依頼9.当ギルドは新しいワーカーを募集します!
「おはようございます」
「ああ、おはようございます。カイリさん」
早朝、私はドワーフ・エルゲンの村に来ていた。
人材発掘の前にやっておきたいことがあったのだ。
「どうですか。今日で約束の一週間ですけど」
「ええ、我々の改心の出来です。こちらへどうぞ」
村長、エルゲンの工房を訪ねると、すぐに奥へと案内された。
「おぉ……」
そこには、かなり良い武具が揃っていた。
注文した通り、いやそれ以上の性能を持つ剣と盾。
ウォリアー用の武具が5セット。鑑定すると、すべてがBからAランクの代物だった。
「どうですかな。我々の技術のすべてを注ぎ込んだ剣と盾です」
「……素晴らしい出来です」
私は告げて、懐から上乗せの300万Gを出した。
「すべて買い取らせてもらいます」
「ぅえ? こ、これは? 約束の金はもう……」
「言ったでしょう。いい仕事には敬意を払う。私には敬意を示すことができる手段がお金だけなんです」
「い、いや……しかし……」
「謙遜するのは結構です。ですが、こちらが払うといったお金は受け取ってください。実際、あなたたちはそれぐらい価値のある仕事をしたんです」
私の言葉に、後ろでコッソリ見ていた工房のドワーフたちが目に涙を浮かべる。報酬だ。彼らの仕事は報われたのだ。
自分たちが報われるべき誇りある仕事をしていると、みんなに認識してもらわないといけない。
なんて、少し偉そうなことを考えてみる。
でも本心だ。
「……ありがとうございます。カイリさん」
「当然のことですよ」
「これで村が食っていけます。子どもらにひもじい思いをさせずにすみます。本当に、本当にありがとうございます」
エルゲンが声を震わせて頭を下げる。
後ろにいたドワーフたちも出て来て、私に頭を下げた。
「ありがとう」「ありがとうございます」「最高だぜカイリさん!」
ドワーフたちが一斉にお礼を言うものだから、思わず苦笑いした。
これまで頭を下げっぱなしで、悪態を吐かれるばかりの人生だったから、感謝されるというのは悪くない気分だ。
だが、今回の目的は受け取りと追加の報酬だけではないので、手をパンっと叩いてドワーフたちに静かにしてもらう。
「エルゲンさん」
「なんでしょう、カイリ殿」
「このままお礼を言われ続けるのも気持ちいいものですが、別で商談があります」
「……それは?」
「追加で武具を作ってほしい」
私が言うと、ドワーフたちが職人の顔つきとなる。
「それはまた剣と盾を、ですかな?」
「いや、違います」
「では槍や斧?」
「はい。加えて弓矢、魔法使い用の杖、あとは両手剣なども」
「なるほど、多様な武器が必要と。おい」
エルゲンが言うと、若手のドワーフ職人がうなづき、木版に炭筆でガリガリとこちらの注文を書いていく。
「剣と盾だけでいいかもと思っていたんだけど、やっぱりそれだと適性に合わないワーカーも大勢出てくる。実力はあるのに武器が合ってないんじゃかわいそうだからね」
「なるほどなるほど。ではまずはこちらでも把握している武器種をいくつか作ることになりそうですな」
「腕がなるぜ!」「俺らに任せてくれよカイリどの!」「よっしゃー!」
職人たちは張り切ってくれるが、私は両手を前に合わせて頭を下げた。
「張り切ってもらってるところごめんなさい。実は頑張らないでほしくて」
「……なんですと?」
私の言葉に、わけがわからないという反応を示すドワーフたち。
それもそうだ。私の言っていることは一見、矛盾でしかない。
「いや、ちゃんと理由があるんです。ここの武具はこの辺り一帯では一番の仕上がりでしょう? 事実、納品してもらった剣と盾はAランク品だ」
「もちろんです。このエルゲン村よりうまく作る鍛冶屋はこの地方で存在しないと自負しております」
「そう。けれど、うちに所属させる予定のワーカーたちはたぶんほぼ全員がストーンクラスのワーカーになる。つまり……」
「なるほど、私らの腕が良すぎるから、まだまだひよっこワーカーには扱えないと」
「そういうことです」
エルゲンと顔を合わせてニッと笑う。
私は当然エルゲン村の実力を認めている。対価も十分払うつもりだ。
けれど現状、BランクやAランク級の武具はいらない。
誰も使うものがいない武具を、美術品として蒐集しているようなものだ。
欲しいのは実戦で使え、心身を鍛え、戦場で敵を殺すものだ。
切れすぎる包丁は使い手のほんの些細なミスで己を傷つけることもある。
エルゲン村の武具も同じだった。
「いつか必ずこの村の最高の武器を扱える人材を育てます。けれど今は、これから入ってくるであろう彼らのレベルに見合った、最低限の質の武器を作ってほしい。たとえばDランク、もしくはCランク」
「うぅむ」「わざとなまくらを叩くってことか?」「そりゃないぜ」
職人ドワーフたちが難色を示すが、エルゲンは手で彼らの言葉を制す。
「バカもん。逆だ逆」
エルゲンが呆れ顔でドワーフたちを見る。
「逆ってどういうことだよ村長」
「ワシらはこれまで誰に向かって武器を作ってきた? 顔も見えないゴールドやプラチナクラスのワーカーに向かって、闇雲に技術だけを研鑽してきただろう。その結果が様々なギルドに安く買いたたかれ、あげく技術を発揮できない環境だった」
だが、とエルゲンが言葉を継ぎ足す。
「今度はこのカイリ殿のギルドのワーカーたちに卸す武器を作るんだ。誰のことも考えず、技術を振るうばかりの自己満足な武器じゃない。ひよっこワーカーどもが扱いやすく、そして成長を助けるための武器。どうだ、そんな武器、今まで作ったことあるかテメェら」
途端、職人ドワーフたちの顔が輝いた。
自分たちのやることがなまくらを叩くことではなく、下手をしたらAランク品を作るよりも難しい製作になると気づいたからだ。
「そりゃあ大変だ。重さ、切れ味、扱いやすさ。ただ鋭いだけの武器を作るのとはわけが違う」
職人の一人が発した言葉に、職人たちが「そうだ」「そうだ」と相槌を打ち始める。
「どうでしょう。できますか、エルゲンさん」
訊くと、エルゲンだけではなく職人たち全員が不敵な笑みを浮かべた。
「もちろんです。カイリどの。ここをどこだと思っています」
ドワーフたちの野太い歓声が上がる。
「ここは鍛冶場! 鍛冶の村! ドワーフエルゲンの村!」
ドワーフたちが大声で言い放つ。
私はエルゲンと、硬い握手を交わした。
そのあとはもう少しだけ細かく作製する武器の打ち合わせをして、解散となった。
「さて……」
ギルドへ帰る道すがら、私は受け取った武具で一番いい剣を腰に差した。
目の前にはちょうどよくゴブリンの群れ。
最近街道沿いに出るという群れの一つだろう。
ゴブリンリーダーを中心とした6匹。
「ちょうどいいから、試し切りに付き合ってもらうよ」
「ギャギャー!!」
ゴブリンが飛びかかってくる。
私の命が危険に晒される。
ギルドの守護者が発動。
私は剣を鞘から抜き、特に力も込めず、ゆったりした動作で横に振った。
「ギャッ……?」
わずかな手応えとともに、ゴブリンの首と身体が別れる。
「なるほど、これはすごいや」
剣を振って血を払うと、事態を飲みこめていない群れに突っ込む。
「ギャーッ!!」
そしてあっという間に残りの5匹を斬り伏せた。
血を払って剣を確認する。
刃こぼれはなく、傷もない。
ワーカーたちに配られる武器は、この程度の戦闘でも刃こぼれするらしい。
場合によっては折れたりすることも。
そんなものでまともに戦えというほうが無茶だ。
しかし今回の試し切りで、やはりエルゲン村の武具に間違いはないという結論に達した。
これならばランクを下げたとしても、そう簡単に壊れたりしない良い武具が手に入るだろう。
だからこそ、ドワーフたちが丹精込めて作ったAランク級に匹敵する武具を扱える人材が、早く育ってくれるといいなと私は願う。
そしてスタンと同じように理不尽な目に遭っているワーカーたちの力になりたい。そのためには、他のギルドと同じように適当に剣と盾を与えるだけではダメだ。
そう考えて、今回はあのような依頼をした。
スタンは運よく剣と盾のウォリアー適性だったから用意した装備で事足りたが、これからもそうとは限らない。
というかその可能性のほうが高い。
べトロワに聞いた職種や武器は、かなり多岐にわたったからだ。
人によって得意不得意が違い、しかし適性を見ないために能力を発揮できず使いつぶされてきた人を、私は前の世界でたくさん見てきた。
せめて自分のギルドではそんなことが起きないようにしたい。
そう決意しつつ、再び歩き始める。
「あ……」
歩きながら、ふと考える。
ここまで考えたはいいが、新しいワーカーが見つからない。
なんてことになったらどうしよう。
新人が張り切って空回り。世の中にはよくある話だった。
「いや、いやいや大丈夫。神様の恩恵もあるし? 仲間はこれからもじゃんじゃん増えるよ。たぶん。きっとね」
そんな誰に言っているのかわからないことをつぶやきながら、カイリは新たなワーカーたちに思いをはせるのであった。
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次回もよろしくお願いいたします!