依頼17.もう昔の俺たちじゃない
「あんたたちは……」
ジノたちの前に現れたのは、五人が追放されたDランクギルドに所属する先輩ワーカーたちだった。
三人はニヤニヤと嫌な笑みを浮かべてジノたちを見ていた。
ドークス、エストワ、アギール。
ブロンズクラスのワーカーだ。レベルは確か10だったはず。と、ジノは思い出す。
「よぉ、元気だったか。お前らがいなくなって寂しいぜ」
禿頭で筋肉質な男、ドークスが言った。
背中に差した大剣は威圧的で、ジノはつい数週間前まで、彼らの機嫌を損ねないように生きていたことを思い出す。
刻み込まれた恐怖が、虫のように全身を這いあがってくる。
「な、なんのよう……ですか」
ジノの言葉は、昔に戻ったようだった。
虐げられ、嘲られることが当然だったときのように、視線が自然と下に向かう。
「お前らが新しいギルドに入ったって聞いてな。奇特なギルドもあるもんだと思ったら、なんだえらく活躍してるみたいじゃないか。どんな卑怯な手を使ったんだ? え?」
「あ、アタシらは、真っ当に強くなったんだ!」
ナルシュカが言うと、細身の男エストワが、黒く長い髪を揺らしながらクククと嗤う。
「真っ当? 一か月かそこらで万年ストーンクラス、レベルの上がらないお前たちが?」
もう一人の男、金髪を短く刈り込んだアギールも笑う。
「そんなわけねぇだろ。お前らは俺たちがどれだけ鍛えてやっても強くなれなかった落ちこぼれだろ。ギルドを変えたぐらいで強くなれるかよ」
「…………」
ゴルドが拳を固く握った。
イングも、奥歯を噛みしめる。
鍛えたやった。
その言葉に、五人の脳裏に嫌な記憶が蘇る。
それは単なる暴力だった。男たちは男の先輩ワーカーに。女たちは女の先輩ワーカーに殴られ、蹴られ、罵詈雑言を浴びせられた。
反撃してみろと言われて、立ち向かったことのある。
けれど呪いの装備に加えてレベルの上がらないジノたちが勝つことは不可能だった。
あのときはレベル差以上のステータス差があった。
しばらくは立ち上がれないくらいの暴行。
訓練と称した憂さ晴らしに、いつしか抵抗するのをやめていた。
いつか終わる。いつか終わりが来る。
それが前ギルドでの、鍛えてやったという訓練の全貌だ。
「まあいいさ、どんな卑怯な手を使って依頼を達成しているのかは知らんが、とにかくお前らが最近活躍しているのは知ってる」
ドークスが顎をボリボリと掻きながら胡乱な目つきをジノたちに向けた。
「結果が出ているんだとすれば、それは俺たちが鍛えてやったからだよな?」
「…………」
どんな理屈だと、ジノは腹の辺りから何かがじわっと湧きあがるのを感じた。
「だからお前らは俺たちに恩返しをするべきなんだ」
「……どういうこと、ですか?」
ジノは顔を上げ、真っすぐに、初めて真っすぐにドークスたちを見る。
その目と態度に、ドークスたちは一瞬怯んだ。
何かはわからないが、ジノの視線にはそうさせる何かがあった。
同時に、ジノ如きにそんなことを思ったことが許せなかったのだろう。
ドークスの眉間に皺が寄る。
「それぐらい察しろ馬鹿たれ。だからお前らは万年ストーンクラスなんだ。なんでもいい。さっさとそのはぐれの毛皮と魔物討伐の証をよこせ」
「これが目的ですか?」
ジノが、ゴルドが代表して持っている毛皮と証である部位が入った袋を指さす。
「ああ。ストーンクラスのお前らじゃそもそも倒したことを信じてもらえねぇよ。というか、なんか生意気になったな、おい」
ドークスがエストワとアギールを見て笑みを浮かべる。
二人も下卑た笑みを返す。
「特別だ。また訓練してやるよ。その訓練代としてそれをよこせ。悪い話じゃないだろ? さすがにタダでもらおうってのは悪いからな」
「ひゃはは! そりゃそうだ。いっちょまえに槍なんか持ちやがって。俺が槍使いの戦い方を教えてやるよ」
ドークスに続いて、アギールがジノを見ながら手にした槍を振り回す。
その動きは、正直に言ってぎこちなかった。
つい一か月弱前は、あれほど恐ろしかったのに。
「ふっ、そうだな。僕らに生意気な口を聞いたんだ。それぐらいは覚悟の上だろう」
エストワが鉄剣とラウンドシールドを取り出し、軽く振って見せる。
「……ねえ、もしかして」
「……うん」
ナルシュカとクラリがひそひそと話す。
ゴルドとイングも視線を交わし、呆気にとられたような顔をする。
「今さらビビってもおせぇぞお前ら!」
怒号に近い気合の声とともに、ドークスが大剣を抜き、構えて見せる。
しかしそれでも、ジノたちは冷や汗ひとつかくことはなかった。
恐怖も震えも、どこかへ失せている。
「……おい、ジノ。奴ら、スタンさんより弱いんじゃないか?」
ゴルドが後ろから言う。
ジノは小さく息を吐いてから、頷いた。
顔を上げたときから、なんとなくわかっていた。
腹から湧き上がるのが怒りであることも、そして彼らが自分たちよりも遥かに弱いことも。
恐怖心が視界を、思考を鈍らせているだけだった。
「今の俺たちなら、大丈夫だ、ジノ」
「ああ」
イングの言葉に、全員が力強く頷く。
もう、過去の弱く、侮られることが当然だったジノたちはここにはいない。
「ドークスさん、一つ聞きたいことがあるんですが、いいですか?」
「……なんだ?」
「訓練は受けさせてもらいます。ただ万が一ですけど、俺たちが勝ったら何をくれます?」
「……は?」
ドークスたちは一瞬、何を言われたのかわからないという顔をした。
直後、腹を抱えて大笑いする。
「ハハハハハハハ! か、勝ったら……お、お前らが……ハハハハハハハ!」
そしてひとしきり笑ったあと、ドークスはジトっとした目つきでジノたちを見て、下卑た笑みを向ける。
「いいぜ。万が一にでもお前らが勝ったら俺たちの有り金を全部やるよ。だがお前たちが負けた場合は変更だ。毛皮だけじゃねぇ。男はしばらくまともに動けねぇほどボコボコにしてやる。女どもは俺らの娼婦になれ。お前らツラはいいが、さすがにギルド内じゃ手を出せなかったからな。他ギルドの女をやるなら、別に構わんだろう」
ドークスが出した条件に、エストワとアギールが笑う。
この条件に、ジノたちが怯むと思って笑っていた。
けれど、ジノたちが怯むことはもうない。
顔を上げて真っすぐに見てみれば、彼らはただの中年ワーカーだった。
努力すれば上に行けたが、本来の性格的に怠惰のほうを選んだワーカー。
そして新人たちをいびり、潰すことに精を出すタイプの人間だ。
よれよれの服に、手入れのされてない仕事道具、武器。
こんな人間を恐れていた。
そのことがなんだかおかしくて、ジノたちは誰からともなく小さく笑みをこぼした。
「……なに笑ってんだ?」
「いや、あんたらみたいなのを怖がってたなんて、俺らはなんて弱かったんだろうって。それがおかしくて」
「さっきからなんだ、おい。ちょっと活躍したからって調子に乗ってんじゃねぇぞザコどもがぁ!」
自分たちは笑うくせに、笑われることに慣れていないのか、ドークスたちが怒気を露わにして迫ってくる。
「俺はアギールを。他は頼む」
「おう、任せておけ」
ジノがアギールの前に出る。
そしてゴルドがドークスの前に、イングがエストワの前に出る。
「お前に槍が使えるのかよ!」
「たぶん、あんたよりはな」
アギールが鼻息荒く槍を突き出してくる。
しかし気迫も速度も、魔物たちは当然、スタンに及ばない。
時間をかける理由はない。
「なっ……!?」
ジノは槍の柄でアギールの穂先を叩いて弾くと、そのまま態勢を崩したアギールの顔面を柄で打っ叩いた。
「ぶへぇっ!??」
アギールが宙を舞い、街道の外側、草原へ吹っ飛んでいく。
たった一撃で、勝負はあっさりとついた。
「な、なんだお前!? いつの間にそんな……あぎゃー!」
イングに翻弄されたエストワに、クラリのファイアボールがさく裂する。
手加減されているとはいえ、エストワはその場で膝を折り、自慢の黒髪をアフロにして地面に突っ伏した。
「く、くそっ! なんでだ、なんでお前ら……こんな……」
ドークスはゴルドのタワーシールドに大剣をあっさり弾かれ、さらに乱れ飛んでくるナルシュカの矢に身体を萎縮させる。
そうなるともう、勝負はついたようなものだ。
「残念だがな、先輩方。俺たちはもう、あんたら如きにゃ負けん」
「ふざけ……ごばっ!?」
ゴルドが鉄棒を振り回し、ドークスの肩に叩きつける。
ドークスは痛みで大剣を落とし、膝をついた。
「くそ……なんで、なんでだ……」
肩を押さえながらもまだ怒りの目を向けるドークスを、ジノたちが囲む。
「有り金はいらない。代わりに、もう俺たちにまとわりつくな」
「な、なんだと……!? 生意気な……ひっ!?」
ドークスの首元に、ジノの槍の穂先が突きつけられていた。
「まだわからないのか? 俺たちは今、あんたらを『見逃して』いるんだ」
「……ッ!」
「他のギルドの仕事を妨害した挙句、クラスが下のワーカーに返り討ちにあった。しかもただの下位ワーカーじゃない。ストーンクラスにだ」
言葉の重みが、ドークスの脳に刻まれる。
この業界で最も蔑みの対象となっているストーンクラスワーカー。
そんなワーカーに負けたとなれば、この業界で生きている限り一生の笑いものだ。
「俺たちの間には何もなかった。これからも、何もない。そうだろうドークスさん」
「…………あぁ」
最初はジノたちを見下していたドークスが、今は一番下を向いている。
これで終わりだ。
ジノたちの、完全な勝利だった。
「……行こう」
ジノたちは過去との対決に勝利し、その場を去る。
ドークスは彼らの姿が完全に見えなくなるまで、動くことができなかった。
情けなさ、怠惰、慢心、油断、色々な思いが駆け巡り、そして──がっくりと肩を落とすのだった。
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