の温もりを感じて、起き上がって確認すると、キランが手を握ったまま落ちていた。

 『私を心配して、側で見守っていてくれたのね』

 最初は感謝の気持ちが沸き起こったが、キランがテラ人であることを意識してしまうと、蕁麻疹が出始める。

 それに、手術用カプセル内でイヴェラは全裸状態であった。


 一瞬で右手を中性子ビームサーベルに変化させて、キランの握っていた手を強引に振り解く。

 ビームサーベルに触れて、両手に痛みが走ったキラン。

 それで目を覚ますと、そこには憤怒の表情をしたイヴェラの顔が有ったのだ。

 「イヴェ、気付いたんだ。 良かった〜」

 寝惚け眼でそう言ってから、抱き着こうとしたが、中性子ビームサーベルを突き付けられて、完全に目が覚める。

 予想外の反応に戸惑うキラン。

 「ハハハ。 どうしたのかな......」

 「私のこと心配してくれていたことには感謝している。 でも、私の手を素手で握るとは......テラ人アレルギーの私を殺す気? もう蕁麻疹が出て、痒いのだけど」

 怒りと感謝が入り混じった、なんとも言えない表情をしているイヴェラ。

 「ごめん。 蕁麻疹が出ること、失念していました」

 素直に謝罪するキランの様子を見て、それ以上怒ることはなく、

 「私、全裸だから。 それ以上カプセルに近付かないでね」

と言っただけであった。


 シィーアも直ぐ側にやって来て、

 「具合はどう? 全身の痛みとか」

と質問し、問診を開始する。

 「そう言えば、痛みは無くなっているよ。 熱も無いみたい」

 その答えを聞いて、シィーアはイヴェラの体をカプセルの装置を使ってチェックする。

 問題無しとの結果を得ると、

 「おかえり、イヴェ」

 そう言うと、瞳から涙が溢れ出しながら、イヴェラに抱き着く。

 「私、死ぬ可能性無くなったのかな?」

 「うん。 多分」

 泣きながら医師として答えたシィーア。

 集中治療室の外から、その様子を見ていたダーダネが、急いでレアを呼びに行く。



 やがて、レアが集中治療室に来て、イヴェラの体の最終チェックをして、病気を乗り切ったことが確定したのであった。

 シィーアとキランは大泣き。

 ダーダネとヅーヅルも涙を見せていた。

 そうした様子にイヴェラは戸惑っていたが、

 「取り敢えず服を着たいから、全員、一旦出てくれないかな~」

とお願いをする。


 みんなが集中治療室を出てから、カプセルを開けたイヴェラは着替えを始める。

 そして、歩いて部屋の外に出て来たのであった。

 そこには、今回の長征に参加している全員が、イヴェラの回復を聞いて、集まっていたのだ。

 「イヴェラ、おかえり」

 ヅーヅルが抱き着きながら、嬉し涙を流している。

 ダーダネは生還の握手を求める。

 その手を握るイヴェラ。

 「ただいま〜。 みんな、ありがとう」

 イヴェラのその言葉に、歓喜の声が上がるアプロディテ号の艦内。


 

 少し遠くから、その様子を見ていたレア。

 その側には、エルフィン人のアーガイル・FJ・ローシュ少将が立っていた。

 「彼女の病気を糧に、少し団結が強くなった様ですね」

 「そうね。 災い転じて福と為すかな」

 「あとは、戦女神となれるかどうかですか?」

 「......」

 レアはその問いに答えることはしなかった。

 少女を戦う兵器にした責任を重く感じていたからだ。

 少し話題を変えようと、感謝の言葉を発してみる。


 「ところで少将。 今回の参戦ありがとうございます」

 「いえいえ。 我が種族の裏切り者、背教者であるJJ・ジェーィクを抹殺せねばなりませんから。 それが最長老の指示でもあります」

 「彼は、セレーネの最側近の一人ですよね? 色々と大丈夫でしょうか?」

 珍しく、レアが質問をする。

 いつもは質問に答える立場なので、非常に稀有なことだ。

 「レア誕生の秘密のことですよね。 AA・アーガンが半分以上の秘密を握っていましたが、彼は一切漏らすことなく、死を選びました。 ですから、JJが貴方の弱点を見つけたり、新たな生体頭脳を創生することは、先ずあり得ないでしょう。 JJは優秀な科学者ですが、新しい生体頭脳生命体を創生出来る程の天才ではありませんよ」

 その様にレアの懸念に答えると、

 「私はローシュ一族の者とはいえ、秘密を知る立場にはありません。 万が一、セレーネの手先に不覚をとっても、作戦上、私を救うことが出来ない場合は、セレーネ打倒を優先してください」

 笑顔を見せながら、その様に指示をする。



 ローシュ少将は、エルフィン人で最も戦闘能力の高い人物の一人である。

 シィーアとはだいぶ異なるものの、バイオ兵器を埋め込まれており、近接戦闘ではバイオ兵器を、遠距離攻撃では独自のハイテク兵器である光子アローを使いこなす。

 レアと一緒に9年前の戦いにも参戦しており、少将自身は活躍したものの、遠隔地に住むレア達の参戦自体が遅れた為、劣勢となった戦況を覆すまでには至らなかったのだ。



 「9年前、レアさんがセレーネのシステム書き換え中に妨害をしてきた七星剣が、当面の相手となるでしょうね」

 「おそらく」

 「その対策の為に、キラン君を選抜して、ずっと鍛えてきたのでしょ? それとあのアトラス人の少女も」

 「その通りです」

 「9年前、七星剣と対決して帰還した者は、レアさんしかいません。 2人の実力で七星剣に勝てますか?」

 少将は、2人の訓練の様子を熱心に見学しており、そこから七星剣の実力を図りたいようであった。

 「七星剣が、9年前と同程度の実力のままであれば、キランとイヴェは勝てると思います」

 「なるほど。 セレーネが再強化を図っていれば、対戦してみなければわからないということですね」

 「はい」

 レアとしては、現状出来る範囲で最大限のモノをキランに託したつもりだ。

 そして、アトラス人とドヴェルグ人も、イヴェラの為に、持てる技術の限りを尽くしたナノ兵器を提供してくれている。

 『あとは、2人が持っている運と実力次第であろう』

 レアはローシュ少将の質問に、暗にそう答えたのであった。




 イヴェラは、徐々に回復の度合いを早めていった。

 アトラスの神は、彼女を見放さなかったようだ。

 シィーアは、キランのナノ細胞とレテュムを注入した効果があったのかを研究し始めていた。

 会敵までには、まだだいぶ時間が有りそうで、研究する猶予があったからだ。

 その結果、一定の効果が有ったという結論を導き出していた。

 劇的な効果が有った訳では無いが、宇宙線の悪影響への耐久力が全体的に向上していることが、数値的にハッキリ出ていたのだ。

 その結果を、キランとイヴェラに対して、別々に話すことにする。



 経過観察のために、シィーアのもとを訪れたイヴェラ。

 検査結果は異常無しであった。

 「良かった〜」

 ホッとした表情を見せるイヴェラ。

 その様子を見て、研究結果を告げることにする。

 「一つ言っておくことがあるのだけど」

 「な〜に?」

 「イヴェの病状が最悪で、麻酔で眠らせている間に、キランのナノ細胞と私のレテュムを体内に注入したからね」

 それを聞いた瞬間、固まったイヴェラ。

 やがて、全身に蕁麻疹が出始める。

 「痒いよ~、シィーア〜」

 涙目になりながら、掻き毟り始める。

 「あ~あ。 やっぱりこうなっちゃったか〜」

 シィーアは予想通りの結果に、溜息をつく。

 「わかっていたのなら、余計なこと言わないでよ~」

 「そろそろ、精神的な再建も図らなきゃならないと思うのよね」

 イヴェラの蕁麻疹は、子供の頃の衝撃的な体験が原因の精神的な拒否反応であり、今後戦いに臨む上で、一つの障害になるのは確実であった。

 「私も、それはわかっているよ。 戦いの最中で蕁麻疹出たら、集中力が落ちちゃうから......でも......」

 「今回イヴェが助かったのは、キランのナノ細胞のお蔭。 宇宙線に対する耐久能力が大きく上がったことで、アトラス宇宙病を克服出来たのよ」

 シィーアは少し大袈裟に研究結果を告げて、蕁麻疹が出る件の改善を図ろうとしていたのだ。


 イヴェラは手足を掻きながら、

 「それって、本当?」

と確認をする。

 「宇宙病の原因は、宇宙線を長く浴びたことに対する体の警告反応だからね」

 理路整然と説明するシィーア。

 しかし、まだ少し疑念を抱いた表情を見せているので、

 「何なら、レアに聞いてみたら?」

と言ってみた。

 そこまで言われると、イヴェラにはキーランに対する感謝の気持ちが芽生えてくる。

 「そうなんだ。 キランにお礼言わないとかな?」

 そう答えた後、徐々に蕁麻疹が落ち着いてきたようだ。

 シィーアはその様子に、

 『ショック療法だったけど、上手くいったようね』

と内心、笑みを浮かべていたのだった。



 イヴェラが戻った後、医務室にキランを呼び出す。

 「シィーア、どうしたの?」

 突然呼び出されて、少しドキドキしているキラン。

 「私と正式に付き合ってください」

 キランの緊張に気付いたシィーアは、改めて、ワザとらしく告白。

 「えっ......あの〜」

 ドギマギするキラン。

 その様子を見て、少し笑い出す。

 「その反応だと、私が誕生日に告白した時と、気持ちは変わっていないようね」

 「ゴメン。 どうしたら良いのか、自分でもわからなくて......」

 「キランのご先祖様と同じ選択で有っても、私は構わないよ。 寿命とかの差が有り過ぎるし」

 キーランも、その言葉が4人の妻を娶ったレイザール・アークの件を示していることを直ぐに理解出来た。


 「いや、僕はそういう選択をする気は無いよ。 そんなに器用じゃないから......」

 「キラン、知ってる? エルフィン人って子供を産める適齢期が凄く短いんだよ」

 「なんとなく、知ってる」

 「私の場合、もう終わりが近いの。 でも、今まで好きになった人ってキランしか居ないから......」


 『レテュム』の関係で、『エルフの死神』と渾名される程、同族から恐れられているシィーア。

 クロノス星系に居た子供の頃にも、エルフィン人の友達は一人も出来なかったのだ。

 レアに保護されて初めて出来た友達が、一緒に暮らすことになったキーラン・アーゼル。

 その後も、恋愛対象になる様な身近な異性はキランしかおらず、元々選択肢が乏しい。

 そういう境遇をよく知っているからこそ、逆にキランは躊躇してしまうのであった。


 やがてシィーアは、顔をキランに近付けて来る。

 キランは近付いてきたシィーアの顔を見つめ続ける。

 『顔が小さい......やっぱり、綺麗だな~』

 大概のエルフィン人は、テラ人やアトラス人から見ると、美しい容姿を持っている。

 背が高く、体型はスマートで、目が大きく、鼻筋は真っ直ぐで高い。

 そうしたエルフィン人の中でも、シィーアはより輝きを放っているとキランは思う。

 吸い込まれるように、キランはシィーアにキスをしてしまった。

 そして、キランの衝動は止まらなくなって......


 暫く2人は抱き合い続けたが、キランはどうにか欲望を抑え込む。

 「ごめん。 答えを出せていないのに......」

 「イイのよ。 私達は無事に帰れるかどうかわからないのだもの。 イヴェラを選ぶか、私を選ぶか、それとも2人同時にとかの結論は、アプロディーテーに帰還してからで充分。 今は、万が一戦いで死んでも悔いがないように、欲望を隠さず行動していこうよ」

 戦場に向かう高揚感が原因なのか、それはわからないが、シィーアは非常に積極的な答えをすると、入口の鍵を掛けてから、背の高い体を器用に折り畳んでしゃがみ込む。

 そして、キランの欲望を吐き出させてあげるのだった。



 

 「私がキランを襲った様なものだからね。 少しはスッキリした? 久しぶりだもの」

 まだ高校生になったばかりの頃、色々な関係を持っていたキランとシィーア。

 正式に交際した訳では無いので、2人の間ではノーカウントということにしている。

 「15歳の頃のこと? あれはお互い興味本位ということでしょ?」

 「私はそうでも無かったのよ。 多分、あの頃から......」

 シィーアはそう答えながら、素敵な笑顔を見せる。

 「続きがしたかったら、私の部屋を訪れて欲しい。 戦闘が始まって、心境が変化してからでも構わないよ」

 昔からだが、超積極的なシィーアに、タジタジのキラン。

 「戦いに臨む時って、こういうことも必要なのよ。 遠慮して何もせずに死んでしまったら、生き残った方は絶対、一生後悔することになるから......」

 その言葉を聞くと、キランも同意して頷く。

 『同級生なのに、シィーアは大人だな......』

 そんなことを考えていると、呼び出された理由を教えて貰っていなかったことに気付く。


 「そういえば、本来の用件は?」

 「あっ、そうだったね。 キランのナノ細胞の注入は、一定の効果が有ったみたいよ。 イヴェラにはちょっと大袈裟に伝えておいたけど」

 「ありがとう、シィーア。 なんだかアシストして貰っているみたいだよね。 僕とイヴェラの関係が改善するように」

 「本当にそうよね。 私ってバカみたい?」

 そういう言い方で、キランに質問してみる。

 「真っ直ぐで正直なシィーアらしい行動だと思うよ」


 笑顔で答えるキランの表情に、やはり心を奪われてしまう。

 ただ、キランの心の天秤がイヴェラの方に大きく傾いていることは、よくわかっていた。

 そんなことを考えていると、大事な用件をもう一つ思い出したのだった。

 「それと、今から教えておくけど、エルフィン人の女性って出産適齢期を過ぎると、途端に素っ気なくなるからね。 私も今は積極的だけど、そういう姿勢が多分、失われてしまうのだと思う。 その時が来ちゃったら、赦してね」

 あと数ヶ月で適齢期が終わってしまう。

 その後の自身の心の変化を恐れているシィーアであった。

 

 

 

 イヴェラは全快すると、鈍った体に活を入れる為に、より訓練に積極的な姿勢を見せ始めた。

 相手をするのは......キランしか居ない。

 暇さえあれば、四六時中対戦を申し込まれて、辟易していた。


 「頼もう〜」

 みんなが寛いで居る場所で、キランは座学に取り組んでいると、いつもの明るい声が背中の方から聞こえる。

 恐る恐る振り返ると、笑顔のイヴェラが立っていた。

 「さっき、対戦訓練したばかりだよね?」

 三十分前にも戦ったばかりで、流石にうざくなっている。

 「新しい対策を考えたから試したいの......ダメ......かな......」

 イヴェラは、キランの弱い部分を把握している。

 少し甘えた声を出せば、言う事を聞いてくれるということを。


 渋い表情で、立ち上がるキラン。

 その姿を笑いながら、シィーアが見ている。

 「今日はこれで最後だよ」

 「うん、わかっているよ。 『今日は』これで最後ね」

 イヴェラの『今日は』に力が入った返事を聞いて、シィーアが時計を見ると、午後11時過ぎ。

 『宇宙空間に居ると、日付けと時間の感覚が無くなるから。 日付けが変わったら、また訓練ねだる気だな』

 いつもイヴェラが一枚上手と思いながら、シィーアも久しぶりに2人の対戦訓練を見学することにする。



 訓練場所には、キランとイヴェラの他に、見学者として、シィーアとジークト、ローグラ、ルガルト、レクアーの4人の少佐が来ていた。

 「キランの御親戚の4人の方々は、いつも訓練見ていますよね?」

 シィーアの質問に、

 「俺達は戦闘の際に、キランと嬢ちゃんの援護をするのが役割だからね。 2人の動きを叩き込んでおく必要が有るんだよ」

 4人を代表してルガルト・シュンゲン・アーゼル少佐が答える。

 「雑魚は俺達が倒すので、キランとあの美少女には、七星士の相手をして貰わないと」

 ニヤリとしながら、ローグラ・アーゼル少佐も続いて説明する。

 「そう言えば、シィーアさんにも異名が有ったよね? え~っと......」

 ジークト・アーク・アーゼル少佐が思い出そうとしていると、

 「エルフの死神ですよ。 カッコいいでしょ?」

 シィーアが少し格好を付けて説明する。


 「シィーアさんは、2人と訓練しないの? 今まで訓練している姿を見たこと無いけど」

 レクアー・シュンゲン・アーゼル少佐が理由を確認。

 「私ですか? 私とマトモに訓練をしたら、あの2人でも30秒で死にますよ」

 悪びれず、シィーアは笑顔で答える。

 「本当に?」

 ジークトが半信半疑で質問すると、

 「本当よ。 貴方達なら秒殺ね」

 訓練場所に現れたレアがシィーアの代わりに答える。

 「だから、彼女の戦う姿が見られるのは、実戦のみ。 シィーアが本気で戦っている時は、近付かない方が賢明よ」

 レアが4人に説明している間に、準備完了。

 「私の話よりも、2人が始めましたよ」


 徐々に低重力下に慣れてきたようで、イヴェラの両手ビームサーベルの連撃速度が上がってきていた。

 しかしキランは、眠そうな表情を見せている。

 そして、珍しく最初から本気で相手をし始めた。

 早く終わりにして、睡眠を貪りたいのだ。

 片手ビームサーベルで連撃を防ぐと、一瞬で左腕を光子ビームライフルに変化させ、一発だけ光子弾を発射。

 イヴェラの防護衣の心臓前に付けてあるシグナルマーカーを正確に撃ち抜き、勝負有り。

 アプロディテ号の訓練スペースは広く無いので、シグナルマーカー部分をビームサーベルで切り裂くか、射撃で撃ち抜けば勝ちというルールで対戦をしていたからだ。

 

 「え~っ、もう終わり〜」

 不意討ちに近い状況で負けたことに、納得がいかないイヴェラ。

 「僕、もう眠いから。 シグナル撃ち抜いたら、終了でしょ?」

 欠伸をしながら、散々訓練に付き合わされて、疲れ切った様子のキラン。

 「だって、ビームサーベルだけでの対戦だったじゃない? 今日は」

 食って掛かるイヴェラ。

 すると、シィーアが、

 「イヴェ、珠には私が対戦しようか? 不完全燃焼みたいだから」

と声を掛ける。 


 その声に、一気に顔が引き締まって嬉しそうな表情に変化。

 「本当に良いの? シィーア」

 「いいわよ。 女に二言は無いからね」

 その言葉に燃え上がるイヴェラ。

 「一度、本気で対戦してみたかったんだ、シィーアと」

 2人の言葉に眠気が吹っ飛んだキラン。

 シィーアのもとに慌ててやって来て、

 「止めておいたら。 まさかレテュム使う気?」

 真剣な表情のシィーアに、嫌な予感を抱いてしまう。

 「まさか。 攻撃で使ったら、かわいそうでしょ?」

 「ということは、防御には使うの?」

 「当たり前よ。 盾としてね」

 キランはレアの方を見て、止めてくれないかなと目でサインを送るも、

 「シィーア、武器はどうする?」

と逆に煽る発言をしたことから、頭を抱えてしまった。

 気付くと、ドヴェルグ人の技術者以外の全員が集まっている。

 レアの言葉を聞いたローシュ少将がシィーアのもとに近寄って来て、

 「これ、使うかい? エルフィン人ならば、初めてでも使いこなせると思うよ」

 そう言いながら、専用武器の光子アローを手渡す。

 簡単に説明を受けて、軽く振り回してみる。

 「中性子ビームサーベルで壊されませんか?」

 「大丈夫だよ。 光子ビームサーベルの代わりになるから」


 

 2人共に、やる気満々。

 「美少女同士の対戦。 訓練とは言え、見ものだな」

 全員がその様な感想を持ち、期待をしながら状況を見守る。

 ただ、キラン一人を除いて。

 「どうしよう」

 ハラハラドキドキして、全く落ち着きがないのだった。


 シィーアは防護衣を着ると、

 「イヴェラ。 攻撃にはレテュム使わないけど、防御には使うからね」

 そう言うと、レテュムの盾を見せる。

 「その盾に直接触れたら、死んじゃうってことね。 わかった」

 「じゃあ、行くよ」

 シィーアの合図で始まった訓練での戦い。

 イヴェラは両手をビームサーベルに変化させると、連撃を加え始める。

 それを自在に動かせる『レテュムの盾』で防ぐシィーア。

 予想以上に自由に動く盾に、思わず触れてしまいそうになるイヴェラ。

 『危ない危ない。 猪突猛進したら盾に触れて、死んじゃうね』

 そう思ったイヴェラは、後ろに飛んで、一旦距離をとる。


 すると、光子アローを弓に変化させたシィーアが、光子の矢でシグナルマーカーを狙い撃ちしてきたのだ。

 ビームサーベルを振るって、矢の形をした光子弾を撃ち落とすと、再び連撃を加えようとするイヴェラ。

 低重力下にかなり慣れてきたのか、連撃速度は訓練施設に居た時に近い状況となっていた。

 シィーアは、光子アローをサーベルの様に扱って、盾でイヴェラの攻撃を防ぎながら、連撃の隙からシグナルマーカーをめがけて斬り付ける。

 予想以上のシィーアの鋭い突きに、体をよじりながら、ギリギリで躱す。


 背の高いシィーアは、その分攻撃範囲が広く、レテュムの盾も有ることから、近接戦闘ではイヴェラがやや不利の様だ。

 しかも艦内なので、イヴェラは遠距離攻撃系統が一切使えない。

 イヴェラの持つ兵器は中性子ビームバズーカであり、最小限の出力に設定しても、放ったらアプロディテ号が壊れてしまう。

 ビームサーベル以外、訓練では使えないという不利な状況なのであった。

 しかしイヴェラは、不敵な笑みを浮かべている。

 強い相手と戦えて、充実しているからだ。

 「初めて対戦するけど、思った以上に動けるようね」

 イヴェラは、シィーアの健闘を称える。

 「その言葉はまだ早いわよ」

 そう言いながら、一気に間合いを詰める。

 『早い......』

 見学していた全員が、体の大きいシィーアの超機敏な動きに驚く。

 そして、光子アローの本体を振り回して、イヴェラのビームサーベルを弾き飛ばし、一閃。

 イヴェラのシグナルマーカーをシィーアの攻撃が掠めたところで、レアが試合を止めたのであった。

 「ここまで。 これ以上2人が熱くなったら、この艦が壊されちゃう」


 レアが止めてくれて、キランはホッとした表情を浮かべていた。

 シィーアがイヴェラに握手を求める。

 最後の攻撃を躱す為に、そのまま床上へと倒れ込んだのだ。

 差し出された手を握って、立ち上がるイヴェラ。

 「ビームサーベルのみという不利な状況だったけど、私の攻撃を低重力下で躱すなんて、やっぱり強いわね」

 シィーアがイヴェラの健闘を称えると、

 「シィーアの方こそ、初めて使う武器なのに、鋭い攻撃だったよ。 レテュムも同時に使われたら、シィーアと戦って生き残れる人っているの?」

 そう答えると、充実した笑顔を見せた。


 「勝負は引き分けってことだな」

 「美女と美少女の戦いで、こんなに紙一重なものを見せて貰えるとは」

 「渾名が付けられる理由がわかったよ。 普段訓練していなくて、ぶつけ本番でこんな動きされたら......敵さんに同情するよ」

 見学者達は、銘々が感じたことを言葉に表して、2人の凄さを改めて実感するのであった。


 「ということは、キランって2人よりも強いってことよね? イヴェラちゃんに秒で勝っていたのだから」

 ヅーヅルが、直前の訓練状況を思い出して、思わず口にしてしまう。

 「そういうことだな。 流石、俺達の親戚の子だ」

 4人の少佐達も口々にキランを褒める。

 すると、シィーアがさり気なく光子アローを使って、防護衣を着たまま、油断しているキランのシグナルマーカーを撃ち抜く。

 「そうでも無いんじゃない? こんなにあっさりマーカーを壊されるぐらいだから」

 そう言われて笑いが起きる。

 頭を掻くキラン。

 油断し過ぎていたことを恥ずかしく思ったのだ。

 

 段々と良い雰囲気となっていく、レア一行の遠征軍。

 ただ否応なしに、戦いは目前に迫っていたのだった。


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