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依頼6.当ギルドはワーカーに寝床を提供します。

「ただいま」

「おかえりなさい、カイリ様、スタンさん」


 ギルドに戻ると、べトロワが出迎えてくれた。

 やっぱり待つ人がいるというのはいい。

 田舎から出て来て、仕事を始めてからずっと一人だったから、家に帰っても寂しかったんだ。

 こういうのは、素直に嬉しい。


「初めての依頼はどうでしたか?」

「ちょっと危ないところもあったけど、バッチリ。ゴブリン5匹。ちゃんと狩ってきたよ」


 言って、スタンの背を押す。

 スタンはゴブリンの耳が入った袋を、べトロワに手渡した。


「では、中身を確認しますね」


 袋を開け、目視で確認していくべトロワ。

 しかし不意に、その目が大きく開かれる。

 べトロワは袋の中に手を突っ込み、一つだけ大きさの違う耳を取り出した。


「これはゴブリンリーダーのモノに見えますが?」

「そうだけど……なにかまずかった?」


 何かやってしまったのかと構えるが、べトロワは首を振る。


「いえ、ただ……リーダーがいる群れは難易度が変わりますし、もらえる額が変更になります。それに伴って、今日すぐにはお金が支給されません」

「なるほど、そういう事情もあるのね」

「あ……今日、もらえないんですか」


 スタンが私とべトロワの顔を交互に眺める。


「はい、残念ですが」

「なんとかなったりは……」

「しませんね。ごめんなさい」

「あ、いえ……でも、そっか……すぐじゃないんだ」


 べトロワの回答に肩を落とすスタン。


「スタン、もしかして手持ちけっこうヤバイ感じ?」

「はい、あの……恥ずかしい話なんですが、実は路銀がもうなくて、ですね。それで今回の報酬で素泊まりの宿を取ろうと思っていたので……」

「ってことは、野宿?」


 スタンが苦笑いしつつうなづく。


「ワーカーは遠出することもあるので、野営道具一式なんかも売られてたり、貸してるとこもあるんですけど、俺はその……えっと……買うお金もなく、クラスはストーンなので」

「どゆこと?」


 べトロワに振ると、笑顔でうなづいてくれる。可愛い。


「ワーカーは、所属ギルドがなくて困っている場合でも、国から野営道具が貸し出されます。クラスが上なら野営道具を売っている商会がスポンサーになることもありますね。ただし、それは最低でもブロンズクラス以上です。ストーンクラスでは国も商会も貸しません。返ってくるかわからないし、商売の足しにもなりませんから。最悪貸した道具を闇市で売られることもありますし」

「ああ……」


 私は少しだけ哀れみを込めてスタンを見る。

 彼には才能はあるものの、環境がそれを許さなかった。

 だからこそストーンクラスに甘んじているのだし、こういう扱いを受けているのだ。

 とはいえ、問題は「たかが」それだけのことらしい。


「なんだ、もっと深刻なのかと思った」

「え?」


 スタンが顔を上げる。

 私がべトロワを見ると、笑顔で頷いてくれる。

 こういうこともあろうかと、すでに話し合っていたのだ。


「なら、生活が安定するまでここに住めばいいよ」

「え? えぇ?」


 スタンが驚いている。

 まあ女性二人しかいない場所だ。

 緊張もするだろう。


「で、でも俺、宿泊代払えないです」


 違うみたいだ。ちっ、このやろう。


「普通のギルドの場合でしょ? うちはタダだから」

「えぇぇっ!?」


 スタンがさらに驚く。

 それはそうだ。タダより怖いモノはない。

 しかし、ワーカーたちに快適な環境を。私はそれをモットーにしようとしている。

 そんな私がギルド員であるワーカーを意味もなく野宿させるわけにはいかない。


「とはいえ、条件はもちろんあるよ」

「なんですか?」


 スタンがごくりと喉を鳴らす。

 警戒しているのだろう。そんなの無駄だけどね。


「部屋をキレイに使うこと。お金が安定して入るようになったら、相応のお金を入れること。計算はこちらでするけど、まあ収入の10%は超えないと思っていて」

「そんな、破格なんですか?」


 スタンがとうとう狼狽え始める。

 わかるよ。たぶん私が同じこと言われたら疑い、警戒し、違う星に来たんじゃないかと頬をつねる。

 いや、実際異世界なんだけれども。


「ワーカーには快適に働いてもらいたいからね。それで、どうする?」


 訊くと、スタンがバッと頭を下げた。


「お、お願いします!」

「オッケー。じゃあべトロワ。スタンを部屋に案内してくるから、受付お願いね」

「もちろんです。カイリ様」

「それじゃあ行こうか、スタン」

「は、はいッ!!」


 そうして私とスタンはギルドの三階へと向かった。

 二階には酒場を兼ねた大食堂があり、今は誰もいない。

 三階には部屋が6つあって、そのうちの2つを私とべトロワが使用している。

 スタンには3つ目の部屋を使ってもらうことにした。


「ここを、ホントに使ってもいいんですか?」

「もちろん。まあ、家具は最低限しかないけど」


 案内した部屋はドアの対面に窓があり、あとはベッドと机があるだけの簡単な部屋だ。


「と、とんでもないです! 素泊まりの宿なんかは大部屋の雑魚寝なので。まさかベッドがあるなんて」


 それでもスタンはえらく感激しているようだった。

 なるほど、私の感覚では簡素で殺風景。でもストーンクラスという最底辺の烙印を押されたワーカーにとっては、個室というだけでいいものらしい。

 これはもしかして、別に社員寮を作ったほうがいいかも?

 まだまだ部屋は余ってるけど、人が増えたらいずれ必要になる。べトロワに相談かな。


「あとトイレは男女別だけど共同ね。お風呂はシャワーがないから、ギルドの裏手で井戸水を汲んで身体を拭いたりしてね」

「井戸水も使わせてもらえるんですか?」

「当然でしょ。やだよ私、臭いの」

「あ、ありがとうございます!」


 スタンがまた頭を下げる。

 今日一日で何回感激するんだろう。

 まあ、いいけども。私だって同じ境遇ならきっと感激するだろうし。


「それじゃあ質問がないなら今日は以上。疲れただろうし、ゆっくり休んでね」

「は、はい!」


 扉を閉め、一階に降りる。

 べトロワが待っているので、手を振って受付に歩いていく。


「どうでしたか?」

「感激してた。やっぱりストーンクラス、というかワーカーの扱いは相当ひどいみたいだね」

「一部の良心的なところを除けば、全部うちより酷いですよ。でも、カイリ様がそれを変えると私は信じています」

「ふふふ」


 私はべトロワに笑みを返したが、まだ一人のワーカーを引き入れただけだ。それに戦闘の問題もある。


「べトロワ、スタンの仕事に私が常についていくのはまずい?」

「うーん、オススメはしません。どこに誰の目があるかわかりませんし、いくらお目こぼしがあると言っても……」


 ギルドマスターによるワークは禁止。ワーカーの補助という役目でギリギリお目こぼしをもらえる、というのがここの常識だ。

 なので私が毎回ついていくと、それだけで噂が立つことになる。


「実は今日までなら良かったんですが、これからはそうもいきません」

「というと?」

「今回、スタンさんがクエストをクリアしたことでこのギルドがついにGランクギルドとして認可されます」

「あー、そういえばまだギルドとして認可されてないんだったね!」


 すっかり忘れていた。でもめでたい。

 まずは第一歩ってところだ。


「はい。なので正式に認可されるとより人の目が増えます。明らかに違反行為とされていることをし続けるのは得策ではないと考えます」

「なるほどねぇ」


 さらに言えば、Gランクの間ならまだギリギリお目こぼし度合いも強いだろうが、ランクが上がっていくにつれて単純に目立つ。

 目立てばそれだけギルドとしても、そこに所属するワーカーたちにも実力を確かめるための懐疑の目が増える。

 そこでギルドマスターがそばにいないと問題を解決できないワーカーだらけだった場合、周りはどう見る?

 大手になれば目立っても何かしらごまかしや対抗できる術はあるけど、今のうちでは、というか私には無理。

 そもそも、常にギルドマスターがついていくのはワーカーの育成という点を考えても、べトロワの言う通り得策ではないのだ。


「やっぱりダメかー。実はね、今のスタンだとまだゴブリンリーダーは早いかなって思って。また遭遇したら一人だとまずいでしょ。ソロだから怪我をしたら一発アウトの可能性も高いし」

「そうですね。せめてレベルが5になるまでは、正直単独行動は怖いです。うちには一人しかいないのでカイリ様に同行をお願いしましたが……」


 べトロワが小さくため息をつく。


「実際、スタンさんのレベルやクラスでゴブリンリーダーを倒したと言っても疑われます。今回は認可されてないGランクギルドのストーンクラスワーカーのこなした仕事ということで、ほとんど見向きもされず承認スタンプを押されるだけでしょうけど、何回も通用するものではないでしょうね」

「うーん。そっか。でもそうしたら、こういう突発的なことに対応できないし」


 またゴブリンリーダーと群れがやってきて、貴重なワーカーであるスタンが殺されでもしたら……。

 考えただけで嫌になる。


「ただ、抜け道はありますよ」

「……どんな?」

「遭遇して倒しても、申請しなければいいだけです」


 そう言って、べトロワが微笑んだ。

 悪い笑みだ。


「それにより実入りは減りますが、今はお金にこだわるべきではないですし」

「なるほど。その案、いただき。お金はあるしね」


 言いながら、私はべトロワと同じ笑みを浮かべるのだった。




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