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依頼2.予算が100億って、それホントですか!?

「ん、んぅ……」


 目を覚ます。

 床が硬い。

 フローリング……いや、ただの板張り?

 ともかく、ベッドや布団の上でないことは確かだ。


「おはようございます、カイリ様!」

「……はい?」


 元気いっぱいの声が降ってきた。

 驚いて声の方を見上げる。


 そこには猫耳を付けた女の子がいた。

 いや、猫耳がピコピコ動いている。生えている、のかな?


「えっと……」

「私、神獣で獣人のべトロワと申します。神様の特典プランの一つです!」

「特典……? あぁ……!」


 私は言われて思い出した。

 そう、確かにさっき神を名乗る男と話していたんだった。

 特典──こんな可愛らしい女の子が特典になるのか。

 いいね、神様。こういうのは素直に嬉しい。


「じゃあ、ここが神様の言ってた……」

「そうです。カイリ人材派遣ギルドです!」


 ……ん?


「え? もう名前とかって決まってるの? しかもそんな安直な」

「はい。もうこの名前で国にも登録されています」

「マジかー」


 私は額に手を当てて嘆息する。

 しかし文句を言う先はない。

 こういうとき、抗議をしても意味がないのだ。

 責任者はいないし、こんな可愛い子に文句を言いたくない。

 私はよっこらせっと立ち上がり、自分よりも背の低い女の子、べトロワに右手を差し出す。


「知ってると思うけど、私はカイリ。これからよろしくね、べトロワ」

「はい! もちろんですカイリ様!」


 べトロワはくしゃっとした笑みで、私の右手を両手で包み込む。

 やだこの子可愛い。好き。


「……しかし本当に異世界?に来るとは……で、私はまずなにをすれば……うっ」

「カイリ様?」

「いつつ……」


 くらっときた。

 急に不快な頭痛がして、こめかみを押さえる。

 何かが頭の中を駆け巡る。

 ほんの数秒のことだった。

 終わったころには、私はこの世界の言語や常識を必要な分だけ学ぶ……いや、インストールしていた。

 なるほど、これが特典に書かれてたやつか。

 とはいえ、わからないことも多い。


「ねえ、べトロワ」

「はい」

「ここって人材派遣するギルド?なんだよね?」

「はい、そのとおりです」

「派遣できる人はどれだけいるの?」

「ワーカーですね。ゼロです」

「……え?」

「ですから、ゼロです。一人もいません。出来立てほやほやのギルドですし」

「そういうもんなの?」

「いえ、普通はそうではありません」

「え……?」


 そういうものだと言われると想像していた私は驚いた。

 普通じゃないの?


「実を言うと、このギルドはまだ正式には認可されていません」

「どういうこと?」

「派遣できるワーカーがいないので、ギルドとして機能してない状態ですね」

「なるほどね。あー、そうか。ギルドは最低一人以上、稼働可能のワーカーを所属させるものとする。だもんね」

「そのとおりです。けど、なぜ知ってるんですか?」


 私は自分の頭を指でツンッと叩く。


「神様の特典で少し入ったっぽい」


 ギルドが私のいた世界でいう派遣会社のようなものだとすると、人がいない状態で何を派遣するんだという話だ。

 もちろん会社間を上手く繋いで人材を派遣する。

 という手法を取れなくもないが、あれは人脈とコネ、ある程度の地位、そして何よりも信頼があってこそできる技だ。

 私のような転移したてで、特典以外何もない人間ができるような仕事ではない。


「ということはだよ、まずやることは人集めってこと?」

「そうですね。人集めからです」

「えー……私この世界に来たばっかりなのに。そもそもただの会社勤めだから人集めなんてやったことないよ」

「私も手伝いますから」

「いや、そうは言っても……」


 人集めなんてハードル高くないだろうか。

 ああいうのってめちゃくちゃコミュ強な人じゃないとスムーズにできないよね?

 なんて面倒な。というか人材は神様の転移プラン特典には入っていないらしい。本当に入ってないのか?


「ねえ、べトロワ。神様の特典には必要なモノは用意しておくって書いたあったんだけど……派遣ギルドなんだから人材こそ必要だったのでは?」

「それはそうなんですけど……現にいませんので」


 べトロワが困った顔をする。

 ああ、ごめんなさい。困らせたかったわけじゃないんだよ。


「ごめんごめん。べトロワを責めてるわけじゃないんだ。なんか変だなと思って」


 しかしないものは仕方ない。

 駄々をこねても発生しないものはしないのだ。

 時間、人材、施設、技術。

 すべてあるもので賄うしかない。

 そんなもの、あっちの世界で散々やってきた。

 というわけで私は思考を切り替えることにする。偉い!


「じゃあさ、人材ってどうやって集めればいいの? スカウトとか? ハローワーク……人材紹介サービスみたいなのはあったりする?」


 あれ? というか、なんで知らないんだ、私。

 ハローワーク的施設……ダメだ、この世界では何に相当するのかわからない。

 なぜかこんな基本的そうな知識は抜けてたりする。

 ねえ神様。本当にちゃんと特典つけてくれてる?

 と、疑いたくなる。


「うちの規模だと基本的にはスカウトですね。ですが、有能とされる人材は当然、大手や中堅どころの所属です」


 べトロワの言葉に反応して知識が勝手に浮かんでくる。


「有能ってことは、シルバークラス以上とか?」

「いえ、ブロンズ以上はもう有能に入れてもいいかと」

「つまりうちには最低クラスのストーンか、カッパーしか残ってない?」

「はい。正直カッパーもいないことを覚悟していただいて」

「えぇ?」


 ワーカーにはクラスという分け方があるらしい。

 下から順にストーン、カッパー、ブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナ、ブラックストーン。

 ブラックストーンに至っては一つに都市に一人いるかどうかの割合らしい。

 特典で一人ぐらいブラックストーンいればいいのに。


「じゃあ私たちはまず、ストーンクラスを探すと?」

「はい。カイリ様はこの世界に神様以外のコネはないので、発掘するしかないですね」

「その神様のコネが一番強いと思ったんだけどなぁ。そもそも神様のコネと言ったってそんな、私は神様と懇意なんだよ。っなんてこと言うヤツのギルドに入ってくれる人いなくない?」


 つぶやくと、べトロワがピコンっと耳を立ててパタパタと受付らしき場所へ駆けていく。それからまたパタパタと戻ってくる。


「コネと言えば、お渡しするのを忘れていました。こちらの腕輪を装着してください。神様特典の一つです」

「腕輪? 填めればいいの? こう?」


 私が腕輪を付けると、目の前にウィンドウが開いた。


「おぉ……なにこれ?」

「カイリ様のステータスです。この世界だと神殿とかに行ってお金を払わないとみられないんですよ」

「へー……ん? この表示って、もしかしてお金?」


 ウィンドウの右下にある末尾がGの表記の前に10,000,000,000、つまり100億と表示されている。


「100億!?!!????」


 私は悲鳴に似た声で叫んだ。


「そうです。こちらももちろん特典です。この世界では中堅どころのギルドの年予算が500万なので、ざっと2000年分といったところですね」

「2000年……うわぁ、すごい」


 本当にすごい。

 現代日本でだって相当すごいよ。

 あ、ヤバイ。金の魔力がすごい。

 私は頭を振って溺れそうになる感覚を払う。


「せっかくなのでこのまま基本的な特典を説明しますね。住む場所の特典としてこのギルドがそのまま使えます」

「ここが……」


 あらためて見てみると、今いる場所はかなり広い。

 ただ、受け付けのカウンターや掲示板、それから待合用のベンチが何脚か置いてある。

 しかしそれはギルドとしての役割が強い。

 住む場所となると、他に必要なものがありそうだが……。


「このギルドは三階建てになっていまして、二階はワーカーたちの準備などを行う部屋と、食堂になっています」

「あ、三階もあるのか」


 カウンターの奥、よく見てみれば階段がある。


「三階が私たちの居住区になります。トイレ、シャワー完備。ワーカーも何人か住まわせることができます」

「そりゃすごい」

「加えてカイリ様の部屋には特別なクローゼットが備え付けられていて、この世界に合わせた衣服を自動で補充します」

「社畜時代に欲しかった機能だ」

「そしてこれらはまだ実装されていないのですが、神様が用意した条件をクリアすると、プラスで予算や特別なアイテムがもらえます。条件はギルドを大きくしていけば自然とクリアできるものらしいので、頑張ってください! カイリ様!」

「うん! 頑張る!」


 べトロワが両手を胸の前でギュッとするものだから、私も思わず両手をギュッ。べトロワほど可愛くはできなかった。ちくしょう。


「特典についてはわかった。じゃあ、この項目は? 私の身体能力で合ってる?」


 訊くと、べトロワが横にやってきてステータスを指さしながら一緒に確認する。


「そうですね。カイリ様はこの世界では超人といってもいい能力値をお持ちです」

「超人……?」

「はい、ただ制限がかかっています」

「制限って、あ、これか」


 べトロワに促されて当該項目に目を通す。

 能力制限:ギルドの守護者。

 ギルドの守護者は超人的な身体能力を持つが、その真価が発揮されるのは己の命の危機、ギルドおよびワーカーが危険に晒されている場合のみ。


 と、いうことらしい。

 むやみやたらに力を使うことはダメ。

 つまりはそういうことだ。


「あとはここを見てください。カイリ様は人の能力を確認できる鑑定眼もお持ちですので、スカウトを行った場合、人材の取りこぼしはないかと」


 あー、これはチートってやつだ。私、これ知ってる。

 まあそりゃそうだよね。神の恩恵だもんね。

 そうそう正直これぐらいないと。

 そこでふと、あることを思う。


「これ、私がお仕事をすればいいんじゃない? ワーカーがいないなら私が働いて実績積んで、それから人が来るのを……」

「オススメできません。そもそもギルドマスターがワーカー役を兼ねるのは禁止されています」

「そう上手くはいかないか。でも、そうか、そうだよね」


 私だって多少は社会経験がある。

 存続する会社、崩壊した会社、多々見てきた。

 その中で比較的早く傾いたのは能力のある一人か二人に頼っていたワンマンタイプの会社だ。

 社長がそのタイプならいざしらず、プレイヤーにワンマンを許しているとそりゃいつまでも人の下についているわけがない。

 いつかは会社を興したり、もっと稼げる場所に転職する。

 そうなったら、その会社は近いうちに崩壊する。


「基本的な特典については以上となります」

「なるほど。つまり私には恩恵が与えられてるけど、必ずしもこの力で好き放題、モラル無視で暴れられるってわけじゃないんだね」

「そうですね。やりようによってはそういう人生も歩めますけど、たぶん……その……すぐつまらなくなると思いますよ?」

「……もしかしてと思うけど、そういう人生経験済み?」

「まさかー」


 なんとなく演技臭いが追求しないでおく。

 こういう踏み込んではいけない場所への嗅覚はそれなりにある。

 もちろん盛大に地雷を踏みぬいてしまうこともあるけれど。


「じゃあ結局、悪あがきはやめて、能力フル活用で人集めをしなくちゃいけないってことか」

「はい。装備なども用意しておくと便利ですよ」


 装備?


「え? 装備とかってギルドが用意するの?」

「ええ、低ランクのギルドでは用意しないところばかりですが、原則にはギルドが用意するようにと。とりあえずは粗悪品でも大丈夫です。要はワーカーが派遣できる状態になればいいので」

「えー、そう言われるとなんか……」


 自分がワーカーになったと考えて、顔をしかめる。

 選択肢はないんだろうけど、粗悪品は……。

 とある会社で打ち合わせをしているとき、派遣社員さんが使えない型落ちのパソコンで作業させられているのを目撃したことがある。

 作業が遅いと怒鳴られていたし、なんなら取引先の係長があれは派遣さんを切るときの方法なんですよ。なんて得意げに言っていた。

 粗悪品で能率を下げ、仕事ができないというレッテルを貼る。

 そうして給料を下げ、自主的に辞めるかそのまま低賃金で働くことを選ばせる。

 辞める判断が遅れるほど、仕事ができなくて切られたという評価になる。


 ああ、悪魔の所業だ。

 そして私は良い取引相手を演じるため、笑顔でわかっていますよ。みんなやっていますよね。みたいな顔をして頷いていた。

 今さらながら、自己嫌悪。

 そんなことをして何になるんだ。

 みんなが各々能力を発揮して働ける方がいいじゃないか。

 そして給料もたっぷりで経済が回ってみんなで豊かになったほうが……って、過去を思い出して熱くなってしまった。


「正直に申してしまえば、中ランクギルドまでの大体のギルドでは粗悪品が普通です」

「そうなの?」

「はい。魔物掃討やダンジョン内掃除、国や都市から公的に出ている商人の護衛を引き受けるギルドには、上からいくらかの支援金が出ます。もちろんワーカーたちの装備や報酬を普通にしてもちゃんと利益は出ますが、より多くの利益を得たいと思うなら……」

「……粗悪品にして、搾取すればいい、ってことね」

「それでも一応依頼をこなせはするので」


 私は嘆息した。

 異世界よ。聞いてたけど、君もブラックなのか。


「もちろんちゃんとした装備を用意するギルドもありますが、稀だと思ってください。先ほども申しましたが粗悪品でもこなせる依頼は多いですし、ケガをするリスクは高くても、お金や生活のためにワーカーも納得済みです」


 納得なんかじゃないよ。きっと。

 選択肢がないんだ。

 だから、納得したふりをしているだけ。


「……って、ちょっと待って。普通に話してたけど、魔物がいるの?この世界。魔物って、モンスターとか怖いヤツのことだよね?ソシャゲとかで見る」

「ソシャゲ?はわかりませんが、そうですよ?なのでワーカーは命の危険がある代わりに、お給金が普通の勤め人より高いんです……本来は」


 魔物、本当に出るんだ。

 そして本来は、という言葉が重い。

 ああ、思い出す。

 危険な仕事ほど給料がそうでもなかった元いた世界のことを。


「でも、そうか……逆に考えれば、装備はこっちの裁量で用意してあげられるんだ。それなら私は、ちゃんと装備を用意するギルドにしたいなぁ」


 つぶやくと、べトロワがにっこりとほほ笑む。


「でしたら、私にご提案があります」




最後までお読みいただきありがとうございました。

面白かった、期待が持てると思われましたら、高評価とかいいねをもらえると励みになります。

よろしくお願いします。


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