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第103話(新たな戦い)

【新章スタート】


リウ・アーゼルの没後200年。

地球人は滅亡の危機に瀕していた。

危機に備えて、レア・アーサが発見し開拓した惑星アプロディーテー。

ここは、多くの異種族が移住して、強大な敵への反撃の拠点となっていた。


キーラン・アーゼルはレアのもとで訓練を受けていた。

少数精鋭の特殊能力を持つ若者で構成されたレアの新しい部隊。

若者達の人間ドラマと苦しい戦いの幕開けである。


 レアとレイカーが惑星開拓に従事する様になって、長い月日が流れていた。


 そして、西暦4100年を超えたある日。

 リウ・アーゼルが亡くなって(正式には居なくなって)から約200年後の時代。


 場所は、カイルス星系の惑星アプロディーテー。

 そこは、旧西上国の辺境アフロディア星系から数千光年、時間距離にして約6か月離れた所にあるニューフロンティアである。



 18歳の地球テラ人、キーラン・アーゼルは、訓練施設に居た。


 厳しい訓練を終えて、訓練用キューブを出ると、

 「お疲れ〜、キラン」

 ドヴェルグ人の同級生ダーダネ・ド・レンテが、同じく訓練を終え、キューブから出てきて、声を掛けてくる。

 「ダーダもお疲れ様」

 キランが返事をすると、

 「俺は、これから地獄のマンツーマン授業だよ」

 トホホ顔のダーダネ。

 「あっ、俺もだった......」

 キランも憂鬱そうな表情で答える。


 「化け物だからな〜。 先生は」

 2人でそんな会話をしていると、爽やかな香りが鼻をくすぐる。

 思わず匂いを嗅いでしまうキラン。

 やはり同級生のイヴェラ・リヒ・アルテミスが、訓練キューブを降りて、キランの後ろを通り掛かったのだ。

 「イヴェ、お疲れさ......」

 キランがイヴェラに声を掛けると、その途中で、

 「変態」

と遮られて、思わず声を引っ込めてしまう。

 イヴェラはキランを睨みながら、

 「クンクンするんじゃないわよ、犬じゃあるまいし。 これだからテラ人は」

 敵意剝き出しの言葉を浴びせられる。

 ダーダネもそれを聞いて、ガッチリ体型の肩を竦める。

 「テラ人がアトラス人に気安く声を掛けないで。 不俱戴天の敵同士なんだからね」

 そう言い残すと、イヴェラは訓練ルームを出て行ってしまった。


 「まあ、いつものことだけど、イヴェラはキランにキツく当たるよね?」

 ダーダネが『ドンマイ』という表情を見せながら、キランを慰める。

 「俺、イヴェに嫌われる様なことしたかな?」

 「それだよ。 イヴェラをイヴェって省略するからじゃない?」

 ダーダネが少し笑いながら、冗談混じりで指摘する。

 「そんなことで? 有り得ないよ~」

 同意を求めるも、

 「俺も、最強の美少女に嫌われたくないから、キランの肩は持たないよ。 ゴメンな」

 そう言うと、イヴェラに続いてダーダネも、次のマンツーマン授業の為、訓練ルームを出て行くのであった。

 ちなみに、キーランを呼びやすくする為、みんなからは『キラン』と省略されている。




 アトラス人と地球テラ人は、同じ地球を母星とする人種だ。

 ただ、百万年以上前に氷河期で居住環境が悪くなった地球を離れたのがアトラス人で、独自の高度な文明を持っており、長い間銀河系内で覇を唱えていた。

 そこに、後から少し異なる進化と文明を持ち、約1500年前に銀河系内に進出を始めたテラ人。

 約1000年前に両者は激突し、銀河系で大戦を繰り広げた結果、アトラス人はまさかの大敗北を喫してしまい、以後衰退して、近年は旧アルテミス王国の一角に居住する状態であったのだ。



 『いくら種族間の戦いが有ったとはいえ、もう1000年も前の話。 それを今でも不俱戴天の敵って言われてもな~』

 キランはそんなことを考えながら、溜息をつく。

 すると、

 「キラン。 いつまでボーっとしているの? マンツーマン授業の時間になっているわよ」

 2人が先生と話していた人物が後ろからやって来て、直ぐに準備をする様に指示をする。

 「あれっ、ダーダの訓練をするのではありませんか?」

 キランが確認すると、

 「2人同時よ。 ダダは座学のマンツーマン授業だから、同時で全然問題無いわ」

 ダーダネから先生と言われていた女性は、その様に答える。

 そして、直ぐに訓練が始まるのであった。


 その先生とは、レア・アーサ。

 生体頭脳が生命体に進化した、奇跡の存在。

 レアは人間の姿になって、200年経つが、相変わらず伝説の地球人女性『リウ・アーゼル』の姿とほぼ同一のままであった。

 「さて。 体得の技を確認するわよ」

 レアはそう言うと、キランに古代のオリエンタルな技を連続で掛ける。

 かつて、リウがショ・エーレン少佐より受け継いだ技。

 相手の力を利用して、自身は流れる様に相手の技を受け流し、有利な体勢を維持し続ける。

 レアはリウが学んだことは、全てそっくり再現出来るので、その技を他者に教授することも可能であった。

 キランはレアの訓練を受けること約9年。

 既に、それなりの領域に達していた。

 

 その訓練の様子を、ルームの外からこっそり見詰めるイヴェラ。

 イヴェラがキランに反発する一つの大きな要因が、レアから色々と直接教わっていることに対してだった。

 レアは、ファッションモデルとして不動の人気が有り、しかも唯一無二の特殊な生命体だということも、人々に知れ渡っている。

 だから誰しもが、彼女と親しい関係を持てたらという願望がある。


 『私の方が実力も上なのに......』

 イヴェラも時々、レアからの直接指導を受けるが、キランは10歳の時からずっと。

 普段、アーサ夫妻と一緒に生活しているキーラン・アーゼル。

 アーゼルの姓を受け継いでいるが、リウと血縁関係は無い。

 リウの養子になった、レイザール・フォン・アーク(レイザール・アーゼル)の末裔であるので、アーゼル姓を名乗っているのだ。

 そうした先祖の英雄リウ・アーゼルとの関係や両親がレアと一緒に戦って亡くなったことで、キランは特別扱いを受けている。

 イヴェラはそれが非常に羨ましく、ことある毎に、キランへの強い反発の態度が出てしまうのであった。



 1時間程して、訓練は終了。

 「キラン、お疲れ様。 今日の集中力はまずまずね。 時々全く集中力が無い時も有るのが、キランの悪いところだけど。 まあ、年頃の男の子だから、色々と迷いや想いが出てしまうのは、当然かな?」

 レアはそう言うと、汗を拭いたタオルをキランに渡す。

 「美女の汗が染みたタオル。 今日のおかずにしても良いわよ」

 そう言って誂いながら、部屋の外から覗いているイヴェラの方を一瞥する。

 レアの視線に気付き、慌ててその場を離れるイヴェラ。

 『まあ、あの子も難しい年頃よね〜。 どうしたら、キランとイヴェラが協力して、一枚岩になれるかしら......』

 そんなことを考えながら、キランに渡したタオルを再度受け取るレア。

 「私の汗は、人間と違って老廃物が入っていない、ただの水だからね。 匂いは無いよ」

 その言葉に驚いたキラン。

 レアの汗がただの水っていうことに驚いた訳ではない。

 レアは、キランがイヴェラの汗臭さを隠す香りを嗅いで、怒られたことを知っている表現だったからだ。


 「レア、どうしてそれを......」

 キランが少し恥ずかしそうな表情を見せながら、確認する。

 「それは、私がレアだからね。 この惑星での出来事ならば、大概のことは知っているわよ」

 何でも同時に出来る不死身のレアが、9年前にスーパー人工頭脳のセレーネに敗北して、この惑星に戻って来たなんて、一緒に戦ったとはいえ、今でも信じられないキラン。

 その後は、逆に攻め込んで来たセレーネの無人艦隊5000隻をレアが奪い取って、痛み分けとなり、以後小康状態となっている。

 そして現在、そのセレーネを倒す為の特殊な訓練を受けているのが、キラン達であった。



 「ダーダネの訓練は終わったのですか?」

 キランは話題を変えようと、友人の話題に触れてみる。

 「いや。 ダダは点数が悪かったから追試中よ」

 制御システムを瞬時に構築する能力で、天才的な力を持つダーダネ。

 その場で、書き換えるのなんて朝飯前。

 セレーネに勝つには、この力が最も重要だと、レアは常日頃から言っている。

 「僕達だけで、レアでも勝てなかったセレーネに、本当に挑むのですか?」

 レアが訓練を付けているのは、特別に選ばれたとはいえ、たったの数人。

 それにレアが加わって、セレーネに逆襲を仕掛けるのだという。

 「セレーネに、力わざは通用しないの。 だから少数精鋭で勝負するしかないと思うのよね」

 レアは敗北から得た経験で、今回の逆襲計画を立案していた。




 キラン達が住んでいるのは、カイルス星系。

 ここは、レアが大規模に入植者達を募集して発展したフロンティアであった。

 地球人の領域から数千光年離れており、120年程前、銀河系の外縁部でレアの達開拓団が発見した可住星系。

 その後、腰を据えてカイルス星系を本拠地と決めたレア達は、地道に開発を進めて来たが、リウの盟友達や衣鉢を継いだ三国同盟の指導層の多くの者が鬼籍に入り、地球人類の行く末に、再び暴走するのではと不安を感じ始めていた当時のレア。

 レアは自身の誕生した役割を果たす為、エルフィン人、アトラス人、ドヴェルグ人の3種族に対してリスク分散の目的で、遠く離れたカイルス星系への大規模な入植を提案したのだ。

 これを『ウラノス計画』という。


 レア達を交えて数度の話し合いの結果、テラ人が中心の銀河系の世界における政治的・軍事的リスクを分散するため、計画への参加を決めた3種族。

 入植は、時間を掛けて進める方針となったのだった。

 その入植者の第一陣が三国同盟の各首都星系より出発したのが、ちょうど50年前。


 その後レアの予測通り、三国同盟各国やテラ帝國の政情が段々と不安定になり、大きな危機感を抱いた3種族が、レアが統治するカイルス星系への大規模な入植を全面的に推奨するような情勢となったのだ。

 やがて、大衆迎合主義者・世紀末論者・陰謀論者のマック・ジョーカーがノイエ国大統領に就任し、ノイエ国に住むエルフィン人達の国外への入植禁止令を出した25年前まで、50次に及ぶ入植団が編成されてきたのだ。 


 一回の入植団当たり、各種族5万人ずつが100隻に分乗。

 3種族で合計15万人、300隻の入植輸送船団が編成されていた。

 片道半年を掛けて、遥か彼方のフロンティアに向かう。

 それが合計50回。

 3種族それぞれ約250万人ずつ入植したことで、一気に発展したカイルス星系。

 レアと一緒に最初から開拓団として入っていたテラ人も、250万人限定で入植しており、合計1000万人余りの人口を抱えている。

 衰退が進む3種族に配慮して、4種族がなるべく均等の割合で住む理想的な人種バランスをとっている。

 組織的な入植終了後、地球人類が2000億人も居ることに比べたら微々たる勢力であり、それ故に、カイルス星系が脅威と捉えられることはなく、遠く懸け離れた場所に存在する、独立した小国家という位置付けとなっていた。

 これは、人工頭脳セレーネの大反乱・大粛清が発生する前までの評価であったが......



 

 「キラン。 今日の夕ご飯は何にする?」

 レアが母親代わりで引き取っているから、この様な会話は日常茶飯事だ。

 「特別希望はありません。 レアが作ってくれるものであれば、何でも」

 キランの両親は、レア達と一緒に参戦したセレーネとの戦いで亡くなったので、以来レアとレイカー夫妻に育てられている。

 「じゃあ、イヴェラも呼んで4人で食べましょうか?」

 少しでも関係を良くする為、度々イヴェラを食事に誘うレア。

 「えー。 イヴェも?」

 キランは苦手なので、露骨に表情に出てしまう。

 「貴方達2人が協力してくれないと、セレーネを倒すことなんて、永遠に出来ないわ。 いい加減セレーネを止めないと、地球人類は滅亡してしまうだろうし。 一緒にアトラス人もね」

 レアはそういう表現をしたが、既にセレーネの人類に対する大反乱で、地球人は十分の一にまで、激減してしまっている。

 3種族もレアのもとに居る人達を除けば、滅亡目前の状態に陥っていた。

 だからキランとイヴェラも、人種の違いで啀み合っている場合ではないのだ。



 レアに呼ばれて、バツが悪そうに戻って来たイヴェラ。

 「イヴェラも一緒に私達と夕ご飯食べない?」

 レアに誘われて、黙って頷いて付いて来るイヴェラ。

 憧れの存在であるレアの前では、いつもしおらしい美少女。

 『猫かぶっているな。 レアの前だと』

 キランは、イヴェラが自分に対して強い態度をとっている癖にと、内心そんなことを思ってしまう。

 「2人共に、子供だなー。 全く」

 レアは2人の表情を見ながら、心の内側を読んでおり、そんなことを考えていたのであった。

 



 レアー号に戻ると、シィーア・JF・アーガンがレイカーと一緒に食事の準備をしていた。

 「げっ、エルフの死神」

 思わず、別称を言葉にしてしまったキラン。

 そのことでレアに背中を叩かれ、武術の『掌底』の様なモノを喰らい、息が止まる。

 「女の子に死神だなんて、男の子が言ってはダメなことですよ。 だからモテないのよ、キランは」

 お仕置きをされて、苦しむキラン。

 「ゴホゴホ」

と咳き込んで、大きく息を吸い続ける。


 ようやく息を整え直すと、イヴェラが冷たい視線でキランを見ていた。

 「ホント、キランってテラ人の典型例よね。 口が悪過ぎ。 アトラス人は悪口は言わないよ。 まあ、キランはあのクズ皇帝ネイロの一族だもの。 アホな皇帝と一緒にされたくないからって、偽アーゼル姓を名乗っているのかもね......」

 その言い草に、少しムッとするキラン。

 ただ、イチイチ反応していては、精神衛生上よくないし、レアを悲しませるので、グッと堪らえる。

 テラ帝國第6代皇帝ネイロ・フォン・アーク。

 確かに、国を滅ぼした愚帝として、現代史に悪名を轟かせている人物であるのは事実だった。


 すると、シィーアが、

 「イヴェラ。 アトラス人は悪口言わないんじゃないの?」

と言って、笑い始める。

 「クズ皇帝ネイロと一族とかって、どう聞いても悪口でしょ?」

 「ネイロがクズって言うのは、一般的な評価での言い方だよ」

 イヴェラはシィーアに抗議をすると、

 「『エルフの死神』っていう私の幼い頃からの別称、結構好きなんだよね。 だから悪口だなんて思っていないよ、私」

と意外なことを口にする。



 エルフィン人は、地球人のファンタジーやSFでよく出て来るエルフと似た異星人。

 だから、『エルフ』という別名が、地球人達から付けられている。

 シィーアは、エルフィン人が持つ、最先端のバイオテクノロジーで開発されたバイオ兵器を自由に操る能力を持っている。

 彼女に攻撃されると、生けとし生ける物は十数秒で死んでしまう。

 恐ろしいバイオ兵器を常に身に帯びているのだ。


 スーパー人工頭脳『セレーネ』計画をノイエ国が推進し始めた時、エルフィン人達もそれに対抗する為、前々からレアの存在だけでは心許なく思っていたことから、新しいバイオ兵器の開発を極秘に進めていた。

 その適合者として選ばれた一人が、シィーア・JF・アーガン。

 名前の通り、エルフィン人の指導層階級にあるアーガン一族の出であり、バイオ兵器を肉体に融合させる為、実験台として乳児の時、極秘研究に提供された少女であった。

 彼女は奇跡的に生体手術に成功し、バイオ兵器との融合を果たしたが、同様に適合者として事前のあらゆるテストを潜り抜けた大半の者が、最終段階の生体バイオ兵器埋込手術で失敗し、制御出来ず融合した筈のバイオ兵器の餌食となって死亡してしまっていた。

 それほど、危険な兵器であったのだ。


 それが、ウィルス型バイオ兵器『レテュム』。 

 これに触れただけで、あらゆる生命体は細胞内が侵食され、十数秒で死に至る。

 非生命体は、そのシステムが破壊され、機能が停止してしまう。

 バイオ兵器とナノ兵器のいいとこ取りをした究極の兵器。

 『レテュム』を体内に好きなだけ寄生させ、完璧に操れるのは、今のところシィーアしか存在しない。

 よって、『エルフの死神』の異名が付けられたのだ。



 レアは、セレーネとの戦いで敗北した9年前、自爆破壊される前のJJ・R・アーガン社極秘研究施設からシィーアを託されており、以後拠点である惑星アプロディーテーに引き取って、生活を共にしていた。

 ただ、『レテュム』が非常に危険なバイオ兵器である為、子供の頃からキランはレアー号で、シィーアは姉妹艦のアプロディテ号で、別々に生活をさせていたのだ。



 そして、キランがシィーアを恐れるのには理由がある。

 2人がまだ少年少女時代、くだらないことで大喧嘩をしたことが有り、キランは怒り狂った彼女にバイオ兵器『レテュム』で攻撃されてしまい、死にかけたことがあるのだ。

 この時は、レアがギリギリで救ってくれたものの、それ以後トラウマとなっている。

 それで思わず、「げっ」と言ってしまったのだ。

 イヴェラと異なり、普段は物静かなシィーア。

 訓練も、他の者達とは別のやり方で行っている。


 シィーアも大人になり、子供時代とは異なって、『レテュム』を100%完璧に操れる様になっているが、それでも一歩間違えれば、仲間達を訓練で死なせてしまう可能性もゼロでは無いので、訓練はレアの監視下、一人で続けている。

 レアのウラノス計画に積極参加せず、大半がノイエ国に残っていたアーガン一族は、セレーネの大反乱に巻き込まれて死滅しており、その復讐を遂げるのが、彼女の当面の目的であった。




 「みんな疲れただろう。 今日は先に作っておいたよ」

 レイカーは、若者達を慰労しながら、珍しく豪華な夕食を薦める。

 「レイさん、どうしたのですか? いつもよりだいぶ豪勢ですよね?」

 キランが理由を確認すると、

 「キラン、もしかして忘れているのか? 今日は、シィーアの19歳の誕生日だぞ。 長命種族エルフィン人は19歳でも子供扱いだけどね」

 レイカーはそう言うと、プレゼントをシィーアに渡す。

 「これは、レアと俺からだ。 たまにはこういうことも無いとな」

 するとシィーアは、嬉しそうな表情を浮かべ、涙を滲ませる。

 「本当にありがとうございます。 両親の顔も知らない私ですが、誕生日を祝って貰えて嬉しいです」


 一連の会話を聞いていて、ずっと

 『しまった』

という表情を見せ続けていたキランとイヴェラ。

 2人共、もちろんシィーアの誕生日を知っていたのだが、完全に忘れていたのだ。

 「ゴメン、シィーア。 今日は誕生日なのに、さっきあんなことを言ってしまって」

 キランは素直に謝ることにした。

 「シィーア、私も謝らないと。 親友なのに、誕生日プレゼントを忘れていて......」

 イヴェラも続いて謝る。


 「2人共イイって。 こんな時代だもの。 誕生日を祝える人はごく僅か。 大半の人達はセレーネのもとで奴隷の様な生活をしているか、セレーネと日々戦っているかの、苦しい時代でしょ?」

 その様な厳しい時代にあって、平和な暮らしを続けているのはレアのウラノス計画に従ってカイルス星系に移住した少数の人々か、名前も知られていない、銀河系辺境部の惑星に移り住んでいる人達ぐらいであるのだから。


 「だからこそ、忘れちゃいけないんだよ。 来年誕生日を迎えられるか、分からない時代だもの」

 キランは、らしからぬ真面目なことを話したので、シィーアが笑みを浮かべる。

 「いつも、啀み合っているイヴェとキランが、今日は大人しかったり、真面目なことを言ったりと、不思議な日ね」

 「啀み合っているって言う訳じゃないよ。 不俱戴天の因縁が有るだけだから」

 イヴェラは、シィーアの言葉に少し反論するものの、それ程強い口調では無かった。

 「不俱戴天ね~。 イヴェの言っていることを私に当てはめたら、私とも不俱戴天になっちゃうわよ。 何十万年前だったか忘れちゃったけど、エルフィン人とアトラス人も大戦争やったよね?」

 「何十万年前と千年前では、全然違うでしょ? 今はお互い衰退して、滅亡を座して待つ種族同士。 しかも随分昔に和解しているのだから......」

 イヴェラは再反論するも、説得力は余り無い。

 今や、地球人も自爆して滅亡の危機へと真っ逆さまに転落しつつあるのだから、種族同士の因縁を理由に、不毛な個人間の対立関係を作るべきでは無いと、シィーアはやんわりと釘を刺したのだ。


 「シィーアの言う通り。 そもそも地球人が立てた国の一つであるアルテミス王国の初代アルテミス王は、アトラス人なのよ」

 レアがイヴェラも知らない秘密を暴露する。

 「レア、その話は本当なの?」

 「初代王妃はテラ人。 不俱戴天ってみんな言うけれども、個人間ではお互い好きになって、恋愛し結婚するのよ。 しかも王家は子孫も繁栄したわ。 だから王家は代々アトラス人の血を引いているって訳ね」


 「なるほど~。 アルテミス王国にアトラス人が居住していて、その技術を王室が使っている理由って、王家の始まりに有ったんだね。 初めて知ったよ」

 かつてリウ・アーゼルが、王家で暮らしていたことにより、アトラス人だけが使用を許されている個人用のシールド装置を貸与されている状況を何度か目撃し、リウが有効活用していたことをレイカーは思い出していたのだ。


 「そういうこと。 イヴェラの気持ちもわかるし、アトラス人の中に、そういう意識を持っている人が多いことは知っています。 でも、生物学的には差異の少ない人種同士だから、アトラス人とテラ人は、異種族同士でも子供を作ることが出来る。 不俱戴天って言葉を使うのは、そろそろ止めてもイイのかなって私は思うの。 王室に限らず、アルテミス王国の国民は一定の割合で、アトラス人の血が入っているのだから」

 巨大人工頭脳セレーネの大反乱で、テラ帝國もノイエ国も西上国も滅んでしまったが、アルテミス王国だけは遠くディアナ星系に遷都して抵抗を続けており、滅亡していない。

 それは、アトラス人の不屈の精神が受け継がれているからであろう。


 「同じ地球を母星とする種族同士。 しかもアトラス人は、地球に新しい文明が生まれつつ有ったことで、一旦離れた母星に戻らず、テラ人を保護する配慮をしたのに、その後急速に発展して宇宙時代が到来したテラ人は、アトラス人を遠慮なく攻撃した。 だから、アトラス人から見ると不俱戴天っていう関係になったことはよく分かるけど......」 

 レアは残念そうな表情でそう語ると、

 「各異種族間で生殖して、子供が出来るのはアトラス人とテラ人の間だけ。 だから、キランとイヴェラがエッチすれば、子供が生まれるのよ」

 「えっ......」

 イヴェラは、少し想像してしまい、顔を真っ赤にしながらも、嫌そうな表情をする。


 「シィーアとキランの間で子供はまず出来ない。 ドヴェルグ人のダダとの間でもね。 だから、そういうのは素晴らしい可能性じゃない? まあ、キランとイヴェラがそういう関係になるとは思えないけど、これから一緒にセレーネと戦う場面も有るのだから、露骨に啀み合うのは、そろそろ止めない?」

 レアがイヴェラを諭す様に話すと、

 「私がキランと和解? あり得ないよ、レア。 私達は不俱戴天の敵同士なんだから......」

 表情をコロコロ変えながら、少し焦った様子も見せるイヴェラ。

 2人のことを見比べて、シィーアは、

 『意外と意識しているのは、イヴェラの方だったんだ。 キランは表情一つ変えていないから......』

 そう思い、ちょっとイタズラ心が刺激された。


 「私はキランのこと、結構好きだけどな」

 レアとキランを援護する、美女シィーアの思わぬ言葉。

 「だって、レイザールっていうキランのご先祖様って、超美形で有名じゃない? その面影がキランにも有るし、私はキランが付き合ってって数年前のように言ってきたら、また付き合えるよ。 子供は多分出来ないけどね」

 めちゃくちゃ爆弾発言をぶっ込んでみるシィーア。


 更に、

 「今思うと、私が子供の時『レテュム』でキランを殺しそうになったことって、きっと好きだという気持ちの裏返しだったのかも。 愛と殺意って表裏一体じゃない?」

 笑顔でシィーアは恐ろしいことを言ったが、突然の告白を聞いても、キランは薄気味悪そうな表情をしていた。

 「美女に告白されて、嬉しいけど......やっぱり怖い」

 本音を言ったので、笑いが起きる。

 少年時代に殺されかけたトラウマは、美女から改めて告白されてもやはり消えない様だ。


 この間、イヴェラは表情が目まぐるしく変わっていた。

 『イヴェラって、やっぱりキランのこと、相当意識しているのね。 不俱戴天ってことを理由に、以前は訓練で何度もキランのことを、完膚無きまでコテンパンに叩きのめしていたけど、逆にその頃から意識しているのかもね』

 シィーアはそんな風に考えたのであった。



 「料理の味はどうだ? 料理上手なシィーアと俺との合作だから、美味い筈だけど......」

 レイカーは、イヴェラが自身の感情の変化に戸惑っている様子であることに気付いて、あえて話題を変えてあげることに。

 流石、最年長の優しさである。

 「シィーア、『レテュム』は1ミリも入っていないよね?」

 キランが半分冗談を入れてくる。

 「もちろんよ。 私が暗殺者アサシンで有ってもそんなことはしないわ。 それよりも美味しい? キ、ラ、ン」

 シィーアは、わざと小悪魔的な怪しい雰囲気を醸し出すと、

 「超〜美味しいよ~」

 こういう言葉は素直に出せるキラン。

 その点、イヴェラは素直な表現が苦手だ。


 「シィーアはイイな〜。 なんか大人で」

 一連の会話で、イヴェラは自分が子供っぽいと改めて実感した様だ。

 「そうかな?」

 「うん。 私だったら『エルフの死神』みたいなことをキランに言われたら、『不俱戴天』っていう感情が瞬間沸騰して、この場で袋叩きにしているわ。 間違いなく」

 「いや、それはやり過ぎでしょ。 ちょっとした言葉のアヤだよ......」

 流石にドン引きの様子のシィーア。

 

 「私は心が狭いのよ。 頭の柔軟性も低いし」

 「そんなことは無いって。 私にイヴェはいつも優しく接してくれるじゃない? 事情を知るエルフィン人は皆、私にビビって近寄ってすら来ないもの」

 14歳で知り合って以来、非常に仲が良いイヴェラとシィーア。

 両親が、アトラス人の特別研究施設で働いているイヴェラと、両親の顔すら知らないシィーア。

 境遇は全く異なるものの、レアのもと、同じ目的で訓練を続けており、何でも話せる間柄である。


 

 「とりあえず、私はみんなに期待しているからね。 セレーネとの戦いが始まったら、こういう会話をする機会も無くなるだろうから、今のうちに不満や言いたいことは、思う存分ぶち撒けておいてよね。 お互いの負の感情を」

 レアは、3人の話を聞きながら、いつの間にかキランと一緒に料理の爆食いをし始めていた。

 「それ、私が先に取ろうとしたヤツ〜。 キラン、戻しなさい」

 「早い者勝ちだよ。 レアが取るの遅いのが悪いんだからね」

 子供同士の早食い競争の様な2人。

 レイカーとシィーアの合作料理は相当旨いらしく、激しい取り合いに変化していた。


 「シィーア。 こんなガキっぽい奴、恋人にしても良いって本当に思っているの?」

 呆れたイヴェラが再度確認する。

 「......やっぱり、前言撤回するわ」

 「ということは、俺の奥様も子供っぽいってこと? 200歳ぐらいだけど」

 レイカーが笑う。

 「そういうことです」

 2人の美少女は同時にハモって答え、キランと競って美味しいものの取り合いをしている平和なレアの様子に、呆れていたのだった。


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