依頼11.5人のストーンランクワーカー
「うわぁっ!?」
街からほど近い平原で、ワーカーが悲鳴を上げた。
Dランクギルド「小鳥のさえずり」に所属するイングだった。
「大丈夫か!?」
パーティーメンバーで一番身体の大きなゴルドが庇うように前に出る。
相手はオーク。
体格からしても力負けすることはないはずだが、ゴルドはオークの突進を小さな盾で受け止めきれず、たたらを踏む。
「くそっ! クラリ、ポーションを!」
「う、うん!」
リーダー、ジノの命令で、クラリがイングに駆け寄る。
「危ない!!」
そのクラリに向かって突進してきたオークを、軽剣士であるナルシュカが剣を突き出して阻止する。
「きゃあっ!?」
だがオークの力はナルシュカより強い。
まともにぶつかればナルシュカが吹っ飛ばされるのは道理だった。
「ナルシュカ!!」
ゴルドが走り、ナルシュカの身体を受け止める。
「ごめんっ……」
「気にするな。それより盾を貸せ!」
ゴルドはナルシュカを横に下ろし、代わりに盾を受け取る。
剣を捨て、盾を2枚持ったゴルドは、再び迫るオークの突進を膂力で受け止めた。
「ブフー!!」
「ぐっ、こ、の……」
ゴルドはオークとなんとか拮抗状態に持ち込む。
「おらぁっ!」
「ブフーッ?!」
その隙にジノがショートソードでオークの首を貫く。
これでようやく一体のオークが沈む。
「悪い待たせた!」
もう一体が突撃してくる寸前、最初に吹っ飛ばされていたイングが戦線に復帰する。
「ブフーッ!!」
「うぉおおっ!!」
再びオークとゴルドの盾がぶつかる。
激しい音を立てて、盾が軋み、皹から亀裂が広がる。
「まずい! 急げ!」
「おうっ!」
ジノ、イング、クラリ、ナルシュカのそれぞれが剣を持ち、オークを囲んで剣を突き刺した。
「ぶ、ぶ……ブフー……」
それでようやくだった。
5人で全力を出してやっと、オークを2頭、討伐することができた。
「はぁ……はぁ、はぁ……」
全員がその場に座り込む。
疲労困憊だった。
5人パーティーであればGランク級扱いの依頼であるはずなのに、ひどく手こずった。
パーティーであれば自分たちのクラスより一つ上の依頼も受けられる。
けれど、この5人ではオーク2頭が精いっぱいだった。
「すまん、またポーション使っちまった」
「……気にするな。俺もサポートできてなかった」
項垂れるイングを、ジノが慰める。
「けどよ……」
「イング、責任を感じるのはナシだって話したじゃん。責任というなら、私たち全員の責任だって」
「……あぁ」
ナルシュカになだめられ、イングはそれでも悔しそうに歯噛みした。
同じ村出身の幼なじみ5人組。
孤児院で育ち、8歳で奉公として今のギルドに出された。
それから10年。全員が18になった今、ギルドはGからDに昇格。
しかし5人は、未だストーンクラスワーカーのままだった。
ポイントは貯まっている。けれどギルドが5人を昇格させなかったし、また5人も今の自分たちでは──と尻込みしていた。
萎縮といってもいい。
「私たち……このまま、なのかな……」
パーティーのなかで一番非力なクラリがつぶやく。
そのあとの言葉を、誰も続けることができなかった。
ー・ー・ー・ー
「クビッ……?! しかも全員って、どうして!?」
ジノが声を上げた。他の4人は、信じられないという顔で自分たちが所属するギルドの長を見つめていた。
ギルドに帰ったジノたちは、呼ばれてギルド長室へと通された。
そしてすぐに、クビ宣言を受けたのである。
「そのままの意味だよ」
Dランクギルド「小鳥のさえずり」ギルド長、マフィンは面倒くさそうに言った。
「うちも大きくなった。ブロンズやシルバーワーカーも増えた。君たちみたいな石ころを、いつまでも雇い続けるメリットはない」
「そんな……俺たちはずっと貢献してきたじゃないですか!」
ジノの言葉をマフィンは鼻で笑った。
「貢献? 確かに仕事だけじゃなく雑多な仕事も多くやってくれたな。だが、それはもう別に雇うからいい。はぁ、それにねぇ」
マフィンが、バカにするような目つきで5人を見やる。
「10年。カッパーにすら上がれないやつらはねぇ」
それを言われると、ジノたちにもう言葉はなかった。
どれだけタダ働きさせられようと、孤児院から奉公に出された5人に拒否権などなかった。
せめて強ければ移籍も考えられたが、5人に実績はなく、粗悪品の装備で雑魚敵掃討ばかりのため、レベルも低い。
一番高いジノで、4だった。
「話は終わりだ。さっさと出て行ってくれ」
「ま、待ってください! せめて、追い出すならせめて、少しでも今までの分の賃金を……」
ジノが口にした瞬間、マフィンがクワッと顔を険しくする。
「ふざけるな! 在籍させてやっただけでも感謝しろ!」
マフィンが机の上にあるベルを鳴らす。
それは、5人が何度もオークやゴブリンを倒した報奨金をピンハネして購入したベルだった。
「おい! こいつらをつまみだせ!」
ベルを聞きつけ、すぐにガードたちが入ってくる。
最初は、こんな奴らだっていなかった。
「待ってくださいマフィンさん! このまま追い出されたら、俺たちはいったいどうやって生活を……」
ジノのその言葉に、マフィンはまるでゴミでも見るような目を5人に向けた。
「知るか。他のギルドでも探せばいい。お前らのような石ころを雇うところがあるならな」
「くそっ、離せ……! マフィンさんっ! マフィンっ!!」
5人はそれぞれ抵抗するが、ガードはシルバークラスのワーカーだ。
単純なレベル差、そして力の差でギルドの外へ追い出される。
「おら、出ていけごく潰しども!!」
「ぐぁっ!?」
5人はあっという間にギルドの外へ追い出された。
追い出されたときに、ギルド内にいたワーカーたちの嘲笑の顔が、ジノの記憶に強く刻み込まれる。
「……くそっ、くそぉっ!」
惨めだった。
力も金も何もない、搾取されるだけのワーカー。
けれど、この世界ではこれが普通だ。
強くなれないジノたちが悪い。自己責任だ。
「ジノ……」
クラリがジノの肩をさする。
振り返ると、ゴルド、ナルシュカ、イングも悔しそうな顔をしていた。
けれど誰ももう一度ギルドへ向かうことはできない。
自分たちが無力であるということを、嫌というほど知っているからだ。
「なんだったんだ……俺たちの10年は……なんだったんだよ」
泣くまいとするが、涙がこぼれそうになる。
Gランクギルドを今のランクに上げるため、必死になって働いた。
雑用だって、何だってやった。
けれど、その結果がこの仕打ちだった。
これからどうやって生きていけばいい。
マフィンの言う通り、ジノたちのようなストーンクラスのワーカーを雇うような場所はほとんどない。
あったとしても、今のギルドより粗悪な扱いをされるだろう。
養成所に入り直そうと思っても、先立つものさえない。
ワーカー以外の道を選ぶほどの学だってなかった。
そんな暇は与えられなかった。
だから、惨めでもいつか、いつか、とギルドにしがみついた。
そんな努力は、今ここですべて無になった。
残された道は、野盗──。
そんな考えが頭によぎったときだった。
「あのー……」
ジノたちに、誰かが話しかけてきた。
顔を上げると、不思議な、この都市ではあまり見ない顔立ちをした女性がジノたちを見ていた。
「あなたたち、今そこのギルドを追い出されてた?」
「……ああ」
何の用だ。わざわざあざ笑うつもりか?
ジノはそんなことを思った。
他の4人も同じだったようで、つい警戒し、目つきが険しくなる。
だが女性は反対に、にっこりと笑みを浮かべた。
「よかった。じゃあさ、うちのギルドに入らない?」
「…………え?」
それがジノたち5人のストーンランクワーカーと、この世界の常識ではありえないギルド経営をする、カイリとの出会いだった。
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ではまた次回。