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04 笑顔の残滓

目に留めて頂き、ありがとうございます!

楽しんで頂ければ幸いです。

1376年 萌葱(もえぎ)月(6月)


今日はロクサーヌが登城する、大切な日である。毎週1回、世間でいう所謂(いわゆる)休日に侯爵家の馬車に乗り出発する。

但し、直接王宮に向かうのではなく、1度寄り道をし馬車を乗り換えて王城へと向かうのが決まりとなっている。



アラリー公爵家へ立ち寄り、嫡男(ちゃくなん)であるルキウスに会う事が毎週課せられていた。

国王直々の勅命(ちょくめい)は、無論拒否など出来る訳もないが、ロクサーヌはこの時間を密かに心待ちにしていた。

 



寄り道という名の大切な時間。




純白に近い銀髪を左側でゆるりと纏め、紺色のビロードのリボンが結ばれる。

白磁(はくじ)のようなきめ細かい肌、グラデーションのある紫色をした眼差しの美しい少年、それがルキウスである。

物心付いた時から、既に許嫁(いいなずけ)として傍にいた。表向きは貴族の政略結婚のそれだったが、幸か不幸かロクサーヌにとっては恋愛結婚といって良かった。

まだ恋というのも烏滸(おこ)がましい感情ではあったが、ルキウスも同じ気持ちでいる、何故だか心の何処(どこ)か信じていた。




―――朧気(おぼろげ)に浮かぶ、輝く記憶の断片が頭を掠める。




2度目のあの笑顔には、まだ出会えていない。

が、ルキウスの不器用な優しさに気付いた。


もう一度それを向けて欲しいと願うのは、まだ幼いロクサーヌにとって決して高くない望みだ。


加えて、アラリー公爵家にはロクサーヌと同じ年齢の令嬢がいた。ルキウスの妹、エリーズである。彼女は兄より深い色合いの輝く長い銀色の髪色を持ち、白く透き通る肌、宝石の様な赤い瞳をした美しく大人しい令嬢だった。


兄であるルキウスが大好きで、ロクサーヌとも出会った時から気が合った。

そんな気心の知れた友人とのお茶会も、楽しみの1つとなっていた。




◇◇◇




美しく手入れされた庭園は、色とりどりの花が植えられている。ゼラニウム、ダリア、バーベナ、デルフィニウム、シロタエギクといった赤からピンク、紫から青に白系の花が加わり華やかさを添えている。

その一画にある東屋(あずまや)で、アラリー公爵兄妹とロクサーヌの3人で恒例のお茶会が始まる。


まず始めに、ルキウスとロクサーヌがお違いの指輪へ魔力を込める。この指輪は王国に代々伝わる魔法具だ。

対になる相手にのみ干渉し、お互いの魔法効果を高める。逆に言えば、これがなければ各々が自身の魔力に良くも悪くも喰われてしまい負の影響が出てしまう。

その為、2人にとって無くてはならない指輪であり不可欠な儀式であった。




「ほんとうにきれい」


ほぅと息を吐きながらエリーズが零す。




事実、互いの指輪に魔力を込める【虹霓(こうげい)の儀】はその周囲に虹色の光が舞い散る。

指輪は極光なら葡萄(ぶどう)色に、生命なら水色から濃紺へといった具合に、台座の石と同じ色に輝き、その周りを幾筋もの虹が四方へと飛ぶ。

非常に幻想的で神がかった情景だが、機密事項である為に人払いがされた東屋(あずまや)にて

ひっそりと執り行われる。

暗闇ではそれなりに目立つ為、こうしてお茶会としては早い正午近くの時間が指定されていた。



こうして今回も滞りなく虹霓(こうげい)の儀が終わり、用意されたお茶を3人揃って飲んでいる。

この時、会話を楽しむのは専らエリーズとロクサーヌである。エリーズもルキウスと血を分けただけの事があり、割と落ち着いた令嬢である為、ロクサーヌが話の中心になり、それにエリーズが相槌を打ち、ルキウスはその2人を表情を変える事無く眺めているのが常である。




「わたしの家の庭に大きな樫の木があって、枝に小鳥が巣を作ったの。今度、みんなでみませんか?お部屋から卵を温めているのが見えるのです!」



ロクサーヌは自分の宝物を大切な2人と共有したかった。

つい笑顔になりながらお誘いしてみた。





「まあ、小鳥の巣はまだ見たことがないので楽しみ。

お兄様、ロキシーのお家に行きたいわ!」




「父上に聞いてみよう。今度の登城の日にこちらから侯爵家にロクサーヌを迎えに行き王城に行けばいいだろう」




エリーズとロクサーヌは出会った時から打ち解けており、お互いを愛称で呼び合う仲である。

普段はドラクロワ家から公爵家へ、それもロクサーヌのみの一方通行な行き来しかない。

なかなか赴く事の無い侯爵家への誘いに便乗した、(ほが)らかな笑顔のエリーズのお強請(ねだ)りに対して、表情を変えないルキウスが答えた。




「ありがとうございます。たのしみです!」「お兄様、ありがとうございます!」



礼儀正しい返事ではあるが、子どもらしい屈託のない笑顔がルキウスには眩しかった。

眩しすぎて思わず遠くの薔薇(ばら)の垣根に目を逸らしながら、ぬるくなった紅茶を飲み干した。




◇◇◇




お茶会終了と共にエリーズと別れ、ルキウスとロクサーヌは公爵家の馬車で王城へと向かう。

気づけば生活の一部となったこの訪問を、周りの大人達は任務や責任などと仰々しい言葉にする。

当のロクサーヌにとって、父や母との楽しい夕食や、庭園や近くの森へと訪れる数少ない自由な一時と等しく、楽しみな時間であったというのに。



それに加えて、隣にいるルキウスへ向かう周りの目線にも気づいていなかった。

ルキウスの髪は純白に近い銀髪だ。この世界では髪や瞳の色は魔力の影響をとても受けやすい。

中でも高すぎる魔力は髪から色素を奪い去る。

即ち、白過ぎる髪を持つルキウスは王国屈指の魔力がある上に、稀なる属性・極光(きょっこう)の保持者。その魔力のお陰で王国の安寧(あんねい)が保たれているにも関わらず、一部を除き

それを知る者はない。

結果として、周りの貴族達は公爵家子息に対して、恭しく挨拶し従順な振りをするものの、恐怖し(おのの)き陰口を囁き合っていた。



登城する際、ロクサーヌは年相応にニコニコ笑っていた。にも関わらず、隣にルキウスがいるのを見ると、大人達は却ってその笑顔が不憫(ふびん)なものに見えてしまった。

中には彼女をも恐怖の対象として見ていた場合もあったが。


強すぎるもの、稀なるものは、畏怖(いふ)の念と羨望の眼差しを向けられるのは、致し方無い事なのだろう。




◇◇◇




ルキウスは、城内にて人とすれ違うのが嫌いだった。理由は単純、多くの貴族は自分を恐れ避けるのが分かっていたからだ。

運悪くルキウスと遭遇した者は、貴族(しかり)とした笑顔を貼り付けながらも恐怖に震えているのが伝わってきた。

今日もまた、挨拶をしながらすれ違う貴族を横目に、いつもの事と感情を閉じ込める。

そんな事が積もれば、心は確実に閉ざされていく。


ふとエスコートしているロクサーヌの手から、ぎゅっと力が伝わる。横を見るとロクサーヌがこちらを見て微笑んでいた。



「ルキウス様の晴れた日の雲みたいな髪も、夕方から夜になる空色の瞳もとってもきれいで、だいすきです。いつも一緒にここへ来るのが楽しみなのです」



彼女は、心からの笑顔と一緒に言葉を紡ぐ。




思わず目を見開いて、恥ずかしくなり目を逸らす。耳まで少し赤くなっていた。




「わたしたちは空から色をもらったのですね。おそろいです」




更に言葉を重ねて、花が(ほころ)ぶ様にフワリと笑った。



固く凍った心が、溶かされていく。春の訪れの雪解けのように優しく。




「わたしを怖がる人がいっぱいいます。そんなわたしにルキウス様は普通にお話してくれるのです。うれしくて。


本当にありがとうございます」



ルキウスは漸く気づいた。ロクサーヌもまた、稀なる属性の為、人々から敬遠されているのを。

それなのに自分はこの幼子に気遣われてしまった。

嬉しさと同時に、自分に対して憤りを覚えた。




「僕の方こそ、感謝しているんだ。その…、嫌では、ないのか?

幼くして将来が決まってしまって」




今まで思っても、訊ねる事が出来なかった質問を口にする。と同時に返事が怖かった。

もし嫌だと言われたら…正直立ち直れないかもしれない。

普段冷静なルキウスには珍しく怯えていた。




「?だいすきなひとと一緒にいられるので、うれしくてしあわせです」




満面の笑顔で答えが返ってきた。そう、ルキウスが願っていた通りのものだった。

胸がきゅうと締め付けられたが、不思議と嫌な気分ではなかった。

すぐに安堵と同時に再度照れくささが甦る。


耳や顔が熱い、きっと赤いに違いない…。




「そう、か。…ではマザークリスタルの元へ行こうか」



嬉しいのに素直になれず、こんな返事しか出来ない自分がもどかしい。





「はい!」





空いている左手を口元に当てながら、スコートしている右手に少し力が入る。

2人揃って王城最奥の部屋へ向かい、重厚で無機質な扉へと吸い込まれるように入って行った。












ここまでご覧頂き、ありがとうございます。

もし宜しければ、次の回も覗いて見て下さい。


お願いします!



修正・2021年12月2日

理由:謎の改行を消去。※内容変更はありません。

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