依頼5.ギルマスも一度は最前線へ赴いてみる
「この辺りだと思うんですけど……」
スタンが支給された地図を見ながら言う。
私も地図を覗き込み、辺りの地形と照らし合わせる。そして、スタンの言葉が正しいことを確認した。
「うん。頻繁に目撃されてる場所とゴブリンの巣があるっぽいところはここで間違いないね」
ロサ・ムルダの門を抜けて十数分。森に近い草原の一角に私たちは来ていた。
ここにはゴブリンやスライムなどのモンスターが生息している、らしい。
事前知識として姿などはインストールされているが、動いている姿はまだ見ていない。
スタンが言うには都市の周辺などは基本的に衛兵などがいるのでこんなものらしい。
それでも近づいてくる魔物はいるので、ワーカーたちの仕事はなくならないのだ。
「あの、あのときは勢いのまま承諾したんですけど、ギルドマスターってどれぐらい戦える方なんですか?」
「へ? 私?」
ゴブリンを探していると、横からスタンがそんなことを聞いてきた。
少し考える。
確かに私、どれぐらい戦えるんだろう。
神の恩恵はあるけど、制限付きだ。
「実は私もよくわかんないんだよね。足手まといにはならないと思うけど」
「えっと……それは大丈夫なんですか?」
不安げなスタン。
「大丈夫だよ……たぶん」
たぶんの部分は小声だ。
私のステータス自体はたぶん高い。
けれど実際に使ったことはないし、命の危険やギルドやワーカーなどに危害が及ぶ恐れがなければ力は使えない。
つまりそれ以外、通常時の私は一般的な女性と変わらないはず。
能力についてはべトロワも一緒に見ていたから、この解釈で間違いないと思う。
ただ、仮に命の危険があったとして、どれぐらい戦える数値なのかはわからない。
なにせ私のレベル、体力、力、防御、素早さはすべて『????』だったからだ。
べトロワ曰く、測定不能の場合はそうなると聞いたことあります。
だ、そうだ。
なので私自身、自分がどれだけの能力なのか理解していない。
実戦で使ってみなければ。
そういえばギルドを出る前にべトロワが言っていたことが気になる。
『相手は低級のモンスター、ゴブリンです。赤子の顔を撫でるぐらい手加減してくださいね』と。
そもそもモンスター相手に加減なんかわかるはずもない。
戦ったことがないのだから。
「ギルマス、いました。ゴブリンです」
スタンの声で考えごとから意識が今に戻ってくる。
私は視線を前方に向ける。
そこには人の子どもぐらいの大きさで、皮膚は緑っぽい色をした異形の魔物がいた。
腰布を巻いて、手には棍棒やボロボロの剣や槍を握っている。
私はごくりと唾を飲みこんだ。
なかなかの迫力だ。嘘の映像などではない。
実際に魔物がすぐそこで動いている。
「全部で5匹……ですね。ギルマスは下がってください。俺が相手をします」
「大丈夫? 低級とはいえ数が……」
「やれます……やります!」
スタンが構えると、ゴブリンたちがこちらに気づいた。
仲間内で会話をして、こちらに向かってくる。
「ゲギャ、ゲギャ!」
「ギャゲー!」
実際に動いて襲いかかってくる姿は、なかなかの迫力だった。しかし同時に、どことなくコミカルな感じもした。
恐ろしいと思っているはずなのに、なぜか私は少しだけ余裕もあった。
これも神の恩恵かな。
「そういえば、ゴブリンってどれぐらいの強さなんだ」
私は気負っているスタンの後ろにさりげなく移動しつつ、鑑定眼を使う。
『ゴブリン:モンスター(Gランク)所属:なし レベル2 体力:12 力:12 防御:10 素早さ:12 装備:ボロボロの剣』
え?
ちょっと強くない?
ステータスだけならスタンよりも上だ。
前に出てきた、ボロボロの武器を持ったゴブリン4匹は大体同じ強さだった。
しかし棍棒を持ったゴブリンだけ、様子が違う。
『ゴブリンリーダー:モンスター(Fランク)所属:なし レベル4 体力:15 力:16 防御:13 素早さ:16 装備:ゴブリンの棍棒』
うわっ、強い。
これたぶんまずいヤツだ。
ステータスもランクもスタンより上。もちろん数値だけが絶対ではないのだろうけど、自分よりも格上を5匹。
スタンはソルジャー適性で能力が上がっているけれど、それでもあのゴブリンリーダーという奴は難しいかもしれない。
「スタン! 棍棒のヤツに気をつけて! アイツだけ別格だよ!」
「は、はいッ!」
スタンが返事をすると同時、最初の1匹と戦闘が始まった。
「はっ! このっ!」
スタンは盾を使って攻撃をいなし、剣でゴブリンを斬りつける。
「ぐぎゃっ!」
致命傷ではないが、確実に相手を削る攻撃だった。
だが、そうしている間にも次の、そのまた次のゴブリンが攻撃を仕掛けてくる。
「くっ……うぐっ……」
そうなるとすぐにスタンは劣勢になった。
攻撃を受け止め、いなすだけでいっぱいいっぱいになってしまう。
「うわっ、やばっ!」
さらに最後尾にいたゴブリンリーダーが攻撃の届く場所までやってきた。
これ以上の劣勢は致命的だ。
たぶん、今のスタンではゴブリンリーダーの攻撃を受け止めることはできないだろう。
「手加減……いや、そもそも……」
私は一応護身用に持ってきていたナイフを抜き、ゴブリンリーダーに向かって飛び出した。
誰かと喧嘩なんてしたこともないのに、恐怖はなかった。
やっぱりこれ、神の恩恵だよね?
メンタルが引くほど強くなってる。
「ぐぎゃっ!?」
「え?」
私とゴブリンリーダーは同時に驚く。
飛び出したと思ったら、私はゴブリンリーダーの目の前にいた。10メートルはあったはずなのに。
「ギャギャッ!」
困惑しつつもゴブリンリーダーが棍棒を振る。
私はびっくりして目をつぶりそうになった。
けれど次の瞬間、信じられないことが起こった。
「……え?」
ゴブリンの攻撃がものすごくスローリーになったのだ。
というか、スタンも他のゴブリンも、空気さえもゆっくり動いている。
あれ? これ、もしかして『恩恵』が発動してる?
ということは、私は今、命の危機?
違う、私じゃなくて「うちのワーカーのスタン」がピンチになったから、能力が解禁されたんだ。
「えい!」
私は事態をわずかに飲みこむと、護身用のナイフを振るった。
スパッ、と小気味よい感触がして、まず棍棒がキレイに真っ二つになった。
「……グゲ?」
それからもう一度振る。
今度はゴブリンリーダーの首を狙って。
精神が適応してるからか、行動と判断はめちゃくちゃ早かった。
そして当然の結果というか、ゴブリンリーダーの首と胴体がキレイに別れた。
わ、グロい。でもやっぱり平気。これも神の(ry。
「……えぇ?」
背後から戸惑いの声。スタンだ。
時間の流れが戻ったことに気づいた。
ゴブリンリーダーがフラフラと足を動かしたあと、倒れる。
「スタン、ほら、呆けてないで」
「え? あ、は、はい!」
「グギャッ!?」
「ギャーッ!」
指示すると、スタンはゴブリンたちより一瞬先に我に返って反撃に出た。
同じように呆けていたゴブリンたちは不意を突かれあっという間に2匹に。
「ギャギャ!」
「グギャゲ! ギャーッ!」
やっと身体が動くようになったゴブリン2匹が応戦するが、勢いに乗ったスタンがそのまま押し切る。
ゴブリンたちの攻撃を弾き、剣を振るって致命傷を与えた。
「ぐげ……げ……」
「げぐ……」
ゴブリンたちが倒れる。
スタンの勝利だった。
「……え? あ……や、やった……勝った。お、俺でも……倒せた……ゴブリン、4匹も……あ」
ゴブリンたちが動かなくなるのを見て安堵したのか、スタンは腰が抜けたように尻もちをついた。
自分が握りしめた剣を見て、小さく震えている。
「お疲れ様、スタン」
「あ、ギルマス……」
手を差し出す。
スタンは一瞬躊躇ったあと、私の手を取り立ち上がった。
「す、すいません。情けないところを」
「いいよ。初めての仕事だったんでしょ。嬉しい余韻には浸っておこう」
「は、はい……ところで……」
スタンが倒れたゴブリンリーダーを見る。
ゴブリンも棍棒もびっくりするほどキレイな断面。
私はそっと目を逸らす。
「ギルマス……強すぎじゃないですか?」
「……」
私もそう思った。
まさかここまでとは思っていなかった。
神の恩恵、ヤバすぎじゃない?
確かにこの能力があればワーカーとしては超一流どころの騒ぎじゃなくなるだろう。
どこのギルドに行っても大成功間違いなしだ。
ただその代わり、神が言っていたブラック体質のギルドが是正されることはなく、私とその他という格差が生まれるだけだ。
だから私にギルドマスターという役割を与えた。
縛りつけたと言ってもいい。
どれだけ能力的に強くても、ワーカーとして賞賛されることもギルドランクを単身で上昇させることもできない。
仮に名誉や富を求めて私がワーカーになったとしても、たぶん虚しい人生になるだろう。
中小とはいえ広告会社に勤めていたから、富や名誉をたっぷり持っていた人々と接したことがある。
その中でも富と名誉「だけ」を求めていた人々はいつも何かに追われていた。目的がなければ、富も名誉もあまり意味がないものになるらしい。
私はとりあえず名誉はいらないけど、富は欲しかった。
話がちょっと逸れた。
私はワーカーとしての自分の未来を想像した。
たぶん、大きな目的を持たない私が行き着く先は、あの人たちだろう。
それならば──それならば、スタンみたいな不遇な人を一人でも助けるため、ギルドマスターとして働きたい。
そういう人々の役に立ちたい。
もっと私の欲望的に言えば、たくさんの人に幸せになってもらいたい。
どうせ生きるのであれば、不幸な顔をした人が多い街より、幸せな顔をした人が多いほうがいい。
「ギルマス……?」
「あ、そうだ」
「え? どうしたんですか?」
「ちょっと動かないで、スタン」
私は、はたと思い出してスタンの能力を鑑定する。
「おぉ……」
『スタン:ワーカー(クラス:ストーン)
所属ギルド:カイリ人材派遣ギルド
レベル3
体力:13(+2) 力:13(+2) 防御:12(+2) 素早さ:13(+2)
装備:鉄の剣 ラウンドシールド 軽防具』
「スタン、レベル上がってる」
「ほ、ホントですか!?」
スタンは自分の身体を見るが、見てわかるようなものではない。
「養成所にいたころは、なにをしても上がらなかったのに……こんな、こんな簡単に」
「簡単じゃないよ。あなたはこれまで屈辱と冷笑に耐えた。不遇に耐えて、己を鍛えた。そして──いや、だから私と出会った。早々に諦めていなかったから、あなたはここにいる」
私を見るスタン。
その目には、うっすらと涙が浮かんでいた。
「は、はい……!」
声が震えていた。泣くまいと必死に唇を噛んでいる。
「さて、とりあえず今日はこれだけにしよう。証拠を持ち帰って」
「わ、わかりました!」
スタンにゴブリン討伐の証拠、右耳のカットを任せる。
モンスター本体は草むらに放置でいい。
魔力の塊みたいなものなので、しばらくすれば自然に帰る。大規模なものだと他のモンスターが餌を求めて集まってくることもあるので、専門職の掃除屋を呼ばないといけない。
が、ゴブリン5匹程度ならば対した影響はないとされているので放置も許される。
すべてべトロワと、初期インストール知識の情報だ。
「じゃあ、帰ろうか」
「はい!」
良い返事だ。
どことなく、仕事に挑む前よりも精悍な顔つきになっている。
初めて見たときの自信のない姿は、もうなかった。
こうして、カイリ人材派遣ギルド初のワーカー『スタン』の初仕事は大成功に終わったのだった。