01 白紙撤回と心残り
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1387年 深緑月(7月)
「エリーズ・アラリー公爵令嬢、この時を以て貴女との婚約を白紙に戻すと宣言する。
この結論に至るに当たり、ピピ・マルタン男爵令嬢の助力に感謝する」
ロベール王国第1王子である、ガブリエル・ド・ロベール殿下が、自身の15回目の記念すべき誕生祭にて高らかに声を上げた。
美しい金髪に最高級のエメラルドの様な双眼、健康的できめ細やかな肌をした美青年。
そんな彼が眉根を顰め一人の女生徒を睥睨し、険しい顔で言い放った。
先程までの楽し気な会話や、優雅に漂う楽団の旋律も、波が引くように小さくなり、そして止んだ。
贅を尽くした煌びやかな会場からは、音という音が消え、静まり返った。
息をするのも憚られる緊張感の中、人々は今後の動向に目を耳を向け、婚約解消を言い渡された、件の令嬢を見やる。
月の様な輝きの真っすぐ伸びた銀髪に、雪の様に白い肌、ルビーの如き瞳が印象的に映る可憐な少女は今、人々から好奇の目に晒されていた。
―――エリーズ・アラリー公爵令嬢
私の親友が、人々の前で凍り付いて固まっている。こんな非常事態、ましてや、衆人の視線が突き刺さる中の出来事だ。
気を失っても然るべき、倒れなかった事を褒め称えてあげたい。
隣で歓談していた、もう一人の親友シルヴィと目配せをして、急ぎながらも淑女らしさを損なわぬ上品な動きでエリーズの傍へと寄った。
最近は少し遠のいていたが、幼少の頃から王子殿下とは交友がある上に、婚約者であるエリーズとも仲が良かった。
だというのに王族にあるまじき、あの言動。悪い夢を見ているようで、眩暈がしそうになる。
だが、そんな事は微塵も表に出さず、ロクサーヌは発言をする。
「憚りながら、殿下。発言する許可を頂きとうございます」
「あぁ、許す」
「恐れ入ります。殿下、先の声明ですが何かのお間違えで……」
口上を許されたロクサーヌの会話に、割って入ってきた一人の令嬢。先程紹介された、ピピ・マルタン男爵令嬢その人だった。
赤みがかった白金色の髪、蕩けた蜂蜜の様な黄金色の大きな瞳、色白で艶やかな肌をした、可愛らしく魅力的な御令嬢である。
入学してから徐々に人気が広がり、王国の中枢を担う重要人物を父に持つ御子息達と浮名を流してきた事でも有名だ。
「ドラクロア嬢、あなたも他人の心配をしている場合ではないのでは?
ご自身の婚約者だってあなたの傍には、もういらっしゃらないのですから」
彼女の放った言葉を反芻し、ゆっくり理解する。そして漸く辺りを見渡せばマルタン嬢の真の意味が分かった。
男爵令嬢の盾になるべく、周りを固めているのはロクサーヌの見知った顔だった。
ガブリエル王子殿下を筆頭に、宰相閣下ランベール侯爵家子息である双子のサイモン様とユーゴ様、王国騎士団長を父に持つベルナール子爵子息ナタン様、そして宮廷魔導師団長の父を持ち、自身も最年少で宮廷魔導師団入りを果たしたアラリー公爵子息ルキウス様、…この学園だけでなく王国全体でも影響力のある、名高い5名が揃ってこちらを睨んでいた。
ルキウス様に至っては、ロクサーヌの許嫁であり、目下断罪されているエリーズの実兄なのだから驚きを隠せない。
「………」
いつもなら…いや去年までであったなら、すぐに駆け付けてくれたはずの、彼に目を向ける。
ロクサーヌが知っていた、穏やかな瞳はそこに無く、視線が交差することもなかった。
薄々気づいていたが、ここまで事が重症化してしまい、未然に防げなかった自分に憤りを感じた。
たった1年足らずで、ここまで侵食されてしまったとは…。
やや俯くロクサーヌ、侮蔑と優越感のある眼差しで薄ら嗤うピピ。
2人の姿が対照的に映った。
その様子を虚ろな眼差しで眺める、5人の姿はまるで亡霊の群れの様であった。
―――最初の違和感を感じた小さな傷口の時に、対処していれば、こんな事にはならなかった…?
ズキリと胸が痛む。
今更か……、どうしようもない後悔と共に、ロクサーヌの意識は時間を遡行していった。
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修正・2021年12月2日
理由:謎の改行を消去。※内容変更はありません。