第104話(襲撃)
人類を淘汰し、その領域の大半を支配下においたスーパー人工頭脳セレーネ。
その斥候部隊が襲撃して来た。
迎撃の為、出撃する少数精鋭のチーム。
その実力とは......
レアー号での夕食が終わると、シィーアの誕生食事会は解散となった。
イヴェラは両親と暮らしているので、超小型反重力艇に跨がって帰ろうとする。
「キランに、小型戦闘艇で送らせようか?」
レアはあの手この手で、2人の関係改善を図ろうとするも、
「私に負けっぱなしの男が送ってくれても、意味無いですよね?」
イヴェラが必要無いと拒否すると、レアも流石にそれ以上勧めるのは諦めて、
「気を付けて帰ってね。 また明日」
イヴェラは笑顔を見せてレアに手を振ると、あっという間に出発。
姿が見えなくなってしまった。
シィーアも見送ろうと、レアー号から降りて来たが、レアに、
「イヴェラは?」
と確認してしまう程、素早い帰宅方向。
「せっかちね~、相変わらず。 私もそろそろ戻ります」
そう言うと、隣に停泊中のアプロディテ号に帰って行くのであった。
「不俱戴天状態の解消を少し図ったけど、ダメだったみたいだね」
レイカーがレアに話し掛ける。
「まあね。 そんな簡単では無いって、わかっているけど」
「アトラス人の半分くらいの人達は、イヴェラと同じ考え方でしょ? 僕も同じこと、沢山のアトラス人に言われて来たからね」
「そうなの?」
「レアに協力を求める時に。 ウラノス計画の際」
「知らなかった〜」
「でも、なんだかんだ言って結局、250万もの人達がこの惑星に移住してくれたのだから、アトラス人も『テラ人との不俱戴天』云々ばかり言っているようでは駄目だって、心の奥底ではわかっているのさ」
「じゃあイヴェラも、いつかは......」
「セレーネと戦うことになれば、考え方も変わるよ。 レア、長年の因縁関係は改善が難しい場合も有るから、今は無理せずにね」
レイカーはそう答えると、少し離れたところに居るキランの方を見た。
セレーネについての勉強をしている様だ。
「黙っていても、美女が集まって来るのは、レイザール譲りかな?」
レイカーが少し話題を変えて、レアに再び話し掛ける。
「そうかも。 レイザールは逆にいつも困っていたよね、付き纏われたりして」
昔を思い出しながら、レアもキランの方を見る。
「キラン自身は、どっちが好みなんだろう」
「う~ん。 イヴェラの方なんじゃない? いつもコテンパンに負けて、嫌われていて、取り付く島もないからね」
レアはそう言うと、苦笑いする。
「さっきシィーアが一応告白みたいなこと言ったのに、興味無さそうだったものな」
「レイも結構楽しんでいるでしょ? キランを取り巻く女の子達の動きを」
「そんなことは無いよ。 レアが大業を果たせる様に、気を配っているだけだからさ」
「そんな適当なこと言って。 誤魔化さないの」
レアとレイカーは、レイザールと約90年間、惑星開拓を一緒にやっていた。
この惑星アプロディーテーも、レイザールの最晩年に発見して、開拓を始めた場所である。
そんなことを思い出しながら、レイザールの末裔であるキランの姿と行く末を見守っている二人であった。
超小型反重力艇に跨がっている姿が、非常にカッコいいイヴェラ。
艇は、自動的に変形して流線型へ。
イヴェラと一体となり、長髪が少しだけはみ出て、風にたなびいている。
レアの作った訓練施設やレアー号、アプロディテ号が駐留している場所は、居住地域より離れた郊外に有るので、毎日約50キロを往復して通っているのだ。
反重力艇は時速300キロ近く出るので、10分程で帰宅したイヴェラ。
「遅かったね」
両親は、少し心配していたようだ。
「今日は、シィーアの誕生日だったのよ」
イヴェラ自身忘れていたのに、そんなことは微塵も感じさせない返事をする。
「訓練はキツくない? まだ18歳なのだし、無理せず他の道に進んだって構わないのだからね」
自分達の愛娘が、アトラス人の最新鋭ナノ兵器であることに、釈然としていないイヴェラの両親。
最先端技術の研究者夫妻とはいえ、親とは、やはりそういうものであろう。
スーパー人工頭脳セレーネとの戦いで、多くのアトラス人が亡くなっていることに、勿論危機感は持っている。
誰かがセレーネを倒さねば、いつの日かこのカイノス星系にも、セレーネの無人艦隊が攻めて来るだろうということは十分理解していた。
ただ、セレーネと直接戦うのが、娘のイヴェラである事実を受け容れることや心の整理が、まだ出来ていなかったのだ。
「私は既に肉体がナノ兵器なのだから、他の道なんて無いよね。 セレーネはいずれ、この惑星を攻撃して来る。 その時アトラス人も誰かが立ち向かわなきゃ。 その役目は私以外居ないんじゃない?」
イヴェラは、両親の言葉に、
『今更、またその話?』
と思ったものの、親としての愛情を示しているとわかっているので、態度には一切出さないように心懸けている。
「その時に備えて、これから勉強しなくちゃだから」
そう言って、自室に入るのであった。
『私も、アプロディテ号で生活しようかな?』
こういう両親とのやり取りも、少し疲れてしまうので、毎回頭によぎる考えだ。
距離も離れているし、往復の時間も少し勿体ない。
迷うイヴェラ。
ただ、他の訓練生とは異なり、両親が居るという恵まれた状況なのだから、わざわざレアの元で生活して訓練漬けになる必要は無いのかなとも考え、結局そのままとなっているのだ。
イヴェラは、ウラノス計画で入植したアトラス人を代表して、レアが行うセレーネ討伐に参加する予定となっている。
その為、アトラス人の特殊なテクノロジーであるナノ兵器の最新鋭版が肉体に埋め込まれており、『最強のアトラス人』と称されることもある。
アトラス人らしく、目鼻立ちがくっきりしており、テラ人、アトラス人どちらから見ても、美少女と言われる容姿を持つイヴェラ。
ナノ兵器として、両腕を中性子ビームサーベルと中性子ビームバズーカのどちらにも変化させることが出来る。
宇宙艦隊の戦艦や巡航艦の主砲に使われている中性子ビーム砲を超小型化、個人兵器として扱いやすくしたものであり、個人レベルが扱う最強の武器と言えるものであった。
『今日も、圧勝か〜』
この日も含めて最近は訓練の模擬戦で、キランに楽勝状態が続いている。
『でも、少し腑に落ちないのよね。 前は接戦も結構有ったのに......もしかして、手抜きされている?』
イヴェラは、キランが模擬戦で本気を出していない様に感じていた。
それがキランに強く当たってしまう要因の一つとなっている。
シィーアは実戦経験も有って別格だとしても、他の訓練生はいずれもレアに選ばれた実力者の筈。
しかも、純粋な戦闘専属員はイヴェラとキランだけ。
模擬戦の結果に、本来の力が反映されているのであれば、実力差が有り過ぎで、キランは戦闘員失格となってもおかしくない......
「あ〜あ、イライラする。 レアもキランも一体何を考えているの?」
思わず口に出して、気持ちのモヤモヤを解消しようとする。
『よし。 次の模擬戦の時に、全力を出して潰しに行こう。 そうすれば、何かわかるかもしれない』
しかし、その機会はだいぶ先になるのであった。
防衛警戒ラインをセレーネの哨戒部隊が突破して、侵入して来たからであった。
警報が鳴り響く、レアー号とアプロディテ号。
カイノス星系に向けて、セレーネの無人部隊が侵攻して来たのだ。
既に、防衛中間線を通過されており、緊急発進する必要性がある。
「レイ。 後をお願い」
「アイアイサー」
レアー号を星系防衛の為に残し、アプロディテ号で出発準備に入るレア。
「キランとシィーアを連れて行くから」
「併せて了解」
「セレーネから奪い取った無人艦隊も、展開させておくね」
レアはレイカーにそう言い残してから、キランと一緒にアプロディテ号に移乗して、直ぐ出発して行ったのだった。
イヴェラがレアー号に到着したのは、その数分後。
自宅に居た時に状況を知り、急いで準備をして、最大スピードで吹っ飛ばし、駆け込んでやって来たのだが、一歩遅かった。
「レイさん。 レア達は?」
「もう、行っちゃったよ」
「私を待っててくれてもよかったのに......」
「ダダもヅヅもこっちに残っているのだから、レアの居ない間は2人の護衛が任務だよ、イヴェ。 常々レアが言っているだろ? イヴェラとキランの役割は、ダダとヅヅを護ることだって」
「わかっています。 でも......」
「行きたかったという気持ちはわかるよ。 イヴェラはキランより強い、最強の勇士だからね」
レイカーは、宥める様に話をする。
「それなのに、どうしてキランを連れて行ったのですか?」
「万が一の時に、キランではダダとヅヅを護り切れないだろ? だから、イヴェラを残したってこと」
レイカーは上手く持ち上げて、気持ちを落ち着かさせる。
「それに今回、戦闘員の出番は無いさ。 シィーアとレアだけだよ。 セレーネの斥候部隊を倒すのに必要なのは」
「......」
レイカーの言葉を聞いて、ようやくザワザワした心が鎮まったイヴェラ。
続報が入って来るのを、レイカーと一緒にレアー号で待つこととしたのであった。
アプロディテ号は真っ直ぐに、セレーネの無人哨戒部隊を感知した宙域に向かう。
突破された防衛中間線と言っても、カイノス星系からは相当離れた場所である。
「キラン。 無人部隊とは、どの辺りで遭遇しそう?」
レアが確認をする。
「だいぶ遠いよ~。 すれ違いにならなければ良いけど......」
「なんで、いつも突然セレーネは部隊を送り込んで来るの
......」
シィーアが疑問を呟く。
「それはセレーネが、未だに5000隻の無人艦隊を私達に奪われた理由がわからないからよ」
レアが襲撃理由を予測して説明する。
「時々、無人哨戒部隊を突入させてくるのは、セレーネなりに何らかの結論を出して、その確認の為でしょうね。 人工頭脳らしいやり方だわ」
「では、手出ししない方が良いってこと?」
「出来ればそうしたいけど、そういう訳にもいかないでしょ? 放っておけば惑星アプロディーテーが攻撃を受けてしまうから」
「いずれ、正解を導き出してしまうのかなあ~。 セレーネは......」
「それは、わからないわね」
セレーネは、人類に対して大反乱を起こすに際して、徹底的なレア対策を施していた。
無人艦隊や機械化装甲兵のコントロールをレアに奪われてしまっては、絶対に反乱は成功しないからだ。
レアはコントロールを奪う際、複合波を出して瞬時にシステム制御プログラムを書き換えたり、人工頭脳が認識する命令者をレア自身に置き換える。
ただ、レアは生命体なので、物質を透過しやすい中性子線だけは使うことが出来ない。
その為、艦艇や機械化装甲兵のブラックボックスに、あらゆる複合波が透過しにくくする為、物理的な外壁を幾重にも設置。
これがセレーネのレア対策であった。
長い間、惑星開拓に勤しんでいたレアは、時代の変化や技術の進化に付いていけてない部分も生じていた為、セレーネの単純だが効果的な対策で、無人艦隊のコントロールを奪うことが出来ず、9年前に敗北したのだ。
その4年後、レアの拠点であるカイノス星系に大挙攻め込んだセレーネ。
十分過ぎる程の大兵力であった筈だが、逆にレアに全てを奪われた理由は、シィーアだけが持つ最新バイオ兵器『レテュム』が大きな要因であった。
無重力空間での戦いが得意なキラン。
レアが開発したキラン専用超小型戦闘艇に、シィーアとレアも乗り込み、5000隻の大艦隊の周囲を飛び回って、無人艦隊の攻撃を避けながら、シィーアが『レテュム』を全艦にバラ撒く。
一艦ずつの作業で、根気がいる作戦。
しかし、3人は時間を掛けて、やり抜く。
『レテュム』はバイオ兵器なので、生命体は十数秒で殺せるが、非生命体に対しては、そう簡単に効果を発揮出来る訳ではない。
ただ、同時にナノ兵器でも有り、非生命体であっても侵食して、中枢システムを破壊することが出来る。
そしてレアが、破壊された中枢システムの全てを書き換える。
そのやり方で、コントロールを奪っていったのだ。
スーパー人工頭脳セレーネは巨大なシステムで、クロノス星系第八惑星「アヌビス」に固定されていて移動が出来ない。
よって、レア討伐の大規模遠征艦隊が遠隔コントロールだったので、レア達が何を仕掛けてきたのか、遠過ぎてわからなかったことから、対応策を取れなかった。
そして、最後まで事態を把握出来ないまま、レアに全兵力を奪われしまい、以後、その原因を探り続けているセレーネ。
しかもセレーネは、地球人だけではなく、あまりにも多くの種族を粛清し過ぎて、『レテュム』の存在を知る者達をも抹殺してしまっていたので、答えに辿り着けないまま、約5年の月日が流れていたのだ。
「さてさて。 今回セレーネはどういう結論を導き出して、国境を侵して来たのかな?」
レアは鼻唄を歌いながら、そんな独り言を喋っている。
「キラン。 セレーネの斥候部隊は何隻?」
警戒網に引っ掛かった映像やデータの解析結果を確認して、
「10隻だね。 だからレアの言う通り、何らかの新しいレア対策を取った部隊で、実験の為にやって来たと見て、間違いないよね?」
キランは生まれた時から、レアに引き取られる迄、両親達とほぼ宇宙空間で暮らしていたので、宇宙艦艇のシステムに詳しいだけでは無く、重力の少ない状況や無重力にも慣れている。
特に、超小型戦闘艇の操縦では右に出る者が居ない。
物心がついた時から乗っているのだから、それも当然であった。
それ故に、レアが組織したセレーネ討伐の少数精鋭部隊の一員となっているのだ。
もちろん、それだけでは無く、左腕にはレアが開発したナノ兵器「光子ビーム多層ランチャー&ビームライフル」、右腕には「光子ビームサーベル」が埋め込まれていて、防御シールドも一方向へ盾の様に出現させることが可能であり、一人の戦闘員としても、非常に優秀であった。
「ねえ、レア。 イヴェラにキランの本当のことを話さなくてイイの? キランのことを随分下に見ているみたいで、そういう態度は良くないと思う。 あの5000隻奪取の時だって、キランの操縦が無かったら、あれ程の鮮やかな成果は無かったのだから」
「シィーア。 余計なことをイヴェに絶対言わないで」
それを聞いたキランは、改めて口止めをする。
「そういうことなんだよね。 キランが嫌だって言うから......」
レアも困った表情をしていた。
2人の表情を見比べて、
『いい加減、本心を少し話しておくべきか』
とキランは思い直し、続きを話し始める。
「レアが編成した対セレーネ討伐部隊のメンバー。 レアは当然だけど、シィーアも実戦経験有るってことは、イヴェに知れているよね?」
「そうだけど......」
「その他に、僕も子供の頃からセレーネとの戦いにずっと参戦していたってイヴェが知ったら、どう思うかな? あの性格だよ」
「それは......イヴェ、焦るよね? 絶対」
「イヴェは実戦経験が無い。 でも目茶苦茶強い。 必要な時に、その力を最大限発揮して貰う為には、僕を見下しているぐらいで、丁度良いんだよ」
キランはそこ迄話すと、レアを睨む。
「イヴェの強さの源は、アトラス人としての高いプライドだよ。 品行方正な優等生で、不俱戴天の敵とかそういうものを力に、強くなっていくタイプでしょ? 和解させようとか余計なことをしていると、イヴェは心に迷いが生じてしまい、セレーネとの戦いで亡くすことになるよ」
はっとするレア。
「ごめん、キラン。 そこ迄考えてくれていたなんて、気付いて無かった......」
「小型戦闘艇に乗っていた僕の両親は、レアと僕の目の前で、セレーネの無人艦隊の戦艦の中性子ビーム砲で焼かれて死んだよね? 両親だけじゃない。 あの時多くの仲間達が無慈悲に焼かれて死んでいった......僕はあのシーンを絶対に忘れない」
「そして、両親や仲間達に誓ったんだ。 絶対にセレーネを倒すって。 だから、ナノ兵器への改造も受け容れた」
「セレーネを倒す迄は、他のことに注意力を取られている訳にはいかないよ。 せっかく昨日シィーアが告白?してくれたのに、返事が出来なかったのは、そういうことかな」
キランは、ずっと真面目な表情であった。
「キラン、ごめんなさい。 イヴェラのことを心配して、戦闘経験が有ることを黙っていて欲しいってことだったのね。 私って浅慮過ぎ」
シィーアも、少し涙を浮かべてしまう程の気遣いであった。
「僕も早く戦いたいって、10歳なのに無理を言ってしまった。 結局レアに助けて貰って、戦闘経験を得ることは出来たけど、引き換えに多くのものを失うことに。 僕があんなこと言わなければ、両親は無理に戦いに参加せず、今でも生きていたかもしれないんだ......」
「若い時って、早く経験したいって焦ってしまいがちだけど、特に戦闘なんて、出来れば経験しない方がイイんだよ」
レアもキランの想像以上の成長に、言葉を失っていた。
生体頭脳なので、感動して涙を流す様な習慣は無かったが。
「ダダとヅヅもエンジニアだけど、実戦経験有るからね。 だから、余計にイヴェラが焦る原因になるか......」
レアはそう言うと、
「次は、イヴェラを必ず連れて行く。 今回もそうすべきだったって、キランは言いたいんだよね?」
「ゼロは、ずっとゼロのまま。 イチにはならないから......」
「早く経験させて、不安要素を消してあげないと。 あんなに強いのに、経験ゼロのままは絶対に良くないよ」
暫くすると、新しい情報が入って来た。
セレーネの哨戒部隊が、進路を変更して真っ直ぐアプロディテ号を目指して進んで来ていると。
既に探知されてしまった様であった。
「レア、どうする?」
キランが指揮官に確認する。
「10隻なら、普通に戦闘してみようよ」
「1対10だよ。 ちょっと危険じゃない?」
シィーアが自身の意見を述べる。
「こっちも新兵器を試してみたいし。 ダメなら5000隻の艦隊のところ迄引くよ。 キラン、アプロディテ号の操縦をお願いするね」
レアは、シィーアと『レテュム』に関し、独自研究を行っていて、『デスティニー(運命)の槍』という兵器を開発していた。
シィーアによって生成された『レテュム』を少量搭載した超光速ミサイルに、短距離亜空間遷移機能を持たせて、敵艦艇内部に向けて発射。
亜空間遷移で敵艦内に直接移動し、何処に突き刺さると自動的にミサイルはバラバラに。
散らばった破片から、『レテュム』が侵食を開始して、艦艇の中枢システムを破壊し乗っ取るという兵器だ。
この『デスティニーの槍』を、今回初めてアプロディテ号に搭載してきたレア。
その実射を初めて行う。
予想遭遇ポイントは、当初3日後であったが、セレーネ部隊の艦艇速度が予想よりも速く、60時間後には会敵すると見込まれた。
その状況をレアー号に報告してから、アプロディテ号は亜空間遷移を繰り返して、足を速める。
セレーネとレア。
お互いに技術の進歩を競う戦いが既に始まっており、その優劣で双方の運命が決まる。
人類社会の大半を制圧したセレーネの方が、戦力的にはだいぶ優勢。
ただし、生体頭脳は人工頭脳よりもポテンシャルで凌駕しており、セレーネ誕生前に移住した3種族のオーバーテクノロジーを使える点も活かして、レアは戦力的劣勢を補っている。
セレーネから奪い取った、レア側の貴重な戦力である5000隻の艦隊も、絶えずバージョンアップを続けているセレーネ軍の情勢から見れば、この5年の間に、やや旧型へと陳腐化してしまっているであろう。
唯一無二の存在であるレアの生体頭脳は、増やすことが出来ないが、汎用の人工頭脳の応用型であるセレーネは、いくらでも自身を増設出来る。
増えれば増えるほど能力が上がっていく点は、セレーネの大きなアドバンテージだ。
制圧した人類社会の遺産の全てを使える点も、セレーネのアドバンテージで、あらゆる生産設備の大半を無傷で入手したセレーネの生産能力は、辺境の新国家を拠点としているレアとは何万倍もの差があり、軍事力の生産能力という点では比較の対象にすらならない。
ただ、セレーネは、抵抗するテラ人を中心とする反セレーネ残党軍との戦いも続いており、ゲリラ戦での長期戦となっていることから、その点はレアに有利に働いていた。
「そろそろ、遭遇する筈」
キランがそう呟いた時に、アプロディテ号の艦内に警報が鳴る。
「ミサイル、急速接近。 ミサイル、急速接近」
アプロディテ号に搭載の人工頭脳が警告を繰り返し告げる。
「新型? まだ射程外の筈だけど」
レアが思わず呟く。
「一応回避するよ。 みんな、固定されているものに掴まって」
キランが大声で指示したので、レアとシィーアは座っていたシートに獅噛みつく。
アクロバットな動きをするのが、キランの操艦の特徴だからだ。
レアがアプロディテ号のシールド出力を最大に上げる。
艦内に居る機械兵やロボットは、対応出来ず床上や天井を転げ回り始める。
キランが、ミサイル回避行動を開始したのだ。
シールドに当たって爆発する新型のミサイル。
第一波は50発が発射され、半分は回避して迎撃システムが撃ち落としたが、残りの半分はシールドに当たる。
新型ミサイルは強力な威力だったようだ。
今までは50発程度のミサイルで、シールドが揺らぐことは無かった。
しかし、今回は......
「シールド出力大幅低下。 シールド出力大幅低下」
アプロディテ号の人工頭脳が警告を連発する。
セレーネの新型ミサイルの威力で、シールドが一時的に7割減にまで減衰したのだ。
「続いて、第二波ミサイル攻撃。 来ます」
シィーアが再警報を聞き、敵部隊の様子をスクリーンで確認すると、新たなミサイル群の発射が確認出来たのだ。
「ヤバいね~。 キラン頼むよ~」
レアはそう言うと、緊急で『デスティニーの槍』を10隻に向けて発射させた。
3次攻撃を防ぐ為だ。
「シールドのパワーが足りなさそうだから、私のエネルギーで補うよ。 暫く会話出来なくなるのでよろしくね」
レアはそう言うと、自身の持つ膨大なエネルギーを使って、減衰したままのシールド出力を大幅に上げる。
キランも、艦内に居る者達に構うことなく、超アクロバット操艦で、ミサイル群の命中回避行動を続ける。
そして、セレーネの部隊からの第二波ミサイル群の一部が命中。
爆発を繰り返し、衝撃波が一気に膨らんで大きくなる。
キランの操艦で、第二波は30発を避けたものの、20発はシールドに命中。
レアのエネルギーを回しても、シールド出力が9割以上減衰してしまっていた。
「第三波攻撃が有ったら、沈むかも」
キランは状況が悪くて焦っていたが、やがてセレーネの斥候部隊10隻は、行動を停止して、宇宙空間を漂い始めたのだった。
「『運命の槍』が効いたみたいだね、レア」
キランはレアに話し掛けるも、レアは一時的にエネルギーを使い過ぎて、答えることが出来ない。
その様子を見て、キランはシィーアに、
「レアを連れて小型戦闘艇に移乗しよう。 敵艦に乗り込んで、デスティニーの槍の効果を確認しておかないと。 もし敵のシステムが復旧したら、超ヤバいから」
シィーアはそれを聞いて、慌ててレアを背中におぶろうとする。
ところが、尋常でない質量となっていたレア。
「レアって、超重い」
とてもじゃないが、背負うのは無理そうなので、機械兵を呼び寄せて、レアを運ぶのを手伝わせる。
そして3人はキラン専用小型戦闘艇に乗り込むと、アプロディテ号を発進して、一番近くで漂っている敵艦に近付く。
近付いても反撃は無いが、レアが制御を奪おうとするも、物理的なレア対策が施されており、制御を奪えない。
そこでキランは小型戦闘艇のミサイルでハッチを壊して、艦内に侵入。
ようやく、レアが自力で動けるようになったので、レアとキランは光子エネルギーシールドを、シィーアはバイオ兵器『レテュム』によるシールドをそれぞれ張って、艦内の中央制御室へと急ぐ。
「あれ? この艦には重力が有るよ。 弱いけど......」
セレーネの無人艦隊は、誰も乗っていないので、重力発生装置が搭載されていない。
重力発生装置は大きなエネルギーを必要とする。
無ければその分、エネルギー砲の出力を高く出来るからだ。
すると、艦内には多くの機械兵が動いているのが確認出来た。
レアは、自身の体全体を重金属に変質させる。
「ヤバいね、レア。 あれが新しいセレーネの対策かな?」
「そうみたい。 今までは機械兵乗って居なかったものね」
「あれ全部倒すの?」
「それしか方法が無いでしょ?」
幸い、機械兵は装甲兵では無かったので、一気に艦内制圧を目指すことに。
ひとまず、アプロディテ号を自動操縦で、一旦離れた場所に退避させてから、機械兵に対して、3人は攻撃を開始。
レアとの戦闘状況から、無人艦隊の艦艇内に侵入されて、大艦隊がレアに奪われたことに気付いたセレーネ。
今回セレーネが送り込んで来た戦闘艦内の侵入者対策は、十分に配慮がなされていた。
それが機械兵の配置であり、重力も有ったのだが、中央制御が『レテュム』によって壊されたので、3人の侵入者に気付いた機械兵が個別に攻撃して来るだけであった。
「無人艦隊の弱点は、中央制御が壊されると、指揮系統が無くなることね」
シィーアはそう言いながら、次々とレテュムで機械兵の制御システムを破壊してゆく。
大型の艦艇の場合は、レテュムのナノ兵器機能で制御を壊すのには時間が掛かるが、機械兵の様な小さくて単純な構造の場合、機械兵がシィーアの『レテュム』シールドに触れると5秒程度で、行動不能になる。
「いやあ〜。 エルフィン人って本当に凄いモノを開発するね~」
レアも感心する程の兵器としての性能を持つ『レテュム』。
ただ、シィーアの活動限界が来ると、レテュムが生成出来なくなるので、なるべくレアが持っている光子銃とキランの両腕に組み込まれているナノ兵器の光子エネルギーランチャーとサーベルで、機械兵を破壊する方針に切り替えた。
艦内に居た機械兵は、合計100体。
全部倒してから、中央制御室へ。
レテュムで破壊された制御システムに、レア用の小型制御システムボックスを設置し、中央制御室の重厚なドア5枚を全て爆破。
レアの制御複合波受信の物理的妨害を取り除くと、作業は完了。
これで、レアが遠隔操作出来る様になる。
「倒した機械兵はどうしようか? また動くかもしれないし、邪魔だよね」
キランがレアに確認すると、
「コイツで、宇宙空間に放り出しちゃおう」
レアはいつの間にか、解体掃除用ロボット数体を小型戦闘艇に積んでいた様だ。
レアは壊れた機械兵を制御して、掃除ロボット達の前に並べる。
すると、掃除ロボット達は、機械兵の分解を始める。
手足が外され、ダストタンクへ。
高価な中枢部は持って帰る為、貨物用コンテナへ。
掃除ロボットは手際良く、10分ほどで分解を終了。
ダストタンクは宇宙空間に放出し、貨物用コンテナはハッチ内に固定する。
「これで、作業完了。 残り9隻ね」
シィーアは少し疲れた表情を見せながら、小型戦闘艇に乗り込む。
先に乗り込んでいたキランが発進準備をしていたのだ。
「レア。 そろそろ次の艦艇内に向かうよ」
「はーい。 とりあえずこの巡航艦で、他の9隻に対する攻撃態勢をとっておくね」
レアはそう言うと、完全制御して、先ず制圧した巡航艦の臨戦態勢をとったのであった。
やがて残り9隻も、同様の手順で次々と制圧。
古の海賊の様に、次々と乗り移り、機械兵を倒す。
レテュムで破壊した巡航艦の中枢制御に、レア用の制御装置を設置し、全てが終わったのは約6時間後であった。
「お疲れ様〜」
レアが2人を慰労する。
「良かった~。 無事に終わって」
キランも安心した様子を見せる。
「戦いのデータがセレーネに送信されたかな?」
シィーアは少し心配をしている。
「最初に、『デスティニーの槍』で、中枢制御を壊したから、何も送られていないと思うよ。 アプロディテ号から妨害波も出し続けておいたから」
レアはそう答えると、レアー号に
「これから帰る」
と連絡を入れる。
「帰ったら、拿捕した10隻の解析だね。 自爆システムの有無を確認してからだけど」
セレーネは失敗すると、無人艦隊が自爆する様に設定している場合が多いので、隅々まで確認しておかないと、余計な犠牲が出る可能性が有るのだ。
帰路のアプロディテ号の艦内で、今回の戦闘についての記録を確認しながらレアは、
「しかし、キランは訓練だと負けてばかりなのに、実戦だと大活躍するよね?」
レアは訓練で手抜きをしているのではないかと釘を刺す。
「手抜きはしていないよ。 単純にただ弱いだけです」
キランは謙遜して答えるだけであった。
「そうだ。 アプロディテ号が攻撃された後、レアが凄く重くなっていたのですけど」
シィーアが不思議そうに質問する。
「あれはコアを護る為。 コアにはリウが居るから、コアの周囲の物質を重金属に変化させたの。 だから一時的に私の体重が100キロぐらいになっていたのよ」
レアは理由を説明。
「なるほど~。 普段から重いのだと思っちゃいました」
「それは、リウに失礼かもよ。 私の普段の姿はリウとほぼ同一だからね。 体重も」
レアは笑顔でそう言うと、近年はずっと寝ているコア内のリウの様子を気遣う。
9年前のセレーネとの戦いでは、リウの判断を仰ぐ場面が多く、リウは疲れ切ってしまっていたのだ。
コアに居るだけで、精神的な消耗が有る。
肉体的な消耗は無くても、精神的な消耗は大きな疲労を生む。
『セレーネを倒す迄、出来るだけリウの力に頼らないようにしたい』
星星の煌めきをアプロディテ号の前面スクリーンを見れ眺めながら、そんなことを考えていたレアなのであった。