依頼21.新たな仲間と仲間候補?
「専属……ですか?」
カイリからの提案に、アマルが聞き返す。
「そう、専属。これからこのギルドを大きくしたいの。で、買い付けとか考えて贔屓の商店や御用聞きになってくれる商人が欲しいんだ」
「専属だって! すごいね、お姉ちゃん!」
「……専属」
ルイスは興奮しているが、アマルは複雑な表情だった。
口元に手を当て、眉間にしわを寄せる。
「知ってるかもしれないけど、先に情報を提示すると、このギルドは最近やっとFランクに上がったばかり。ワーカーたちはカッパークラスが最高。正直に言ってしまうと、こんな新興ギルドと質の良い取引、ましてや専属になろうとする商店や商人はいない。でも、これについては納得してる」
カイリだって世の仕事すべてが慈善でないことはよくわかっている。
投資するに値する『商品』か。
カイリギルドはその将来性が不透明だし、当然安定性は今現在担保にできるものはない。
武器のときと同じく、カイリかもしくはべトロワが買い付けに行けばいいだけの話ではあるのだが、それだけに時間を使えるほど暇ではないことも確かだ。
もし専属で商品の買い付け、仕入れを行う商人がいてくれたら、その業務から解放された分だけカイリとべトロワは他の仕事ができるようになる。
「納得はしてるし、できるけど、それでもやっぱり困っている。このギルドが投資するに値するか迷っているのはわかっている。その上で再度、お願いしたい。うちの専属商人をやってもらえないだろうか」
「…………」
アマルは不意に顔を上げて、カイリをまっすぐに見つめた。
カイリもアマルも目を逸らさない。
「専属を解除したい場合は?」
「最低一か月前に口頭で通達。代わりも探さないといけないし、大規模な派遣があるときに突然仕入れがなくなるリスクは避けたいからね」
「仕入れにかかる初期費用は融資してもらえますか」
「当然。それで二人の商人としての実力がどれほどのものか見たいからね」
アマルがルイスを一瞥する。
「もう一つ。ギルドが口利きできる宿屋などはありますか? 安いと嬉しいです」
「……常駐できる宿屋を持ってないってこと?」
「はい」
アマルが頷くと、カイリもニッコリと微笑む。
「じゃあうちを使うといいよ。ワーカーたちが使っている部屋が余ってる。姉弟で一つでいいなら今からでもすぐに入れるし。もちろんタダでいいよ」
「そこまで甘えるわけには……」
「うーん、じゃあ宿代はもらおうかな。周辺より格安で。うちが気に入らないと思ったら、お金を貯めて近隣の宿屋に常駐するといいよ」
「お、お姉ちゃん! とんでもないこと言ってるよこのギルドマスターさん」
「こら、ルイス! すみません、この子まだ……」
ルイスの失礼な発言もカイリは笑って流す。実際なんとも思っていない。
「で、どうするアマル、ルイス。うちの専属になるか。卑怯な言い方かもしれなけど、このまま取引先を探して都市や街、村をさまようか」
「……」
「アマル、これは単なる好意や施しじゃない。同情でもない。未来への投資だ。ここの部屋に格安で泊まらせてあげる。さらにいる間は私たちが身の安全を保障するし、朝になったらべトロワと一緒に市場での買い物を経験して、商人として力をつけてもらう」
「……どうして、私たちをそこまで厚遇してくれるんですか」
「言ったでしょ。投資だ。君たち商人が私たちに投資するように、私たちも専属となってくれる人間に投資する。君たちという商人とつながりを持って良い取引、良い商品を手に入れることはもちろん、商人ならではの噂話で燻ってる人材とか、そういう話も正直期待してる」
「私たちが裏切って、お金を持って逃げたらどうするんですか?」
「そのときは仕方ない。自分の見る目がなかったことを嘆くだけ。まあ、もしかしたら一匹の獣人が地の果てまで追うかもしれないけど。追わないかもしれない。そこは裏切る人のギャンブルだね。ハイリスク、ハイリターンってやつだ」
「…………」
アマルが小さく息を吐く。
両親が騙された経験から、商人姉弟の姉は人間不信に陥っている。とはいえ、頭の悪い子でないし、商人としての才覚も秘めている。
この取引が怪しいまでに良質であることは理解しているはずだ。
「ルイス、お姉ちゃんの判断が間違ってたらごめん」
「ううん、僕もこの人、ギルドマスターさんを信じるよ」
話はまとまったようだ。
アマルがマジックバッグから、一枚の羊皮紙とペンを取り出す。
「専属になる契約書です。今日からよろしくお願いします、ギルドマスター」
アマルの言葉に、カイリは再びニッコリと微笑んだ。
「ようこそ、カイリ派遣ギルドへ。商人姉弟」
ー・ー・ー・ー・ー・ー
その晩、カイリギルドの食堂では、アマルとルイスが運んできた食材を使った宴会が催されていた。
新たに加わった仲間を歓迎したワーカー六名がそれぞれ愉しそうに互いの昇級を祝いあう中、アマルとルイスは端でステーキやサラダ、パンを頬張っていた。
ワーカーたちは気のいい人々だった。
アマルやルイスに対して下卑た好奇心や同情、哀れみといった視線や言葉をかけることはなかった。
ただ仲間として、純粋に二人を歓迎してくれた。
二人がまだ仲間の輪に入りきれないと理解すると、そっと二人きりにまでしてくれる。
配慮の行き届いた大人たち。
アマルは、今まで出会った大人たちが下品で低俗に思えた。
「や、楽しんでるかい」
姉弟の正面にカイリが座る。
「ふぁい……いただいてまふ」
アマルが口元に手を当て、リスみたいに口をモゴモゴさせながら答えた。
「久しぶりのお肉で美味しいです!」
隣でルイスが元気に答える。
「バカ」
言いながらも、アマルはルイスと普通の食事が取れることに安堵しているのか、小さく微笑んだ。
「お、やっと笑ったねぇ」
「……え、笑ってました?」
「笑ってた。ねえ、ルイス」
「うん、お姉ちゃん愉しそう!」
「……」
アマルは自らの口元を片手で掴んでムニムニと動かしてみる。
笑う。両親が死んで以来、ずっと気を張っていたので、そんな表情を浮かべるのは相当に久しぶりだった。
「ところでさ、アマル」
「はい、なんでしょう?」
カイリが小さく切り分けられた果実を一欠けら口に放り込みながら聞く。
「君たちの情報網にさ、ストーンクラスワーカーとか、仕事がなくて困ってるワーカーとか、うちに引き入れられそうな人の話ってないかな?」
「ここで働いてくれそうなワーカー、ですか」
アマルとルイスにはすでにこのギルドの現状を伝えてある。
彼女らとて無知ではないので、Fランクギルドに所属するのがどんなワーカーかわかってもいる。
「うーん」
村でも街でも、仕事にあぶれている人はいた。
しかしワーカーでもないし、そもそも働く気がない人が多かったので、頭の中でさっさと除外していく。
そしてこの都市での思い出とともにワーカー候補を探すが、早々見つかるはずもない。
「そうですねぇ、私たちもまだここに来たばかりなので、そういった知り合いは……」
「そっかぁ。そうだよね。じゃあもしいたら、すぐに知らせ──」
と、カイリが言いかけたときだった。
「あ、一人……いたかも」
「え? ホント?!」
「はい、でも……ストーンクラスではないです」
「……カッパークラス以上?」
アマルは首肯した。
「ゴールドクラスだったかと。元ですけど」
「ゴ……!? え? 元?」
「はい、今はギルドマスターをやってる人なんです」
「…………えぇ?! ギルマスって、私と同じ?」
これにもアマルは首肯した。
「仕事がなくて困ってるそうです。もうギルマス辞めたい。元のワーカー職に戻りたいって言ってました」
「…………いや、まあ確かに仕事がなくて困ってるなら……でも、それはありなのかな?」
「アリですね」
「うわぁ、びっくりした!」
いつの間にやらべトロワが背後に立っていた。
話も全部聞いていたらしい。アマルとルイスは驚いていない。
どうやらカイリが思っているよりも最初から背後にいたのかもしれない。
「相手のギルドを潰すことになりますし、了承ももちろん必要ですが」
「はぇ~、まだまだ知らないことがたくさんあるもんだ」
しかし、とカイリは口元に手を当てる。
(元ゴールドクラスのギルマス……仲間になってくれたら面白そうかも)
詳細はまだわからない。
しかしどうせ普通ではない派遣ギルドなのだ。
それぐらいのこともまたアリか。
そんなことを考えながら、再び果実を一欠けら、口の中に放り込むのだった。
そろそろ第一部の〆も見えてきたかしら。
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