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依頼3.製作者にはせめて敬意を払うんだ

「こちらです、カイリ様」


 転移した当日。

 私はメイド服を着た獣人のべトロワに案内され、ドワーフの村を訪れていた。

 ドワーフ・エルゲンの村、という名前らしい。

 ドワーフの村は村長の名を冠することが多いので、ここも村長が代わったら名が変わるらしい。


 漫画やアニメで見た知識だと、ドワーフは小さくて筋肉質で物作りに従事している種族だ。

 こちらの世界でもそれは変わらないらしく、ドワーフたちのほとんどが鍛冶屋を営んでいるらしく、村のあちこちで鉄を打つ音が響いていた。

 ただ、なんだか活気がない。

 住民たちも筋肉はあるけど、やせ細っているような。


「カイリ様、村長さんがお待ちです」

「ああ、ごめん。今行く」


 村を眺めていた私は慌ててべトロワの元へ向かう。

 案内され、村長の家に入ると、一人のドワーフが立っていた。


「お初にお目にかかります、ギルドマスターどの。ようこそドワーフ・エルゲンの村へ。ワシがこの村の村長、エルゲンです」


 深々と頭を下げたのは、村長であるエルゲン氏その人だった。


「こちらこそ、突然の訪問にもかかわらず、お会いしていただきありがとうございます」


 私は営業スマイルで頭を下げ返す。

 それを見て、エルゲンは驚いたような顔をした。


「……? どうかしましたか?」

「いや、ギルドマスターというのは我々下請けを選ぶ立場ですから、横柄なものが多くて、その……」


 察した。

 そういう構造はここでもお馴染みなんだろう。


「今もそういうギルドを相手に?」

「ええ、まあ……。ああ、武具が欲しいとのことでしたな。ひとまず、こちらへどうぞ」


 私とべトロワは村長のあとに続いて、倉庫らしき部屋に入った。


「これが、うちの村で造る武具でございます」


 倉庫には剣や槍、鉄槌に弓、それから胸当てだろうか、鎧などの武具がずらりと並んでいる。

 ちなみにそんなものに縁のなかった私がなぜ武具の種類がわかるかといえば、鑑定眼のおかげだ。

 そしてその鑑定眼で調べると、そのどれもが良品だった。ランクで言うとCランク相当。中には一級品、つまりAランクもある。

 事前にべトロワから聞いていた粗悪品は一つもない。


「素晴らしい。良い品ですね」

「え? あ、ええ。ありがとうございます」

「……? どうかしました?」

「いえ、そんなことはもう久しく言われたことがなかったものですから」

「へぇ……」


 仮に鑑定眼がなかったとしても、よく出来た代物だと私は思っただろう。

 実際、武具は本当に“使用される”前提の迫力がある。

 こればかりは実際、本物を目にしないとわからない感覚だ。


「ちなみに武具はいくらで卸してくれます?」

「いくら……」


 エルゲン氏が渋い顔つきになる。

 私が小娘だから買い叩くと思われているのだろうか。

 心外だ。と言いたいところだが、まあしょうがないと思う。

 逆の立場なら私だってまさか目の前にいるのが百億持ってるギルドマスターだとは想像さえしない。


 まあどれだけ安く見積もってもCランク品は10万G以上。Aランク品などは100万~500万Gであっても納得する。

 お金はあるので買えなくはないが、バカスカ買っても意味はない。これから入るであろうワーカーたちに合った武器というのもあるだろうし……。


 などと考えていると、少し迷ったように視線を彷徨わせたエルゲンが、小さく口を開いた。


「鉄の剣、一本1000Gです……」

「せ……1000!?」

「た、高いでしょうか?」

「ち、違います。逆です! この質を? 1000? せめて万ではなく?」


 耳を疑う。

 驚きすぎてエルゲンとべトロワを交互に見る。


「……嘘でしょう?」

「本当です。カイリ様。それぐらいが相場かと」

「……えぇ? だって、1000Gって……」


 私にインストールされた知識によれば、1000Gは庶民の食事代、大体一日分ぐらいだ。節約すればもう少し食べられる。

 ワーカーたちの稼ぎは、最低のストーンクラスだって一日およそ2000Gから3000Gになる、とインストールされた知識が教えてくれる。

 鉄の剣を一本作るのにドワーフが一人。二日はかかるというのはべトロワからの情報だ。

 村全体の鍛冶屋が30軒なので、二日に多くても30000G。一日に換算すると15000G。

 一人の稼ぎではない。村全体で、だ。

 材料費だって、人件費だってあるだろう。

 とてもじゃないが暮らしていけるとは思えない。

 私のようなほぼ素人からの所見を言わせてもらえば、ありえない。ただその一言に尽きる。


「良い品だと言ってくれたことに関しては感謝します。けれども、これでも高いと文句を言われます。もっと安くでやっているところもあるから下げろと」


 エルゲンが心苦しそうに言う。

 私は己の眉間に皺が寄っていくのを感じる。


「安いところの質は当然悪い。だがきっと彼らのほうが正しいのでしょう。粗悪乱造の薄利多売。すぐに壊れさせて、また買わせる。それでも客は安いほうを喜びます。わかっているんです。村を食わせるためには仕方ないことだと」


 エルゲンは深く深くため息を吐いた。

 疲れ果てた人間が出す、最後の息のように聞こえた。


「先代、先々代、その上、先祖たちの時代から我々は鍛冶屋です。自分たちの作るものに誇りを。そう思ってここまでやってきました。けれどもう潮時かもしれません……」


 鉄を打つ音に比べて、村全体から活気を感じない理由がわかった。

 この村は搾取され、貧困なのだ。

 思えば服も貧相で、家の補修もままならない様子だった。

 大人も子どもも、やせ細っていた。


「これでも限界まで安くしたんです。そうしなければうちの商品を買わないと言われるのですから……ですがもう……。材料費などを引けば、何も残らなくなる。質にこだわるのは、もう……」


 粗悪品しか出回らず、そして無理ができないから稼げないワーカー。

 そんなワーカーたちに質相応の値段で武具が買えるはずもなく、安いほうへ、粗悪品でもいいから安い方へと流れていく。

 なんという悪循環。

 金が生まれず、回らないから、さらに質は落ちる。

 この村だけではない。ワーカーや仕事を依頼したい人たちにとっても良いことにならない。


「……」

「どうしますか、カイリ様」


 べトロワが言う。


「どうするっていうのは?」

「こちらと契約して武具を卸してもらうか、それとも違う村を探すか」


 私は一度エルゲンの背後にある武具を見た。

 質を下げてもなお良質。なら……。


「ちなみにこの村以外の質は?」


 べトロワがゆるく首を振る。


「ここが一番です。けれどそれも危うい。ごらんのように現状の有様です。ここと同じレベルの村はありますが、最上級のAランクギルドなどが囲っている状況です」

「なんでここは囲ってもらえないの?」

「Aランクギルドが規定数を囲った。つまりこの村は余った村なのです」

「……なるほどね。じゃあ実力は本当に申し分ないわけか」


 私たちのコソコソ話を不安げに見つめているエルゲン。

 唇に指を当て、少しだけ考える。

 私は思う。装備の質は絶対に良品、つまりCランク以上がいいと。


 装備が整えばワーカーたちが安全に戦える。少なくともその確率は上がる。それは仕事が捗ることを意味している。

 メモリ1GのPCで今どきの仕事がこなせないのと同じだ。

 動画だって満足に流せないレベル。

 過剰すぎる必要はない。けれども最低限よりはいいモノを。

 これで能率は上がる。

 ワーカーたちの能率が上がれば、それだけ依頼もこなせるし、実績が積まれれば経営も軌道に乗る。

 粗悪品でも確かに利益は出るのだろう。

 けれど目先の利益だけを見てケチっても、先行投資しなかった分、最終的な利益に大きな差が生まれるはずだ。


 よし、決めた。


「エルゲンさん」

「な、なんでしょう」


 居住まいを正すエルゲンに、私はべトロワに出させた500万Gを出す。


「え!? な、なんですかこのお金は!?」

「これでワーカー五人分の汎用軽装備一式を作ってもらえませんか。私が良質だと納得できれば、これからもこの村から武具を買います。もちろん相応の値段で。どうですか」

「ほ、本当ですか……? それはもちろんお引き受けしますが、ですがどうして……」


 久しぶりに見たであろう500万Gという大金に、エルゲンが目を白黒させる。

 戸惑いも当然だろう。

 だから私はこう付け加えた。


「良い仕事には敬意を払う。ただそれだけのことです」


 エルゲンは口を引き結び、眉間と目にグッと力を入れた。

 泣くのを堪えているのだ。

 軽視されてはならない者たちが軽視されている。

 私は公平なんてものを信じるほど青臭くはない。けれども、あまりにも不公平すぎるのだ。

 この世界の現状は、私が思っているよりもブラックだ。

 訂正する。青臭くはないけど、私は子どもっぽい感情で動いている。

 こんなの、嫌だ。嫌なんだ。


「……わかりました。して、期限はいかほど?」

「最短でどれぐらいですか?」


 エルゲンが悩む。やせ細った顎髭に手を当て、さする。


「五人分ならば一週間後には必ず」

「わかりました。じゃあ一週間後でお願いします。良品以上を仕上げてください。楽しみにしてます」

「は、はい!」


 頭を下げるエルゲンに、私も軽く頭を下げる。


「500万で5人分とは、こちらの常識からすれば払い過ぎです。まだ最低のGランクギルドなのに」


 村人たちから盛大に見送られたあと、街に戻っている最中にべトロワが言った。

 私は試供品としてもらった鉄の剣をクルクル回しつつ、答える。


「それはここの“ブラック”の常識でしょう」


 私の言葉にべトロワがニコッと笑みを作った。

 私がそう答えるとわかっていて、小言を言ってきたのだ。


「私は元の世界で搾取される側だったから、あの辛さがよくわかるよ。袋小路なんだ。仕事に敬意を払ってもらえないとね」


 そう。

 良い仕事はお互いにリスペクトしあうことから始まる。

 どちらか一方の上下関係が生まれてしまったら、最初は上手くいっていても必ず壊れるときがくる。


「あの人たちの仕事にはあれぐらいのお金を払う価値があった。それ以上だってある」


 本気でそう感じた。

 鑑定眼だってそう示している。

 ただし、一つだけ問題がある。

 現状、あの素晴らしい武具を使う人間がいない。

 使う人間がいなければ買っても宝の持ち腐れだ。


「次はいよいよ人材探しですね」


 私の考えを読んでいたかのようにべトロワが言う。


「うん。いい人が見つかるといいけど。ブロンズクラスか、贅沢を言えばシルバークラスがいいなぁ」


 剣を収めつつ、私はまだ見ぬワーカーたちのことを考える。

 神の願い。少しでも世界を良くしてほしい。

 これがその行動に繋がっているのかわからないが、私なりにこの世界の搾取構造に思うところがあった。

 不当に虐げられている人々を一人でも救えたら。

 ただの小娘がこんなことを思うのは傲慢かもしれないが、そういう考えが浮かぶ。


「再三言いますが、カイリ様」

「え? なに?」


 べトロワが指を一本ピンっと立てて、私を見た。


「うちに来るワーカーのクラスはストーンかカッパーだと思ってください」

「うー、最低クラスってことだね。わかってる。わかってるけど、それより上、せめてブロンズは無理?」

「はい。無理です。最上のブラックストーンは除外するとして、プラチナ、ゴールドは当然あり得ません。ブロンズやシルバーもそれぞれ所属しているギルドから離れません。基本的にやっと入れたギルドだったりしますし、離れる気力がなくなっている人も多くいます」


 わかってはいたけど、実際突き付けられると辛い現実。


「うちのギルド自体がそもそも最低のGランクですからね」

「そうなんだよねぇ。わかる。新興で物珍しさはあるかもしれないけど、わざわざそこにリスク背負って入るのはね」


 分かっている。私だって最初は大手から受けた。全滅だったけど。

 つまりワーカーも同じだ。

 大企業であるAランクギルドから受ける。

 そしてランクAからFへとだんだん下っていく。

 Gはもう、なんていうか……論外ということだろう。

 人数は少なくても巨大な売り上げを上げている零細企業、ということではない。

 本当にヤバイ方向でGランクなのだ。

 年老いて落ちぶれた、もしくは職にあぶれたワーカーか、能力不足とされて、どこにも所属できなかった新米ワーカーしか受けに来ない。

 べトロワによれば、Gランクギルドは何も期待されていないのが当然、ということらしい。

 支給される装備は粗悪品以下どころかなしが当然。

 職員も全員やる気なし。怪我は自己責任だし、保険や補償なんてあるはずもない。

 というかそもそも保険や補償なんてそんな手厚いもの、Aランクですらないっぽいけど。


「でも大丈夫です。カイリ様が鑑定眼ですごい人を見つけて、パパっとスカウトして実績を積めばいいだけですから!」

「……それが簡単じゃないから嘆いているんだよー」


 落ち込んで見せるが、べトロワのおかげで落ちかけた精神を持ち直せた。

 やはりこんなときは元気っこ。元気っこがすべてを救う。

 などと変なことを考えながら、私はいよいよ本格的にワーカーを探す決意をしなくてはならないのだった。



最後までお読みいただきありがとうございました。

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よろしくお願いします。


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