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依頼1.神様のごめんなさい転移プラン

 過労死。

 それが私の死因だった。

 長野海莉、27歳。

 中堅広告会社に勤めていた。

 会社は朝も夜もない、いわゆるブラック。

 それでも充実してるなら幸せだっただろうけど、そうはならなかった。


 上層部のセクハラと、搾取体質。

 平社員たちはもれなく身体を壊し、心を壊す。

 ボロボロになって去っていった先輩、後輩もたくさん見た。

 それでも代わりはわんさといる。

 代わりが尽きるまでは。


 まあともかく、私こと海莉は死んだ。

 取引先の接待で酒をたらふく飲んだあと、会社に戻って打合せ用と提出用の資料を作っていた。


 エナジードリンクとカフェイン錠のちゃんぽん。

 そうでもしないと重い瞼をこじ開けることはできなかった。

 そうして無茶して、心臓が動きを止めて、それで終わり。

 私がこの世界にいた証拠は、書類と墓と不機嫌そうな免許証の遺影だけになった。


 はずだった。


「いやー、申し訳ない。間違っちゃったんだ」


 死んだはずの私が目を覚ますと、目の前に金髪碧眼のイケメンがいた。

 彼は自らを神と名乗った。


「間違ったって、どういうこと?」

「本当は君の上司が死ぬはずだったんだけど、手が滑って」


 手が滑って?


「最近死者が多いからさ、ミスも増えちゃって。そして僕のやらかし。本当に申し訳ない。ごめんなさい」


 神(自称)がぺこりと頭を下げる。

 あー、何度も取引先相手にされた謝り方だ。

 これ以上はもう何を言っても無理。結果が覆らないやつ。


「あの、間違えたのはわかりました。いや、納得はできないし、なんであいつ死ななくて私が死ぬんだよ、とは思ってますけど、それでなんで私はここに……?」

「それがね、間違えて死んでしまった人は通常即座にその事象を捻じ曲げて、本来死ぬはずだった方に行くんだけど、ほら、忙しくて」


 神が意味ありげに振り向くと、そこには大量の書類が積まれた机があった。いや、神って書類仕事なの? もっと全知全能パワーでなんかするのかと思ってた。


「人間は神に似せて作られてるんだよ。だから、人間がやることは大体神もやってる」

「え、心読みました?」


「へへへ……」

「褒めてないですよ別に」


 神、照れてるのがムカつく。

 人が一人、あなたのミスで死んでるんですよ。


「あ、そうだった。それでね、今回重大なミスで死んでしまった海莉さんのために特別プランを用意してまして」

「特別プラン……?」


 そう言って神がどこからかペラ1の紙を取り出す。

 差し出されたそれを受け取り、中身をざっと読んでみる。


『神様のごめんなさい特別転移プラン 異世界転移編』


 わー、ヤバそう。

 私は書かれた文字と写真を見て、読んでいく。


1.転移先の言語、最低限の常識などをインストールします。


 インストールて。

 ずいぶんと私に分かりやすい言葉。

 さらにピクトグラム的なイラストで、頭に向かって→が示されている。ちょっとカワイイ。


2.衣食住に困らない環境を整えます。


 悪くないけど……どれぐらいのレベルなんだろう。

 ギリギリ生きていけるレベルだからいいよね? みたいな環境じゃないことを祈る。


「そんなことしないよ」

「心読まないでください」


3.こちらの要望を飲んでくれた場合、さらに様々な特典をプレゼントし続けることを約束します。


「様々って?」

「様々は様々だよ」

「なんでそんな急にアバウトな。そもそも要求って?」

「それは次の項目だね」


4.人材派遣ギルドの経営権と必要なモノを提供します。


「……なにこれ」

「人材派遣ギルド。その経営権と必要なモノだよ」

「いや、読んだからそれは理解したけど、わからないんですが」


 神はニッコリと笑う。

 あ、これごまかすヤツか?


「えーっと、つまり死ぬはずじゃなかったヤツが死んだのはまずいので、帳尻を合わせるために異世界に私を転移? させると。しかも生活に困らない特典をつけて。そういう認識でオッケー?」

「オッケーです。いやー、理解が早くて助かる」


 神は話が早いし、腰が低くて丁寧なように見せて、自分の要求を押し通す営業とよく似ていた。

 こういう手合いはここからさらに要求を上乗せしてくるのだ。


「鋭いね、その通り」

「……なんですか?」


 私が諦めているのを察知して、営業もとい神はにっこりとほほ笑んだ。


「そこにも書いてあるように君にはそちらの世界で言う人材派遣会社、こちらの世界で言う派遣ギルドをやってほしいんだ」

「決定事項なんですか。でも私、そんなの経験ないですよ」

「大丈夫。海莉さんならきっとうまくやれるって」


 出た。根拠のない「きっと上手くやれます」。

 この言葉と案件を持ち帰ったあと、社内でどれだけ冷たい視線とため息を浴びせられることか。


「というかなんで私がそんなことをしないといけないんですか」

「あなたがこれから行く世界は、あなたの世界で言うところのブラック企業が横行していてね。神に対する信仰もクソもなくなってるんだよね。むしろこんな世界にした神は死ねって言われてるし。僕がしたわけじゃないんだけど」


 溜め息を吐く神。


「とはいえ現状を無視するわけにもいかなくて。神ってほら、信仰がないと体調悪くなりがちだから。でも神が直接介入するのはご法度だし。だから助けてほしくて」

「そんなこと言われても……私会社経営したことないし」

「だから大丈夫。きっと上手くやれる」

「なにを根拠に……」

「お願い! ホワイトなギルドを作って支店を広げまくって神への信仰を取り戻すぐらいの余裕をみんなに!」

「やけに具体的な……いやでも……」


 私は抵抗しようとするが、死んだらしいから選択肢がない。

 いや、あるのか?


「断ったらどうなります?」


 神は困ったような顔をした。


「さっきのプランにも書いてあるけど、神の──ああ僕のことね。僕の恩恵なしで転移になっちゃうね。はっきり言って、地獄だよ?」

「え? どこにそんな……あ」


 私はそんな項目に見覚えがなかったので改めて紙を見る。

 するとかなりかなり小さく、めちゃくちゃ読みづらいフォントで5番目の項目があった。


5.なお4.を破棄した場合、神の恩恵なしでの転移となります。


 え、なにこれヤバ。


「死んだらその天国とか地獄とか、無になるとか……そういう方向性は……」

「ないね。申し訳ないけど帳尻を合わせなくちゃいけないんで、必ず転移してもらう。海莉さんが選べる選択肢は二つ、恩恵プランを受け取って生きるか、受け取らずに生きるか」

「…………」


 悩んだ。数秒ほど。

 けど、もう悩むのは疲れた。生前、散々やった。

 それにそんなの、実質一択だ。


 だから、私は──。


「受け取ります、恩恵プラン。というか受け取るしかないじゃないですか。ていうか脅しですよこれ。はぁ、まあいいや。えっと、神様のごめんなさい転移プランでしたっけ? 受け取ります」

「わー、よかった。これで僕も嫌味を言われずに……おっと」


 神、ごほんと下手くそな咳払い。


「では、海莉さん。これからあなたにとって異世界である『ワッシュアップ』に転移してもらいます。一応知識があるとはいえ一人だと心細いと思うので、案内役を一人用意しておきました。仲良くしてあげてくださいな」

「あ……」


 神が手を振るような動作をすると、私の身体が光に包まれていく。

 暖かい。


「では、いってらっしゃい。海莉さん。経営権を手にしたあなたには恩恵があるから、ぶっちゃけ僕の言うことを聞かなくても、そこそこ自由に生きられると思う。だから、どう生きるかはあなたが選んでいいよ。ただ繰り返しになるけど、お願いできるなら、世界を少しでも良くしてくれると嬉しいな」

「……はぁ。まあ、やるだけやってみますよ。もう」


 私の曖昧な返事を最後に世界が暗闇に包まれ、そして私の意識も闇に吸い込まれていった。






最後までお読みいただきありがとうございました。

面白かった、期待が持てると思われましたら、高評価とかいいねをもらえると励みになります。

よろしくお願いします。


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