02 天使達との邂逅は必然だった
目に留めて頂き、ありがとうございます!
時間があっちこっちいって読みにくいかもしれません。
1374年 収穫月(10月)
ロクサーヌの中で最も古い記憶、それが生まれて間もない赤子の時のものだ。
夢か現か定かではないが、とても大切で光り輝く思い出の断片だ。
肩に掛かる辺りで切り揃えられた純白に近い銀髪、白磁のようなきめ細かい肌、グラデーションのある紫色をした眼差しの美しい少年。芸術的な彫刻のようなその彼が、上から自分を見下ろし蕩けるように微笑みかけている。
目が合った瞬間、ロクサーヌにいつも纏わりついていた不安定な霧の様な物が消え、すっと軽くなった。
そしてそれは目の前の少年にも訪れ、お互いに相手がそうさせたのを理解した。
「君と共に。いつまでも」
形の良い唇がそう言葉を紡ぐと、先程よりも更に破顔した。その眩しい笑顔が、時を経た今も鮮明に思い出される。
どんな事があろうとも、この記憶を甦らせる限り乗り切れる、ロクサーヌはそう思っている。
◇◇◇
その日、ルキウスは眠る天使を目の当たりにした。
木々が少し色づき始めた紅葉月(9月)、良く晴れたある日。
白く透き通る肌、輝く銀色の産毛、この手中に掬い取れるほど小さく脆い存在。
触れてみようとするものの、ルキウスにとって初めての儚さに気づき震える。
思わず手を止めた。
自分が守らねば、と幼いながらも人知れず心の中で誓いを立てる。
「今日からあなたはお兄様になったの。妹には優しく接してあげてね」
そう声をかけてくる母上は、寝台の上で横になり天使を見つめた後、こちらに微笑みかける。
丁寧に編み込まれた舟形の揺り籠が、流線形を描く支柱に吊るされ僅かに揺れる。
細かなバラを散りばめた淡いピンクの布地が、ふんだんに天蓋としても使われている。
たっぷりとしたフリルと繊細なレースで端を囲まれた上質な寝床は、光り輝く天使が休むに相応しいと感じた。
「はい、母上」
「素敵な兄様がいて心強いわ。ほら、エリーズもこんなに喜んで笑っているもの」
僕が返事をした途端、小さな瞼がゆっくりと開いた。宝石の様な赤い瞳が弧を描き、柔らかな笑い声が聞こえた。思わずこちらも口角が上がってしまう。
すると先ほど動きを止めたまま宙に浮いた、僕の右手に何かが触れる。
人差し指を桜色の小さな小さな手が、きゅっと握りしめていた。
はっと息を呑む。そして再度、心で宣誓する。
炎天月(8月)の焼けるような日差しが射していた。
◇◇◇
その夜、夕食後に父の書斎に呼ばれた。ロベール王国の宮廷魔導師団長でもある父上は厳格で、あまり無駄な事は口にしない。
寂しさを感じることはなかった…と言えば嘘になるが、不器用ながらも愛情を持って丁寧に育ててくれているのは分かった。
そんな父上も、娘の誕生は饒舌にもなる。
「エリーズにはもう会ったのだな。あれはお前より弱い。守り、力になっておやり」
「はい、父上」
「ルキウス、お前はまだ幼い。だが生まれ持った力がある。
思う通りに使いこなせるように日々鍛錬を怠らぬように」
「より一層がんばります」
ルキウスの返事に満足し、やや目を細めほんの少しだけ微笑んだように見えた。
常日頃、厳しい父親の見せる小さな優しさに、やや驚きながらも心の奥に温かいものを感じた。
これからまた続く訓練とも修行ともつかない辛い日々を、乗り越えられる様な気がした。
物心がついた頃から、魔法や王国に関するあらゆる事を叩き込まれた。
ルキウスの持つ魔力の属性が稀であり国が管理するに至ったからだ。
この世は2つの属性が交わり魔力が構築され、その組み合わせに加え、本人の資質により様々な効果が生まれる。
大きな区分として【光】または【闇】に分類され、そこにそれぞれ【火】【風】【水】【土】のいずれかが組み合わさり魔力が生まれる。
そこに本人の生まれ持つ性質によって、攻撃や破壊に適したものから、治癒・浄化・支援の所謂回復系までに分岐する。
例えば同じ光に風を併せた属性でも、風による切断の攻撃タイプから、大気を操り治癒するような支援系まで幅広く存在する。
攻撃から回復まで、個人で併せ持つ優秀な魔導師も存在するが、上位貴族その中でも王家の血筋に極稀に現れる程度である。
更に火・風・水・土の4属性の上位として、光には【聖】、闇には【命】という属性が存在する。
ルキウスは光に聖属性を帯びた極光という、非常に稀な魔力を持って生まれた。
極光とは、あらゆるものの成長を促す効果を持っている。当然それは、魔力を持つ本人にも当てはまる。
事実、ルキウスは現在2歳であるが実年齢より大幅に心身ともに成長している。
◇◇◇
果実が色づく収穫月(10月)のとある1日、アラリー公爵がルキウスを呼び出し、口を開いた。
「先日、ついに生命の魔力を持った者が誕生した。急ではあるが、王宮にて明日顔合わせをする事が決まった」
「そう、ですか…。わかりました」
「午前中には出立する、そのように支度をしておくように。今日は早く休みなさい」
「はい、そうします」
素直な返事を残し、ルキウスは礼と共に公爵の前を後にした。
その後ろ姿を見ながら、息子を思う父親として考慮する。
誰か、とは聞かない辺りルキウスらしいな…と。
今後、彼に起こりうる未来を理解していない訳がないのに。
そして己の気持ちに蓋をしてしまう不器用な我が子に、自分の影を見た気がして眉尻を下げて少し笑った。
◇◇◇
翌朝、アラリー公爵と共にルキウスは公爵家の紋章の入った馬車で王宮に向かった。
王宮を目前にした辺りで、馬車の窓から紅葉した庭木の奥に一足先に到着したであろう侯爵家の馬車が止まっているのが見えた。
聡明なルキウスは、彼の家が顔合わせの当事者であると瞬時に理解した。
しかし、特に興味もなく気にも留めなかった。
馬車を降りるとアラリー公爵に促されるまま、とある一画へと向かう。
平時では、その扉さえ見る事が許されないロベール王宮の最奥の部屋に通された。
威圧さえ感じる、無機質かつ質素な見た目の扉は既に開錠されており、ルキウス達の到着とともにすぐに開かれた。
重厚な扉をくぐると、ドーム型の高い天井が目に飛び込む。照明はあるものの全体的に薄暗く、まるで荘厳なオペラ劇場を思わせた。
ドームの最上部はガラスがはめ込まれているのか、スポットライトの様に暗い部屋の中を真下に向けて1本の光が差し込んでいる。
光の先には双角錐型の大きく輝くクリスタルが、黄金の繊細な檻の中に浮かんでいた。
そしてそれは虹色に輝きながらゆっくりと左から右へと回転していた。
その神聖な場所には、ロベール王国の最重要人物が幾人も集っていた。
ロベール王国国王陛下を筆頭に、宰相であるランベール侯爵、王国騎士団長ラ・ベルナール子爵。加えて、その横に佇むドラクロワ侯爵夫妻。
侯爵夫人の腕は、包み込まれたブランケットを優しく抱えている。
そこから夜空の様な深い紺色の髪が僅かに見えた。
荘厳な静寂を、国王陛下その人が破った。
「揃ったようだな。ルキウスよ、ドラクロワ嬢の元へ」
「仰せのままに」
指示された通り、ルキウスは侯爵夫人の方へと歩き出す。隣へとやって来た
ルキウスが見やすい様に、婦人は膝を曲げて屈み込んだ。
ふと、つい先だって初めて出会った妹のエリーズの事を思い出す。あの時と同じく脆く儚い存在がここにも、今度は夜の妖精のようだ。
濃色の碧眼と目が合う。
その瞬間、常に感じていたルキウスにとって不快に絡みつく蜘蛛の巣の様なものが、ふっと消え去った。
―――思わず息を呑む。
同時に、目前にある赤子の表情も変化したのに気付いた。この夜の妖精も
ルキウスと同じく、絡まっていた蜘蛛の巣から、たった今解放されたのだと。
それは互いの干渉がそうさせた事に2人して気付かされたとも。
この身に帯びる極光の効果は、ルキウスが生まれてから途切れる事無く、心身に染み渡っていた。
ギシギシと音を感じ悲鳴を上げんばかりの成長痛から、本来この年齢では到底理解しえない王国の歴史や法律・魔法の理等が怒涛の如く頭に入り込むのを、張り裂けそうになる心が必死に追いつこうとする…といった物理的にも精神的にも、成長と反動を繰り返す…当たり前と思っていた出来事。
それらの圧迫から今、…解放された。
右手を胸にあて、言葉が自然に紡がれた。
「君と共に。いつまでも」
久しぶりに、心からの笑顔が零れた事にルキウス本人は気づいていなかった。
ロクサーヌからも、鈴が鳴る様な可愛らしい笑い声が聞こえてきた。
周りの大人達だけが、神の儀式を思わせる情景に息を潜め見入っていたのを当の2人は知る由も無い。
久方振りにマザークリスタルに2つの魔力が加わり、僅かに虹色の輝きが増した。
薄暗かった部屋が、ほんの少し明るくなった事に気づく者はいなかった。
◇◇◇
その後、2人には王国から指輪が渡された。ルキウスには生命の指輪を、ロクサーヌには極光の指輪が。お互いの魔力を、その中に詰める事で離れていてもあの苦痛から解放される魔法具だ。
幼い2人の指にはまだ大きく、小さな絹の巾着に入れ、肌身離さず持ち歩いている。
と同時に、この若さで婚約が交わされた。
古より決められたこの世の理。違える事は不可能であった。
ルキウスは嫌だとは思わず、寧ろ内心とても喜んでいた。尤も表には決して出さずに。
この指輪の効果はそのままで未来永劫続く訳ではなく、定期的に両者の魔力を注ぐ必要がある。
それと同時にマザークリスタルにも2人の魔力を平均的に貯め込む任務が発生した。
まずは月に2回ほど、ロクサーヌと一緒に登城し、指輪とクリスタルに魔力を込める手筈となった。
その後、2人の成長に合わせて回数を増やして行くと聞いている。
ルキウスとしてはロクサーヌに会える自然な口実となる為、もう少し増えてもやぶさかでない。
が、幼いロクサーヌの負担にならないようにと言われて我慢している。
極光と生命、2つの魔力が合わさる事で、健やかな生命を育む世を維持する事が出来る。
この世の理であり、古くから密やかに王族に受け継がれてきた。
この事は国家の極秘事項の為、全容を知る者は国家の中枢の極僅か。
ロベール王国の平和が、幼い2人に託されることになった。
ここまでご覧頂き、ありがとうございます。
宜しければ、次の作品もチラリと覗いてみて下さい!
修正・2021年12月2日
理由:謎の改行を消去。※内容変更はありません。