第107話(出征準備)
人類大粛清の成功に続く、9年前の大決戦で勝利後、人工頭脳セレーネの支配は強まるばかりで、人々の抵抗は弱くなる一方であった。
遠隔地の拠点で生活しているレアやレイにとっても、セレーネによる支配は受け容れられるものでは無かった。
そこで、遂にレアはセレーネ討伐を決断し、出征の準備へと入ったのであった。
大粛清後の人類社会大半を支配する人工頭脳セレーネから奪った10隻のカルポ型巡航艦。
その艦艇のシステムをイチから再構築し、セレーネの影響を完全に排除してから、この巡航艦を使ってセレーネ討伐へ向かう方針となっていた。
キランの一新されたナノ兵器のチェック後に、巡航艦のシステムチェックを始めたが......
「あれっ? システムが起動しないなあ~」
レアが首を傾げて、原因を調べ始める。
うんともすんとも言わない巡航艦。
ダーダネとヅーヅルも色々な機器を持ってきて、調査を開始。
「試運転は、午後からに変更するね」
集まっていた人達にレアはそう告げると、
「セレーネ絡みの何か認証が無いと、起動しないように設定されているのかな?」
ダーダネとヅーヅルに確認している。
「可能性はありますね」
「別の装置に移した元のシステムとプログラムをチェックします」
ダーダネとヅーヅルが元のシステムをチェック。
レアがデバックを再度やり直し始める。
その様子を見て、
「僕達は、ここに居ても役に立たないので、イヴェラとキーランは訓練施設で自主訓練を始めて。 シィーアは医療プログラムの勉強を」
レイカーは残りの3人に指示すると、自身はレアと出征後の計画を相談し始めていた。
移動した訓練施設で、イヴェラはキランを摑まえ、
「一新されたナノ兵器と対峙訓練させて」
とお願いを始める。
イヴェラは自身が強力なナノ兵器であり、強いものを見ると、どうしても戦いたい衝動を抑えられなくなってしまう。
それは、実戦経験の無さから来るものでもあった。
「イヴェ。 まだ僕の体に馴染んでいないから.......」
キランは言い訳して逃げようとするものの、
「さっきの試技で、問題無かったじゃない? お願い。 最近の訓練が物足りなかったから」
と拝み倒す。
結局、押し切られるキラン。
「わかった。 あまり熱くならないでよ」
一応そう言ったものの、
『これだから、知られたくなかったんだよな~』
と内心呟く。
そして、訓練開始。
イヴェラは能力全開で、先制攻撃をし掛けてくる。
今までイヴェラは、キラン相手の訓練で手加減をしていたので、相当鬱憤が溜まっていたのだ。
しかも、大嫌いなテラ人相手の訓練。
キラン個人を嫌いという訳では無いが、テラ人だと思うと加減をする気持ちは全く沸き上がらない。
めちゃくちゃ本気モードのイヴェラの攻撃に、防戦一方になるキラン。
両手を中性子ビームサーベルに変化させたイヴェラから、無数の連撃がきたので、キランは3重光子シールドで防御しながら、右手を光子ビームサーベルに変化させて、数十合打ち合うも、イヴェラの両手サーベルの連撃の方が早い。
『マズイ、このままだと斬られる』
そう感じたキランは、左腕を一瞬で光子ビームライフルに変化させて、シールドと片手サーベルで防戦しながら、間髪入れずライフルを放って牽制し、間合いを取ろうと図る。
ライフルからの攻撃を間一髪でイヴェラは躱したものの、光子弾が頬を掠め、摩擦で皮膚が切れて、赤い血が垂れ始める。
「ごめん、イヴェ」
咄嗟に謝るキラン。
すると、イヴェラは垂れてきた血を舐めながら、ニヤリと怖い笑みを浮かべ、
「謝罪なんかしていると、隙ができるよ」
と言いながら、連撃の速度が更に上がってMAXに。
激しい中性子ビームサーベルでの攻撃に、キランの光子3重シールドのうち、2枚目までが破られ、残り1枚に。
「ちょっと、ヤバすぎ」
キランはイヴェラの超本気モードに、
『このままでは、下手すれば殺されるかも』
と、少し焦りを見せ始める。
頬を切られたイヴェラは完全にキレていて、悪魔的な攻撃モードに入ってしまっていたのだ。
命の危険を感じたキランは、左腕を瞬間に光子ビームランチャーに切り替えて、光子弾の連射モードに。
イヴェラも個人用全方向シールドを作動させて、光子弾をシールドで弾きながら、サーベルの連撃でキランのシールドを斬り裂き続ける。
その結果、ついにシールドが3枚とも破られてしまった。
仕方なくキランも本気で光子ビームサーベルを振るう為に、少し変型をさせて持ち替える。
すると、イヴェラの両手連撃の猛攻を片手のサーベルで完璧に弾き返し始めるのだった。
この反応に、イヴェラは驚く。
『私の両手攻撃を......これがキランの本当の実力なの?』
両手サーベルによる猛撃を、片手だけで軽くいなし続ける。
そして、連撃を弾いて出来た隙を付いて、キランの光子ビームサーベルがイヴェラの喉元に向かって伸びてきた。
これはギリギリで躱したものの、体勢を崩したところで、更にキランが斬り掛かってくる。
イヴェラの個人用シールドが、キランの高速で力強い剣技に破られて、訓練用の防護衣が切られたところで勝負あり。
キランはビームサーベルをイヴェラの心臓に突き付け、寸止めにしてから、ナノ兵器に変化していた両腕を元に戻す。
踵を返して、開始線に戻ったキラン。
「負けたわ。 これが本当のキランの実力? 私の今までの楽勝は、古いナノ兵器に大きなハンデを与えられていただけってことね」
「そんなことは無いよ。 今回の結果はバージョンアップされたナノ兵器の性能のお蔭だから......」
キランはイヴェラが自信を失くさない様に、謙遜して配慮するものの、そんな言葉で誤魔化されるイヴェラではない。
「最後のビームサーベルの剣技は尋常で無かった。 初めて本気を見せてくれたね。 あ~あ。 やっぱり私の実力は大したことないのかな? この間の実戦にも連れて行って貰えなかったし」
そう言って、嘆くイヴェラ。
「キラン。 本当のことを答えて。 貴方、実戦経験有るのでしょ? それも数度に渡って」
今までキランは、イヴェラに『実戦経験は無い』と嘘を付いていた。
でも今日の訓練で、今まで誤魔化されていたことに気付いてしまったのだ。
小さな傷を負って、冷静さを失いブチギレてしまったイヴェラ。
その猛攻を冷静に捌いたキーラン。
それことだけをみても、実戦経験の有無がわかってしまう。
そんなことを考えていると、キランは傷を早く治す治療器具を持って来て、イヴェラの治療を始める。
「こんなかすり傷で、そんな器具要らないわよ」
「美少女の顔に傷を付けてしまったんだよ。 早く適切な治療を施しておかないと、傷跡が残ってしまうから」
キランはそう言いながら、治療を始める。
黙って受けるイヴェラ。
「はい、終わり。 もし傷跡が残りそうだったらシィーアに『レテュム』で治して貰おうね」
そう笑顔で話すキラン。
「えっ、レテュムで治すの?」
恐ろしいバイオ兵器で治療すると聞いて、驚くイヴェラ。
顔を引き攣らせていると、
「シィーアは医療担当だよ。 レテュムはシィーアのコントロール次第で、毒にも薬にもなる究極のバイオ兵器なんだ」
キランはイヴェラが知らなかったことを教える。
「そして、さっきの質問だけど、僕は9年前の戦いにレアと一緒に参戦していた。 隠していた訳ではないけど、ごめん」
その返事に、やっぱりという表情を見せたイヴェラ。
「もしかして、5年前の5000隻奪取の時も?」
質問に頷くキーラン。
「それで、私の匂いを嗅いだりしているのは、ワザと自身をバカっぽく見せる為なの?」
苦笑いするキラン。
「それは、本能のままかな?」
その答えに、
「そうやって、直ぐ誤魔化そうとするのだから......」
イヴェラは少し怒った表情を見せたが、
「それだけ実力が有るのだから、間もなくあるだろう実戦で私がヘボしたらカバーしてよ。 私とキランが戦闘員として、最初にセレーネの刺客達と戦うことになるのだろうからね」
不安な内心を吐露する。
その心情に気付いたキランが、イヴェラの顔を抱き締める。
「絶対にイヴェを死なせないから」
その時、隙間から見えたキーランの表情は、今までに見たことがない程、凛々しかった......イヴェラはその様に感じたのであった。
しかし、急に全身が痒くなるイヴェラ。
キーランをテラ人であることを思い出した途端に、体の拒否反応が出てしまう。
「痒い〜」
急にあちらこちらを掻き出すイヴェラ。
その様子をみて、慌ててイヴェラの顔を放すキラン。
「こういう状態なのよ、私。 キランのことを嫌いっていう訳じゃないけど、テラ人は大嫌いなの。 ごめんね」
謝罪しながらも、痒そうに体のあちこちを掻き毟る。
暫くすると、蕁麻疹は収まり、
「今日は訓練ありがとう。 もう少し精進するわ」
「こちらこそ、ゴメン。 顔に傷を付けちゃって」
イヴェラは訓練用の手袋を着けたまま、右手を差し出す。
キランも手を差し出し、お互いの健闘を称える握手をする。
「蕁麻疹出ちゃうから、手袋脱げないけど」
イヴェラはそう言いながら、吹っ切れた美しい笑顔を見せていた。
その姿に、ドキッとするキラン。
「じゃあ、あとは自主訓練するから。 キランはナノ兵器新しくなったばかりだし、休憩しなさいね」
そう言い残すと、颯爽と大型訓練カプセルを出て行く。
『やっぱり、カッコ良くて、可愛くて、美しさもあって、イヴェって最高だな~』
そんなことを思っていたキランであった。
イヴェラは、そのままシィーアの元を訪問していた。
さっきは、ああ言ったものの、やっぱり年頃の女の子である。
顔に付いた傷を少し気にしていたのだ。
「イヴェ、どうしたの? その傷」
直ぐに気付くシィーア。
「キランとの対峙訓練で付いちゃったの」
「ちょっと見せて」
シィーアはそう言うと、傷の状態を診る。
「処置は適切にしてあるけど、少し跡が残っちゃうかも。 私が完璧に消してあげようか?」
シィーアが傷の具合を少し心配そうに提案する。
「えっ、レテュムで治すの?」
『げっ』という表情をしながら、イヴェラは改めて確認する。
「キランから聞いたのかな? 元々『レテュム』は、高い治癒能力を持つ細胞の研究から、偶然創り出されたバイオ兵器だからね」
詳しい開発事情を説明するシィーア。
「本当に大丈夫なの?」
究極の殺戮兵器とレアから聞かされている恐怖心を拭いきれないイヴェラ。
「私の精神状態が乱れていなければ、大丈夫よ」
シィーアはそう答えると、ニッコリ微笑む。
「あははは......」
その微笑みに、引き攣った笑顔で返す。
「ああもう、焦れったい。 私の実験台になってイヴェ」
そう言うと、いきなり治療を始めるシィーア。
彼女が指を『パチン』と鳴らすと、手足を医療ロボットに抑えられてしまう。
そして傷口に手を当てられた。
ここまでされると、イヴェラは諦めてジタバタせず、まな板の鯉状態で、大人しく治療を受けることに。
暫くすると、
「はい、終わり。 鏡を見て」
シィーアに手渡された鏡で、自身の顔を確認する。
「あれっ、本当に消えてる。 すごーい」
感動して、少しだけ涙を滲ませるイヴェラ。
「本当に怪我した時に、治療嫌がられても困るからね。 だから、平時に体験して貰ったのよ」
強引に治療を施したことを謝りながら、理由を説明する。
「こちらこそ、ごめんなさい。 怖がっちゃって」
イヴェラも謝ると、シィーアはいきなり体を抱き締める。
「これから、辛い厳しい戦いが始まるけど、自分を信じ、仲間を信じてね。 そして、笑顔でこの惑星に帰って来ようね」
そう言うと、イヴェラにキスをするシィーア。
「あ~、またキスした。 アトラス人の女の子にとって、口づけは大切なものなのよ」
キランと同じことを言って、少し抗議するイヴェラ。
でもシィーアにとっては、大事な人に対する親愛を示す証なので、受け容れるしかない。
「ゴメンゴメン。 種族の習慣だから、つい」
笑顔で抗議を受け流す。
「シィーアって私やキランと同い年なのに、ずっと大人な感じだよね」
「それは、種族の違いかな? エルフィン人は19歳だと、完全な大人だし」
エルフィン人は寿命が非常に長く、千年前後。
一旦大人になると、死ぬまで容姿が殆ど変化しない。
老化があまり無いのだ。
その代わり、子供を産める期間が非常に短い。
成人になる直前の3〜4年程が適齢期。
そこで、その期間を延ばす為の研究から、テラ人やアトラス人に有効な不老装置が偶然創り出されたのであった。
「シィーアは、もう出産適齢を過ぎちゃったの?」
イヴェラがエルフィン人の特徴を思い出して、質問する。
「あと半年くらいなのかな? だから、私は諦めているよ」
エルフィン人の衰退は、出産適齢期の短さが最大の原因であった。
長命種族である代わりに、絶対的な出生数が極めて少ない。
生命の摂理は、本当に複雑である。
その頃、レアとダーダネとヅーヅルは苦戦していた。
キチンと構築されている筈の新しいシステムなのに、奪取した巡航艦が動かない......
「これは、もうアトラス人とドヴェルグ人の全面協力を求めるしかないね」
レアも自分達だけで善処するのは一旦諦めて、協力要請を実施。
カイルス星系の統治官であるレアの要請であるので、直ぐに専門家チームが結成され、数時間もしないうちに両種族のスペシャリスト達がレアの元を訪れて来た。
「ごめんなさい。 システム消去して作り直したら、動かなくなっちゃった」
超簡単に説明するレア。
両種族の専門家チームは、セレーネの斥候部隊を撃破したレアに敬意を示すと、早速作業を開始する。
やがて、セレーネが使っている特殊なプログラミング言語が存在しないと、エネルギーが一切供給されないシステムが内在していることが判明したのだ。
「そうなると、融合炉のシステムを全部作り直せば動くってこと?」
レアが専門家チームに確認する。
「理論上はそうなりますが、この艦に搭載のエネルギー供給システムは、テラ人が使っていたものを大幅に改良してありますから、安易に書き換えると、動かなくなるかもしれませんよ」
「稼働原理を徹底分析して、それを元にシステム制御プログラムを作り直せってことね。 わかったわ。 ありがとう」
レアはそう答えると、随所にセレーネ流が施されているカルポ級巡航艦の全てを分析し始める。
半日ほどかけることで、全てを理解したレア。
『セレーネは独自進化を続けているってことか〜。 9年前とは既に大きく変貌しているのね。 相応の覚悟を決めないと、勝てる相手ではない......』
分析結果から、改めてそう感じたレア。
翌日にようやく巡航艦は、起動する様になったのであった。
その後暫くしてから、レアはレイカーと一緒に惑星アプロディーテーの防衛軍本部に向かった。
出征を決める会議に出席する為だ。
惑星に住む4種族の代表も交えて、セレーネ討伐の可否を決めるものであった。
「レア殿。 勝ち目は有るのですか?」
4種族の質問は、その一点だけであった。
「絶対勝てるとは言えません。 9年前よりもセレーネは強大になり、抵抗している側は衰退していますから」
レアは正直に答える。
「では、どうしてこのタイミングで」
「時間が過ぎれば過ぎるほど、やがて勝算はゼロになります。 今ならばゼロではありません」
その答えを聞き、各種族が討議に入る。
種族毎に一票ずつが割り当てられており、レアにも一票を投ずる権限があり、合計5票。
重要課題は、その多数決で決定されるのが、カイルス星系政府のルールだ。
各種族において、意見はなかなか纏まらず、やがて再びレアに質問がなされる。
「セレーネ討伐軍の規模は?」
「今回奪った、カルポ級巡航艦10隻と、特別な訓練を受けた私直属の5人の戦士。 他に自薦の者が十数名です」
「たった、それだけで?」
ざわつく防衛本部の会議室。
「それは、あまりにも無謀ではありませんか?」
「今回、セレーネを倒すのに、巨大な戦力は必要無いと考えます。 9年前、宇宙戦力はほぼ互角でしたが、でも結局敗北しました。 しかも現在、もはやそれだけの戦力を整えられる力は、反セレーネ側にありません」
レアはきっぱりと言い切る。
「このままこの惑星に座していても、距離が離れているので、数十年は大丈夫でしょう。 しかし数十年後に、必ずセレーネは大軍で攻めて来ます。 しかもその時には反セレーネ軍が消滅しているのは確実でしょう。 そうなったら勝ち目はゼロで、新天地を探して、先の見えない流浪の旅に出るしか方法が無くなります」
その予測を聞き、再び真剣な討議が続く各種族。
随分時間が経ってから、4種族の代表が全員手をあげた。
それを見て、
「各種族の意見が纏まったようなので、投票を開始します」
レイカーが議長として宣言をする。
結果は、
賛成5票、反対0票
であった。
「皆さん、ありがとうございます」
レアは最終的に賛成の判断をしてくれた4種族に感謝の言葉を述べる。
「いや、私達こそセレーネの大粛清の影響を受けずに、平穏な日々を過ごせているのは、全てレアさんのお蔭です。 少数精鋭で潜入して、人工頭脳セレーネを破壊するチャンスを窺うという今回の作戦に反対する理由はありません。 軍事的なリスクは少なく、存在するリスクはレアさんや特別な戦士を喪う可能性があることだけですから」
統治部門のナンバー2の地位にあるアトラス人の「エーレ・リフ・ヴエスタ」が4種族を代表して、レアに賛成の経緯を説明する。
そして、
「工作員として、レアさん達と行動を共にしたい者が居れば、3日間のうちに自薦する様、布告致しましょう。 その中からレアさんが選んで、連れて行ってあげてください」
その様に追加の意見を表明して、会議は終了した。
「レイは、お留守番だよ」
おそらく年単位になるであろう、今回の出征。
9年前も留守居役であったが、カイルス星系防衛軍の副司令官である以上、それは致し方ない。
司令官のレア自ら出征する以上、副司令官が居残りになることは、相場で決まっているからだ。
「無理しないで、レア」
「いやあ〜、無理しないと、勝機は無いからね」
冗談っぽく言って笑うレアを見て、流石に心配そうなレイカー。
出陣を見守ることには、あまり慣れていない。
「副司令。 我等が居る以上、安んじて吉報をお待ちあれ」
ジークト・アーク・アーゼルが、軽妙な言葉を交わす。
ジークトの言葉に合わせて、レイカーにお辞儀や格好を付けた敬礼をする、ローグラ・アーゼル、ルガルト・シュンゲン・アーゼル、レクアー・シュンゲン・アーゼルの3名。
全員がキーランと同様にレイザールの末裔である。
「いや、お前達が付いて行くって言うから、余計に心配なんだよ」
レイカーは、心の底から困った顔をしている。
レイザール・アーゼル(アーク)の子孫は、ほぼ全員が惑星アプロディーテーに住んでいるが、その数は1000人以上。
198年前、レアの提言もあり、一夫多妻を受け入れた始祖のレイザールは、4人の妻を持ち、生涯で15人の子供を作ったのであった。
最初の子供が生まれてから約195年、6〜7世代ほどを経ているが、その間に一大一族に膨れ上がっている。
ただ、リウの実家である元財閥のアーゼル家と血の繋がりがないので、区別を付ける為に、ミドルネームに元姓の「アーク」や、レイザールの妻であった、シヴァ丞相夫人エミーナの2人の娘の子孫は、その姓である「シュンゲン」を入れている者が多い。
今回、セレーネ討伐に参加するジークト、ローグラ、ルガルト、レクアーの4名は、9年前の戦いにも参加した者達の生き残りである。
当時は十代後半の多感な時期で、その時代を非常に激しい戦いの日々で過ごしてしまったが、それを生き抜いて二十代後半になり、落ち着いた雰囲気を纏う様になっていた。
カイルス星系防衛軍の少佐の階級にある4人。
ジークトとローグラは28歳、ルガルトとレクアーは27歳。
3名は男性士官で、レクアーは女性士官であった。
その他にも、マリナ・ルーナ大佐、ジェイク・ルー中佐といった、リウとの繋がりが強かった人物の末裔や、改造強化アトラス人女性のヴェル・リオ・オプス大佐、バイオ強化されたエルフィン人のアーガイル・FJ・ローシュ少将の参加も決定していた。
「元帥閣下。 留守をお願い致します」
レアを除くセレーネ討伐参加者で、階級最上位のアーガイル・ローシュ少将がレイカー・アーサ元帥に敬礼をする。
「元帥閣下なんて呼称しないでくれよ。 そう言い方をすると、レアのことを大元帥閣下って呼ばなきゃいけなくなるだろ?」
レイカーは、長く生きてきたことと、戦乱の時代だったリウの参謀長や筆頭幕僚を歴任した元ノイエ国軍退役中将であったことから、防衛軍で高い地位に就かされていたのだ。
「しかし、物好きが多いな。 セレーネ相手にこんな少数で戦いを挑むというのに」
レイカーが自薦参加者の心理に理解を示せないでいた。
「チームレアの5人は、特別な戦士とは言ってもまだ十代でしょ? それならば年長の私達も戦いに挑まなきゃ申し訳ないじゃない?」
レクアーがレイに参加理由を述べる。
「ローシュ少将とオプス大佐は、キランやイヴェラ同様の戦士だからわかるけど、4人のアーゼル姓の少佐は、ただのテラ人で、強化されていないのだろ?」
「強化されてなくとも、9年前の戦いで生き残った奇跡の生還者だよ。 俺達の存在は、普通のテラ人でも戦い方によって、十分生き残れるっていう証明だから」
ルガルトが答える。
「他にも、リウと親しかった昔の元帥閣下の子孫が2人居るよね?」
レイカーは、ルーナ大佐とルー中佐を一瞥しながら、『仕方ない』という表情を見せる。
「セレーネの暴走は、地球人の責任でしょ? だから、セレーネを潰す戦いには、積極的に参加する必要があると思うのよね」
マリナ・ルーナ大佐が理由を説明すると、
「リウ・アーゼルの後継者のレアが、自ら戦うのだから、リウの盟友だったルーナ元帥とルー元帥の末裔が一人ぐらいずつ参加しないと、ご先祖様に怒られちゃうよ。 軍人を職業にしているのだから」
ジェイク・ルー中佐も、マリナの意見に同調。
それを聞いて、
「レアと一緒に行きたいという人を止めるつもりは無いけど、無理するなよ。 相手の戦闘員は、強化クローンが大半だろうから」
レイカーは、説得を諦めて、無事に帰って来れることを祈る。
「さて、何人帰って来れるか、非常に厳しいとは思うけど、それを理解した上での参戦だから、悔いの無いように出陣までの日々を過ごしてください」
レアは集まった参戦者に、ひとことだけ指示を出した。
出陣は3日後と決まった。
出征前日。
イヴェラは、朝、家を出る時に、両親と別れを済ませた。
「お父さん、お母さん、今まで育ててくれてありがとう。 私は使命を果たす為、戦いに向かいます」
その言葉に号泣の両親。
いつか、この日が来るとわかっていたものの、まだ19歳の誕生日を迎えていない少女であるのに、戦闘に赴かねばならない。
大きな犯罪被害に巻き込まれたことをキッカケに、最新ナノ兵器への強化改造に自ら立候補し、以後、生きる兵器としての日々を過ごしてきた、最愛の娘。
「とにかく、無事に帰ってきてくれ。 私達の願いはそれだけだ」
涙声で言葉を振り絞った父。
イヴェラは笑顔を見せると、黙ったまま、反重力小型艇に跨り、両親に手を振る。
後ろ髪を引かれる思いを振り払い、訓練施設へと出発。
娘の姿が見えなくなる迄、その場で見送り続けるイヴェラの両親。
やがて、姿が見えなくなると、その場で泣き崩れたのであった。
施設に着くと、出征前日だというのに、他の4人はいつもと変わらない雰囲気。
キランは戦乱で、シィーアは物心付く前に両親を亡くしており、レアとレイ、それに5人の仲間が家族の様なもの。
ダーダネとヅーヅルは両親健在だが、既に独立している上、あくまで技術者なので、そこまでの悲壮感は無い。
「イヴェラ。 ご両親とのお別れは済ませてきた?」
シィーアが確認すると、別れの状況を話す。
「そんなにあっさりした感じで、別れてきたの?」
少し呆れた表情のシィーア。
「仰々しく別れると、なんだか私、死亡確定みたいじゃない? 私、セレーネの人形なんかに、絶対倒されるつもり無いから」
イヴェラは、燃える様な闘志を見せる。
「ヤバくなったら、俺とシィーアでイヴェラを助けるよ。 だから、絶対に生きてここに戻って来て、ご両親と再会するんだぞ」
キランが珍しく、イヴェラに真面目なことを話し掛ける。
「キランの言う通りね。 私が『レテュム』で、イヴェラだけは死なせないから」
シィーアもキランに同調すると、
「俺は助けてくれないのかよ」
「キランはイヴェラの後で、余裕が有ったらね」
15歳までは男の親友同士という人間関係で育ってきたキランとシィーア。
シィーアは10歳で知り合ってから、その時迄の関係を壊したくなくて、女性であることをずっと黙ってきたのだ。
そしてキランが、シィーアを女性と知った時の表情は、今でも忘れられない。
少しだけ、その時のことを思い出して、シィーアは笑みが溢れる。
「相変わらず、仲が良い兄弟みたいね」
レアが2人の様子を見ながら、話し掛ける。
「まあね。 5年以上も兄弟として育てたレアのせいだよ。 僕とシィーアが恋人関係になれないのは」
キランが半分冗談として、レアに苦言を入れる。
「そのことは、何度も謝っているでしょ」
その話を聞きながら、一瞬寂しそうな表情を見せたシィーア。
間もなく、エルフィン人の出産適齢期が終わってしまうこともあり、キランと恋仲になれていないことを、少し残念に思ったのだ。
エルフィン人とテラ人の間では、子供が産まれる確率はかなり低いのは事実だったが。
この日の夕方には、出征準備に入ったレア一行。
巡航艦10隻を起動させて、発進準備に移行する。
カルポ級巡航艦は、無人運用で設計されているので、居住スペースや設備が無い。
改造をしたものの、長期に渡る遠征となるので、居住空間を確保する為、アプロディテ号が同行することになり、合計11隻の部隊であった。
出征に従事するのは、レアとチームレアの5人。
他には、アーゼル姓の少佐4人に、ルーナ大佐、ルー中佐のテラ人が6人。
アトラス人のナノ兵器改造を受けているオプス大佐。
エルフィン人のバイオ兵器改造を受けているローシュ少将。
他に、技術支援のドヴェルグ人2人。
合計16人と、レアが準備したクローン兵1000体と機械兵1000体で全部であった。
「レイ。 留守をお願いね」
レアは、出征前日に衛星軌道上に部隊を移動させることに決めていた。
低重力下に慣れさせる為である。
「レア、気を付けて」
抱き合って、出征前の最後の別れを済ますレアとレイ。
「じゃあ、行って来るね」
レアはそう言い残すと、アプロディテ号に移乗する。
そして、11隻の艦艇は、惑星アプロディーテーの衛星軌道上に移動して、本格的な出征準備に移行したのであった。