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依頼20.商人姉弟の初商談

「ふーむ……」


 ギルド内に、カイリのため息に似た声がこぼれた。


「お悩みですか?」

「うん。昇格祝いの食事会をどうしようか、まだ迷っててさぁ」


 隣の受付にいたべトロワに訊ねられ、カイリは唇を尖らせつつ答えた。

 ギルドがFランク、ワーカーたちがカッパークラスになって、早一週間だ。

 厄介な賊を倒したことで、次から次へと派遣依頼が舞い込んできて、結局今に至るまで祝いの席は用意できていない。


 今晩、ようやく派遣の依頼が落ち着いたので、みんなが帰ってきたら食事会にする予定だ。

 しかし、どこでやるのか、そして何を食べるのか。

 それがまだ決まっていない。


「私でよければ、いつでも食堂を開けますからね」

「ありがとう! でも、何を作ってもらうかどうかも。そもそも食材を買いに行くところからでしょ?」

「うーん、そうですね。これから買いに出れば夕食までには間に合うと思いますけど」

「そう。そこでまた献立が壁になる。そして、今から予約を入れられる食堂もいくつあるか……急いで決めないといけないのは分かってるんだけど……うーん。困った」


 カイリが腕組みをして唸っていると、ギルドの扉が開いた。

 ワーカーたちがもう仕事を終えて帰ってきたのかと驚いて顔を上げる。


「こんにちは……」

「こんにちはー!」


 すると入ってきたのは、一週間前に助けたあの姉弟だった。

 確か、アマルとルイスといったはずだ。

 姉のアマルが金髪をポニーテールにしていて、弟のルイスが同じく金髪を坊ちゃん刈りにしている。

 相変わらず姉のほうは警戒心を出しているが、ルイスは元気に挨拶してくる。

 人懐っこい性格のようだ。


「はい、こんにちは。どうしたの? 久しぶりだね、二人とも」

「お久しぶりです。ほら、お姉ちゃん」

「う、うん……」


 アマルはマジックバッグの紐と弟の手をギュッと握りながら、こちらに向かって歩いてくる。

 ひどく緊張しているようだが、何かあったのだろうか。

 あの日は、ロサ・ムルダに到着してからすぐに別れたから、彼女たちがどこへ行ったのか、何をしているのか、わからずじまいだったのだ。


「あの、この間は助けていただき本当にありがとうございました」

「ありがとうございました」


 カイリの前に来たアマルとルイスは、ぺこりと頭を下げた。


「私はアマル・バーム。商人です」

「僕はルイス・バーム。僕も商人です」

「商人……」


 パッと見たところ、アマルは14歳前後、ルイスはそれよりも下、10歳前後といったところか。

 その年齢で商人とは……穏やかではなさそうだ。

 そして名前を名乗った。アマルのほうは名を知られることが弱みになると考えていただろうに、どういう心境の変化だろうか。


「で、二人はどうして? わざわざお礼を言いに?」

「それもあるんですけど、その……」


 アマルはなんとなく歯切れが悪い。

 代わりに、ルイスが自身のマジックバッグに手を入れ、そこから薬草を取り出した。


「あの、僕たちの商品を買ってください」

「あ、ちょっと、ルイス……!」


 アマルは弟を止めようとするが、その前にカイリが差し出された薬草を手に取る。

 すぐに鑑定をかける。品質としてはE+といったところだ。

 調合してポーションにしてもいいが、できるのは低級が精々。

 ただ、ないよりは確実にマシなので、値段次第によっては買ってもいい。


「いくら?」

「……え?」


 値段を訊くと、二人がびっくりしたような顔をする。


「どうしたの? これの値段は?」

「あの、買ってくれるん、ですか?」

「えぇ? 売りに来たんでしょ? さすがに品質が悪すぎるものは買えないけど、この品質なら買うよ。なんでそんなにびっくりしてるの?」

「えっと、だって……私たち、子どもだし、流れ者だし……その、品質の信頼とかそういうのが。他でも、それで断られて」

「あー、なるほど。そういうことか」


 カイリがべトロワをチラリと見る。

 べトロワは軽く頷いて、補足してくれる。


「ロサ・ムルダは基本的に商工会を通して、品物を受け入れています。他のギルドや商店なんかもそうだと思います。なので、飛び込みで品物を売ろうとしても無理ですよ。そもそも都市はそういうものです。村や町ならまだしも」

「あ……」


 アマルの、マジックバッグの紐を掴んだ手に力が入る。

 恥ずかしい。悔しいのだろう。自分たちの無知が。通用しなかったことが。


「ギルドマスター様みたいに、すぐ買うって言ってくれた人はいませんでした。最初から値切ってきたり、品物を渡したら金を払わず逃げたり……マジックバッグを狙ってきたり」

「お姉ちゃん……」

「最初から、ここでは、私たちみたいなのに居場所はない……ってことですよね。それなのに私、ここで成功してあいつらを……見返すんだって……」

「お姉ちゃん!」


 アマルがふらつく。ルイスがとっさに支え、カイリもその手助けをする。


「大丈夫?」

「あの、お願いがあります。助けてもらったとき、嫌な態度を取ったのは謝ります。だから、その薬草を買ってください。それから、弟に何か、食べ物を……」

「それはいいけど、弟くんより、まずは君からでしょ」

「……え?」

「べトロワ、悪いんだけど……」

「承知しました」


 何も言わずとも、意図を組んでくれたべトロワが立ち上がって二階へ向かう。

 その間にカイリはアマルを受付の裏にあるソファに運んだ。

 軽い。ろくにご飯を食べてないような軽さだ。

 ソファに寝かせると、起き上がろうとするアマルを押し止め、弟に声をかける。


「ねえ、お姉ちゃん、ちゃんとご飯食べてる?」

「ううん。僕には食べろってくれるけど、お姉ちゃんは全然食べてない。マジックバッグにパンとかお肉入ってるけど、商品だから手を付けちゃダメだって。それで、僕にだけ」

「ルイス……余計なことは……」

「こら。余計なことなんかじゃないよ。子どもだけで行動している商人。君たちの事情はなんとなく察するよ。気丈に振る舞おうとするのもわかる。けどね、弟にこんな顔させたかった?」

「あ……」


 ルイスは、アマルを見て泣きそうになっていた。

 そんな弟の表情に初めて気づいたのだろう。

 アマルは、腕で目元を覆って、唇を噛んだ。


「私……姉、失格ですね」

「失格なもんか。ここまでよく頑張った。話も聞いてあげる。だから今は……」

「カイリ様、お待たせしました」

「ああ、ありがとうべトロワ」


 べトロワが二階から降りてくる。

 手に二つ持っているのは、白い器だ。

 一つをカイリが受け取り、もう一つをルイスに渡す。


「これって?」

「すりおろしたリンゴ。美味しいよ、食べな」


 差し入れてあったスプーンを取って、カイリはすりおろしリンゴをアマルの口に運ぶ。

 アマルは鼻を啜ったあと、口を小さく開けてすりおろしリンゴを食べた。


「美味しい?」

「……はい。美味しいです」

「美味しい!」


 ルイスが嬉しそうに言うと、アマルは肩を震わせて涙をこぼす。

 腕で隠しているから、こちらも気づかないふりをしておく。


 そうして、最終的には自分で食べ始めたアマルを座らせて、その隣にルイスを座らせる。


「お姉ちゃん、泣いてたの?」

「……泣いてない」

「目、赤いよ」

「……赤くない」


 二人の微笑ましいやり取りを見つつ、カイリは「さて」と話を切り出す。


「まともに話が出来るようになったと思うから、聞かせてもらおうかな。二人はどうして、こんな旅を?」


 アマルがルイスを見て、それからカイリと向き合った。

 目にはちゃんと、最初に会ったときのような力強い光が宿っている。


「私たちは、ここから少し離れた村で育ちました。両親も商人で、でも、人が良すぎて無茶な値切りにも応じるし、ツケだとかいって払わないヤツもいっぱいいました。それで、ある日、街から大きな取引が来たんです。薬草やポーション、肉に野菜。大きなギルドが近々この辺りで仕事をするから、そのための準備で」

「……へえ」

「けど、両親が村のみんなに協力を仰いで材料を集めようとしたとき、手伝ってくれた村人はいませんでした。しみったれた村にそんな話が来るわけない。あんた騙されてるんだ。とか言って。準備金として前金をもらっていたので、それでちゃんと料金は払うといいました。それでも金だけ取って、あとはのらりくらり。準備がまだ出来てないだ、今日は取れなかったなどと」

「…………」

「そして、期日が来ました。両親は膨大な違約金を課せられました。村人たちは知らぬ存ぜぬで、無関係を強調しました。結局、両親はその心労で二人とも。残された私たちはなんとか守り抜いたマジックバッグだけを持って、こうして……」


 アマルが言葉を切って嘆息し、ルイスが唇を噛んだ。


「両親には、商人として才覚があったと思います。でも、あの村にこだわった。店を出させてくれた恩があるとか言って……バカですよ。あの人たちは……本当に」

「それで、二人がここで立派な商人になって、村の連中を見返すつもりだったと」

「はい……でも、それも無謀な話だとわかりました。私たちもこれから、どこかの村で」

「ん? 諦めるの?」

「……え?」


 ぽかんとした顔のアマルに、カイリは笑みを向ける。

 手でテーブルの上を示して、アマルとルイスを見つめる。


「ここには商品を買おうとしているギルドマスターがいる。そして君たちは売りたい商品を持っている。せめて諦めるのは、ここでの売り上げを見てからじゃない?」

「あ……」

「お、お姉ちゃん! しょ、商品! 僕らの!」

「う、うん!」


 カイリの意図を察して、アマルとルイスが慌てて自らのマジックバッグに手を突っ込む。

 ギルドにあるマジックバッグと同じサイズだから荷車一台分。

 さて、どれほどの商品を積んでいるのか。


「まずは先ほどお渡しした薬草の残りです。全部で十束、ポーションにして20本分あります」

「うん。いいね。品質も均一。悪いものはない。いくら?」

「えっと、全部で500ゴールドです」

「わかった。それ全部いただくよ」

「ほ、本当にいいんですか?」

「もちろん。で、まさかとは思うけど薬草だけじゃないよね?」

「は、はい!」


 アマルとルイスが続けて肉と野菜、それから酒を出してきた。

 肉は燻製と生肉、野菜は新鮮なものだ。

 酒瓶にはしっかりコルクと封がされており、新品であることを証明している。

 さらに追加で砥石や野営道具なども出てきた。


「こちらはここへ来る道中に仕入れたドーグカウ一頭分の肉と、根菜、葉物の野菜各種、それからお酒は、広く流通しているものですがブルドー産のワインです」


 テーブルいっぱいに広がった商品を、カイリは即座に鑑定していく。

 どれもこれも品質は悪くない。ワインに至ってはCランクも混じっている。

 野営道具などもきちんと手入れのされた新品だ。


「うん。これなら良さそう。ちょうど食材が欲しかったところだし。べトロワ、百枚お願い」

「かしこまりました」


 後ろでやり取りを見ていたべトロワが奥の金庫から金貨を取り出し、盆に載せて戻ってくる。

 それを受け取ったカイリは、すぐさまテーブルに置いた。


「100万ゴールドある。これで一括買い取りさせてほしい」

「ひゃ……!?」


 見たことのない金額なのか、アマルとルイスは驚愕に口を半開きにしていた。

 信じられないという表情で、金貨の山を見ている。

 しかしすぐにアマルは首を横に振って、唇を引き結んでカイリを見た。


「ぜ、全部で24万ゴールドです。100万はいりません」

「お姉ちゃん!?」

「……へぇ。やっぱりそうなんだ」

「……?」


 カイリの言ったことに疑問符を浮かべるアマルだったが、あえて答えずにスルーする。

 カイリにはアマルとルイスのステータスも見えていた。

 彼女らはワーカーではなく商人なので、そのステータスには独特なスキルが見てとれる。


『アマル:旅商人

所属ギルド:なし

レベル1

体力:9 力:8 防御:6 素早さ:7

スキル:商人の魂、交渉力、公正取引の精神』


『ルイス:旅商人

所属ギルド:なし

レベル1

体力:7 力:6 防御:5 素早さ:7

スキル:商人の魂』


 カイリが特に気に入ったのはアマルの公正取引の精神だ。

 こういう精神を持つ人間は商人じゃないとしても信用できる。

 そして実際、アマルは100万という金を目の前に出されても揺らがなかった。

 彼女はまだ子どもではあるが、立派な商人だった。


「わかった。じゃあ24万ゴールドでこれをぜんぶいただくよ」


 山から金貨を24枚取り、アマルに手渡す。

 アマルはそれを壊れやすいガラスのように受け取り、ルイスとともにしばらく見入っていた。


「まだ他に売るものは?」

「も、もうないです……」


 聞くと、アマルはハッとして顔を上げた。

 カイリは頷いたあと、右手を差し出しアマルに握手を求める。


「良い商談だった。感謝する、商人アマル、商人ルイス」

「は、はい! こちらこそ!」


 金貨を慌ててマジックバッグに締まったアマルがカイリの手を取る。

 それからルイスもカイリと握手をした。

 まだまだ小さい手。それでも、商人として生きると決めた手。

 そういう気持ちを、カイリは尊重したいと思っている。


「さて、商談がまとまったところで一つ相談なんだけど」

「……は、はい」

「二人とも、うちの専属商人になるつもりはない?」

「……へ?」

「……え?」

読んでいただきありがとうございます!

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では、また次回の派遣先で!

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