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青が読めなくなっても  作者: 綾沢 深乃
「第3章 二人の家族の対応の差」

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「第3章 二人の家族の対応の差」(4-4)

「叔母さん。優しそうな人だね」


 直哉がそう話すと、美結は笑顔で頷く。


「出来れば杏さんって呼んであげて。本人の希望なんだ。杏さんは、すっごく優しい人でね。毎日、仕事が忙しくて帰りが遅いけど、必ず私と話す時間を作ってくれるの」


「そうなんだ」


 美結の言い方にグリーンドアの香夏子とはまた別の優しさを感じた。


「今朝だって仕事で出掛けるのを謝られたけど、そんな必要、どこにもない。迷惑かけてるには私の方なのに……」


 話ながら少しずつ言葉尻が下がっていく美結に直哉は思っている事を尋ねた。


「聞いてもいい?」


「なあに?」


 美結の笑顔を崩したくなくて、緊張しながらもそっと尋ねた。


「杏さんって“心読み”の事は知っているの?」


「うん、知っているよ」


 そう話す美結はどこか嬉しそうでもあり、ほんの少しだけ悲しそうだった。以前彼女は、家族は“心読み”について知っていると話していた。つまり、杏は美結にとって、家族なのだ。


「私の“心読み”を知っていて、それでいて味方になってくれている大切な人。杏さんにはいつか恩返しがしたいって思ってるの」


「そうか。出来るといいね」


 美結にとって“心読み“とは違った目標がある事に安心していると、彼女は思い出したように声を上げた。


「もちろん! 佐伯くんにも恩返しするからね!」


 両手で拳を作って力強く意思表示をする美結。そんな彼女を見て、直哉はつい笑ってしまう。


「うん、ありがとう。願い事、考えておくから」


「宜しくお願いします」


 杏の話を終えると部屋の雰囲気はかなり緩和された。肩が軽くなる。その事もあって、リラックス出来た二人はせっかく準備したのだからと、名目上の勉強を本当にしてみる事にした。もう隠す相手が家にいないのでやらなくてもいいのに、それだけ機嫌が良いのである。


 授業の復習や問題集を解いていると時間は進み、時刻は十八時半を超えていた。部屋の窓から入る日の光が静かに夕焼けに変化していくのを感じて、そろそろ帰らないと、思い始める。


「そろそろ帰るよ。あんまり長居しても悪いから」


「そう? ねえ、良かったら一緒に夕食食べない?」


「え?」


 美結からの提案に直哉が首を傾ける。彼に彼女が説明を続けた。


「ほら、さっき杏さんがリビングにお金置いたからって言ってたでしょ? 近所のお弁当屋さんで買ってもいいんだけど、せっかくなら佐伯くんとどこかで食べたいなって」


「いいよ、うん。そうしようか」


 土曜日だし、財布にも余裕はある。別に美結との食事を断る理由はなかった。直哉が同意すると、彼女は「やった」と笑顔で喜ぶ。


「善は急げ。早速、行きましょう」


「そうだね」


 直哉は勉強道具を片付けて、出発の準備をする。美結も出掛ける準備をしてから、リビングにお金を取りに行き、家の戸締りを済ませた。玄関で靴を履いて家から出る。


「ゴメンね。大したお構いも出来なくて」


「気にしないで。“心読み”の事が一歩進んで良かったよ」


 今日一番の成果を話す直哉に美結は笑って頷く。


「本当だね。小説は今日帰ったら、必ずやるから」


「うん」


 ガチャリと音をたててドアの鍵を施錠する。二人してエレベーターを降りてマンションの外に出ると、夕焼けは真っ赤に燃えていた。


「うわー。凄い夕焼け」


「俺も同じ事思ってた。凄いなこれは」


「なんか、夏が近付いてきたって感じがするね」


 美結が視線を空に向けたまま、そう呟く。彼女の言う通り、春はもうあと少しで終わろうとしている。春が終われば次は夏が来る。そして秋、冬と季節は続いていく。高校一年生の春は、もう終わるのだ。


「春が終わっちゃうの。少し、寂しいな」


 直哉の口から、考えていた言葉が自然に漏れていた。


「えっ?」


 直哉の急な発言に美結が首を傾げるが、言った本人も恥ずかしくなり、顔が赤くなっていた。その様子を見て彼女が口角を上げて笑った。


「佐伯くん、夕焼けみたいになってるよ」


「からかわないでよ。ガラにもない事を言った自覚はあるから」


 これ以上の追及が恥ずかしくて、直哉は速やかに降参して話を終わらせようとした。


「へへ。佐伯くんにそう言われちゃしょうがないか。ご飯どうしよう? 取り敢えず駅前に行こうか?」


「そうだね。駅前で何食べるか決めよう」


 二人は駅前までの道のりを歩き始めた。二人の間に特別な話題はない。話題なんてなくても充分だった。


 駅前に到着すると、美結が「さて」と言って口火を切る。


「えーと、佐伯くんは何か食べたい物とかある?」


「う〜ん。パッと出て来ないなぁ。新藤さんは?」


「私も。お腹は空いてるんだけどね」


 空腹感だけが胃から主張してきて、何で満たせば良いのか分からない状態に二人してなっていた。マクドナルドやラーメン屋に視線を映しても中々直哉の胃は刺激されない。


「ならもう、ファミレスにしちゃう? 何でもあるから、互いに食べたい物食べられるし」


「そうしよっか」


 美結のファミレスの案に乗り、二人は足をファミレスへ向ける。駅前から一本だけ逸れた道沿いに直哉もよく知るファミレスが存在するとの事。自然と前回食べたハンバーグの香りが蘇って、胃を刺激した。


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