依頼12.適性武器、違うじゃん
「ようこそ、ここがうちのギルドだよ」
カイリはそう言って、ギルドを追い出されたばかりの5人を中に案内した。
「……ほ、ほんとに、ギルド……」
5人の一番前にいたジノが呟いた。
ボサボサの茶髪で貧相な布の服。壊れかけのショートソードに軽装鎧。
どこから見ても立派なストーンランクワーカーのいで立ちだ。
それでもまだジノはマシなほうだった。
「……大丈夫、かな」
「大丈夫だよクラリ。いざとなったらアタシがあの女をやるから」
物騒な会話をするのはパーティーの女性メンバー、クラリとナルシュカだ。
クラリは亜麻色の髪で柔和な顔立ち。
ナルシュカは黒髪で肌も浅黒い。南方のほうの出身者はそういうものだと、カイリはべトロワから聞いている。
二人ともジノに負けず劣らず貧相な布の服と同じような装備。
鑑定をかけたが、ナルシュカに至っては、ショートソードの刀身が欠けている。
その状態では、カイリを殺すのはたぶん無理だ。
「騙されてなきゃ、いいが……」
「…………」
パーティーの中で一番身長が大きいゴルドが、ギルドを見回しながら言った。
その後ろに控えるイングは無言でカイリやべトロワに鋭い視線を送ってくる。
黒髪を短く刈ったゴルドも、逆に長い黒髪で陰気そうな雰囲気のイングも、装備は同様だ。
「信用ないなぁ……」
カイリが受付に肩肘を乗せて苦笑すると、全員が不安げな視線を向けてきた。
「ストーンランクワーカーを雇おうなんてギルドマスターを不審がらないワーカーはいませんよ、カイリ様」
べトロワからの突っ込みに、カイリはまたもや苦笑させられる。
「ともあれ、新人候補5人連れてきたことは褒めてよ」
「まだうちのワーカーになってくれたわけじゃないですから」
「まあ、そうなんだけど」
カイリとべトロワが話していると、5人が顔を見合わせる。
それから皆を代表するように、ジノが前に進み出た。
「あの……」
「はい、なんだい? なんでも聞いて」
カイリの態度に困惑しつつも、ジノは口を開く。
「その受付さんも言う通り、俺たちはストーンランクワーカー……です。それに、追い出されたところも見たんでしょう? なのに、どうして」
「そう、だから誘ったの。あなたたち、所属なしのワーカーだから」
「そうじゃなくて、ここまでの設備なら俺たちみたいなのじゃなくても良かったはずでしょう。正直に言ってしまえば、俺たちより実力が上のワーカーを誘えたはずだ」
悔しそうに言いながら、ジノはギルドの内装に目を向ける。
Dランクだった前のギルドよりも立派な設備だ。
少なくともC以上はありそうだ。
「誘えないよ。だってうち、Gランクギルドだし」
「……は?」
カイリの回答に、ジノたちは信じられないという表情をした。
そんなわけはない。そう思う。
Gランクギルドなんてのはもっと汚く、いるだけでこちらまで気落ちするような場所だ。
そのはずだった。
しかしここは、明るい雰囲気に満ちている。
確かに人はいないが、普段は活気があふれているのだろうと思わせる力がある。
「だから、言葉は悪いけど、ギルドを追い出されるような君たちしか誘えないし、雇えない」
「そんな……」
ジノは、やはり信じられないと思う。
自分たちのようなワーカーしか誘えないのならば、余計に怪しさが増す。
しかし次の質問をする前に、カイリが顔を顰めてジノたちを見た。
「こういうことを言うのは心苦しいんだけどさ……」
「……」
ジノを始め、後ろの4人も身構えた。
こういうとき、自分たちがどれだけ貶され、見下されるか身をもって、何度も体験してきた。
結局は、このギルドマスターもそうなのか。
俺たちをからかっていただけなのか。
しかし、続くカイリの言葉は予想外なことだった。
「君たちさ、まず湯あみしようか」
「……え?」
「もちろん男性と女性で分けるよ。あ、石鹸もね、自由に使っていいから」
「……は? え? あの……」
「ということだからべトロワ、人数分のタオルの用意お願いできる? あとは着替えも。既製服、いくつかストックあるよね?」
「もちろんです、カイリ様」
混乱するジノたちをよそに、カイリがべトロワに指示を出す。
べトロワが受付から出て来て、5人の前に進み出る。
そして丁寧にお辞儀をした。
「初めまして。カイリ派遣ギルドの受付兼副ギルドマスターのべトロワと申します。皆さまも風呂場へ案内しますのでどうぞこちらへ」
「え? あの? え?」
「ほら、行った行った。そんな状態じゃまともに話もできないでしょ」
「……えぇ?」
そして案内されるまま流されるまま、ジノたち5人は新たに設置されたギルドの奥にある大浴場で身を清めるのだった。
「……なあ、俺たちこんな風にゆっくり身体洗うの、いつぶりだ?」
「……さあ? 俺は、そもそも記憶にない」
「……オレも」
お湯を被りながら汚れを落とす男たち三人は、自分たちの記憶にここまで贅沢にお湯を使ったモノがないことを確認する。
風呂とは、湯あみとは、桶一杯の水で身体をなんとか洗う作業のことを言うのだと思っていた。
けれどそれが違うのだと、三人は初めて知ったのだった。
「……ねえ、クラリ。この石鹸、本当に使っていいのかな?」
「う、うん……いいって、言ってた、よね」
女性組二人は、恐る恐るといった様子で石鹸に手を伸ばす。
市場でも見かけたことがない丸い形をしたもので、ほのかに花の良い香りがする。
身体に当てて擦ってみると、そこから良い匂いが漂った。
「……ふ、う……」
「クラリ……う……」
なぜか、涙がこぼれた。
自分たちは惨めな生活が当たり前だと思っていた。
こんなことが許される身分ではないと、そう思っていた。
それなのに、ギルドから追い出されるという最悪の日に、こんな最高のことを体験している。
それは、自分たちが初めて人間であるという実感だった。
普段から味わっている人間にはわからない。
家畜のような扱いを受けていたモノだけが知る、感動だった。
「もし、もし……私たち騙されていて、それでここで殺されても……きっと、きっと、この思い出があるから、大丈夫」
「うん……うん……」
身体を洗ったクラリとナルシュカが静かに抱き合う。
それは大げさではなく、この時の二人の本音だった。
「おー、キレイになったね。5人とも」
用意されていたふかふかのタオルで身体を拭いたあと、これまた用意されていた服に袖を通して、5人は改めてカイリの前に立っていた。
装備も外している。というかべトロワに回収された。
「あの、ギルドマスター」
「はいはい、なんだい?」
「まずは風呂、ありがとうございます」
「ありがとうございます!」
ジノに続いて、全員が頭を下げる。
「いいよ。大したことじゃない。このギルドではね」
ジノが顔を上げる。
「でも、俺たちには返せるものがありません。ワーカーですが、俺たちは正直に言って弱い。こんな扱いをされる価値もない。だからこの恩に報いることが」
「はい、ストップ」
カイリが手を胸の前に出してジノを制する。
「そもそもさ、その弱いっていうの、私的にはすごく引っかかってるんだよね。だって君たちのスキルさ、強めだよ?」
「……え?」
そんなことを言われたことがなく、困惑するジノたちを、カイリがジッと見つめる。
神様からの恩恵、鑑定眼でじっくりと5人を鑑定する。
「あなたたちさ、装備してた武器は支給されてたもの?」
「……はぁ。ストーンランクワーカーですし、一番安くて、その、粗悪な剣と鎧で……」
「そりゃ弱くもなろうて。だってあなたたち、適性武器違うじゃん。言っちゃうんだけどさ、全員苦手だよ? 剣」
「…………へ?」
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