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第106話(ダダとヅヅ)


ドヴェルグ人の天才技術者のダーダネとヅーヅル。


2人はレアと一緒に、その能力を出し切って、セレーネのシステムを制圧し、人工頭脳による圧政から、人々を解放する役割を背負っているのであった。


 チーム『レア』の重要な構成員であるドヴェルグ人のダーダネ・ド・レンテとヅーヅル・デ・イゼル。

 2人共、天才的な制御エンジニア、システム技術者である。



 強大な敵である、人工頭脳セレーネ。

 その大きな弱点は、システムを書き換えられて無力化される可能性があることだ。

 名前の通り、人の手で作られた頭脳である以上の、唯一の欠点。

 もちろんセレーネは、弱点に対して手をこまねいている訳では無い。

 システムの書き換えを防ぐ為に、中央制御室を護る7人の特別な強化クローンを創り出していた。

 それが七星士、若しくは七星剣と言われる特別な存在だ。


 人類による対セレーネ反転攻勢作戦が実施されていた9年前、レアはセレーネが設置されているクロノス星系第七惑星アヌビスへ侵入することには成功していた。

 そして、セレーネの中央制御室に潜入に成功、セレーネのプログラムや制御システムを書き換えて無力化しようとしたのだ。

 ところが、セレーネはそのことに当然備えていた。

 その切り札が七星士。

 クロノス星系シールドの弱点であった小さな隙間から、特殊部隊員100名あまりとアヌビスに降り立ち、破壊工作を開始したレアと特殊部隊。

 しかし、特殊部隊はセレーネ破壊を成功させる前に、全員が七星士に倒されしまい、レアも書き換えにやや手間取っている間に、特殊部隊全員を殺害して戻って来た七星士に妨害され、作戦は失敗。

 撤退を余儀なくされていたのだ。

 以後、シールドが強化され、第七惑星アヌビスへの侵入は非常に難しくなってしまっていた。


 


 唯一無二の存在のレアと雖も、自己進化型のスーパー人工頭脳セレーネのシステムを短時間で書き換えるのは、想像以上に困難であった。

 そこでレアは、セレーネへの再攻勢時に必要となる人材を求める中、システムや制御で優れたテクノロジーを持つドヴェルグ人から、特に天才的な才能を持つ英才を探し求め、白羽の矢が立ったのが、ダーダネとヅーヅルの2人。

 ダーダネはキランやイヴェラ、シィーアと同級生の青年。

 ヅーヅルは一つ年上の女性であった。



 ドヴェルグ人はガッチリした体格で、地球人より背が低く、体が他の種族と比較してかなり頑丈、寿命は300年程度の人種。

 約120年の地球人、約150年のアトラス人に比べるとかなりの長命種族である。

 その容姿や美的感覚が、他の異種族とは大きく異なり独特なものがあるので、他種族との性的な関係や生殖はほぼ無い。

 そうしたこともあって人口が少なく、比較的外交関係を広く築いて、争いを避けて来たのが特徴の種族である。


 ここ数千年は、アトラス人と緊密な外交関係が有り、アトラス人が作る超小型精密な機器の制御には、ドヴェルグ人の技術が使われているのが常であった。

 またかつて、リョウ・シヴァが治めていた頃の西上国時代には、軍や政府関係のシステム制御に、シヴァ丞相がドヴェルグ人との協力関係を築いていたことで、その技術が使われていた。

 しかし、ほぼ全てのドヴェルグ人がレアのウラヌス計画に従って、銀河系外縁部の惑星アプロディーテーに移住したことで、以後、地球人国家との友好関係はほぼ完全に切れていたのであった。


 


 レアと一緒に、セレーネから強奪した巡航艦10隻のシステムを解析する、ダーダネとヅーヅル。

 「このプログラムは何だろう?」 

 解析装置の結果をチェックしながら、謎のプログラムやシステム制御言語を見つけたので、ヅーヅルがダーダネに確認を求める。

 「艦艇の制御や、セレーネからの制御とは、全く関係無いものだね~。 埋伏の毒かな?」

 ダーダネも特殊な装置を使ってチェックしながら、答える。

 「レアはどう思う?」

 「私もダダの意見に賛同〜。 こんなものがあると、全部システム書き換えかな?」

 渋い表情のレア。

 「それは、避けたいよね? 時間掛かるから」

と自身の意見を言う。


 すると、

 「3人でやれば、全部書き換えた方が早いよ。 セレーネの撒いた毒が、システムや制御のあちらこちらに散らばっていそうだからね」

 チェック装置の解析状況を見ながら、プログラミングの天才ヅーヅルが、レアの意見を否定する。

 「私がプログラムするよ。 制御関係はダダにお願いして、デバックはレアがやってくれれば、2日で終わると思う。 セレーネが作ったシステムの詳細な解析の為に、一旦全てのプログラムを他の装置に移してから、巡航艦内のものは全部消して作り直しちゃおう」

 ヅヅの提案に、レアとダダも渋々賛成。

 本格的な書き換え作業に移行した。

 



 その話をレアから聞いたレイカー。

 医療プログラムの講習を終えたシィーアと一緒に、3人への差し入れを作るのに精を出す。

 一対一の対峙訓練でイヴェラに惨敗したキランも、戦闘の疲れが残っていることから、訓練を早く切り上げてレアー号に戻って来た。

 「あれっ。 まだ昼前なのに、もうご飯作っているの?」

 キランが2人に話し掛ける。

 「レアとダダとヅヅが2日掛けて、巡航艦の制御システムと全てのプログラムを一新するんだって」

 シィーアがキランに状況を教えてあげる。

 「たった2日で......もしかして徹夜?」

 キランが確認すると、

 「らしいよ。 スゴイね~」

とシィーアが答える。

 3人は役割分担をし、料理が出来るとキランが持っていくことになり、レアー号と奪取した巡航艦との間を往復する。


 巡航艦の司令室に入ると、3人は無言のまま、脳と直結させる入力システムを使って、システムの再構築を始めていた。

 キランは邪魔しちゃいけないと思い、そ~っと出来た料理を置いて立ち去ろうとしたところで、レアが、

 「キラン。 今日のイヴェラとの訓練結果は?」

と質問してきた。


 同時に複数のことを出来るのが、レアの最も特徴的な能力であり、数千万単位の別々のことを同時進行出来ると言われている。

 だから、システム構築とデバックをしながら、キランに話し掛けることなど、どうってことはない。


 「惨敗だったですよ。 恥ずかしいぐらいに」

 素直に答えるキーラン。

 すると、レアは、

 「セレーネとの本格的な戦いも近いし、キランに埋め込んだナノ兵器を大幅に刷新するよ。 流石に8年前の兵器との対戦ばかりじゃ、実力が大幅に伸びたイヴェラの能力向上にならないでしょ?」

と言って、巡航艦のシステム再構築が終わったら、キランのナノ兵器生体手術を実施すると告げる。


 「わかった。 お願いするね、レア」

 「おっと、随分素直じゃない? 今までは嫌がっていたのに」

 「慣れた兵器の方が使いやすいからだよ。 実際、この巡航艦の奪取作戦の時だって、問題無かったでしょ?」

 「それは、機械兵が相手だったからでしょ? 七星士が相手だったら、キランは瞬殺されているわ」

 「レア。 そんなに七星士って強いの?」

 「強敵よ~。 それにあれから9年。 7体じゃなくて、100体ぐらいになっているかもね」

 「100体も?」

 「それは冗談だけど、本当に強いわよ。 シィーアとイヴェラよりもね」

 「それって実際、戦って勝ち目有るの?」

 「七星士は、旧ノイエ軍が極秘開発していた強化クローン兵の特殊部隊指揮官専用個体がベース。 エルフィン人の技術が使われているから厄介なのよね」

 そう答えるレアが、厳しい表情をしている。


 「マジで? 超ヤバいじゃん」

 エルフィン人のバイオ技術と聞いて、眉をひそめるキラン。

 「セレーネはエルフィン人の高い技術をだいぶ吸収しているのよ。 アトラス人とドヴェルグ人は、この惑星に最新技術の研究施設と両種族の伝説の先達の人工頭脳を移してくれたから、技術をセレーネに奪われることは無かったけど、エルフィン人は移してくれなくて。 特に最新研究施設はクロノス星系の第4惑星ティアーに有ったからね」



 途中から、レアとキランの話を聞いていたダーダネとヅーヅル。

 気になる話題となって来たので、

 「ヅヅ。 僕達もひと休みして、差し入れを食べながら、レアの話を聞こうよ」

と提案する。

 「イイね~。 ちょうど区切りも良いから」

 ヅヅも頭に付けていた入力システムを外しながら、提案に賛成する。

 「ところでキラン。 まだあの一世代前の古いナノ兵器使っていたの?」

 ヅヅが質問をしてきた。

 「うん、まあ......」

 「あの兵器のシステムプログラムは10歳の私が作ったのよ。 技術的にも未熟だったし、いくら何でも陳腐化しているって」

 ヅヅも少し驚いた様子で、キランのナノ兵器の裏事情を話す。

 「これって、ヅヅがシステム構築したんだ〜。 凄いよね」

 そう言いながら、左腕を光子ビームランチャーに変化させてみせる。

 「うん。 当時のレアに『作ってみて』って言われて、そのまま採用されたのよ」

 ヅヅが少女時代のことを振り返りながら、レアの方を見る。


 「私が開発したナノ兵器の最新版も、ヅヅとダダが作った制御システムやプログラムを使っているよ。 反応速度も威力も倍ぐらいになった感覚を得られると思うな~」

 レアが自身で使ってみた感想を述べてくれた。

 「それは楽しみだね」

 キランがそう答えると、

 「キランが訓練でイヴェラに勝てない理由って、ナノ兵器が古いから?」

 ダーダネが事実に気付いてしまう。

 「ダーダ。 余計なことは言うなよ。 イヴェラが強いから僕が勝てないのであって、ナノ兵器の古さが理由じゃない」

 そう答えながらもキランはダダに、ナノ兵器の件はイヴェラに言わないよう、暗に口止めをする。

 「わかっているって。 花を持たせていたのだろ? イヴェラに」

 「いや、その言い方も絶対ダメ。 俺が弱いってことでイイんだよ。 それで丸く収まっているのだからさ。 レアもヅヅも余計なこと言わないでよ」

 キランはお願いの念押しをする。


 『負けず嫌いのイヴェラが、このことを知ったら、ナノ兵器のバージョンアップをした後、イヴェラが勝つまで、延々と訓練に付き合わされるからなあ......』

 それが嫌だから、急ぐ必要の無いバージョンアップをしなかったというのも、一つの理由であった。

 ただ、それ以外にも、イヴェラへ抱く淡い感情や、実戦経験が無いことへの配慮など、キランのイヴェラに対する色々複雑なモノが混ざりあった結果が、現在の『ナノ兵器として弱いキランの姿』というものに繋がっていたのだ。


 

 「レア。 話は戻って、セレーネが使っている七星士の件だけど」

 「強化クローンの話ね。 当時、指揮官専用の超強化クローンは全部で十数体が完成間近だったのよ。 人類の大半を制圧したセレーネは、それを自身の中央制御システムの護衛部隊に転用したの。 ただし、エルフィン人の技術を吸収して、大幅に改良したものだったね」

 実際に対戦したことのあるレアが感想を述べる。

 「当時でも強かったのでしょ?」

 「うん。 私が目的を果たせず、撤退に追い込まれたぐらいだから。 特殊部隊全滅後、最も硬度の高い金属に全身を変えて、セレーネのシステムを書き換え続けたのだけど、七星士の猛攻撃に結局耐え切れなくてね」

 記憶を読み出しながら、経験談を話すレア。


 「それから9年が経っているのでしょ? もっと強化されているのでは?」

 「それはわからない。 ただ、セレーネが強化クローンの更なる強化に興味が有るとは思えないの。 強化し過ぎて反乱を起こされると面倒でしょ?クローンって」

 「人工頭脳としては、自我が有って制御しにくいクローンよりも、御し易い機械兵を重視するっていうこと?」

 「それが合理的な考えで、人工頭脳らしい判断だよね」

 レアもセレーネに近い存在である以上、その思考回路を読み解くのは、容易であった。

 「クローンでも機械兵でも、これから待ち受けるのは厳しい戦いってことに変わりは無いね」

 レアの話を聞いたキランは、セレーネの強さを改めて感じ取る。


 「ここは私達に任せて、キランは自己研鑽につとめてよ。 戦闘になって頼りになるのは、イヴェラ、シィーアとキーランの3人だからね」

 ヅヅはそう言うと、再び作業を再開する。

 その姿を見て、ダダとレアも没頭し始める。

 キランは持って来た差し入れを片付けてから、片手を上げて巡航艦の司令室を出て行くのだった。




 その後、3人は集中して巡航艦のシステム再構築を進める。

 他の人達は邪魔しないように、差し入れをするのみ。

 夜中はレアだけが作業を続け、ダーダネとヅーヅルは仮眠を取る。

 そして、翌日の夕方にシステムの再構築は終了した。

 「あ~、疲れた」

 ダーダネが眠い目を擦りながら、伸びをする。

 ヅーヅルは無言のまま、司令室に作った簡易ベッドで倒れ込む様にして横になる。

 「新しいシステムのチェックは、明日やりましょう。 今日はもう休んで。 お疲れさま」

 レアは2人にそう言うと、レアー号に戻る。

 すると、キランを見つけ、

 「ナノ兵器の生体手術、今からやるよ。 動作チェックは明日巡航艦のシステムチェックと同時の方が早く済むから」

 そう言うと、返事を聞く前にガシッとキランを掴んで医療ルームに引き摺ってゆき、そのまま手術カプセルにブチ込んでしまった。


 「レア〜。 まだ心の準備が〜......」

 カプセルの中から、キランの声が聞こえるものの......

 「私もちょっと疲れてて、気が荒くなっているから~」

 レアが怖い笑顔を見せながら、早速手術の準備を始める。

 その様子を見たレイカーが、カプセルに近付き、

 「珍しいことだけど、レアは今、相当苛ついているから、素直に言う事聞くんだよ」

と忠告。

 カプセル内でレイの言葉を聞いたキランも覚悟を決め、素直に従うことにする。

 「よろしい。 キラン、カプセル内で大人しく寝ててね」

 レアはそう言うと、手術を始める。

 キランはカプセル内で、麻酔の霧に包まれると、やがて意識を失ってしまった.......


 手術を見学するシィーア。

 医療技術者として、貴重な機会だ。

 特に、ナノ兵器を埋め込む生体手術なんていう代物、そうそう見れるものでは無い。

 レアは慣れた様子で、あっという間に外科手術を終えてしまった。

 「レイさん。 どうやって、レアはこういう技術を修得したのですか?」

 「それは、リウがエルフィン人にお願いして、最新医療技術をまだ生体頭脳だったレアに教え込ませたんだよ。 200年以上前の最新だから、今では最新じゃないかもしれないが、以後レア自身も日々学んで、研鑽を続けているからね」



 この時、イヴェラが自主訓練を終えて、レアー号に入って来た。

 「あれっ。 誰も居ない......」

 そう呟きながら、奥に入っていくと、医療ルームに集まっているのに気付く。

 「みんな、どうしたの? こんなところで」

 「イヴェ、お疲れ。 手術中だったのでね」

 レイカーはそう答えると、さり気なく居住区画に戻って行く。

 シィーアは、その姿を見送りながら、

 『レイさんにやられた~。 イヴェラが事実を知ったらしつこく質問され、面倒だと思って上手く逃げたんだ~』

と気付いたのだった。


 「シィーア。 誰が手術を受けているの?」 

 興味津々の笑顔で、イヴェラが近付いて尋ねてくる。

 「え、えっと〜、ああ〜、キランよ」

 「キラン? 何処か悪かったの?」

 「まあ......よくわからないけど」

 「まあ? だってシィーアは医療担当でしょ?」

 「詳しくは知らないわ。 手術したレアに尋ねたら?」

 そう答えて、居住区画へ移動しようとしたが......

 シィーアの返答に不審さを感じたイヴェラに、素早い動きで、立ち塞がれてしまった。


 「シィーア......私に隠し事をしているでしょ?」

 眉間に皺を寄せながら、少し怖い笑顔で質問をしてくるイヴェラ。

 「私がイヴェに、隠し事なんてする訳ないよ......」

 すると、更にイヴェラは、表情が怖い笑顔になる。

 「シィ〜〜ーア〜〜」

 「なに......よ......」

 冷や汗が出始めるシィーア。


 するとちょうど良いタイミングで、手術室から後処理をしていたレアが出て来た。

 「あら、イヴェラ。 訓練は終わったの?」

 「はい。 ところでキランが手術を受けたと聞いたのですが......」

 「あ〜っと、ナノ兵器の手術だよ」

 「ナノ兵器?」

 「キランのナノ兵器、だいぶ古くなったからね。 最新版にしたの。 今後セレーネとの戦いも激しくなるし」

 「古いのですか?」

 「私の開発したナノ兵器は、エルフィン人の技術ベースだから、アトラス人のナノ兵器に比べて、色々と面倒なのよ」

 「そうなんだ」

 「アトラス人のはバージョンアップ簡単でしょ? 体に装置をはめて数時間そのまま付けて置くだけよね。 エルフィン人ベースのナノ兵器はイチイチ手術が必要なの」

 「ふ~ん」

 初耳の話をイヴェラは聞いたが、表情を変えることは無かった。


 

 自宅に帰ろうと思っていたイヴェラで有ったが、事の顛末を見届けようと、暫くレアー号に滞在することとした。

 レアから話を聞き、手術カプセルを覗くと、キランが眠ったまま横たわっている。

 覗きながら、聞き耳を立てていると、レアとシィーアが

 「間もなく目覚めると思うよ」

 「痛みが有ったら、どうします?」

 「その時は、シィーアの方で診てあげて。 医療技術者としてね」

 「わかりました」

との会話をしていた。


 そのまま暫く経つと、医療カプセルが中からの操作で自動的に開く。

 そして、中からキランが出て来た。

 まだ麻酔の影響が有るようで、下半身はタオルを巻いて出て来たが、上半身は裸のまま。

 ふらふらしているので、キランより背の高いシィーアが、カプセルが開いた時点から支えてあげていた。

 「ありがとう......シィーア」

 笑顔を作りながら、感謝を述べるキラン。

 「とりあえず、ソファーに座ろう」

 レイカーも近寄ってきて、2人で支えながら、キランを居住区画のソファーに座らせた。


 「どう? 痛みはある?」

 シィーアが尋ねると、

 「殆ど無いよ。 大丈夫」

 そう答えたキランは、麻酔の影響が無くなったので、右腕を伸ばして、ナノ兵器に切り替えてみる。

 光子ビームサーベルが白色の光を放つ。

 そして、元に戻す。

 今度は左腕を伸ばして、光子ビームライフルに。

 次に、光子ビームランチャーへと。


 「切り替えも、問題無さそうだね」

 様子を見に戻って来たレアが、キランに話し掛ける。

 「うん。 前よりも軽く感じる」

 新ナノ兵器の感覚を説明するキラン。

 「実射は明日やろうか。 イヴェラが対戦したそうな表情をしているし」

 レアが笑顔を見せながら、イヴェラにも話し掛けると、

 「そんなことは無いです」

 少し恥ずかしそうに答える。


 その後イヴェラは、

 「レア。 一つ聞きたいことが有るんだけど」

 「なに?」

 「今までのキランのナノ兵器って、何年前の装備」

 「8年前だよ」

 「ということは......」

 「今までのキランは古いナノ兵器で、イヴェラと対峙訓練をやっていたのよ。 アトラス人の技術は凄いよね。 一度手術したら、新しいナノ兵器の装備に手術要らないのだもの」

 レアは、にこやかにイヴェラに答える。

 そして、

 「早く対戦訓練したいって思っているのだろうけど、もう少し待ってね」


 イヴェラはキランの方をじーっと見ていたが、やがて自分のタオルを取り出して、キランに渡しながら、声を掛ける。

 「手術、お疲れさま」

 「ありがとう、イヴェ」

 「それで......」

 「どうしたの?」

 「下から、アレが少し見えているわよ」

 そう言いながら、タオルを渡して隠す様に促す。

 顔を赤くするキラン。


 その様子を見て、シィーアが笑う。

 「キランは、私に見られても、恥ずかしそうな素振りすら見せないのに、イヴェに見られると顔が赤くなるのね」

 カプセルが開いた時、全裸だったので、近寄って来たシィーアに見られても、全く恥ずかしそうにしなかった反応の違いを皮肉られる。

 「だって、シィーアとはお互い何度も全てを見ちゃっているよね? 家族同然で一緒に暮らしているから」

 言い訳をするキラン。

 「それに、15歳までシィーアのこと男だと思っていたから、なかなかその認識が変わらないんだよ。 ゴメン」

と苦笑いをするのだった。

 「あ~あ。 やっぱり私のこと、そういう認識なんだ。 ちょっとショック」


 テラ人やアトラス人の目から見ても、れっきとした美女のシィーア。

 ただ、9年間アーサ家で一緒に暮らしているキランから見ると、男の親友という感覚のままだったのだ。 

 「もちろん、シィーアは美女だよ」

 慌ててフォローするキーラン。

 199センチの長身は、いかにもエルフィン人らしいが、十代半ばまではテラ人から見ると、その背の高さが逆に男っぽく感じられてしまうのは、致し方ないのかもしれない。


 「タオルはあげる。 明日の実射の時、新しいナノ兵器確認させて貰いますからね」

 イヴェラはそう言い残すと、帰宅の途につく。

 反重力小型艇に跨がりながら、

 『最近私がキランを圧倒していたのは、ナノ兵器の性能差が開いたことによるものだったのね。 明日、その確認を絶対にしないと』

 そんなことを考えていたのだった。

 

 一方、キラン。

 着替えると、イヴェラから貰ったタオルを思わず嗅いでしまい、その様子をシィーアに見られていた。

 「キラン。 またイヴェの匂い嗅いでいるの? 怒られるよ~」

 「なんで、こんなにイイ匂いがするんだろう〜。 だから、つい」

 その答えに、呆れた表情を見せるシィーア。

 「私、キランのことかなり好きなんだけど、キランはイヴェのことが好きだから、なかなか入り込む余地無さそう」

 「俺、イヴェのことが好きなのかな?」

 「そうでしょうね。 ちょっと、さっきのタオル貸してみて」

 シィーアはキランからタオルを受け取ると、匂いを嗅いでみる。

 「う~ん。 そんなにイイ匂いする? 私には、匂いがしない様に思うのだけど」

 因みに、エルフィン人はテラ人より嗅覚が良い。


 「イヴェは昔、犯罪に巻き込まれたことをきっかけに、めちゃくちゃテラ人のこと毛嫌いしているし、振り向いて貰うのはかなり難しいと思うよ」

 初めて聞く話に、キランが大きく反応する。

 「それ、詳しく教えてよ〜」

 「イヴェから口止めされているから、ダメ。 当人から聞いてね」

 そう言うと、シィーアはキランに口づけをする。

 「今日はお疲れさま。 体調に異常が有ったら、夜中でも構わないから教えてね」

 「あ~、またキスした。 テラ人の男の子にとっては、神聖な儀式なんだよ」

 「そうだっけ? 私にとっては親しさを示す挨拶だから」

 シィーアは笑顔を見せながら、レイにも帰宅(艦)の挨拶をすると、2人に軽く手を振りながらレアー号を下艦し、アプロディテ号に戻って行く。

 『絶対ワザとだよな、シィーアのキス。 気持ちは嬉しいけど、まだ自分の気持ちがよくわからないから......』

 エルフィン人にとってのキスは、親しい間柄でもするので、地球人程の意味合いは無い。

 でも、シィーアはレアに保護されてから、レイカーやキランと一緒に暮らしているので、テラ人にとっての意味を理解した上での行動であった。



 そして、2人の最後のやり取りを遠目から見ていたレイ。

 『キランとイヴェラとシィーアの関係は、なかなか難しそうだな~。 戦闘に悪影響が無ければいいけど......』

 そんなことを心配する程、それぞれが一方通行の関係である様に見えたのだった。




 翌日。

 訓練場に全員の姿が有った。

 キーランに新しく埋め込まれたナノ兵器の動作確認が始まったのだ。

 先ずは、右腕を光子ビームサーベルに変化させる。

 イヴェラも両腕を中性子ビームサーベルに。

 そして、お互いに打ち合い開始。

 昨日までとは異なり、キランの強さを感じ始め、徐々にヒートアップしてくるイヴェラ。

 キランはイヴェラ相手だと、美少女であることと自身の淡い感情を意識し過ぎて、つい手加減してしまうので、一気に圧され始めてしまったのだ。


 攻撃を防ぎ切れなくなり、慌てて新しい光子エネルギーシールドを張るキラン。

 今までのものと異なり、3重までのシールドを一方向に張ることが出来る。

 「なにこれ。 3重のシールドなんて、ズルい」

 そう言いながら、次々と中性子ビームサーベルで斬り付けるが、シールドを破ることが出来ない。

 プチギレしたイヴェラ。

 右腕がサーベルから中性子ビームバズーカに変化して、間髪入れず、いきなりぶっ放してきたのだ。

 「みんな、伏せて」

 レアが叫ぶと、自身の体の分子構造を変化させて、ぶつかったエネルギー流を防ぐ壁にする。

 強力な中性子ビームとキランが張った光子エネルギーシールドとが激しくぶつかる。

 もの凄いエネルギー流がぶつかり合って弾け、暴風が吹き荒れ、周囲の地面を巻き上げ、砂塵が空高く吹き上がる。

 やがて、粉塵が収まると、対峙したままのキランとイヴェラの姿が見えた。


 レアがツカツカと近付き、間に割って入る。

 「試運転は終了ね。 これ以上続けられたら、周囲の施設や住宅から苦情が入っちゃう」

 そう言うと、2人を呼び寄せる。

 そして、イヴェラの頭を抱いて、

 「イヴェ、熱くなり過ぎ。 程々にね」

と言って、心を静めてあげる。

 「レア、みんな、ゴメンなさい。 いつもと違って歯応えのある戦いに、熱くなっちゃった」

 イヴェラは、恥ずかしそうな表情で謝罪する。



 レアは続けて、

 「キラン。 左腕をライフル、次にランチャーへと変化させて、それぞれ空に向けて実射してみて。 この周囲を飛行しないように、管制当局を通じて指示してあるから」

 キーランは指示通り、大空の彼方に向けて、光子ビームライフルを撃つと、次はランチャーに変化させて、連射モードに。

 光子エネルギー弾が、次々と宇宙空間へと流れていく。


 「ヅヅ、ダダ。 キランのナノ兵器のデータに問題なさそう?」

 測定装置でずっと確認していたドヴェルグ人の2人。

 「ナノ兵器の機能にも、キランの状態にも全く問題無いですね。 光子エネルギーの出力は、事前テスト以上の高い数値が出ていますよ」

 嬉しそうにレアの質問に答えるヅーヅル。

 「ずっと、イヴェラと訓練をやって来た効果かもしれませんね。 いつもボロ負けしてきた成果が、潜在能力を引き上げて、予想以上の出力発揮に影響しているのでしょう」

 システム開発したダーダネも、数値を見ながら答える。


 「もしかして、私にボロ負けし続けたのって、能力を底上げする為だったの?」

 イヴェラがキーランに確認する。

 「いやあ、そんなつもりは無いよ。 ただの副産物だって」

 「久しぶりに戦い甲斐のある対戦だった。 これからはお互いの為に、こういう訓練をしていこうね」

 笑顔を見せたイヴェラ。

 その姿にキランは、

 『やっぱり、イヴェってカワイイなあ』

と感動していた。


 しかし、直ぐイヴェラの表情は一変。

 「だけどさ〜、昨日あげたタオルの匂い嗅いだでしょ? レアー号のカメラ映像見たの。 ほんっとうに、変態だよね」

 マジ怒りの顔に、キランはバツの悪そうな恐縮した表情へ。

 その2人の様子を見て、シィーアが大笑いを始める。

 「イヴェ。 キランにタオル渡した時点で、そういうことするってわかっていたでしょ?」

 「あれは、キランの醜いアレが少し見えていたから、隠せっていう意味合いだけよ」

 「醜いって言ったら可哀想よ。 キランのは結構綺麗で立派よ。 それにアトラス人もテラ人も、アレは殆ど変わらないでしょ?」

 医療従事者であるシィーアは、若いとはいえ大型病院での勤務訓練経験も豊富で、男性の下半身を見慣れている。

 その話に、真っ赤になってしまうイヴェラとキラン。


 ダーダネも、

 「2人は純情だからね。 そういう反応を見ていると、なんだか新鮮で少し羨ましいよ」

 ドヴェルグ人の結婚は十代のうちが大半で、他の種族よりかなり早い慣習がある。

 ダーダネとヅーヅルは、既に恋人同士であり、近いうちに夫婦となる予定であった。

 「これから、戦いが本格化するでしょ? 私達はまだ若いけど、もしかしたら命を落とすかもしれないのだから、気持ちが動いたり、固まったら、悔いの無いような選択をしようね」

 ヅーヅルがシィーアとイヴェラに自身の考えを話しながら、2人を背後から抱き寄せる。

 「そうね〜。 私の前に素敵な王子様、現れないかな~」

 イヴェラが少し夢見る表情で語ったので、他の4人は呆気にとられる。

 『キランはイヴェラを意識しているけど、イヴェラの眼中には無いんだね』

 キランは少しガッカリした表情に、シィーアとダーダネとヅーヅルは、お互いに顔を見合わせ、イヴェラの言葉に笑い出す。


 「青春だね~〜、君たちは。 私の責任、重いなあ~」

 5人の会話を聞いていたレアが、少し嬉しそうな表情を見せながら、5人の肩を叩く。

 「これから、厳しく辛い戦いが始まるけど、絶対に無理しないでね」

 9年前の苦い敗戦を思い出しながら、

 『この子達の未来をセレーネに奪わせてはならない』

と改めて決意するレア・アーサであった。

  

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