第105話(留守番)
人工頭脳セレーネが派遣した斥候部隊討伐の出撃に間に合わなかったイヴェラは留守番をしていた。
若さ故にイライラが募るイヴェラ。
その様子を見ていたレイカーは、長い年月を生きてきた経験を活かして、上手く宥めるのであった。
一方、レアー号で待機中のイヴェラとレイカー。
イヴェラはソワソワして落ち着きが無い。
反面、落ち着いた様子のレイカーは、何の連絡も入らないので、食事作りを始めていた。
不老装置をレアが改造?した(というより弄り過ぎたことでの偶然)影響で、永遠の20歳のまま、236年余りもの日々を過ごしてきた地球人である。
「レイさん。 今は食事を作っている場合ですか?」
超真面目なイヴェラは、思わずイライラと不満をレイカーにぶつけてしまう。
「残された者達は、戦いに向かった者達の分まで、しっかり食べる必要が有るんだよ」
ノンビリしたレイカーの答え。
それを聞き、呆れた表情を見せるイヴェラ。
「私は、こんな時間を過ごす為に、レアのもとで訓練を受けているのではありません。 セレーネを倒す為に、早く一人前になりたいのです」
キツい口調でレイカーにあたってしまう。
若さ所以の言葉。
それがわかっているレイ。
やがて、レイカーは出来た食事をイヴェラの前に並べ始めた。
「レイさん。 私の話、聞いてます?」
イライラが止まらないイヴェラ。
その様子を見て、少し言葉が必要かなと思い、
「もちろん聞いているよ。 待つだけっていうのは少し辛い。 でも、レアー号で待機している様にと、レアから命令も出ている。 だからこそ、何も出来ないよね?」
逆に問われると、黙ってしまった。
「イヴェラ、敵の一掃に向かった3人の仲間を信じるんだよ。 それしか僕等には出来ない」
レイカーはそう言うと、並べた食事を食べ始める。
黙ったまま、並べられた食事を見つめ続けるイヴェラ。
そのまま、静かな時間が流れていく。
やがて、レイカーは食べ終えてしまった。
その後、ゆっくりと立ち上がりながら、
「僕はレアのことを信じている。 キランやシィーアのこともね。 だから苛つく気持ちなんて、微塵も湧き上がらないよ」
そう言い切ると、片付けをロボットに任せて、いつも通り、近年の歴史編纂作業を始めてしまったレイ。
その間じっと考えて、自分の行動を見つめ直すイヴェラ。
長い年月を生き続けて来たレイカーの言葉の正しさに、もちろん気付いていた。
このイラツキは、自身の未熟さと実戦経験が皆無であることが原因だとも......
そして、
「わ~~~」
と大声で叫んでから、レイカーが並べた食事を食べ始める。
チラッと一瞥して、編纂作業を続けるレイ。
よくみると、少し笑顔を見せている。
イヴェラも、やっと状況を理解出来た様だからだ。
苛ついても、何にもならないという事実に。
食べ終えると、イヴェラは一人訓練を始める。
レアー号内に置いて有った訓練カプセルを使って。
立体的な模擬戦のカプセルシステムは、非常に実践的。
ただ機械側も、相手がイヴェラだと、しょっちゅう壊されている。
つい本気になり過ぎてしまうと、腕から中性子ビームが発射されたり、中性子ビームサーベルが振り回されるからだ。
この日は、実戦に連れて行って貰えなかったことで、気合が入り過ぎ。
訓練カプセルは、やっぱり壊されてしまった。
「レイさん、ごめんなさい。 壊してしまいました」
素直に謝るイヴェラ。
そうなると予想していたレイカー。
レアー号のシールドを、訓練カプセルの周囲に強めに張っていたので、イヴェラの腕から発射される中性子ビームでレアー号の内壁が壊されることは無かった。
「イヴェラとの訓練は命懸けだね」
笑いながら、壊れた訓練カプセルの片付けを始める。
「本気になると、中性子ビームやサーベルが出てしまうので......」
とても、美少女とは思えない発言を聞いて、レイカーは少し気の毒に思う。
「こんな時代じゃなければ、そんな無粋な言葉を......」
思わず呟いてしまった。
2000億人を誇った地球人も、セレーネの大反乱で、今や200億人にまで減少。
残った人々の一部は、セレーネの奴隷に落ちぶれ、人工頭脳や機械では出来ない仕事を与えられて、細々と生きている。
残りの大半は、滅亡していないアルテミス王国のディアナ星系を中心に、辺境の国家等と連合して反セレーネ軍を結成、ゲリラ戦を展開して抵抗。
その抵抗者の大半は、アルテミス王国軍を除けば、セレーネが歯牙にもかけない辺境の小さな惑星の住人達であった。
「私は、自分のことを可哀想だと思ったことはありません」
強化改造人間であることに同情しているレイカーの表情の変化に気付いたイヴェラは、そう断言する。
「確かに、私はナノ兵器に改造されて、もうアトラス人だと言い切れる存在ではないかもしれません。 周囲から見たら」
「でも、やっぱり私はアトラス人です。 誇り高い人種である」
自信溢れる美しい表情で言い切る。
そして、
「確かに怒った時とか、中性子ビームが出てしまうのは、ちょっと困ります。 女の子じゃないですよね」
そう言うと、やっと笑顔を見せた。
「こういう時代になってしまったのには、僕やレアにも一定の責任がある。 本当に申し訳ない」
レイカーはその言葉を聞いて、急に謝罪を始めた。
一人の美少女が、ナノ兵器に改造される様な時代......
リウ・アーゼルと一緒に戦って、勝ち得た平和な時代を、たった200年間すら維持し続けなかったことを謝ったのだ。
「レイさん、謝らないで下さい。 この様な時代となったのは、銀河系に住む種族全体の問題です。 地球人だけの責任でもありません」
イヴェラは、間違った道を進み始めた地球人を力付くで止めようとしなかった、アトラス人やエルフィン人にも責任が有ると指摘するのだった。
「私達アトラス人も、エルフィン人も、一部の地球人がセレーネ計画を進めているのを止めることが出来たのです。 一発のミサイルを放つだけで」
「それだけの力が有ったのに、無関心を装っていた。 下手すればセレーネが暴走する可能性があると気付いていたのにですよ? 事なかれ主義を優先し、レアに任せておけば、万が一の時になっても、止められると思い込むことで」
「その判断ミスを挽回する必要に迫られ、強大になり過ぎたスーパー人工頭脳セレーネを倒す為に、私はこの惑星に移住したアトラス人を代表してナノ兵器になったのです。 エルフィン人を代表してシィーアはバイオ兵器に。 テラ人のキランもナノ兵器でしたよね?」
「でも悲観はしていません。 唯一無二の生体頭脳レアとそのパートナーのレイさんが健在で、私達の様なセレーネ対策の化け物も生み出された。 ドヴェルグ人の天才2人に、抵抗し続けている反セレーネ軍の人達も含めて、みんなが力を合わせれば、まだセレーネを止めることが出来ると私は信じています」
自身の考えと気持ちを長い言葉を語ったイヴェラの表情は、レイにも希望を感じさせる明るい表情であった。
若さ所以の熱い言葉に、少し恥ずかしくなったのか、イヴェラは話題を変えた。
「200年前に亡くなった、伝説の地球人女性リウ・アーゼルが作った平和な時代。 アトラス人やエルフィン人、ドヴェルグ人の3種族は、地球人以上に彼女のことを尊敬していますよ。 もちろん、私もです」
レイはその言葉を聞いて、目を細める。
まだまだリウの存在は、みんなの力になり続けているのだと......
「こんな私でも、ちゃんと歴史の勉強をしています。 だから、レイさんがリウ・アーゼルの旦那さんだったことも、レアが彼女の後継者である生体頭脳なことも、もちろん知っています」
「この艦が彼女の遺物であることや、姉妹艦のアプロディテ号が、盟友の名丞相リョウ・シヴァに贈呈されていた艦であることもです」
イヴェラは、キチンと歴史を学んでいたことを証明する言葉を繰り返す。
そして、自身の考えを示すことも忘れなかった。
「レイさんやレアが、リウ・アーゼルが作った平和な時代を維持する責任期間っていうのは、その没後100年間くらい迄だったと私は思います。 それより先の期間は、次の時代に生きていた2000億人の責任です。 2人の責任ではありません。 今、こういう時代になったのは、その後の時代に生きてきた多くの人達の判断によるものなのですから......」
レイカーはその様にフォローして貰えて嬉しかった様だ。
あまり表情に出す男ではないが、心なしか、明るい表情になった様に見えた。
確かに2人の責任では無い。
特別な2人がレールを敷いて人類が歩むべき方向性を決めるのでは無く、その時代に生きている人達が自分達自身で、道を切り開いていくべきなのだから.....
たとえ、その道が間違っていて、滅んでしまったとしても。
その後、アプロディテ号より、セレーネが送り込んで来た部隊は10隻であるとの連絡が入った。
「イヴェラ。 敵は10隻だから対応は3人に任せておけば大丈夫だよ。 ダダとヅヅにも、こっちに来る必要は無いって言っておいたし、イヴェラも自宅待機で構わないよ」
レイカーはその様に勧めたが、結局イヴェラはレアー号での待機を選んだ。
少しでも、戦っている3人と同じ気持ちで居られる状況に身を置いておきたかったのだ。
レイカーも、その気持ちを察したので、
「ご両親に、連絡だけは入れておきなさい」
と指示をしただけで、後は何も言わなかった。
イヴェラは待機中、通信装置の前にずっと居続けていた。
訓練用カプセルを壊してしまったので、訓練に励んで落ち着かない気持ちを誤魔化すことも出来なくなったからだ。
一方レイカーは、訓練用カプセルの修理をロボット達と始めていた。
しかし、かなり複雑な装置の為、悪戦苦闘。
レアが帰って来てから、本格的な修理をする方針に変更せざるを得なかった。
レア達が出発して3日後。
セレーネの斥候部隊を征服したとの連絡が入った。
「征服?」
レイカーがレアに確認する。
「奪うことに成功したから、征服って表現で良いんだよ。 宇宙海賊の様な感じかな?」
そんな返事だったので、苦笑いのレイ。
きっと、厳しい戦いが有ったから『征服』って言葉を使ったのだろうと理解する。
奪った10隻を連れて戻るので、細かい分析は帰ってから実施ということも決まっていた。
「油断せず、帰って来てね」
レイカーはレアにそう言うと、レアは心配してくれるレイカーに、嬉しそうな表情を見せてから、通信は切れた。
「待機も解除だって。 帰宅して構わないよ」
レイカーはイヴェラに指示をすると、戦闘が終わって安心したことで疲れがどっと出たのか、流石に、
「一旦、帰宅します」
と答える。
3日間、軽いシャワー程度しか浴びて居なかったので、年頃の女の子らしく、身支度を整え直したい様だ。
「気を付けて帰るんだぞ」
間違っても運転中に事故を起こさないように、自動モードを勧めるレイカー。
素直に頷きながら、レアー号を出ていく少女を見送るレイであった。
イヴェラは超小型反重力艇に跨ると、この日はレイカーの勧めに従って、素直に自動運転モードで帰った。
いつもは、じゃじゃ馬の如く、運転を楽しむ性格だが、戦闘結果の連絡が有るまであまり眠れず、跨がった瞬間、睡魔に襲われていたからだった。
帰宅すると、イヴェラを出迎える両親。
疲れた表情の愛娘を見て、ホッと一安心。
「おかえり」
と出迎える。
ホッとする嬉しさを感じてしまう、簡単な挨拶。
普段はぶっきらぼうなイヴェラだが、この日は珍しく
「ただいま。 お父さん、お母さん」
と長めの挨拶を返してから、
「セレーネの部隊は敗北したよ」
と告げる。
一番心配しているだろう情報をリップサービスで簡単に説明してあげると、睡眠を貪る為に、自室へ。
そして、安眠カプセルに倒れ込むと、死んだ様に眠るイヴェラであった。
美しい横顔で......
十数時間後、ようやく睡魔との戦いを終えて、身支度を整え直すイヴェラ。
この日からは、通常に戻る。
レアー号の停泊地に隣接する訓練施設に出向き、いつも通りセレーネとの戦いに備えた訓練を始めるのだった。
2日後、レア達が惑星アプロディーテーに帰還した。
アプロディテ号がレアー号の隣に着地。
3人は下艦すると、レアー号で待つレイカーとイヴェラのもとに帰って来た。
「お疲れ様〜」
レイがレアを出迎える。
「ただいま〜。 無事帰還しました」
と答えるなり、レイに抱き着くレア。
レアとキスをしてから、キランとシィーアともハグをするレイ。
イヴェラも、レアとシィーアとはハグを、キランとは握手をして、戦いの疲れを労うのだった。
帰還の挨拶を終えると、キランが直ぐにレアー号内に置いて有った訓練カプセルが壊れていることに気が付いた。
「レイさん。 どうしてこの訓練カプセルが壊れているの......」
少し涙目で確認を始める。
「それは......」
レイカーは、思わずチラッとイヴェラの方に視線をやってしまう。
「これは、唯一両親の開発したモノで残っている遺品なのに......」
キランが、ガックリ肩を落とす。
「レイ。 レアー号内で訓練カプセルの使用は禁止って前にも言ったでしょ? レアー号は建艦されて200年以上経つ骨董品よ。 壊れたら修理も大変だし、老朽化も進んでいるのだから」
レアも怒り始める。
その様子に慌てて、
「ごめんなさい。 私が居残りのイラツキをぶつけてしまって、壊してしまったの」
イヴェラが素直に謝罪する。
そんなことは、わかっていたキラン。
イヴェラに対して、文句を言うことは無く、ただ悲しい顔をして立っているだけであった。
「イヴェラ。 訓練カプセルというのは、キランのご両親が、一人息子の為に開発したものなのよ。 レアー号に置いて有ったのは、2人が亡くなる前に最後に改良した当時の最新版」
レアは由来を説明する。
「10年位前のものだから、普通に稼働するけど、キランにとっては遺品だったの。 私もレイも皆にキチンと説明していなくて、ごめんね」
その後、レイカーはレアからきっちり絞られていた。
レアー号内での訓練カプセル使用禁止を破ったことについてを。
その様子を見ながら、色々と謝罪の方法を考えるイヴェラ。
そして、徐ろに、
「キラン、本当にごめんなさい。 これから1週間、私、キランの言うこと何でも素直に聞いて従うから、許して欲しい」
と大胆なことを提案してしまうのだった。
真面目なイヴェラらしい考えだが、これを聞いたレアとシィーアが一様に驚く。
シィーアがイヴェラのところに来て、耳元で、
「何でも言うこと聞くって、マジなの? 18歳の若いテラ人の男の子なんて、アノことぐらいしか考えていないわよ」
と忠告。
「もし、そうだったら、イヴェラの純潔もこの機会に捨て去るってことかもね」
シィーアにそう言われると、顔が真っ赤になるイヴェラ。
「いや、そういうつもりじゃないんだけど......」
シィーアに対して、言い訳をするものの、
「頑張って。 応援しているから。 キランはイイ男よ、見た目も中身も」
その様に言われてしまうのであった。
キランは、ショックから立ち直れず、イヴェラの申し出に対して、結局この日は何も言わなかったのであった。
戦闘の疲れを考慮して、戦いの結果や分析は翌日以降としたレア。
『アプロディテ号も、老朽化が目立ってきたわね。 あの程度の攻撃で、シールドが破られそうになるなんて、技術の発展に乗り遅れて性能の陳腐化が甚だしい状況だわ』
睡眠を取らなくても大丈夫なレアは、みんなが寝静まると、一人で分析を始めていた。
「と言っても、新造艦を準備する時間も資金も設備も無いから......無い無い拍子の貧乏な指導者って困ったものね」
そんなことを考えながら、嘆くばかり。
リウは、自身のアイデアを直ぐに実行出来る資金力の裏付けが有り、出自の良さを最大限に利用して、財閥の技術力や生産力を利用していた。
それをよく理解していたレアも、惑星開拓の第一人者として大成功しており、約190年間に溜め込んだ資産は相当なもの。
大反乱発生までは、銀河系有数の大富豪であったのだ。
しかしセレーネの大反乱で、紙幣は紙屑になり、多くの大都市が破壊され、宝石や貴金属といった実物資産が物を言う時代になってしまった。
レアも長年稼いで貯めていた莫大な資金や多くの不動産が、ほぼ無価値になって大損をしていた。
それでも、そういう事態を早くに予想して、一部を貴金属や宝石等に替えていた分、まだマシな方ではあったが......
「あ~あ。 こんなことでは、いつセレーネの討伐に着手出来るのかしらね。 でも、先延ばしすればするほど苦しくなるのはこちら側だから、そろそろ決断の時期かな?」
今回拿捕した巡航艦を使って、セレーネへの逆襲に転じる方針への方向転換を考慮し始めるレア。
既に、反セレーネ抵抗軍から、応援要請が山の様に来ていたが、レアの戦力が少なく、要請に応えられていなかった。
一時期、大艦隊をレアに分捕られたことで、セレーネの軍の遠方派遣は落ち着いていたが、その後軍の立て直しを終えたセレーネは、ここ半年程の間に、攻勢を一気に強めていた。
『もう、これ以上待っていたら、みんなが滅んでしまう』
レアには、決断を下さなければならない時が迫りつつあったのだ。
翌朝。
みんなが施設に集まって来ると、レアが招集をかける。
そして、
「相談が有るんだけど......」
と切り出す。
「このままこの惑星で座したまま、状況の様子見に徹していると、勢力が強くなり続けるセレーネの脅威に対応出来なくなるよね?」
レアの発言に、出席者全員が頷く。
「それで、今後の方針だけど......」
ここで、一度言葉を切ってから、
「一つは、更に遠く離れた可住惑星を探して、全員が移住する。 セレーネは銀河系外にまで進出するつもりは無いでしょうから」
鋭鋒を避ける為に銀河系を出るという提案であった。
この提案に、出席者の反応は特に無い。
全員が非常に渋い表情をしたように、レアには見えた。
「もう一つの方針は、今回拿捕した10隻をダダとヅヅにシステムや制御関係を全面改造して貰って、セレーネの制御下より完全に外してから、セレーネが設置されている惑星アヌビスを目指して攻め込む。 もちろん、一直線に攻め込める訳ではなく、各地の反セレーネ軍と協力しながらね」
その提案に、イヴェラとシィーアの目が輝く。
「レア。 私、セレーネ攻めの方針に賛成するよ」
真っ先に立ち上がって、イヴェラが発言する。
「私も、そちらが良いと思います」
シィーアも続く。
「キランは?」
レアは、無言のまま座っているキーランに意思を確認する。
「俺は、レアが決めたことに従うだけ」
そう答えて、再び黙ったキーラン。
「レイはどう思う?」
「僕も、レアの決断に従うよ。 それにもう概ね決めているのでしょ?」
流石に長年のパートナー。
レアが全員を招集した時点で、結論を予想していたのだ。
「レイには隠せないか〜。 このままだとジリ貧で滅亡の可能性が高いから、勝負に出る時かなって考えているよ」
レアが自身の考えを示すと、ドヴェルグ人のダーダネとヅーヅルも、
「僕達は技術者だから、決定に従うだけ。 ただセレーネに攻勢をかけるのであれば、実際に戦う3人の意思統一が大事だと思うよ。 特にキランとイヴェラのね」
普段啀み合っている2人の協力が必要だとの意見を付け加えた。
更に続けてヅーヅルは、
「私は、イヴェラやシィーアと同じ女の子だから、戦闘に従事する2人の意見が一致するのならば、私も同じ意見ってことになるね。 私の戦闘力は低いけど、一緒に戦うと決めているから」
と自身の意思も示した。
「じゃあ、方針は決まりね。 ひとまず拿捕した巡航艦を徹底的に調べて改造しないと。 セレーネの勢力圏に近付いたら、制御を再奪取されちゃったっていう事態だけは、絶対に避けないとヤバいし」
レアは自身の方針も示して、現在のチームでセレーネへの反撃に出ることが決まったのであった。
そうと決まれば、早速ダダとヅヅはレアと一緒に拿捕した巡航艦の内部に入ってゆく。
シィーアは医療技術の向上を図るべく、レアー号の医療設備内に入って行った。
シィーアは戦闘員としてだけではなく、チームで唯一人、医療要員としての技術能力を有している。
バイオ兵器『レテュム』は、シィーアのコントロール次第で、攻撃兵器ではなく、治療効果・再生能力を持たせることも可能だからだ。
だから、医療技術者という重要な役割も担っている。
残されたイヴェラとキラン。
昨日のことが有って、バツの悪そうなイヴェラ。
2人は戦闘員なので、訓練施設に向かう。
途中、相変わらず黙ったままのキランであったが、ようやく口を開いた。
「イヴェ。 昨日の話だけど......」
自身が言い出したこととはいえ、身構えるイヴェラ。
「償いで何でもするっていう話、セレーネとの戦いで生き残れてからで、イイよ。 それまでは戦いに専念して」
そこ迄言うと、キランは走って先に訓練施設に向かってしまった。
少し恥ずかしかったのだろう。
キランはずっと俯いたままであったので、その表情を見ることは出来なかった。
イヴェラは、一応許してくれたことに、ひとこと感謝の言葉をと思って呼び止めようとしたが、やっぱり止めることにした。
「キラン......」
いつもの憎まれ口は、すっかり影を潜めている。
セレーネとの戦いで亡くなったご両親の大切な遺品を壊してしまったことを素直に反省していたイヴェラ。
それと同時に、両親が生きている自身の幸せな環境に改めて気付かされたのだ。
その後、訓練施設で対峙訓練を始めたキランとイヴェラ。
昨日のことが有ったので、手加減してくれるのかと思っていたキラン。
ところが、セレーネ討伐への参加が決まり、逆に気合いが入っていたイヴェラ。
しかも、許して貰えたと思っているので、最大限の力を出しての訓練となった。
先ずはお互い、片腕をサーベルに変化させて、激しい打合い。
この時点ではキランはやや押されていたものの、ほぼ互角であった。
シールドを張りながら、隙をみてイヴェラは中性子バズーカに、キランは光子ランチャーに片腕を変化させて、お互い撃ち合う。
ただ、全てにおいて、イヴェラの方が一瞬早い。
しかもキランは、より変幻の高速な光子ライフルではなく威力は強力だが、変幻の遅いランチャーを選択したことで、撃ち合いで完全に負けてしまった。
イヴェラの中性子エネルギーバズーカの威力に、大型訓練カプセルの隅にまで吹っ飛ばされたキラン。
その結果、いつも以上のコテンパンな負け方になってしまったのだ。
「イテテテ......」
戦艦の主砲と同一の衝撃の影響で、全身打撲状態。
体中が猛烈な痛みに襲われているキラン。
レアが開発した強力な光子シールドが無かったら、完全に死んでいただろうというぐらいの負けっぷりであった。
余裕の表情のイヴェラ。
一筋の汗が頬を伝わる。
左腕が変化した中性子ビームサーベルを、倒れたまま動けないキランの首筋にあてて、どうしても確認したかったことを聞いてみることにした。
「キランは、どうして本気を出さないの? セレーネとの戦いだったら100%死んでいるわよ。 これでも私は実戦経験がゼロなのだから」
「いや、本気で戦っているよ。 俺だって訓練で死にたくないからね」
「絶対、違うでしょ。 前はもっと接戦だったじゃない?」
「それだけイヴェラが強くなったってこと。 それにアトラス人とテラ人の成長力の違いも有ると思うよ」
キランはそう答えると、イヴェラからする良い匂いに気付き、ついついクンクンしてしまう。
その様子に気付き、呆れるイヴェラ。
「またクンクンして。 これほどの完敗で重傷状態なのに、どうしてそんな余裕の有る行動が出来るの? だから、本気を出していない様に見えるのよ。 最低〜」
そう告げると、サーベルを収め、颯爽と立ち去って、開始線に着く。
『相変わらずカッコいいな~、イヴェは。 それに比べて俺は格好悪いね~』
自嘲しながら立ち上がるキーラン。
訓練カプセルに備わっている簡易治癒を受ける。
その後、もう一度立合いをしたが、結果は同じであった。
二度目はランチャーではなく、ライフルに変幻させたのに......
「イヴェが敵じゃなくて良かったよ~」
いつも以上の完敗に頭を掻きながら、やっとの思いで立ち上がる。
「いえ。 敵同士よ、私達。 セレーネの戦いでは一時的に休戦するだけ」
険しい表情でキランを睨むイヴェラ。
彼女が抱くテラ人に対する憎しみは、アトラス人と種族同士の不俱戴天の因縁というだけでは無いようだ。
そして、カプセルを出て行ってしまったのだった。
その姿を見送りながら、
「ここでの訓練では、俺と立合いをしても、もう意味は無いよね」
そんなことを呟くキーラン。
この実力差には、明確な理由が有った。
アトラス人開発の最新鋭ナノ兵器を導入しているイヴェラ。
両親が技術者であることもあって、常にバージョンアップも施されている。
それに比べて、テラ人開発のナノ兵器では、技術力の差で全く太刀打ち出来ないので、レアが開発したナノ兵器を取り込んだキーラン。
その生体手術から8年が経つが、バージョンアップをしていない。
その差が段々と大きくなって、キランはイヴェラに太刀打ち出来なくなったのだ。
ただ、その事実を黙っているキラン。
余計な言い訳をしないところが、キーランの良いところであった。
美少女に完敗続きの格好悪さを、本来なら恥ずかしく思い、完勝してカッコいいところを見せたい年頃である。
しかし、それをグッと我慢して、劣るナノ兵器で訓練を続けていた。
お互いの為に......
『僕に完勝し続けて、完璧な自信をつけてくれれば、訓練はそれで十分だよ、イヴェ』
レアからもバージョンアップを勧められていたが、あえて自身の実力を伸ばす為に、バージョンアップせずに訓練を続けてきたキラン。
今回の完敗を考慮し、本格的な実戦が迫ってきたことから、次の出征前にはナノ兵器全体の強化をレアに施して貰うことに決めたのであった......