依頼15.侮られたものたちの解放
「そろそろだ。見えてきたぞ」
ジノが言うと、ゴルド、イング、クラリ、ナルシュカが頷いた。
ロサ・ムルダの門を抜けて草原を数キロ歩くと、背の高い草が伸びた場所が見える。
そこはゴブリンやオークが巣食っていることで有名な地帯だ。
今回、ジノたちはカイリギルドからの依頼を受けてここにやってきていた。
草原の背高草エリアを根城とするゴブリンの壊滅。ただし、状況によってはオークが複数体出る可能性あり。その場合は別途報奨金が支払われる。
依頼のランクとしてはFランク。本来はカッパークラス以上に任せる案件だが、ゴブリンは単価が安く、やりたがるワーカーがいなかったので取ることができた。
さらに他のワーカーたちは不確定要素のある『ハズレ』の依頼を嫌う。
(俺たちなら、今の俺たちならできる)
オークはこれまでにも相手にしたことがあるし、仮に不確定要素である複数体相手でも、今の自分たちなら戦える。
ジノは自分にもそう言い聞かせて、緊張する心を落ち着かせるために小さく息を吐きだした。
「……止まれ。イング」
「了解」
大きな街道を挟んだ先、背高草のエリアを目視する。
まだ距離はあるものの、射手によっては弓矢の届く範囲だ。
ジノたちは隠れるには不十分だが、相手から見えづらくなるぐらいの草むらに屈んで隠れ、斥候の才能があると言われたイングが偵察に向かう。
身を低くして巣があると報告された方向を大回りするように、背高草の中に入っていくイング。音をほとんど立てず、草も風で撫でられた程度にしか揺れない。
「……すごいな」
イングの能力にジノは素直に感心した。
物心がついた頃からの付き合いだが、イングにそのような才能があったなんて知らなかった。
他の三人にしてもそうだ。
ゴルドはシールダーの才があり、武器そのものよりも盾で守りながら弾くシールドバッシュが得意だ。アーチャーの才があったナルシュカは信じられない精度で矢を狙った場所に撃つ。
極めつけはクラリで、彼女はべトロワの手ほどきで本当に回復魔法が使えるようになった。
まだ初級のヒールのみとはいえ、仲間に魔法を使える人間がいることに驚かされた。
生まれさえ違ったら、クラリはきっと王国が抱える医術院の医術師になることもできただろう。
そしてジノも、ランサーと呼ばれる槍使いの才があった。
これまでずっと剣を上手く使えなかったことに納得するほど、槍は手に馴染んだ。
模擬戦で戦わされ、呪いの装備を壊してもらい、そしてすぐに仕事で実戦だ。
緊張はしている。
けれど、恐怖はなかった。
これまではずっと依頼の前、戦いの前は恐怖がまとわりついていた。
仲間の誰かが欠けたら。大怪我をして、誰にも助けてもらえなかったら。
役立たずのくせに。高級な薬をお前たちに使うわけがない。
想像できる。前にギルドだったら、ジノたちは絶対に助けてはもらえなかった。
けれど、今は違う。
「……きたぞ」
背高草の中から戻ってきたイングが合図を出す。
直後、背高草の中心付近から煙が上がった。
続けて、草をかき分けて何かが街道に近づいてくる音がする。
「行くぞ!」
「おお!」
声とともに、ジノとゴルドが隠れていた草むらから飛び出す。街道を駆け抜けて、一気に背高草エリアへと向かう。
少し距離を空けてクラリ。そのさらに後ろでナルシュカが弓を構える。
直後、背高草をかき分けて大勢のゴブリンが姿を現した。
「ギシャーッ!?」
先頭を走るゴブリンの頭部を、槍の穂先で横からぶん殴る。
「ベギャンッ?!」
飛び出したもう一匹はゴルドの大盾、シールドタワーで吹っ飛ばされた。
どちらも一撃。
これまでにない手応えだった。
刹那の時間、ゴルドと視線を交わして頷く。
俺たちはこれから強くなれる。
そう確信した。
「ギャウッ!?」
直後、背後から飛んできた矢が草むらから飛び出してきたばかりのゴブリンを射抜いた。
「ゴギャッ!?」「グゲッ!??」
ようやく事態を察したゴブリンが二匹、ゴルドに飛び掛かるが、一匹はそのままシールドに弾かれ、もう一匹は背後から襲撃したイングによって命を刈り取られた。
「ハァッ!!」
ジノが足を踏み込み鉄槍を突き出す。
並んで飛び出してきたゴブリン三匹を一気に串刺しにする。
悲鳴さえ上げることはなかった。
槍を抜く間に、イングとゴルド、ナルシュカがゴブリンの数を減らす。
クラリもヒーラーながら、硬い樫の杖でゴブリンを一匹叩きのめしていた。
同じ数のゴブリンさえ死闘になっていたパーティーが、別人に生まれ変わったように、圧倒していた。
この戦いぶりを見れば、彼らがストーンクラスだと思う人間はいないだろう。
それほどまでに強さが上がっていた。
もちろん、それはただ装備を適正なスキルに合わせて変えたから、だけではない。
粗悪で自分たちに合ってない武器の頃から、ジノたちは仲間を信頼し、互いを護るために戦ってきたのだ。
その絆と連携が武器を変え、そして呪いの装備から解放されたことで、真の力を発揮できるようになったのだった。
「ボギャーッ!?」
最後の一匹を横薙ぎで吹っ飛ばしたところで、ゴブリンの群れは終わった。
合計25匹のゴブリンとしては小規模な群れだが、ジノたちにとっては信じられないほどの戦果だった。
しかし、これで戦闘は終わりではなかった。
背高草がまだ揺れている。
しかしこれまでの小型の魔物が素早く走り回るガサガサと細かい音ではない。
重量のある魔物がゆったりと近づいてくる、草を踏みつぶす音だった。
「イング、下がれ! ゴルド!」
「了解だ!」
前方でゴブリンたちをかく乱していたイングを下がらせ、シールダーのゴルドを前に出す。
タワーシールドで防御を固めつつ、敵の出現を待つ。
「クラリ!」
「はい! ヒール!」
前を向いたまま、クラリに指示を飛ばす。
クラリのヒールで前衛三人のわずかな傷が癒えていく。
疲れも多少マシになり、荒くなりつつあった呼吸が落ち着いていった。
「ブィー――ッ!!」
鼻息荒く背高草から出てきたのは一匹のオークマンだった。
四足歩行のオークとは違い、二足歩行で猪面をした亜人に近い魔物だ。
オークよりも強く、手には木を粗削りしただけの棍棒を持っている。
そう、オークマンには道具を使う知恵があるのだ。
「……オークじゃなかったのかよ」
オークとオークマンでは討伐難易度が全然違う。
少なくともシルバー以上でなければ、ソロで相手にすることはできない。
もちろん、ストーンクラスが五人であっても結果は変わらないだろう。
ただのストーンクラスワーカーであるならば、という話だが。
「……どうする、ジノ。退くという選択肢もある。依頼の内容が間違ってるなら、違約金は取られないぞ」
イングが言う。だが、その顔からは撤退する意思はまったく見られない。
ゴルドはまっすぐ、オークマンの動きに盾を合わせ、いつでも攻撃を受け止められるよう構えていた。
背後の二人からも、撤退や怯えの意志を感じない。
当然、ジノだって同じ気持ちだ。
「撤退はしない。戦うぞ。俺たちはカイリギルドに拾ってもらった。呪いの装備だって壊してもらった。あの人に、あのギルドに恩を返すんだ。こいつ程度で撤退しているようじゃ、俺たちは前と変わらない」
「その言葉が欲しかったんだ」
イングが笑みを浮かべる。
ゴルドがその意思を示すように、大盾でドンっと地面を叩いた。
「よし、ゴルド。ヤツの攻撃を押さえてくれ。イング、俺と一緒にヤツを削るぞ。無理はしなくていい。危なくなったらゴルドの後ろにすぐ戻れ。クラリ、いつでも回復する準備を。ナルシュカ、ヤツの武器を持っている手と目を中心に狙え!」
「「「「了解!」」」」
返事と同時にジノとイングが打って出る。
「ブィーッ!!」
オークマンはすぐさま棍棒を振り回す。
ジノたちにとって当たれば重傷、下手をすれば致命傷になる一撃だ。
それでも恐怖で身体が固くなることはない。
仲間を信頼し、危なくなったときには助けがあるという気持ちが、ジノの足を前に踏み出させ、オークマンの一撃を躱す。
「ブギィィイッ!?」
代わりにオークマンの脛を槍の穂先で切る。
「ブギュアァ!?」
さらに片手と脇腹をイングのナイフが切りつける。
オークマンは痛みに呻きながらも、棍棒を振るってジノの頭を砕こうとした。
しかしそれを、飛び出してきたゴルドのタワーシールドが防ぐ。
「ガブギャァアッ!??」
大盾に棍棒が弾かれ片手が浮く。
その瞬間、風を切って飛翔した矢がオークマンの手首を貫いた。
棍棒が落ちる。
「ブィイーーーーッ!!」
オークマンが痛みで恐慌状態に陥り、両手でゴルドの盾をやたらめったらに殴りつける。
子どものようなパンチだが、膂力が尋常ではないので、大盾がへこむ。
「おぐっ、ぐぉおっ……!」
盾を地面に突き立て、ゴルドが必死で支えてようやく防げる攻撃だった。
イングも危なくて容易に近づけない。ナルシュカもゴルドが近すぎて攻撃できない。
しかし、ジノならばできる。
「ゴルド! 肩借りるぞ!」
「……?! おぉっ!」
ジノの言葉に、ゴルドがグッと片膝をついて屈む。
この体勢になってしまったら相手に圧倒されるばかりでそう長くはもたない。
だから勝負は一瞬だ。
「おぉおっ!!」
ジノは裂帛の気合とともにゴルドの肩を蹴って空中に飛び出す。
「……ッ?!」
そして逆手に持った鉄槍を、オークマンの頭部に向かって突き下ろす。
「ブギャッ…………」
オークマンは予想もしなかった攻撃に、ほんのわずかな時間、見惚れるように呆けていた。
一秒かそこらの、たったその程度の時間。
しかし、勝負はそれで決まってしまうのだった。
オークマンの額からうなじに向かって鉄槍が突き刺さっていた。
身体にジノを乗せたまま、オークマンは後ろに倒れる。
ズンッ、と地面が揺れた。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
ぴくりとも動かないオークマンの上で、ジノは荒い息を吐きながら鉄槍を強く握りしめていた。
「……いっ、おいっ、ジノ!」
ハッとしたのは後ろからやってきたゴルドに肩を叩かれたからだ。
周りを見回すと、クラリとナルシュカ、イングと、パーティー全員がジノとオークマンを囲んでいた。
「やったな! 俺たち、俺たちがオークマンを倒したんだぞ!」
「すごい! すごいよジノくん!」
「アタシたちでもやれる。証明した。ジノ」
「……いい攻撃だった」
「……あ、ああ」
口々に褒められても実感が湧かない。
今さらながらに手が震える。
離したくても、槍が手から離れない。
「おー、すごい。本当に自分たちだけで倒しちゃうとはね」
街道の反対側から声がして、全員で視線を向けるとそこにはギルドマスターのカイリと、同じストーンクラスワーカーのスタンがいた。
「ギルマス! どうして」
「助けが必要だったら助けるつもりだった。大切なワーカーだからね。失うわけにはいかなかったし……でも」
カイリはジノたちの顔を見回してニッコリと笑顔を作る。
「その心配はなかった。君たちはやっぱり強かった。それにさ、レベル、上がってるよ」
「……え?」
「全員、レベルが1ずつ上がってる。成長阻害もなくなってるよ。良かったね。君たちはこれから、ちゃんと強くなれるよ」
「……あ、あぁ……」
カイリの言葉が浸透していく。
そして、ジノの目にはいつぶりかわからない、嬉しさのこもった涙が浮かんだ。
ジノだけではない。
驚き見開かれたゴルドの瞳にも、前髪が隠れがちだったイングの目にも、柔らかにみなを見つめていたクラリの瞳にも、普段は険しく他人を疑うナルシュカの目にも、涙が浮かんでいた。
「うわあぁあああああっ!」
ジノが立ち上がって、全員を抱き寄せた。
ゴルドも、イングも、クラリも、ナルシュカも互いを抱き寄せた。
全員が泣いていた。
それは、歓喜の涙だった。
これまでずっと侮られる人生だった。
これからもずっと侮られて当然の人生だと思っていた。
落伍者で落ちこぼれで、何の才もない孤児上がりの出来損ない。
どれほどの間心無い言葉を投げかけられただろう。
どれほどの間自分たちの境遇、そして己自身の力のなさを責めただろう。
心をどれだけすり減らしても、仲間以外は誰もわかってくれなかった。
すべては自分たちが悪いと思っていた。思い込んでいた。
けれど、それもすべて終わりだ。
そして、今日から始まるのだ。
新しい人生が、努力によって、強くなれる人生が。
ジノたちはしばらく泣き止めなかった。
孤児だからといってバカにされないよう、なめられないよう必死に戦って、辛くても必死に生きて、耐えてきた涙が幾重も零れ落ちる。
彼らは今日、この瞬間に解放された。
そしてすべてはここから、再び始まるのだ。
「仲間……いいですね」
「スタンにもいい仲間紹介できるように、スカウト頑張るよ」
「よろしくお願いします」
そんな五人を見て、カイリとスタンはそんな会話を交わすのだった。
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