20 噛み合わない歯車
数ある作品の中から、見つけ出して頂けて光栄です!
時間の流れは、冒頭の年代と月を参考になさって下さい。
楽しんで頂けたら幸いです。
1387年 雪消月(3月)
雪消月(3月)に文字通り雪解けが進む中、ドラクロワ邸の談話室にて、それは起きた。
ロクサーヌは、とある手紙を見て震えていた。傍にドラクロワ侯爵夫妻が佇んでいる。
「彼は本気なのか…?」
「そんな、あなた。まさか…!」
あまりの出来事に侯爵夫妻も、焦りを隠せない。侯爵は握り拳に力を込め、夫人は右手を口元に当て途方に暮れている。
ロクサーヌは終始無言ではあるものの、心の揺れは痛いほど伝わってきていた。
「気分が優れないので、部屋で少し休みたいと思います」
か細い声を絞り出すように呟いた。
「あぁ、それがいい。今は何も考えずお休み」
「そうね、ゆっくり回復するのですよ」
夫妻は口々に娘を労い、早々にロクサーヌは部屋へと引き籠った。
―――次の登城から、別々に参じる事にしよう。
指輪への補充も、マザークリスタルを介すれば問題ない。
今日、もたらされた手紙には、その様に記載されていた。
今までもよく見た、美しいお手本のような文字。僅かに筆圧が強めで、男らしさをも感じる。
この字が好きだ。この文字で紡がれる手紙はロクサーヌの宝物の1つだった。
これまで貰った手紙は、1つも欠ける事なく順に文箱で保管していた。
だが、今回はどうしよう。二度と読み返しはしないだろう。
もう1度見たら、声を上げて泣いてしまいそうだ。
(いっそ燃やしてしまえば…)
ランプの炎に近づけて、手を止める。そんな事をしても、この手紙が来た現実は消え去らない。
頭を小さく振り、封筒に戻す。
そのまま机の引き出しの奥底へ入れた。
その後の意識は朦朧としていて、はっきりとは思い出せない。
されるがままに、湯浴みをし温かいうちにベッドへと押し込まれた。
微睡む中で、ロクサーヌは一番古い記憶を思い出していた。
辛い時や悲しい日に、それを思い出して気持ちを奮い起こさせていた大切な追想の残滓。
―――肩に着く程の白い銀髪、白磁の肌、印象的な紫色をした眼差しの天使の様に美しい少年が、優しく眩しく笑い、言葉を紡ぐ。
「君と共に。いつまでも」
どんな事があろうとも、この記憶を甦らせる限り乗り切れる、そう思っていた。
…今までは。
だけど、この回想を遺却すべきなのか…。
じくりと身体の奥が痛む。
ロクサーヌの心に陰りが滲んだ。
◇◇◇
雪の多さからか、この年の春の訪れは随分と遅かった。
いつもなら芽吹きだす木々や草花も、表に出て来るのを憚り、小さく固いままであった。
吹き付ける風は、未だ肌に刺すように冷たかった。
暖かな気候の訪れは、日々の生活に直結する。如実に皺寄せがくるのが平民であり、この王都においても市井を中心に、王国への懇請が上がり出した。
「偶々遅れているだけ、直に暖かくなる。もう暫くの辛抱を」
無情な通達が各地に伝えられたが、それを埋め合わせるかの様に各地の教会において、炊き出しや配給等の直接的な措置がひっそりと行われた。
◇◇◇
漸く大地が所々顔を出し始めた頃、ルキウスはアラリー公爵家の一室で調べ物をしていた。頭上の引き戸を開けた時、危うく頭をぶつける所だった。
すぅっと背筋が寒くなる。
……危うく…?
つい先日、ここで調べものをした時は、かすりもしなかったはずだ。
そこでルキウスは、背が伸びた事に気づく。しかも急激に。
一般的な男子諸君であれば、喜ばしい事に違いない。
だがルキウスは、そうではなかった。忘れかけていた忌々しい記憶が甦る。
気づいてしまえば、ざらりと纏わりつく靄の存在も再認識してしまう。
最近、イライラしていたのは、あの少女のせいだとばかり思っていた。
身体がギシギシ痛むのは、過剰に仕事を詰め込み過ぎたからだと思っていた。
実際は大切なものを蔑ろにしたせいで、その歪みが自分の首を絞める結果を生み出していたのだった。
自業自得、その言葉が一番しっくりきた。
……早く、掴まなければ。後少しなはずだ、踏ん張るしかない。
ガラス張りの書籍棚に薄っすらと映り込んでいたのは、成人男性かと見間違う程の体躯にまで成長したルキウスの姿だった。
◇◇◇
エリーズとシルヴィは、今日で2日連続で学園を休んだロクサーヌの見舞いに向かう最中だった。
音を立てて進む馬車の中に、エリーズの不安げな呟きが漏れる。
「大丈夫だといいのですけど」
「私たちが付いているもの」
自分に言い聞かせるように答えた、シルヴィの声だけが少し響いて消えていった。
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