依頼19.トラバル平原での派遣仕事
ロサ・ムルダの街から北西に6キロの場所に、トラバル平原はあった。
平原と名が付いているものの、広大な土地が広がっているわけではない。近くに小高い丘や背高草の生える草原、湿地帯や森なども近辺にある。
そういった特徴から魔物や賊などが身を隠す場所に困らず、近くにある街道で被害に遭う商人や旅人などが多い。
特に最近は賊による被害は最近見過ごせるものではなくなっていて、今回カイリギルドが討伐成功を果たせなかった場合は、もっと上のギルドが動く可能性もある。
もちろん報奨金は跳ね上がるし、金を払いたくない国や都市としては、成功しなかったカイリギルドにマイナス評価を付ける。
理不尽な話だが、こういったことが横行しているのもまたこの世界での常識なのだった。
「前方にオークマンの群れ。湿地帯の近くで巣を作っているらしい。オスメス合わせて30匹ほど。この六人なら大した脅威ではないだろう。ただ、今のところ賊の姿は確認できなかった。オークマンを掃討するときは、森や丘側からの奇襲に気を付けてくれ」
偵察に行っていたイングが戻ってきて状況を報告する。
スタンたちは地図を広げ、どこから賊を探すか話し合っていた。
しかしそれよりも早く、オークマンの群れが見つかったので、イングの情報を元にそちらを先に討伐することに決める。
話し合いはスムーズで、スタンも言うべきことは率直に言い、ジノたちもスタンに遠慮などはなかった。
「俺は正直に言ってジノたちと連携することは難しい。だから基本的には付かず離れずの距離で単独で戦うことにするから、サポートを頼みたい」
「了解だ。クラリ、ナルシュカ、負担をかけるが俺らと同時にスタンのことも頼む」
「任せて」
「了解よ」
(おぉ、ちゃんとパーティーになってるじゃないの)
カイリは後方で、そのやりとりを確認していた。
べトロワに許可を取って、スタンたちの様子を見に来ていたのだ。
手は出さないという約束で、六人にも了承を得ている。
信頼はしているとはいえ、初めてのシルバークラスの派遣業務だ。
心配するなというのは無理な相談だった。
「さて、オークマンはいいとして、問題は賊のほうだよね」
カイリは動き出したスタンたちを見守りつつ、ぼそりと呟く。
オークマンは魔物だが、賊は人間だ。
これまで、ストーンクラスワーカーが受けられる依頼のほぼすべてが魔物相手だった。
賊相手がないこともないが、そういったものは数少ないカッパーやブロンズたちが取っていった。報奨金以外のうま味がそこそこあるらしい。
微々たるものではあるが、相手が蓄えた財宝をネコババするとかなんとか。
まあそんなことはどうでもいい。
カイリが危惧しているのは、人を討伐することに彼らが寸前で躊躇ったりしないかということだ。
躊躇は一瞬でパーティーを危機に陥れる。
自分の命すらも危うくする。
実際、神様の特典で心が強くなっているカイリも、ワーカーを守るために人を斬るとなったらどんな気持ちになるのか想像がつかない。
しかし願わくば、賊を倒して、みんなが無事に戻ってきますように。
非情かもしれないが、そう思ってしまうのだった。
「ハァッ!」
考え込んでいるうちに、いつの間にかオークマン相手の戦いは終盤になっていた。
誰もが危なげなく戦い、オークマンたちを倒していく。
背後や横から来るオークマンはクラリとナルシュカで牽制するから、心なしかジノたちだけではなくスタンも戦いやすそうだ。
そしてあっという間にオークマンはすべて討伐された。
強い。
彼らは本当に強くなった。
まだ一か月かそこらしか経っていないのに、あの自信がなく気弱だった彼らがオークマン相手でも余裕を見せるようになっていた。
「嬉しいなぁ」
思わずつぶやいてしまう。
カイリの手助けが役に立っているのだと実感する。
そしてだからこそ、彼らには人を討伐する。自分たちのために殺すということを躊躇わないか気になってしまう。
心配になってしまうのだ。
「よし、オークマンは終わりだ。賊の奇襲もない。改めて賊を……」
ジノが汗を拭いつつ、次の行動を定めようとしたときだった。
「いやだぁっ! お姉ちゃんを殺さないでぇっ!」
子どもの悲鳴が聞こえた。
全員が声のほうへバッと顔を向ける。
それから誰からともなく走り出す。
オークマン討伐の証など二の次だ。
トラバル平原横の街道を抜け、浅い森に入ったところだった。
服や果物などの荷物が散乱し、十数名の賊に子供が二人囲まれていた。
斬られたのか、右腕から血を流している少女が木に寄りかかって荒く息を吐いている。
それを守るように、少女よりも幼く見える少年が賊たちと少女の間で、涙ながらに腕を左右いっぱいに広げて立っていた。
「ひゃはははは! お姉ちゃんを殺さないでー! だってよ!」
「安心しろよ。その高価なバッグをもらったら、二人仲よくあの世行きだからなぁ」
「ぎゃははははははは!」
下卑た笑い声に、大体の状況を理解した。
後ろから追いかけていたカイリでもわかるほど、ワーカーたちの怒気が膨れ上がっていく。
「おい!」
スタンの腹の底からの声が響く。
「あぁ?」
賊たちはびくりと身体を震わせ、怪訝な顔で振り向いた。
そのときには、スタンたちはもう戦闘態勢だった。
余計な前置きはない。
「ぎゃあっ!」
「なんだお前ら……げぅっ!?」
「うぎゃああっ!」
スタンが賊を切り捨てる。
ジノが事態を飲みこめていない男を突き刺す。
ゴルドの盾が賊を吹っ飛ばし、イングのナイフが喉を切り裂いた。
「ひっ……!?」
判断の早い賊がとっさに少年と少女を人質に取ろうとするが、ナルシュカの矢が男の腕に突き刺さる。
そして──。
「ファイアボール!!」
クラリが火炎魔法で、もう一人少年と少女の近くにいた賊を吹っ飛ばした。
その後はスタンたちの独壇場だった。
多少の斬り合いは生じたものの、賊のほとんどは領地を追放されたり、仕事を失った農民やワーカーだ。
神の恩恵を含めて強くなったスタンたちの相手ではない。
ああ、余計な心配だった。
と、カイリは思う。
ワーカーたちは、スタンたちは自分の仕事とやるべきことをちゃんと理解していた。
「大丈夫かい?」
最後の賊を切り捨て、血を払ったスタンが少年と少女の前に膝をつく。
少年はまだ、何が起こったのかわからないという顔でスタンを見上げていた。
「クラリ、ヒールを頼む」
「わかりました」
クラリが少女の傍らに膝をつき、斬られ、流血している腕に杖の先端を向ける。
「彼の者の傷を癒したまえ……ヒール」
回復効果が増す詠唱付きだ。
杖の先端から暖かく柔らかな白い光が灯り、少女の腕を包む。
すると傷がみるみるうちに塞がっていき、青ざめていた少女の顔も血色が戻っていく。
「お姉ちゃん!」
少年が少女に抱きつく。
どうやら彼は弟のようだ。
「…………」
少女のほうはスタンたちを見回したが、言葉が出てこないようだった。
なので、カイリが輪の中に出向く。
「みんな、お疲れさま」
「ギルマス、お疲れ様です」
少年と少女を囲っていたスタンたちが脇に避ける。
カイリは二人に歩み寄り、目の前で膝をつき、目線を合わせた。
「こんにちは。私はカイリ。一応ギルドマスターをやっています。で、この人たちは私のギルドに所属してくれているワーカー。わかるよね? ワーカー」
少年がコクコクと頷いた。
少女のほうは少年を抱き寄せ、警戒心を解いていない目でカイリを見つめる。
「助けてくれたのは、感謝します。ギルドマスター様。でも、私たちには、お礼に差し出せるものがありません」
硬い表情で少女が言う。
カイリはあえて笑みを作り、ゆっくりと頷いた。
「様付けはいらないよ。それにお礼のほうも。君たちを助けたのは偶然だし、お金ならこいつらを倒した報奨金があるから」
カイリが視線を向けると、少年と少女も辺りに倒れる賊たちを見た。
少年は青ざめた顔を見せたが、少女のほうは唇を結んで隙を見せまいとしている。
「君たちは、ロサ・ムルダに向かうところ?」
ハッとしてこちらに向き直った少年が頷く。
「そう。姉弟……かな? 二人で旅してるの?」
再び少年が頷く。
「……僕は、ルイス、です。お姉ちゃんは、アマル」
「ちょっと、ルイスっ!」
少年、ルイスを姉のアマルが慌てて制しようとする。
「だってお姉ちゃん、この人たち、僕らのこと助けてくれたんだよ。なのに名前も言わないなんて。失礼じゃないか」
「人をすぐ信じるな。そうやって生きてきたせいで、お父さんとお母さんがどうなったか知ってるでしょ!」
「でも……」
アマルがグッと力を入れて立ち上がる。
それからカイリたちに頭を下げたあと、ルイスの手を引いて、逃げるように立ち去ろうとする。
「あ、ちょっと待って……」
アマルはこちらを振り向かずに立ち止まる。
「なんですか?」
「とっても素敵な偶然なんだけど、私たちもロサ・ムルダから来てるわけなのね。だから、もう少しだけ、討伐の証を取る間だけ待っててくれれば、一緒に帰れるよ」
「……いい、です」
「また賊に襲われても? 今度は腕じゃすまないかも」
「……護衛料なんて、払えないです」
「そんなのいらないよ。だって、ただ帰り道が同じなだけなんだもの」
「…………」
アマルは何も言わない。
ルイスはカイリと姉を困惑したように、交互に見ていた。
「というわけでみんな、サクッとお片づけをお願いしたんだけど……いいかな?」
顔の前に両手を合わせてお願いする。
すると、ワーカーたちは笑顔で頷いた。
「当然です。ジノと俺でこの賊たちを。ゴルドたちはオークマンを頼む」
「……了解だ」
「わかった」
スタンの指示で、ワーカーたちが一斉に動き出す。
そして三十分もしないうちに、賊十数人とオークマン30匹を討伐した証が集まった。
「よし、じゃあ帰ろうか。おや、偶然。そちらの姉弟もロサ・ムルダに向かうんデスネ。一緒に帰りましょう」
「……ふふ、棒読み芝居」
カイリのわざとらしい演技に、ナルシュカが笑う。
つられて他のワーカーたちが笑ったので、とりあえず近くにいたスタンの肩をポコッと叩いておいた。
「お姉ちゃん」
「……うん」
ルイスに促されてアマルがカイリたちに再び頭を下げ、それから歩き出す。
あくまでも護衛ではなく、たまたま帰り道が被ったというていで、彼らの速度に合わせて歩く。
「今日の戦果は上々だね」
「はい」
歩きながら、カイリは上機嫌に言った。
みんながここまで強くなっているとは。
嬉しい誤算だった。
読んでいただきありがとうございます!
良ければ↓の評価ボタンとブックマークなどしていただけると励みになります。
では、また次回の派遣先で!