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青が読めなくなっても  作者: 綾沢 深乃
「第2章 初めて覗かせる彼女の素の表情」

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「第2章 初めて覗かせる彼女の素の表情」(2)

(2)


 図書当番ではなくなった放課後。


 今日はすぐに帰れると思ったが、運が悪い事に掃除当番になってしまった。先週も今週も授業が終わってもすぐには帰れない事実に何だか損した気分になる。


 まだ夕焼けは当分来ない青空の下、直哉が教室のゴミ箱を持って外から帰って来る。他の掃除当番のクラスメイトは既に帰っていた。代わりに吹奏楽部が、楽器や楽譜を持って入っている。そうか、この教室も練習場所にされるんだ。


 楽器を準備している彼らを一瞥しつつ、直哉はゴミ箱を所定の位置に戻すと、机横に掛けていた通学カバンを手に取って、教室を出た。真島は今日は用事があると言って、先に帰ったのだ。彼がそういう言い方をする時は、決まって付き合っている彼女と帰る日だ。


 中学の頃、同じ塾で知り合って同じ高校、そして同じクラスメイトと結構な奇跡を連発して、今の関係がある二人は、付き合っている事を周囲に秘密にしている。高校生活も始まったばかりでお互いに慎重にいきたいそうだ。


 そんな中で教えてくれた事に直哉は、美結とは別の特別感を抱いていた。あの二人って、どんな所に遊びに行くのだろう。二人とも結構、大人な感じだから。もしかしたら、純喫茶とか美味しいコーヒー飲みながら優雅な時間を過ごしているのかも。あの二人がゲームセンターに行く姿はとても想像出来ない。


 妄想を膨らませて、体だけを自動で動かしていると、いつの間にか直哉の体は、下駄箱まで到着していた。下駄箱に付いた事を認識すると、それを待っていたかのようにそれまで消えていた環境音も入り始める。


 春の終わりが始まった風が頬を撫でた。


 上履きを脱いで、ローファに履き替えた時、ブレザーが振動した。それを何気ない気持ちで確認する。届いたのはLINE。相手は、美結からだった。




【佐伯くんってまだ、学校にいる?】




 簡素なメッセージ。それを受け取った直哉は、すぐに既読を付けて返信を送る。


【学校にいる。新藤さんは?】


 直哉の送ったメッセージはすぐに既読になった。


【図書室前の階段の踊り場にいる】


【すぐに行く】


 直哉はそう返すと、既読になるのも確認せずに靴をもう一度、履き替えて図書室まで向かう。足は自然と早歩きになり、すぐに駆け足に変更された。


 図書室前の踊り場に向かうと、手すりに持たれて下を向く美結の姿があった。彼女を見つけた直哉は、そっと声を掛ける。


「……新藤さん?」


 名前を呼ばれて、美結は静かに顔を上げた。その仕草が、まるで映画のワンシーンみたいで、直哉は目が離せない。


 美結の二つの瞳は、潤んでいて、少しでも衝撃が加われば、涙が溢れそうだった。直哉が最後に彼女を見かけたのは、ホームルームが終わった直後。あの時は何も変わらない笑顔だったはず。一体、何があったのだろうか?


「どうしたの? 何かあったの?」


 直哉は今にも泣きそうな美結に事情を聞こうと、一歩足を踏み出す。すると、彼女も一歩前に出て、右手を伸ばした。一瞬、いつもみたいに手首を触るのかと思ったが、その手は彼の右手を掴んだ。


 直哉の手に温かく柔らかい感触が伝わってくる。


 距離感が近い彼女だったが、直接手を握られたのは初めてだった。流石に驚いて、体がビクッと反応してしまう。それは美結も同じだったみたいで彼女も体に電流が走ったかのようにビクッと振動をさせると、目を見開いてこちらを見た。


 急に目を見開いたものだから、やっぱり二つの瞳から涙が零れ落ちる。流れ落ちた涙が、両頬を伝っても気にしていない美結。それよりも彼女は言いたい事があるようでそっと尋ねた。


「どうして、佐伯くんは読めるの?」


「読める?」


 美結が何を言っているのか、直哉には理解出来なかった。戸惑っている彼に彼女が「ゴメン……」と手を離した。謝られてもその意味も分からない。


 こんなに美結と会話が噛み合わないのは今までなかった。普段のコミュニケーション力が高い彼女から考えられない。彼女は下を向いてしまう。


「話したくない事も色々あるとは思うけど、動けるならこの場所から移動した方が良くない?」


 精一杯、直哉が出来る提案だった。彼の提案にまた下を向いたままの彼女はコクンと頷いていた。二人は踊り場から離れる事にした。


 この時間帯、普通の学生はいないものの。どこにでも部活動の生徒達がいる。美結を落ち着かせる為、人のいないような場所を探した。


 どこか良い場所はないか。直哉が脳をフル回転させて思い付いた場所は、職員通用口へと続く階段の踊り場だった。この場所には生徒はまず来ない。


教師やその他の職員もこの場所を通るのは、もうちょっと後になってからだ。


 放課後が始まったばかりだからこそ有効な場所。


「職員通用口に行く途中の階段に行こう」


「どうして?」


 直哉の提案に少し落ち着きを取り戻した美結が首を傾げる。


「今から話すような内容を誰かに聞かれたり、見られたくないかなって思って。あそこなら誰も通らないし」


 いかにあの場所が最適であるかを説明する直哉。ところが、彼の説明を聞いて美結が出した答えは否定だった。


「大丈夫。そんな、秘密にしなくてもいい。そう考えてくれた佐伯くんの気遣いはとても嬉しいけど……」


「そう? じゃあ、他にどこか……」


 直哉が別の候補地を脳内で探していると、美結が「あのさ」と声を出す。


「話をするなら、行きたい場所があるの。佐伯くんは、この後時間ある?」


「あるよ」


 今日は特に何の予定もない。美結が話したい場所があるのと言うなら、それに越した事はない。その方が彼女も落ち着くはずだ。


「その場所って、学校の中?」


「違う。だから、まずは学校から出よっか」


「分かった」


 学校の外という事が分かり、直哉は軽く緊張する。それだけ事態が大きくなってきたと実感が湧いたからだ。


ただ、美結は自分を頼ってくれている。先程の言葉の意味は分からないけど、そこは信じよう。そう彼は決めた。

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