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青が読めなくなっても  作者: 綾沢 深乃
「第4章 夏夜のアスファルト」

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33/59

「第4章 夏夜のアスファルト」(4)

(4)


 美結の言葉を聞いた直後、直哉は信じられなかった。


 彼女がそんな事を言うはずがない。だって、“心読み“の復活を誰よりも渇望していたのは、他ならぬ美結なのに。


 直哉だけが“心読み“が機能しているからと、事情を教えてもらって協力する事になったのだ。


 どうしたら、元に戻せるのか。常に直哉の脳にそれを考える領域が存在して、気付けば生活の中心にまでなっていた。その彼女がどうして? 


「理由を説明してほしい」


 了承でも否定でもなく、理由を直哉は尋ねた。それは当然の権利で美結も彼の訴えにコクンと頷いた。


「実はね、ちょっと前から、“心読み“が復活したの。物凄い集中して少しだけだから、前と同じようにはいかないけど、それでも読めたの」


「そう……、」


 美結が話す理由を聞いて、直哉の心の中で糸がプツリと切れた音がした。彼の周りで発生しているはずの生活音が聞こえ辛くなる。勝手に体に力が入ってしまう。それを振り切るように大きめの声を出した。


「あ〜っ! 良かったぁ!」


 力の入った両肩をソファに預けて、全身の力が抜けたような見せ方をする。


 直哉がいきなり大きめの声を出した事でビクッと驚いた美結だったが、その様子を見て、「ありがとう」と笑顔で返した。


 直哉に影響されて美結の声も大きくなっていた。


「それでね! 前から話していた願い事の話。決めてもらえたらって思って」


「そっか。ゴメンッ、まだ何にも考えてなかった」


「ううん。いきなりだったし、私の方こそゴメン。全然、急かしてる訳じゃないの。考えておいてねって話で」


「了解。けど、願い事か。何でも良いんだよね?」


「勿論。佐伯くんには沢山お世話になったから、私が出来る範囲なら何でも。あ、一応、常識の範囲内でね」


「分かってるって。決まったらすぐに伝える」


 直哉はソファに預けた両肩を起こす。


「今日はそろそろ帰ろうか。流石にアイスコーヒーだけで店に長居し過ぎた。これ以上は、香夏子さんに悪い」


「そうだね、もう出ようか」


 二人は席を立ち、会計を済ませて店を出る。会計を済ませた時に香夏子に「また、今度はかき氷を食べに行きます」と言ったが、それが果たされるのか言った時点では、確定していなかった。


 もうすっかり夏夜になってしまった。空から太陽がいなくなっても、外の暑さはまだ健在で駅までのアスファルトを少し歩けば、途端に体が汗ばんでくる。


 信号待ちの時、直哉が制服をバタつかせていると、隣で美結が笑った。


「暑いよねー、それしたくなる佐伯くんの気持ちが分かるよ」


「さっきまではクーラーの効いた店内にいたから余計にね」


「本当。ああ考えると、香夏子さんがずっと長袖のワイシャツなのも分かる気がする。私でも長袖にすると思う」


 美結とそんな話をしながら、二人は足を進めてようやく駅前まで戻って来た。金曜日の夜、乗換駅はとても大勢の人で溢れていた。楽しそうな顔をして歩く人や下を向いて早足で歩く人。色々な人がこの駅に集まっている。


 二人は互いの構内の隅で足を止めた。


「私、こっちだから」


「うん」


 何か話す事があるはずなのに何も言葉は出てこなかった。黙ってしまった直哉に美結は「佐伯くん」と呼びかける。


「本当にありがとう。佐伯くんにはどれだけ感謝してもし切れない。本当に何か相談があったら、言ってね」


「分かった。助けてほしい時は、新藤さんにも話す」


「にも?」


 直哉が言った言葉が引っ掛かった美結は首を傾げる。彼女の様子を見て、彼は小さく笑った。


「にもって言うのは、言葉のあやだよ。大丈夫だって」


「本当にぃ?」


「俺は新藤さんに嘘なんてつかないよ。大体、ついたってバレちゃうし」


 自分だけ“心読み”が機能していた。それはつまり美結には、隠し事なんて出来ない事を意味しているのだ。その権利というか代償は、彼だけのもの。


 直哉がそう言うと、美結は納得したように頷く。


「そうだね。佐伯くんは私に隠し事なんて出来ないね」


「はいはい」


「良い返事だ。じゃあね。佐伯くんまた、来週」


「うん。また」


 二人は、それぞれの方向へ足を進める。直哉は改札を抜けると、一回も振り返らずにエスカレーターに乗り、ホームへと上がった。


 そして、もう美結が近くにいない事の安堵感から、「はぁ」と息を吐く。彼の吐いたため息は、夏夜とはあまり相性が良くないようで、そのまま少しだけ空気中に滞留してから、やっと霧散した。


 霧散する前、グリーンドアで飲んでいたコーヒーの香りがした。


 何だか、まだ美結が傍にいるようで、ちょっと嫌だった。

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