依頼8.当ギルドはワーカーの仕送りも協力します!
「この分だと、レベル10もすぐですね」
ゴブリンを狩ったあとギルドに帰ると、べトロワが開口一番そう言った。
「レベル10って、ストーンどころか、次のカッパークラスでも上の方なんじゃ……?」
スタンが言うとべトロワがうなづく。
「そうですね。カッパークラスでも十分にやっていけるステータスだと思います」
「へえ、じゃあスタンにはカッパーに上がってもらおうよ」
「ええ、もちろんそのつもりです。ただ、もう少しだけ実績を上げたほうがいいですね」
「実績?」
私が訊くと、べトロワがまたうなづく。
「そもそもGランクギルドにやってくる仕事は他のギルドの雑用的扱いが多いです。さらにスタンさん自身もストーンクラスワーカーですので、受けられる依頼も少ない。現状ではステータス上いくら強くても、カッパーに上げていい実力があるのかわからない。そのために必要なのが実績です」
「ポイント制みたいな話?」
「まさにそのポイント制なんです」
べトロワがピッと人差し指を上げる。
「実績ポイントがまだ足りてません。例えばカッパーに上がるには100ポイントが必要ですが、ストーンクラスが受けられるゴブリン討伐程度では、どれだけ倒しても5ポイントが精々だと思ってください」
「30匹も倒したのに?」
「30匹でもです。やっていることはもはやカッパーを越えていても、実績として出すには足りていません。お金は一応ちゃんと払ってもらえますが」
「え? ステータスも実力も申し分ないってべトロワに言わせるのに、まだダメ……てことはもしかして、達成した依頼内容ではなくて、依頼を規定数成功させたかどうかが、クラスを上げるために必要……とか?」
「その通りです」
「マジかー」
「まあ、この規定というか、そういう見方をされるのはストーンまでです。カッパーからはクラスカードも貰えますし、その辺りからちゃんと内容も査定に入ってきますよ」
「クラスカード……? え? ストーンだとそんな重要そうなものもくれないの?」
「ストーンは一応クラス名ではありますが、基本的な考えとしては雑用。子どもの手伝いに毛が生えた程度、と考えていただけるといいと思います」
「なぁに、それー」
私はがっくりと肩を落とす。
カッパー相当の力を手に入れたんだから、クラスなんて簡単に上がるんじゃないかと思っていたからだ。
しかもこんな危険なことやらせておいて、子供の手伝い?
即戦力でも給料は新入社員と変わらず据え置き。
みたいなことはよく聞いたけどさー。
モチベーション上げるのが下手くそか。
なるほどね。
ストーンの場合は上位クラスの力があったとしても、規定数の依頼をこなさなければ認められることはないと。
給金、依頼金もそのランク相当だ。
これはまあ、払ってもらえるだけマシか。
悔しい。スタンは実力もちゃんとあるのに。
「今回はそれに加えて、通常はカッパークラス向けに配布される依頼を受注したので、本来ストーンランク向けのものですと……」
「もっと少ないと」
べトロワがうなづき、私は「ぬぁー」と天井を仰ぐ。
「でもすごいね。カッパー以上になった人たちは、みんなこんなことを乗り越えたわけだもんね」
「いえ、それだと数匹のゴブリン退治のような、低い依頼しか受けられないワーカーだらけになるので、そんなことをしなくてもいいようにワーカー養成所があります。養成所は最大でシルバークラスまでの認定権を持っています」
「なるほど、じゃあストーンって……」
「お金がなくて養成所に通えなかったとか、あまりにもワーカーとしての実力が足りないとか、よっぽどのことがない限り、与えられないクラスですね」
私が横を見ると、スタンが小さくなっていた。
ごめんて、スタン。
憐れんだり、バカにしたりしてるわけじゃないんだ。
むしろ君を認めてるからこそ、その不遇が悔しいんだよ。
「ふーむ。じゃあとにかくスタンには地道に作業を続けてもらうしかないか」
「そうですね。それでもいいですか? スタンさん」
「あ、はい。俺はもちろん。仕事があるだけで……」
スタンの言葉に、べトロワが「あっ」と手を叩く。
そして机の下からごそごそと何かを取り出す。
「こちら、昨日の依頼報酬が出ましたのでお渡ししますね」
「わっ……!」
木製トレイにこの世界の硬貨がじゃらりと置かれる。
「こ、こんなにですか?」
トレイに出された硬貨を見て、スタンが目を見開く。
神様の特典でこの世界の貨幣の計算が一応できる私は、それが5000Gだとわかった。
「でも、俺……ゴブリンを4匹しか」
「リーダーがいたので、上乗せ分です。諸経費を引いた額がこちらです」
「え、でも、リーダーはギルド長が」
「いいから受け取りなよスタン。お金は嫌い?」
私が言うと、スタンはブンブンと首を横に振った。
そうだろうそうだろう。それだけの働きをしたんだ。胸を張って受け取るべきだ。
「あ、ありがとうございます」
スタンは恐る恐るといった様子で硬貨を取り、小袋に詰めていく。
「もし仕送りなどなさるようでしたら、その分申請を出しておいてください。こちらで処理しておくので」
「そんなこともしてくれるんですか!?」
べトロワの言葉にスタンが驚く。
「はい。この規模のギルドでは普通行いませんが、ここは普通ではないので」
「それってそんなに珍しいことなの?」
質問すると、べトロワとスタンが同時にこちらを向いてうなづいた。
「まずこういった業務を担える人材がいません。私は担えますが」
べトロワがフンスと胸を張る。可愛い。
「それに正直言って、他のギルドが同じことを言っても信用しきれません。下手をしたら受け取ってないとか、逆にもう渡したとか言って横領していることもあるぐらいで」
「うぁー……」
思ったよりも末期っぽいな。
治安と職に対する意識がすこぶる悪い。
タチも悪い。いやー、そうなってくるとよりよい経営を目指したくなるというかなんというか。
「てことは、ゆくゆくはその人手も欲しい感じだ?」
「そうなりますね。私がいくら万能でも一人ではめんど……大変なので」
「……そうね」
なるほどね。そういうところも気にする必要があると。
ギルド長、なかなか大変だ。
「オッケー、ちょっとだけ理解した。で、スタンは仕送りするの?」
「あ、はい。田舎の家族、特に弟、妹はまだ小さいので」
「いくらになさいます?」
「えっと、じゃあ……」
言って、スタンは硬貨を小袋に入れる手を止めた。
「残りを全部、アルシュラ村の俺の家族へ」
「ほとんどじゃん。いいの?」
トレイには4000G残っている。
庶民であれば、つましくいけば1週間は持つ金額だ。
しかし、つまりスタンの取り分は1000Gということになる。
このギルドでなければ宿を取るのもギリギリな金額。
下手したら食事抜きだ。
このギルドに所属してる限り、そんなことはさせないけど。
「はい。俺は今、恵まれているので」
はぁ……お兄ちゃんってすごい。
私はそう思いながら、スタンの肩を叩いた。
「じゃあ、これからもお仕事頑張らないとね」
「はい! よろしくお願いします!」
「うんうん。ま、そうと決まれば明日に備えて食事と水浴び、そして睡眠だ。べトロワちゃん、食事の用意を」
私が言うと、べトロワがニコッと微笑む。
「もう食堂に準備できています」
「わぉ」
知っていたが、彼女はやはりものすごく優秀なようだ。
そうして私たちはべトロワの案内で食堂へ向かい、そこで牛肉によく似たビーフバードのステーキを食べるのだった。
ー・ー・ー
「さて」
夕食を終え、スタンが自室に入ったころ。
私は部屋にべトロワを呼んで、今後について話すことにした。
「さっきの話を聞いてて思ったんだけど、この感じだとワーカーだけじゃなくて、ギルドもランク低いと受注できる案件限られるよね?」
「その通りです。今はスタンさんがギルドのGランク相当であるストーンクラスなので問題ありませんが、彼がカッパー、ブロンズと上がっていくとすれば、先にギルドが受注限界となります」
「受注限界?」
「はい。ギルドは保証金さえ払えば、二つ上のランクまでの案件、依頼を受注できます。それをこなせるワーカーがいる場合に限りですが。なので今の私たちだと受けられるのはEランクの依頼まで。スタンさんのレベルで考えればカッパー、つまり一つ上のFランクぐらい。ということになりますね」
「なるほど、じゃあ対策しないとそのうち……」
「スタンさんにランクで負けますね。そうなるとスタンさんはより良い条件のギルドへ転職したほうがいいということになります」
「私たちが育てたのに?」
「私たちが育てたとしても、です。それを嫌がって最初に契約書で縛るギルドもありますけどね」
契約書……うーん、それはなしだな。
自由に、のびのびと働ける場所が私の理想なんだから。
でも、スタンが違うギルドに行ってしまうのも困る。
「まあこの待遇ならよほどのことがない限り移籍はしないでしょうけど……」
「宝の持ち腐れになるのも事実、だよね」
べトロワは返事をしなかったが、それは肯定のようなものだ。
となれば、私の次の行動はギルドを大きくすることになる。
いや、もちろん最初からそのつもりではあったんだけど、スタンの成長が思ったより良くて、ギルドの成長のこと少し忘れてた。正直。
「じゃあべトロワちゃん。ギルドを大きくするにはどうしたらいいの?」
なんとなく予想は着くけど聞いておく。
「ワーカーと同じように実績を積むことですね。ワーカーが多ければ多いほど受けられる依頼が増えて実績も積みやすいので、当面の目標はやはりワーカーを増やすことでしょうか。実績はあればあるだけいいので。ソロワーカーだけでもギルドをFやEに上げることは可能ですが、その場合Cランク相当、ゴールドクラスの強さが必要だと思ってください。レベルで言えば40以上が目安です」
「うわ」
「それに言うまでもないことですが、負担も相当です。ギルドのランク上げはワーカーのクラス上げとは要領が違います。普通は最低でも5名のシルバークラス相当のワーカー、ブロンズクラス相当で10から20名ぐらいでこなすことを、たった1人でこなすのですから」
「そりゃすごい負担だ」
スタン一人でギルドを大きくする。
というのも英雄っぽくて悪くないが、それは私の目指すところではないし、私をこの世界にやった神?の望むところではないだろう。
そもそもスタン側に、このギルドをソロでそこまで大きくする野望を持つ義理もない。
恩は感じてもくれてもいいが、強制した時点でそれは奴隷の鎖でしかないのだ。
「んー、じゃあやっぱり人集めになるのか。スタンのときと同じで」
「そうですね。それが確実です」
「うちに入ってくれるワーカー、まだ残ってるかな」
「いると思いますよ。スタンさんの例もありますし。カイリ様の目や直感でしか救えないあぶれた人たちを探しましょう」
「そうだね……そうしよっか。スタンももう一人で戦えるだろうし」
今日の戦闘とレベルアップを見て、ストーンやカッパークラスに来る依頼のモンスター相手であれば、もうスタンの心配はいらないと確信していた。
とりあえず明日は区切りの良いレベル10を目指してもらおう。
そして私は人材探しだ。
「そうだ。べトロワはついてきてくれるの?」
「申し訳ありませんカイリ様。私はギルドの業務があるので」
「そうだよねー」
スタンというワーカーが入ったことにより、ギルドが本格的に動き始めたのだ。
そうなるとこれまでのようにべトロワを連れ回すことは難しい。
「ふむ……」
探すのはワーカーだけではない。
私はここでようやく、探すべき人材の幅は多種多様であることに思い至ったのであった。
「ま、なんとかなる。いや、なんとかする」
スタンみたいに困っているワーカーがいるなら、私がなんとかしたい。
もちろん誰彼構わず受け入れるわけにはいかないけど。
前の世界を思い返すと、もっと楽しく働きたかったなーと思う。
仕事をする。ということ自体は嫌いではなかった。
ただ、それを継続するためには、あまりにも搾取されすぎた。
私は、少しでも私のような働き方、そして死に方をなくしたいと、明確に思い始めている、のかもしれない。
私自身の死にっぷりはわからないけど、先輩、同僚、後輩と心や体を壊した人たちをたくさん見てきた。
働くとはそういうことだと自分に言い聞かせて、そういう人たちから目を背けていた。
だからこの世界で苦しんでいるワーカーがいるなら、微力ながら手助けしたいと思うのだ。
とはいえ、何ができるのかはまだ手探り状態だけれど。
まあ、とりあえず今日は──明日に備えて寝ることにする。
睡眠大事。
寝不足で死んだ私が言うんだから説得力大。
というわけで、おやすみなさい。
読んでいただきありがとうございます!
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