私が結婚させます!≪プロ根性編≫
私が結婚させます!
≪プロ根性編≫
はじめに
主人公の峯崎瑠璃子はとても熱い結婚カウンセラー。
入会した会員に対して結婚を確約するという、結婚相談所のカリスマカウンセラーです。
その自信と行動力は、他の結婚相談所ではあり得ない、異例づくし揃いの、とても破天荒なカウンセラーです。
さて今回の依頼者は、自分の頭の中では結婚をしたいと思っているが、あらためて現在から過去まで自分の人生を振り返って見ても、その生活からは結婚へと繋がるような経験がない、結婚にはほど遠い生活を送ってきた、なかなかの強者です。
このカリスマカウンセラー、峯崎瑠璃子は、今回のミッションを成功させることが出来るのだろうか?
私が結婚させます! ≪プロ根性編≫どうぞお楽しみ下さい。
もくじ
一.発見! パーフェクトワン
二.期待と不安の入会
三.初めてのお相手選び
四.初めてのお見合い
五.天国となるか? 地獄となるか?
六.挫折からの復活
七.次こそは……二回目のお見合い
八.怒りと熱意の峯崎カウンセラー
九.峯崎と高志のリベンジ
十.これからが大事
十一.本気モード?
十二.おめでとう
一.発見! パーフェクトワン
十二月十七日、昨日めでたく誕生日を迎え、年齢は三十九歳となった。
一年後には三十代から一つ王代が上り、四十代に切り替わることになる。
今はそこそこ安定した、大きな会社で働いてはいるが、結婚はまだしていない独身貴族だ。
容姿の面から自慢ができるような所はこれと言ってないが、まあそこまで悪いとも言えない見た目である。
身長は百六十八センチと、百七十センチないことがこの男のコンプレックス。
仕事が休みの日には、溜まりに溜まった一週間分の洗濯をしているが、この男には変わったところがあった。
それは回っている洗濯機をじっと見ているのが大好きで、衣類やタオルが綺麗になるかどうかを、洗濯機が止まるまで覗き込んで見ているのだ。
休みの日には三回も洗濯をするが、三回とも全て、始まりから終わりまで、洗濯機が回っているのを観賞している。
趣味と言えば、五年前までハマっていたパチンコぐらいで、他には特にこれと言った趣味はない。
それでもと言われ無理やり趣味を絞り出すとしたら……パチンコを辞めてから始めた料理、趣味は料理かな。
得意な料理は煮物系で、これが結構なクオリティーである。
あとパチンコを辞めてからは、コツコツと積立て貯金をはじめ、今は貯蓄額もそこそこにはなっている。
現在はアパートで一人暮らし、休みの日はスーパーに行く以外は、一日中アパートに居るような生活。
仕事はスーツを着て働いていることから、スーツのセンスは悪くはない。
スーツは全部で十五着ほど持っているが、これが私服になると趣味が悪く、全く興味がないという始末どころか、ほとんど持っていないという有り様。
今後も同じように、こんな生活を繰り返していては、この男に結婚なんて絶対やっては来ない。
それなら結婚相談所にでも入って、手っ取り早く結婚でもするかという気持ちにもなる。
翌日、いつものように会社に行き、いつものように仕事をこなし、昼は大好きな牛丼屋に行った。
牛丼屋では牛丼の特盛を注文して、一人汗をかきながら食事した帰り道、なんだか気になる看板を見つけた。
それは結婚相談所の看板だった。
「しかし変わった名前だな『パーフェクトワン』だなんて、化粧品みたいな名前だ。でもなにかの縁だ、覗いてみるか」
ほんの少しの興味本位から、結婚相談所の扉を開けてみた。
「あんたね! 女性に対して、全く気遣いが出来ていなのよ! そんなだからいつまで経ってもダメなのよ!」
『何じゃこりゃ!』
女性が怒りまくっていた。
見た目は綺麗な女性が、中年の男性に向かって説教していたのだ。
誰に言っているのかは分からないが、ただ熱く、とても熱く、熱弁している真っ最中だった。
その女性は私の存在に気付き「なに?」恐そうな顔でこちらを睨んできた。
「あの~ 結婚相談所の話を聞きたくて来ました」
「あぁ、今はダメ。この人が成婚しないから。うちは会員の人数を制限しているの。定員は一名! この人が成婚しないと、他の人は誰も入会できないのよ。ここはそういう結婚相談所なの。うちは必ず成婚させる結婚相談所。悪いけどそこに置いてある紙に、フルネームと住所、携帯電話の番号を記入して置いていって。この人が成婚したら電話するから。うちはね、絶対に結婚させますという結婚相談所だから!」
なんだこの結婚相談所は!
結婚相談所って、みんなこんななの?
決してそうではない。
今回は運が悪く、結婚相談所の中でも、どうも特殊な所を覗いてしまったようだ。
この男は取り敢えず言われるがまま詳細を記入して店を後にした。
『あんな恐い結婚相談所には入会できないな』そんな思いで会社に戻った。
それから二ヵ月が経った頃……
水の様に優しく♪ 花の様に劇しく♪
「はい、内山です」
この男、内山 高志という。
会社こそ一流企業だが、中身はまるで二流、彼女も出来ないまま四十歳を迎えようとしている。
おまけに恋愛の面では三流が確定している男だ。
今、この男の電話が鳴った。
電話の相手は、あの結婚相談所 パーフェクトワンからだ。
「内山様の携帯でしょうか? 結婚相談所パーフェクトワンの峯崎です。この前の男性がめでたく成婚されましたのでお電話しました」
この女性は峯崎 瑠璃子、結婚相談所パーフェクトワンのオーナーカウンセラーである。
前回の訪問時に説教を受けていた男性が成婚したとのこと。
「そうなんですか」
「明日、こちらに来れませんか? 入会の手続きをしたいと思っております」
「いや――まだ説明も聞いてないし、金額がいくらかかるのかも知らないので、それを聞いてから考えます」
「あなたは結婚がしたいの?」
「それは勿論、良い人さえいれば、直ぐにでも結婚したいですよ」
「あたしが絶対に結婚させる! じゃあそれでいいでしょう! うちは私が絶対に結婚させるという結婚相談所だから。明日、ハンコとキャッシュカードを持って店に来てください。明日は土曜日だけど、会社は休み?」
「あっ、はい、明日は休みです」
「じゃあ明日の十三時に店で待っていますね」
プープープー……
「切れた」
一方的に約束され、電話は切られてしまった。
『一方的で失礼な人だな』
でも高志はパーフェクトワンの峯崎が気になっていた。
『なんだ? なんなんだ? あのカウンセラー? そしてあの自信と迫力は……でも、あの怒られていたダメダメ親父も成婚したんだよな。そう考えると、あのカウンセラーの腕は間違いないのかもしれない。特に明日は予定も無いし、パーフェクトワンに行くだけ行ってみるか』
高志は不安ながらもパーフェクトワンへの来社を決めた。
翌日は快晴だったこともあり、来社の気持ちをさえぎるものは全く無く、スムーズに結婚相談所に向かうことができた。
二.期待と不安の入会
「やっぱりこの看板目立つよな! それになぜ結婚相談所なのに名前がパーフェクトワンなんだろう? 名前のイメージからは、どうしても化粧品だよな」
高志はパーフェクトワンが入っているビルの玄関まで来て、そんなことを呟いていた。
『今日は話を聞くだけ』そう心に決めパーフェクトワンのドアを開けた。
「内山さん! 待ってましたよ。あなた来るのが遅いから電話しようと思っていたところよ。二分の遅刻です! これから女性と出会っていく中で、遅刻は絶対にマイナスだからね。私が直していってあげる。はい! そこに座って、この契約書に必要事項を記入してちょうだい」
この峯崎というカウンセラーは、どこまでも一方的な人だ。
何の説明もなく、契約書を書けってどうなの?
これに関しては高志でなくても、さすがに躊躇するところだろう。
「あの――、まだこの会社の説明を聞いていないので聞いてから、それからの判断でも良いでしょうか?」
「説明? あなたは結婚したいのでしょう? じゃあ私が結婚させます! それを約束しているのだから文句はないでしょう! それ以上、何の説明が必要だって言うのよ」
「えっと……システムだとか、値段だとかですかね」
「システム? 私がこの結婚相談所のオーナーで、カウンセラーは私一人だけ。会員も一人のみしか受け付けていない。恋愛の家庭教師がマンツーマンでお世話をして、必ず成婚させます。あなたがここに今日入会したら、あなたが成婚するまでは他の方は誰も入会はさせません! 料金は五百万円。あなたなら入会させても良いと思ったわよ」
「五百万ですか! 払えないですよ!」
「あなた本当に結婚したいと思っているの? もしかして五百万の貯金も無いのに、結婚をしたいと思っているの?」
「五百万ぐらいの貯金は有りますけど……」
「けど、なに?」
「高いなぁ――と思って」
「あなたはいつまでに結婚したいと思っているの?」
「四十歳までには……」
「今何歳?」
「三十九歳と二ヵ月」
「じゃあ十ヵ月後には結婚していたいと考えているのよね。それじゃあ、それに向けてなにか行動をしたり、あるいは現在、彼女が居たりするの?」
「どちらもありません」
「じゃあ、ダメじゃん! このままの生活を繰り返していたらただ単に、四十歳までには結婚したいと考えていただけになってしまうよ。せっかく自分で結婚したいと思ったのなら、それに向けて何かしら行動を起こさなきゃダメよ! とにかく誰でもいいから結婚したい! ということではないのでしょう? できれば理想の人と結婚したいのよね? 私なら半年で、あなたが理想とする人と成婚させてあげられるわ。十ヵ月後の誕生日までに結婚するという目標、それに間に合わせることができるわ。ここは絶対に結婚させる結婚相談所で、私は絶対に結婚させるカウンセラーよ! 私が結婚させます! 任せて!」
圧倒的迫力に負けた……
このあと高志は契約書に記入をして、パーフェクトワンの会員になった。
手付金は上限額が百万円に設定してあるキャシュカードを使い、デビットで百万円を支払った。
残りの四百万は積立預金の一つを崩して、後日支払うことにした。
この結婚相談所パーフェクトワンは、日本最大の結婚相談所 IPJに加盟していることから、紹介する女性はそこの傘下で登録をおこなっている会員となる。
あの大手結婚相談所のムーンマリエもIPJの傘下である。
そこに登録している会員から、高志にピタリと合う人を見つけ成婚へと繋げていくのが、恋愛の家庭教師 峯崎カウンセラーの腕の見せどころである。
店名であるパーフェクトワンの由来は、あくまでも憶測だが、一人の会員を必ず成婚させるという意味が込められているのだろう。
しかし、結婚できるにしても五百万という金額は大金だ!
高志は本当に上手くいくのだろうか?
今日は契約業務と、これから高志に対してどんな人を紹介していけば良いのかをヒアリングをするカウンセリングまでおこなった。
「そう言えば内山さんは、恋愛をそこそこ経験してきたんだっけ?」
「そこそこでもないですが、高校の時に一度だけお付き合いした人が居ました」
「げっ! それだけ?」
「はい」
「どのくらいの期間付き合っていたの? 割りと長い期間?」
「そうですね……期間は六ヵ月くらいなので、割りに長い期間だと思います」
「げっ! 内山さん的に、それって長い方なの?」
「長いですよね?」
「ちなみに、何故その方と別れる事になったの?」
「ん……何だろう? 自然消滅みたいな感じですかね」
「そう言う答えの人が多いのよね! 別れた原因が分からないと言う人。別れる原因の大半は、小さな不満が積み重なってボッカーン! もう全部イヤ! ってなっているんだから。しかしそれが一番危険なのよ! それは自分の事を分かってないという事なんだから。内山さんにはきっと、私のスペシャルレッスンが必要ね!」
「厳しそうですね」
「服装はいつもそんな感じなの?」
「はい」
今日の高志は、緑のパーカーにジーンズ、それとお世辞にもお洒落とは言えないような汚いスニーカーだ。
「そんなんじゃ女性に嫌われてしまうよ。先ずは女性に好かれるような服装にしていかないとね。勿論あまりお金を掛けずだけどね」
「はい、お願いします」
ここからは本格的にカウセリングが始まった。
「理想の人は?」
高志でなくても、いきなり理想の人はどんな人ですか? と聞かれて即答できる人はそうそう居ない。
でもそこからは、峯崎カウンセラーが上手に聞いていく。
まるで魔法でもかけられたかのように、心の奥底に描いていた高志の理想の人が、峯崎カウンセラーの長年の経験とセンスにより色濃く炙り出されていった。
高志がお嫁さん探しをするにあたり、絶対に外せないと拘った事が二つあった。
それは現在働いている会社に居る、経理ようなキツイ女性は嫌だという事と、自分よりも身長が高い人はダメだという事、大した拘りでもなかったが、峯崎カウンセラーは了解した。
それよりも峯崎カウンセラーが高志から炙り出し、上手に聞き出した内容の方がとても重要だと思われる。
「内山さんが心に描く理想の人が分かったわ。来週までに見つけておくから、また今日と同じ時間に来社して下さいね」
「そんなに早く見つけられるものなのですか?」
「当たり前よ! 私を誰だと思っているの! それに十ヵ月後には結婚したいのでしょう。それだったら早くしないと時間がもったいない。来週また来てくださいね」
「分かりました」
「あっ、お金も持って来てね」
「あっ、はい分かりました!」
三.初めてのお相手選び
翌週、再びパーフェクトワンを訪れた。
「いらっしゃい。内山さんに合う方が三人も見つかったわよ」
「三人ですか?」
「そう三人。この三人だと、誰とお見合いになっても上手くいきそうなんだけどな」
「はい」
「じゃあ、三人の女性を紹介するわね。先ずはこの方、小坂恵理さん 三十四歳 会社員 趣味は料理。次は柿島小百合さん 三十一歳 公務員 趣味は温泉めぐりと食べ歩き 。最後は澤田美咲さん 三十六歳 介護師でシフト勤務 趣味はヨガ。どうかな? 会ってみたいと思う人はいる?」
高志は三人の女性のプロフィールをじーっと見ている。
『最初に紹介された小坂さんは見た目からの印象でいくと、清楚で真面目な人だということは伝わってくる。二番目に紹介された柿島さんは、三人の中では一番年齢が若い。見た目は少しポッチャリしていているが可愛く、なんだろう明るい性格だというのが伝わってくる。最後に紹介された澤田さんは、髪が長く女性らしい感じがするが、ただ介護師でシフト勤務っていうのはどうなんだろう……付き合いが始まったら時間が合わないのではないのかな』
高志は、初めての女性紹介にどうしたら良いのかと迷っていた……
これまでの高志は、何事に対しても真剣に取り組んだことなどない。
ただ、さすがに自身のお嫁さん探しとなると、真剣に成らざるをえないが、そもそもその真剣という意味がよく分からなかった。
何を持って真剣と言うのかが……
でも、そんなに悩む必要などないのにね。
自分が思うがまま、会ってみたい人なのか? 会いたくないのか? 自分の気持ちに素直になれば良い、それだけでいいのにね……実はその素直さに欠けていたこともあり、結婚が遠のいていたのかもしれない。
高志はプロフィールから目線を上げ、峯崎カウンセラーへと向けて一言発した。
「選べません……」
「なぜ?」
「なんか、分からないんです」
「私がこの三人を選んだのは、先週、内山さんから理想の結婚相手像を聞いて、この人だったら合うと感じた人達なのよ。内山さんは少し甘えん坊な所があるので、しっかりしているお姉さん的な人が良いのかなとか、活発過ぎる女性は疲れてしまいそうだとも思った。いろんな角度から考えて選びました。IPJに入会している女性は、良い人さえ居れば直ぐにでも結婚したいと思っている真面目な人しかいないのだから、この中の誰を選んでも心配することはないのだけどね」
峯崎カウンセラーはこの一週間、悩みに悩んで、この三人に絞りこんでいた。
「あの――、三人の方全員と会ってみたいのですが、ダメですか?」
「三人とも気に入ったと言うこと?」
「はい」
「三人同時に会うというのは無理だけど、先ずはこの三人の女性にお見合いを申し込んで、その後お相手様からも返事を頂き、その中でより良いお返事を頂いた方、その一人とのお見合いが出来るように段取りしていきますね」
「宜しくお願いします。でも大丈夫ですかね……」
「大丈夫よ! 私に任せなさい。私を誰だと思っているの? この道十五年のカリスマカウンセラー、私が結婚させます! の峯崎瑠璃子よ!」
やっぱり圧倒的な迫力だった。
高志は、この人を信じて任せようと思った。
通常であれば、お見合いの申し込みから約一ヵ月前後でお見合いとなるが、あくまでも女性から良い返事をもらう事ができればという前提の話しだ。
高志は三人の女性から良い返事をもらえるのか? もしかしたら三人とも『ごめんなさい』という返事となるのか……実際に誰からも良い返事が無くお見合いが出来ないとなることも充分有り得る話しだ。
高志がその答えを知るのは、二週間後になる。
カリスマカウンセラー峯崎は、高志にどのような結果を持ってくるのだろうか?
【二週間後】
高志の携帯が鳴った……
水の様に優しく♪花の様に劇しく♪
この二週間、高志は仕事に没頭していた。
そうしていないと、三人の女性のことが気になって気になって仕方なくなってしまうからだ。
だから、いつになく仕事を頑張り、そしてそれが成果へと繋がり、結果的に上司から誉められていた。
いま掛かってきている電話の相手は峯崎カウンセラーだ。
「この前のお返事が来ましたよ」
「どうでしたか? 覚悟して聞きます」
「なんの覚悟? 内山さんはまだ私のこと信じていないの?」
「いいえ、そういうことではなくて……ネガティブなので」
「そういうのが一番女性から嫌われるのよ! 結婚したいと思っている女性は、前向きな考えを持っている人を理想としているのよ。ちゃんと女性のことを分かって行動していかなければね! それで女性からの返事ですが、三人全員から良い返事を頂いていますよ、良かったわね」
「えっ、本当ですか! いや――嬉しい。この後はどうなるのですか?」
「そこなのよね……私の方でもう少し、三人の女性を担当しているカウンセラーと話をして、より良い人を絞ってからお見合い相手を決めていきたいと思っているのよ」
「結構、手間がかかるものなんですね」
「そうよ! 人生の中でもとても重要な結婚なんだからね! 遊び相手を探しているのとは訳が違うのよ! 私は内山さんの人生を背負ってやっているのだからね!」
「ありがとうございます。感謝します」
力強い言葉を発した峯崎カウンセラーに、お見合いの件は一週間ほど預けることになった。
ここから一週間、高志はこれまでもを凌ぐ素晴らしい働きを見せた。
その仕事の頑張りが、今後実を結んでいくことを願っています。
峯崎カウンセラーは、見合い候補三人を担当するカウンセラーと話をして、最良の方とのお見合いを組んでいくようにする。
この三人の女性は、それぞれ違う結婚相談所に入会していることから、三つの会社のカウンセラーと話をしていかなければならない。
高志に合うかは住んでいる地域等も考慮しながらお見合い相手を決めていく。
ただ高志には、相手の詳しい住所等は絶対に伝えることはない。
成功するとも、失敗するとも結果が分からないお見合いですから、 前に進まない状況になった時にストーカーへと変身されても困るので、お互いがこの人なら教えても大丈夫となった時点で、お互いがお互いの意思で伝える。
しかし、中には石橋を叩くように慎重に進むカップルも少なくはない。
カウンセラーに対して細かく確認しながら、私は絶対に失敗したくないとの思いで慎重に進む人は居る。
誰もがこの歳となった今から、無駄な時間を使いたくないものなのだ。
だから短時間で結婚ができる可能性がある、結婚相談所にお金を払って活動している。
そんな切なる思いを引き受けているのが、結婚相談所のカウンセラーなんです。
だから結婚相談所のカウンセラーの仕事は本当に大変なんですよ。
峯崎カウンセラーは高志を見送ったあと、三人の女性を担当している、それぞれのカウンセラーに電話を掛けはじめた。
高志に合う人を絞り込むために……
最初は小坂恵理 三十四歳が登録している結婚相談所に電話をした。
「浜田カウンセラーをお願いします」
「少々お待ちください」
小坂さんを担当しているのが結婚相談所『ラブリー』の浜田カウンセラーです。
小坂さんは高志とのお見合いには承諾しているが、ただ峯崎カウンセラーは、相手の小坂さんに対して多少の違和感を感じはじめてきていた。
『この人とお見合いになっても、その後は内山さんが振り回されてしまい、結婚までは行かないかもしれないね』
峯崎の判断で、小坂さんとのお見合いは保留とした。
次は柿島小百合さん 三十一歳が登録している結婚相談所『いつかは二人』の相沢カウンセラーに電話した。
柿島さんは高志とのお見合いに乗り気なようで、早ければ二週間後にお見合いが組めそうだ。
今回の三人の中で、峯崎カウンセラーの本命は澤田美咲さん 三十六歳だった。
澤田さんが登録している結婚情報『エンジェルへ』の電話は、一番最後にすることにしていた。
澤田さんを担当している石野カウンセラーと話しをして、良い感触であればお見合いに向けて進めていきたいと思っていた。
峯崎カウンセラーの狙い通り、澤田さんは、高志とのお見合いに対してかなり前向きであった。
しかし、澤田さんは高志以外からも沢山のお見合いの申し込みがあり、大勢のライバルがいる状態ではあったが、そんな中でも高志にはチャンスはあるのだろうか。
それが光はあった!
澤田さんへのお見合いの申し込みは年齢の高い方が多くて、高志の年齢である三十歳代からの申し込みはほとんど無く、申し込んでいる中では高志が一番若いらしい。
澤田さんは三十六歳の介護師で、更にシフト勤務ということもあり、年齢の近い方からの申し込みが少ないのかもしれない。
これは高志にとってはチャンス到来と言ったところだ。
しかし……澤田さんの仕事はこの時期とても忙しいらしく、中々時間が取れない、お見合いが組めるとしたら二ヵ月後になるとのことだ。
『澤田さんとは絶対に合うと思うんだけどな。内山さんにはしっかり自立したような女性だと上手くいくはずなんだよな。でも半年で成婚させなければいけないということを考えると、この二ヵ月の空白は痛い』
峯崎カウンセラーは悩みに悩んで出した決断は、早い段階でお見合いを組むことができる柿島小百合さんとのセッティングだったが、峯崎カウンセラーとしては不安が残る決断となってしまった。
峯崎は決断した後の行動は素早く、すぐに『いつかは二人』の相沢カウンセラーに電話して、お見合いのセッティングをしたが、何故か高志にはすぐに連絡をせず、明日の昼休み時間に伝えることにした。
順調に進んだのは良かったが、その分お見合いまでの準備時間は少なくなってしまった。
急ピッチで高志への教育をしなければならないが、恋愛の経験がゼロに等しい彼への教育は、そうそう簡単に進むのだろうか? とても疑問が残ってしまう。
高志は昼の休み時間、一人でランチを楽しんでいた。
ランチと言ってもラーメン屋で、具材をたっぷりトッピングした、大好きな徳島ラーメンを豪快に食べていた。
食べ終わる頃、高志の携帯電話が鳴った……
水の様に優しく♪ 花の様に劇しく♪
「はい内山です」
「峯崎です。今大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です」
「お見合いの相手と日程が決まりました」
「えっ! 本当ですか! お見合い相手は誰になりましたか?」
「あっ、そうそう、今日こちらに来れない? お相手のことは来られてから言いのですが」
「もったいぶりますね……じゃあ行きます」
「ありがとう。ところで今日のお昼は何を食べたの?」
「ラーメンですが……なにか?」
「ラーメンね……今日の仕事は何時までなの?」
「今日は十九時までには終わると思いますが」
「お見合いまでに時間が無いから、今日からお見合いに向けてのレッスンしたいの大丈夫?」
「分かりました。会社が終わったら寄ります」
「そう良かった、待っていますね。ちなみに、最初のデートでラーメン屋になんて行かないでね」
「そんなことぐらい分かっていますよ」
高志はお見合い相手が誰に決まったのかと言うことが気になり、仕事は予定の十九時よりも一時間早く終わらせてパーフェクトワンに向かった。
「あら内山さん、早いわね」
「はぁ、はぁ」
「なに、走って来たの?」
「峯崎さんのスペシャルレッスンを受けるために急いで来ました」
「本当に? お見合い相手が誰になったのかが気になったからじゃないの?」
「ばれていたか」
「三十一歳の柿島小百合さんに決まったわよ。覚えてる?」
「はい、覚えてますよ!」
「そう良かったわ」
「ありがとうございます! 本命の人でした」
「だと思った。でも結婚が決まった訳じゃないのだからね! 先ずは一歩目のお見合いを成功させなきゃね!」
「よろしくお願いします」
「柿島さんの趣味は温泉めぐりと食べ歩きだから、その辺はしっかり押さえておかないとね。内山さんの好きな食べ物は和食だったよね。お見合いの中では、柿島さんの好きな食べ物を聞いてあげて、その話しを十分広げたあとに、自分は和食が好きなのですが、今度一緒にどうでしょうか? と誘うのよ、できる?」
「できるかどうかは……」
「じゃあ、今からレッスンしましょう」
峯崎カウンセラーの厳しいレッスンが始まった。
このレッスンは二十二時まで続いた。
高志は、約四十年の人生で恋愛の勉強などは一度もしたことがない、だから峯崎カウンセラーから受けるレッスンは全てが新鮮だったが、高志には少し高度なような気がしていた。
それに高志自身、恋愛に関してあまりにも知らないことが多く、恥ずかしくなり、少し知ったかぶりをしてしまったところがあったが、それが失敗の始まりだった。
公務員として働いている柿島さんだが、どこに勤務して、どんな仕事をしているのかまでは教えてもらうことは出来ない。
詳細は分からないが、頭の中では勝手にエンジンが掛かり、妄想に次ぐ妄想が駆け巡り、県立病院で働くナースということに仕上げてしまっていた。
お見合いまでは二週間、高志にとっては期待と緊張が入り交じった二週間となるが、容赦なく襲いかかってくるプレッシャーとも戦っていくことにもなるだろう。
見合いに多少の緊張は必要だが、あまりにも緊張しすぎると、立ち合い前の相撲のような時間だけが続くことになる。
そうなってしまうと、あとはアップ アップと溺れるだけだ……それだけは避けたいところだが、こちらとしては頑張れ、としか言えない。
お見合い日までは、感覚的には長い時間となるだろうが、二週間後には人生初のお見合いがやってくることになる。
四.初めてのお見合い
【見合い当日】
眠れなかった……
寝なければいけないと、思えば思うほど眠れないものだ。
起きる一時間前だけ、気休め程度にだが、少し眠ることができた。
今日のお見合いは午前十一時から、パーフェクトワンにあるお見合いルームでおこなわれる。
お見合い時間は一時間の予定だ。
もし話しに詰まることがあれば、それは長く、とても辛い時間に感じてしまうだろう。
そうなればお見合いの返事は良い結果になる訳が無い。
なんとか食べ歩きなどの話題から話しを広げていきたいものだ。
見合いの服装は普段から着なれているスーツ、準備も順調に終わり時間に遅れないようアパートを出た。
パーフェクトワンには十時半頃到着して、待合室で十一時になるのを待った。
お見合い相手の柿島さんは、見合い時間の五分前に来社して、峯崎カウンセラーからお見合いについての説明を受けていた。
十一時を少し過ぎた頃、峯崎カウンセラーから呼ばれた……
「内山さん、お見合いのご準備ができましたのでご案内します」
「はい」
意外に落ち着いているようだ……
柿島さんが待つお見合いルームに入り、挨拶を済ませたのち、人生初のお見合いがスタートした。
先ずは食べ物の話から入り、柿島さんが話しやすい環境を作っていった。
「柿島さんは食べ歩きが趣味だと聞いていますが、どのような物を食べ歩きされていますか?」
「いろいろですが、一番多いのはスイーツですね。ネットや雑誌で美味しくて話題になっている所だったり、人からあの店が人気だよって聞いたら、どうしても食べに行ってしまいますね」
「最近食べたスイーツで美味しかったのは何ですか?」
「最近だったら、苺が旬だったので、苺がたっぷりとのったタルト、あれがとても美味しかったです」
「美味しそうですね! 食べてみたいな……機会があれば一緒に行きたいです!」
高志は積極的に柿島さんのことを誘うことができているようで、ここまでは計画してきたシナリオ通りに進んでいた。
その後、高志は得意分野である和食の話しに話題を変えていったが、彼女も和食が好きだったらしく、この話題でも盛り上がりをみせていた。
柿島さんは少しポッチャリとした可愛い系、高志は見た目がタイプだったこともあり、テンションはかなり上がっていた。
しかし彼女とは、八歳という年齢差があり、彼女は高志のことをどう見ていたのだろうというのが気になるところではある。
お見合いの様子からは、年齢差を感じなかったように思えるが、果たして本当のところはどうなんだろう。
会社で過ごす一時間はとても長く感じることもあるが、このお見合いの一時間は楽しくアッと言う間に終わったという感じだった。
高志は彼女ともう一度会って、ご飯でも一緒に食べたいと思っていた。
柿島さんが感じたお見合いの印象と感想は、高志のことを好き、というまではいかないが、もう少し高志と一緒に居たいとの想いが残っていた。
柿島さんからの返事待ちとはなるが、彼女も高志と同じような気持ちであれば、次回は外に行くデートとなる。
結果は一週間以内でわかる。
五.天国となるか?地獄となるのか?
水の様に優しく♪花の様に劇しく♪
「はい内山です」
「パーフェクトワンの峯崎です。柿島さんからお返事頂きました。良かったわね! デートになりましたよ」
「本当ですか! ありがとうございます」
おっ! 天国となるのか?
「今度の日曜日、お店に来て欲しいの。デートの打合せしたいから」
「分かりました!」
女性とのデートなど高校生の時に何度か経験したぐらいで、それ以来、そんなことからは縁遠い暮らしを送っていた高志。
今回巡ってきたデートというチャンス、それを活かす事ができるのだろうか?
デート当日は、お昼前にパーフェクトワンで待ち合わせをして、お食事に出掛ける、ランチデートになる予定だ。
峯崎カウンセラーは、当日に何を食べに行くか、デートでの振る舞い方、盛り上がる話ネタなどを打合せをしたいようだ。
結婚に縁遠くなった人を何とかするのが峯崎カウンセラーの仕事。
打ち合わせ当日、高志はデートになった嬉しさから、上ずった心のまま峯崎カウンセラーの話を聞いていた。
それだからどこまで、この男の頭の中に入ったのだろうか、不安が残るところだ。
峯崎カウンセラーからは、ランチはイタリアンを薦められ、デザートは彼女が好きな、苺のデザートを食べに行くことを薦められていた。
話のネタは、彼女の趣味の一つである温泉の話で、少し勉強しておくようにと言われていた。
ここから発展していけば将来的に結婚へと繋がるが、まだ出会って二回目であることから、結婚感や彼女の家族の話などは避けるようにと注意もされていた。
デート当日は、予定通りパーフェクトワンで待ち合わせて、二人はランチに出掛けていった。
予定していたイタリアンのお店を目指して出掛けて行った。
ランチは高志が予約していたお店だったが、実は、ここに問題があった……
峯崎カウンセラーも予約している店までは確認をしていなかった。
予約のお店は、高志なりに考えた結果だが、恋愛の経験の無さが招いた事故である。
高志と柿島さんが向かった先は、『マスカット・グリム』というファミリーレストランだった。
確かにイタリアン系の料理を出してはいるが、そうは言ってもあくまでもファミレスはファミレス。
結婚を目的として登録した結婚相談所で出会った二人の、その初デートがファミレスだなんて、絶対にあり得ないことだ。
じゃあ何故ファミレスなの?
高志は自宅アパートに投函されていた、フリーペーパーを見て決めたらしい……
そこに載っていた『マスカット・グリム』のイタリアン料理のメニューがとても輝いて見えていたらしい。
そこには苺フェアとして、苺のデザートの写真も載っていて、それがとても美味しそうに見えていたのだ、それも豊富に出ていたことからこの店に決めたようだ。
苺好きな柿島さんは、きっと喜んでくれるだろうと心から信じて決めていた。
柿島さんは、どこで美味しい物が食べられるのかと期待しながら付いていったが……
『げっ! ファミレスかよ!』といった心境だっただろう。
もっと引いてしまったのは、入って直ぐに店員に言った高志の言葉だった……
『今日の十二時に予約していました内山です』と大声で言った!
『げぇ! ファミレスに来たこともびっくりしたが、そのファミレスを予約していたのかよ!』これが柿島さんの思ったことかもしれない。
高志は峯崎カウンセラーから『お昼時はお店が混むから、必ず予約を取って、スムーズに入れるようにしなさい』とアドバイスされていた。
だからこのファミレスも言われた通り、電話予約をしてからの来店だった。
高志の頭の中の計算では、ここまでは順調に進んでいるはずなのだ。
柿島さんはカルボナーラ、高志はマルゲリータを頼み、そのあとは苺フェアのメニューを見せて、一生懸命にプレゼンをした結果、柿島さんは苺のパフェを頼むことにした。
高志はファミレスという失敗の他に、気遣いの無さから、もう一つのミスを犯していた。
峯崎カウンセラーから、温泉の話をするようアドバイスを受けていたが、その温泉の話題ではあり得ない発言をしてドン引きさせてしまっていた。
「僕はほとんど温泉に行かないかなぁ――、社員旅行で温泉に行くぐらい。ただ社員旅行で行っても温泉には入らないね! 脱衣場の床が汚くて無理なんです! 誰が歩いたか分からない床を素足で歩くのが嫌だし、それに床に点々とある黒いもの、あれは黒カビだよ。どうしてもと言われたら、かがとで歩くしかないかな。それに知らない人が入っている湯船や、誰が使ったか分からない椅子なんかはとても使えない……柿島さんはそういうのは平気なんですね」
「えぇまぁ、私は大丈夫ですが……」
こいつはバカか?
おまけに会計は、まさかの割り勘、彼女は呆れて帰っていったに違いない。
後日、峯崎カウンセラーから大目玉を食らうことになるだろう。
翌日……
「お前はバカか!」
峯崎カウンセラーから怒りの電話……
高志のスマホから、炎が吹き出すのではないかというような勢いだった。
もちろん彼女からの返事はお断りであった。
やはり、地獄の方だったようだ。
六.挫折からの復活
挫折を味わったこの夜、高志は自宅アパートの部屋で、電気も点けず、一人布団にうずくまり音楽を聴いていた。
聴いていた曲は、サンボマスターの『できっこないを やらなくっちゃ』
目からは涙が溢れ、流れ出してた。
目の前にチャンスがぶら下がっていたのに、何も出来なかった悔しさと、気に入っていた人から振られたてしまった悲しさの涙だった。
『♪ どんなに打ちのめされたって
悲しみに心をまかせちゃだめだよ
君は今逃げたいっていうけど
それが本音なのか?
僕にはそうは思わないよ
何も実らなかったなんて
悲しい言葉だよ
心を少しでも不安にさせちゃだめさ
灯りをともそう
あきらめないでどんな時も
君なら出来るんだどんな事も
今世界にひとつだけの
強い力を見たよ』
そうだ、何も実らなかった訳じゃない! 二十年振りにデートに行ったじゃないか。
少しだが前には進んだ……そしてデートの経験も出来た……成果はあった!
絶対にあきらめない! 僕なら出来る! そんな気分になり勇気が湧いてきた。
悲しむのは今日だけにして、明日からは前向きに婚活に励もうと心に誓う高志だった。
峯崎カウンセラーは恐い人だが、あの人ならこんな俺のことでも、きっと何とかしてくれるはずだ。
あんなに真剣に怒ってくれるのは、自分と本気で向き合ってくれているからだ。
今度パーフェクトワンに行ったら、峯崎カウンセラーに思いっきり叱ってもらおう。
次の日曜日にパーフェクトワンを訪れた。
怒濤のように怒られた……
それでも高志はめげなかった。
峯崎カウンセラーも高志のことを諦めてる訳ではなく、次のお見合い相手を決めてくれていた。
この前の紹介時に、峯崎カウンセラーが本命としていた方とのお見合いを交渉して勝ち取っていたのだ。
お見合いの相手は介護師の、澤田美咲さん 三十六歳。
「私は澤田さんが本命だと思っています。私が必ず結婚させます!」
「ありがとうございます」
「その代わりバカなことを言ったり、アホな行動はしないでね! チャンスは掴み取るもので、投げ捨てるものではないのだから!」
「ひぇー! 恐い」
結婚したいという気持ちも有り、見た目もそんなに悪くない男が、今まで彼女も居なかったことは、それなりの理由が有るものなだ。
峯崎カウンセラーは、高志の見た目が悪くないという理由から、高志のことを少し甘く見ていたところがあり、自分が手を抜いてしまっていたとを深く反省をしていた。
これまで峯崎カウンセラーの元で、成婚出来なかった会員は一人も居ない。
ついに峯崎カウンセラーが本気になった……
これから次に向けた、お見合いの猛特訓が始まることになる。
お見合いやデートで言ってはいけない言葉や、とってはいけない行動、高志にはその辺の常識がまるで無かったことから、厳しい言葉で徹底的に教え込まれた。
それでも予期できない突然の出来事はやって来るに違いない。
もしそれが襲って来たとしても、回避できる男にするのがパーフェクトワンの使命であり、すなわちこの経験こそが永く続く結婚へと繋がっていくのだ。
うわべだけ変わり、表面で相手をごまかしたような状態で結婚が訪れても、それが永く続くことは絶対に無い。
峯崎カウンセラーは常にパーフェクトを目指して仕事をしている。
先ずは毎日のレッスンを一週間受けたのち、澤田さんとのお見合いを迎えることになる。
七.次こそは……二回目のお見合い
お見合い当日は朝から強い雨が降っていた。
この雨が高志にとって恵みの雨となるのだろうか? それとも逆に、悪い雨になるのだろうか?
高志がパーフェクトワンに到着した頃も激しい雨が降っていた。
待合室に入り、雨で濡れた服をハンカチで拭き、お見合いでの印象が悪くならないように準備した。
『この雨では澤田さんも濡れてしまうだろうな』
高志は峯崎カウンセラーのレッスンを徹底的に受けてきたこともあり、少しずつではあるが相手に対して思いやりというものが出来てきたようだ。
これを何とかお見合いで活かすことが出来れば、お相手に良い印象を与えることができるだろう。
相手も結婚相手を探すために、結婚相談所に入会している。
今日お見合いする相手と『もう一度会ってもいいかな』『一緒にご飯でも食べるくらいはいいかな』最低でもこの位の気持ちになってもらわない限り、その人と先に進むことはない。
イヤイヤその人と進むことなどは絶対にない、そんなことは時間の無駄になってしまう。
結婚相談所であれば、この人とまた会いたいと思う人が見つかるまで、色んな人と会っていけばいいのだから。
気持ちが少し前向きになれるような人が現れたら、その人と一歩前に出てみればいい。
更に良ければ交際から成婚、結婚に進むだけなのだ。
結婚相談所という所は、何か変わった事をしているという訳ではなく、通常の生活ではいつ訪れるかわからないような偶然の出会いや、その先の探り探りのお付き合いで、無駄にしていく時間を効率良く短縮しているだけなのだ。
東京へ行くのに一般道を使い車で行くのか、飛行機や新幹線を使い、速い手段で行くのかといったような違い。
どちらも東京には着くことはできるが、到着時間にはかなりの差が出るだろう。
当然早い手段であればコストは高くなり、余計にお金を支払うことにはなるが、目的達成までに掛かる時間は短い。
人は時間を短縮することにお金を使うこともあるが、結婚相談所も同じだと思う。
高志は現在、新幹線に乗ってはいるが、まだ目的地には辿り着いていない状態である。
しかし、これまでおこなってきた生活のようにのんびりと歩いているよりはよっぽどマシだ。
話しはだいぶそれてしまったが、先ずはこのお見合いが成功するか否かは、相手に対して気づかいができるかということが、鍵を握ると思う。
澤田さんは今日のお見合いため、仕事のシフトを調整し、何とか時間を作り来ていた。
いよいよお見合いの時間がやってきた……
峯崎カウンセラーが簡単にお互いの紹介をおこなったあと、運命のお見合いはスタートした。
「今日は悪天候の中、お越し頂き本当にありがとうございます。今日はお逢い出来ることを楽しみにしていました。雨が強かったので洋服は濡れませんでしたか? 寒くはありませんか?」
「少し濡れましたが大丈夫です。内山さんは大丈夫でしたか?」
「少しだけ濡れましたが、ハンカチで拭きましたので大丈夫です」
「大変でしたね。今朝起きて雨が強かったのですが、私も内山さんにお逢い出来ることを楽しみにしていたので、全く苦になりませんでしたよ」
「ありがとうございます。嬉しいです。澤田さんはヨガが趣味だとお聞きしましたが、始められたのはいつ頃からですか?」
「まだ始めて一年くらいです。介護の仕事なので、普段体を使い大変なので、リラックスできることがあればと考えていた時にヨガと出会ったのです。何でもタイミングって大事ですよね。内山さんの趣味は何ですか?」
「ゴルフです。最近はあまり行ってないですが」
「良いご趣味ですね。私はゴルフをしたことがありませんが、あんな綺麗な芝の上で開放的な気分になれたら幸せだろうなと思います」
「いつか一緒に行くことができたら嬉しいです」
このあとも会話は順調に続き、次第に食べ物の話しになっていった。
「澤田さんの好きな食べ物はなんですか?」
「やきとりが一番好きです。お酒はあまり得意ではありませんが、やきとりが食べたくて会社の人と一緒に食べに行きます」
「やきとりは僕も大好きです。鳥肉料理は何でも好きですか?」
「大好きです。水炊きや唐揚げ、チキン南蛮に親子丼……何でも好きです」
「良かった。私も鳥肉の料理が大好きなんです。機会があれば一緒に行きたいですね」
「はい」
なんか良さそうな感じだぞ! 澤田さんの反応も悪くない。
今回のお見合いも一時間でしたが、アッと言う間に終了した。
峯崎「どうだった? 結構盛り上がっていたみたいだけど」
高志「はい、楽しく話ができました。お互いに合うところが多くて、リラックスして話せたのが良かったかな。好きな食べ物も似ていた」
「あっそう! あなた、今日は時間空いているの?」
「がら空きですが」
「やっぱり……ちょっと待っていてね」
そう言って峯崎カウンセラーは、澤田さんが残るお見合ルームに走って行った。
峯崎カウンセラーは、デレデレ~とした笑顔で……
「あの~、お見合いはどうでした? うちの内山さんはどうでしたか? 食べ物の話とかも合っていたみたいだし……丁度お昼なので、そんなに悪くない印象であれば、この後お食事にでも行かれたらどうかなと思って……あっ、でも時間にゆとりがあればなんですが」
「そうですね、印象は悪くは無かったかな……それと、私は仕事柄なかなか休みが合わせにくいこともあるので、内山さんさえよろしければ大丈夫ですよ」
「分かったわ! 内山さんは大丈夫! 大丈夫なので、あとは担当の石野カウンセラーに聞いてみるね」
峯崎カウンセラーは急いで結婚情報エンジェルの石野カウンセラーに電話を掛けた。
石野カウンセラーからはデートOKの返事をもらい、本日はお見合いに続いてランチデートに行くことが決定した。
峯崎「今回は失敗しないでね!」
高志「分かってます」
せっかくの本命とのチャンスを生かすも殺すも、この出来の悪い 内山高志 次第である。
ランチのお店選びは、二人とも鳥肉料理が好きなこともあり、この近くでチキン南蛮が有名なお店『東国原』に行くことになった。
美味しいものを食べに行くことから、二人のテンションは上り、デートに関しても良い滑り出しのようだ。
『東国原』はパーフェクトワンから出てすぐのアーケード街にあることから、天候が悪い今日でも割りと抵抗なく行けることも良かったことだ。
『東国原』のチキン南蛮は鳥肉が大きいことも有名だが、何よりも味が最高! 本場、宮崎出身のマスターが作るチキン南蛮はひと味違う!
ジューシーに揚げられた鳥肉に甘酸っぱい南蛮酢をまとわせ、更にその上には甘くて美味しいタルタルソースがたっぷりとかかっている! まずい訳がない! 旨い!
二人はこの美味しいチキン南蛮を食べながら会話は盛り上がり、次はやきとりを食べにに行きたいねという話しにもなった。
ただ、失敗もあった……
「ヨガのイメージは、なんか柔軟体操って感じだからよく分からないかな」
何故こんなこと言ってしまったのだろうか?
澤田さんは気を利かせて、高志の趣味であるゴルフの話をした。
澤田さん自身はゴルフはやってみたいという気持ちは有るものの、全くの未経験者なのでハードルが高いと言った。
それに対しての言葉だった……余計なことを言わなければいいのに。
自分でチャンスを潰す、バカとしか言いようがない。
約二時間のデートはこんな調子で終了した。
二人は店を出た所で別れ、返事は後日、担当者に伝えることになっている。
八.怒りと熱意の峯崎カウンセラー
高志は彼女と別れたあと、直ぐパーフェクトワンに向い、峯崎カウンセラーにデートの報告をした。
「デートはどうだった?」
「沢山話しができて、とても楽しい時間でした。それにチキン南蛮は最高で彼女も喜んでいました」
「そう! それは良かったね。きっと彼女からの返事も良い返事になるわね。ところで、今回は彼女の食事代も支払ってあげたんだよね?」
「はい、この前は散々怒られましたので大丈夫です、僕が支払いました」
「ヨシ! あなたはバカだから心配なのよ。ところで今回のデートは失敗はなさそうかな?」
高志は自信満々でこう答えた「大丈夫です!」
やっぱり恋愛に関してはバカ確定かもしれない。
とにかく彼女からの返事を待つことになる。
澤田さんは自分が入会しているエンジェルの、石野カウンセラーに報告をおこない、そこから峯崎に連絡が入ることになっている。
デートから四日後、その連絡はやって来たが、石野カウンセラーのテンションは低く、そして電話の内容は微妙であった。
今後、高志と交際に進んでいくかということを悩んでいるらしい。
やはり趣味のヨガの話をした時、高志の口から出たあの言葉が気になっているようだ。
『なんか自分の事を否定されたような気がした』
『今後も私のすることを、全て否定されてしまうのではないかと不安なんです』
それ以外は、時間を忘れるくらい楽しく話せたし、好きな食べ物も同じだったので、高志とはまた会いたいという気持ちはあるが……やはり不安らしい。
当然だろう、結婚相談所に入会して、お友達や単なる恋人を探している訳じゃない! あくまでも将来の結婚相手を探しているのだ。
その相手に対して、将来的な不安を感じてしまったらそこから先に進むことはせず、別の人で合う人を探していくことになる。
ただ澤田さんが迷っているのは、それ以外のことは、高志と合っていたということだ。
峯崎と石野の電話のやり取りは、二時間ほど続いた……
結論は出なかったが、二人のカウンセラーは高志と澤田さんに再度、気持ちの確認をおこなうことにした。
とうぜん高志に対しては峯崎からキツイ叱りがある。
それと、今後も彼女のことを否定していくのかどうかを確認する。
また怒られてしまうね!
今まで恋愛をしてこなかったから仕方がないか! 今から勉強をして、結婚してからはその生活が永く続くようにしていかなければいけない。
峯崎カウンセラーは怒りを堪えながら高志に電話した。
水の様に優しく♪ 花の様に劇しく♪
この電話は、澤田さんからの良い返事を知らせるものだと確信していた高志、自信満々で電話を取った。
「はぁーい♪ 内山でーす」
峯崎はこの陽気なバカにムカ――っときたがそれを抑え、なるべく明るく話すように努力した。
「峯崎です。今日の帰りここに寄れるかな? 彼女からお返事もらっているから」
「行けますけど、返事であれば電話でも大丈夫じゃないですか?」
「う、うん、でもね今後の事もあるから相談所に寄って欲しいな。その時に返事も伝えるね」
「分かりました……でもやけに、もったいぶりますね」
高志のこの自信は夜まで変わることなく、ノリノリでパーフェクトワンを訪れた。
峯崎カウンセラーは怒りを堪え、必至に笑顔を作って出迎えはしたが、頭の中ではマグマがグツグツと音を立てながら噴火のタイミングを伺っていた……爆発は近い。
にやけ顔の高志は、部屋に案内され椅子に腰かけた。
その高志に峯崎カウンセラーは、地を這うような低い声で聞いた。
「あなた、デートで彼女に何をいったの?」
高志としては「おめでとう!」だとか「交際になったわよ!」等の良い言葉を想像していただけに、豆鉄砲を喰らった鳩のような目になってしまった。
「どういうことでしょうか?」
「どういうことじゃないわよ! あなた彼女の趣味であるヨガのことを、ストレッチだとか言って理解をしてあげなかったのでしょう! そうやって今後も、自分がすることを全て理解してくれないのかもという不安から、今回のデートも良い返事にはなってないのよ! そのこと以外はあなたのことを気に入ってくれているのに! あんたはバカだよ、本当のバカだよ! ここに結婚相手を探しに来ているんだろう? 女性は、この人と結婚したら自分の事を大切にしてくれるのだろうか? という目で相手を見ているのよ。それを自分がやっている趣味のことを理解もしてくれない人では、結婚してから何でもかんでも否定されると思われても仕方がないわよ! あなたは彼女とどうしていきたいのよ?」
高志は初めてパーフェクトワンに来た日を思い出していた……あの日見た男性も、同じような勢いで怒られていたことを……
「澤田さんのことは好きです。お付き合いしたいです」
「分かったわ、私が何とかしてあげる」
「本当ですか?」
「私を誰だと思っているの! 峯崎瑠璃子よ! 絶対に結婚させてあげるわ」
翌日……峯崎は澤田さんが入会しているエンジェルに出向き、石野カウンセラーに会いに行った。
そこで高志が反省していること、否定ではなくボキャブラリーが全く無い冗談であったこと等の説明をしたあと、その場で土下座をして、高志にもうワンチャンス貰えるよう頼んだ。
明日の金曜日、澤田さんが休みらしいが、峯崎は澤田さんと直接会って話しをしたいとのお願いをしていた。
石野カウンセラーは峯崎の熱意に負け、澤田さんを明日の夕方、エンジェルに呼び込んだ。
明日は、峯崎が澤田さんと話しをすることになる。
峯崎瑠璃子は熱意の女だ。
数々の成婚は、この熱意の賜なのだろう。
私が絶対に結婚させます!という気持ちから沸き上がる熱意なのだろう。
九.峯崎と高志のリベンジ
峯崎は翌日もエンジェルに出向いた。
そして澤田さんと会い、高志にもう一度チャンスが訪れるよう交渉していく。
澤田さんはニコッと明るい笑顔を見せながらエンジェルにやって来た。
峯崎の予想では、もっと暗い感じで来ると思っていたので少し意外だった。
そこは澤田さんの性格の良さが出ていたのだろう。
早速、澤田さんが待つ部屋へと向い、深々と頭を下げて高志の無礼を詫びた。
峯崎のその姿を見て「大丈夫ですよ」と一言あった後、交渉に入っていった。
ただ、澤田さんと話していて分かったことがある。
あの高志が放ったバカな否定以外は、高志ことを悪く言わないのだ。
それどころか、あの高志のことを気に入っているようにしか聞こえない言葉が多いのだ。
高志は深く反省していること、それと澤田さんのやりたい事を否定するつもりなど全く無いこと、高志は澤田と一緒に居て、あんなに楽しくて大切に想える人は初めてだという気持ちだということを伝えた。
澤田さんは、峯崎の話を最後まで真剣な表情で聞き、そしてなぜか……下を向き考えはじめてしまった。
目の前には、シ――ンとした長い沈黙が、五分ほど続いた……
そして顔上げた澤田さんは、峯崎を見つめ「もう一度会ってデートしてみます。だって峯崎さんが、そんなに薦める人だから……もう一度信じてみます」
峯崎は万歳というよりは、全身の力が全て抜けてしまったような感じだった。
そして小声で「良かった……良かった」と言うのが精一杯な言葉。
渾身の力で挑んだのであろう。
先ずは良かった、高志はもうワンチャンスを手に入れたのだ。
澤田さんは明日の土曜日が早番、あさって日曜日は遅番勤務で、ワンチャンスは土曜日の仕事あとの夕食デートに決定した。
高志にはそのプランで合わせてもらうだけ。
ミスした奴に意見など無い。
それにただ従ってもらうだけだ。
パーフェクトワンに戻った峯崎は、高志の携帯に電話をした。
明日がデートということ、それと、今晩はデートに向けたレッスンをすることが伝えられた。
高志はいつもよりも早目に仕事を終わらせ、二十時にはパーフェクトワンに到着した。
「峯崎カウンセラーありがとうございました」
「誰だと思っているのよ。それより、このチャンスを無駄にしたら絶対に許さないからね! 今度は夜のデートなるのだけど、彼女からリクエストがあって、次はやきとりが食べたいって言っていたよ。美味しくて雰囲気の良い店、あなたそんな店を知っているの?」
「たぶん、あそこなら大丈夫というお店が一軒あります。『鳥久』あそこは雰囲気も良くて、ものすごく美味しいやきとりのお店です」
「じゃあ今直ぐに予約入れなさい」
「分かりました」
失敗に終わった前回デート、高志の挽回を賭けた戦いが始まった。
以前は丸裸の状態で挑んだこの戦士は、峯崎カウンセラーのお陰もあり徐々にではあるが、そこそこの武器を身に付けはじめていた。
どこまでその武器が活かせるのか……
やきとり『鳥久』でのリベンジデートを楽しみにしたいところだ。
この時に峯崎から何度も言われた言葉……
「バカも二回まで」
それがキツイ言葉だった。
翌日の土曜日、高志は休みということもあり、髪を切りに行ったり、街中で服を購入したりと、今日のデートに向け念入りに準備をしながら夕方を待った。
鳥久は『ジュク』というやきとりが美味しくて有名なお店。
澤田さんには是非とも食べて欲しい一品だった。
そうこうしているうちに十六時となり、高志は大慌てで待ち合わせ場所のパーフェクトワンに向かった。
十七時半には澤田さんがパーフェクトワンにやって来る。
高志は、澤田さんと会えるという楽しみはあるが、峯崎からかけられている緊張とプレッシャーは高志の心に、巨大な津波のように襲いかかっているようだった。
高志はそんなプレッシャーの中、十七時前にはパーフェクトワンに到着していた。
パーフェクトワン入ってからは、峯崎カウンセラーから放たれる力強いオーラが圧力となり、そしてとてつもない目力を見た時に、これは絶対に成功させなければいけないという責任を感じるほどだった。
そして峯崎から一言……
「二度と失敗は許さないからね」
先日に言われた『バカも二回まで』それが頭の中をグルグルと回っていた。
ピン♪ ピロリロリン♪
「いらっしゃいませ。澤田さん、お疲れ様でした、お待ちしていましたよ」
高志はスッと立って、この前のデートで失言したことを、誠心誠意 澤田さんに謝罪をした。
そしてここから、運命をかけたデートがスタートしていった……
『鳥久』まではパーフェクトワンから徒歩で約十分程度の所にある。
道中の様子から察しても、やはり二人は合っている気がする。
会話も弾んだことから、十分の道のりはアッという間に感じるものだった。
『鳥久』はカウンター席が人気のお店、高志は予約を入れておいたお陰で特等席が用意されていた。
ここまでデートは順調に進んでいる。
お互いお酒は控えることにして烏龍茶で乾杯、早速『鳥久』名物の『ジュク』を澤田さんに薦め、一緒に食べた。
その美味しさは感動もので、彼女も絶賛していた。
ちなみに『ジュク』は卵を産めなくなった雌鶏で、心地よい歯ごたえと深い味わいが特徴である。
当然この説明は彼女にはしなかった。
他のやきとりも食べたが全て絶品で、澤田さんは上機嫌で会話も弾んだ。
二時間の食事を終えたあと、近くの公園を散歩した。
高志はたまに触れる、澤田さんの服や手にドキっとした気持ちになり、澤田さんと手を繋ぎたいという気持ちになっていたが、その日は行動を起こすこともできず、そんな気持ちを伝えることもせず、単にそんな気持ちになっただけで終了した。
別れ際に高志は「今日はとても楽しかった、またお会いしたいです」と気持ちは伝え、澤田さんからの返事を待つことになった。
今日は五月十七日、二月十七日に入会してからしてからすでに三ヶ月が経過した。
しかし、まだデートまでしか進展していないのが現状だ。
目指している半年での成婚、あと三ヶ月しか残っていない……高志は本当に大丈夫なのだろうか?
翌日、高志は峯崎カウンセラーに電話を掛け、デートの報告をおこなった。
デートは失敗することなく無事に終わったこと、彼女もとても楽しかったと喜んでいたこと、自分は澤田さんと交際していきたいという気持ちを伝えた。
峯崎カウンセラーは、高志がおかした前回の失敗の事もあり、話を全て信用している訳ではないが、とりあえずはホッとした様子であった。
しかし、澤田さんが入会しているエンジェルからは、澤田さんからの返事が来ない……通常、デートの返事というのは二日以内にあるものだが、あれからすでに三日が過ぎていた。
峯崎はエンジェルの石野カウンセラーに電話を掛けたが、石野カウンセラー返ってきた内容はこのようなものだった……
「澤田さんは迷っています。自分の年齢を考えて、わずかな時間でも無駄にしたくはないのだと言う……だから迷っていると」
澤田さんの年齢は三十六歳、良い人さえ居れば直ぐにでも結婚したいという気持ちで結婚相談所に入会した。
少し遅くなる結婚となるが、これ以上の延期はしたくない。
だから慎重にもなる……唯一の救いは、高志に対するの印象は悪くないことだ。
前向きな迷いの最中と言ったところだ。
そうなれば待つしかないのだ。
それから三日後、彼女からの返事が来た……交際してみますとのことだった。
決めては『自分が自然体で居られること』だった。
高志は大喜びした。
まるで結婚が決まったかのように……
この日から高志と澤田さんは、直接電話でのやり取りが可能となり、デートの日時も二人で決めてお互いの気持ちを確めていくことになる。
この日の初めて電話で会話した。
その電話で次のデートの日程が決まった。
今度のデートは澤田さんがよく行っている『やきとり八郎』に行くことが決まった。
十.これからが大事
澤田さんとは中々休みが合わないことから、デートは主に仕事終わりになってしまうのは仕方のないことだろう。
お互いの休みが一緒の日になるのは、一ヶ月後の日曜日になる予定、二人にとってはとても楽しみなフルデートとなる予定だ。
先ずは仕事終わりで約束している『やきとり八郎』でのデートを失敗なく、成功させなければならない。
八郎では澤田さんのおすすめの串焼きをいただいたが、仕事が丁寧なお店で、シンプルなやきとりであっても手が込んでおり、どの串を食べても美味しく、この日もお互い満足した楽しいデートとなった。
交際が始まってからの二人は、ラインのやり取りを毎日おこない、電話で話すのは三日に一回というペースで、お互いの休みが一緒になるフルデートまではそんな感じで進んでいった。
六月二十七日、そんな二人についにフルデートの日がやってきた。
その日の夕方には、二人でパーフェクトワンに顔を出す予定にしていた。
パーフェクトワンではこれまでの交際の報告をおこなうことにしていた。
今日のデートプランは、二人で軽いスポーツをすることにしているようだが、実はこのスポーツ高志も今日が初めてのスポーツらしい。
高志は車で澤田さんを迎えに行くことになっているが、車を使ってのデートも初めて、二人は順調に進展しているように見える。
澤田さんは自宅近くのスーパー『ランチャー』の駐車場で高志が来るのを待っていた。
高志はマツダの車『アクセラ』に乗って登場、澤田さんはこの車を好きだったらしくテンションは上がっていた。
車の中で流れている音楽は、高志の趣味でチョイスした曲をスマホに保存、車の機能ブルートゥースを利用して流しているが、澤田さんから見ても悪くないチョイスのようだ。
山の方に向け車を進ませ一時間……ついに今日の目的の場所に着いた。
今日おこなうスポーツは……『パークゴルフ』飛ばさない、転がすゴルフと言ったところだ。
木製のクラブと握りこぶし大のボールを使って、公園内に造ってあるコースを地面を転がすように打ち、コースごとに設定されている穴に入れる遊び。
今日来たゴルフ場には十八ホールが設定されている、県内では最大のパークゴルフ場だ。
二人ともプレーをおこなう道具を持っていないため、施設のフロントで一式借りてプレーがスタートした。
「別に競技でも何でも無いのだから、肩を張らずに楽しもうね」
高志は澤田さんのことを気遣うように、そう言ってスタートした。
パークゴルフは想像以上に楽しく、二人は夢中になってプレーを楽しんだ。
途中、昼休憩を挟み、二回目のコースに出て行った。
そして二時過ぎまでパークゴルフを楽しんだ。
「澤田さん、楽しかったね! また一緒に来ましょうね」
「はい! 内山さんは私のこと気遣ってパークゴルフにしてくれたのよね。嬉しかった。それにとても楽しかった。こんなに楽しい休日は久しぶりです」
「良かった! また一緒に行きましょうね」
パークゴルフを楽しんだ二人は途中カフェに寄り、その後パーフェクトワンに向かい、パーフェクトワンに着いたのは夕方の四時だった。
峯崎カウンセラーは二人が笑顔で来社したことが嬉しく、そして初々しく微笑ましい姿にホッと胸を撫で下ろしていた。
そんな仲の良い二人には可哀想な話しだが、二人は別々の部屋へと案内された。
一人ずつ峯崎から、交際中である今の本音を聞かれたり、現在の交際状況を確認されることになる。
交際の状況次第では、場合によっては成婚となることも有る報告来社だが、逆に破談となり、来る時は一緒だったが、帰りは別々に帰るような悲惨な自体になることもありうる。
峯崎カウンセラーの確認は澤田さんから始まった。
「交際はどう? 順調?」
「交際が始まってから会うのは今日で二回目なのですが、とても楽しく交際は出来ていると思います」
「そう良かったわね。今日のデートは何処に行って来たの?」
「パークゴルフをしてきました。お互い初めてでしたが凄く楽しかったですよ。その前のデートは、やきとり屋に行きました。食べ物も合うので気を使わずに居れるので、とても気持ちが楽だなぁと感じます」
「それは一番良いことね。電話やラインもしているの?」
「ラインは毎日、電話は三日に一回ぐらいのペースです」
「そう順調そうで良かった。澤田さんは彼のことを何て呼んでいるの?」
「えっ!内山さんですが……」
「彼は澤田さんのこと何て呼んでいるの?」
「澤田さん、かな……」
「なんで? 仲が良いのだから苗字じゃなく名前で呼びあったらいいんじゃない? 澤田さんは名前で呼ばれるのは嫌なの?」
「私は……内山さんからであれば嫌ではないです」
「澤田さんも内山さんのことを名前で呼べそうかな?」
「少し照れくさいですが、大丈夫だと思います」
峯崎は鋭い眼光で澤田さんの目を見つめ、そして大きくうなづき高志の部屋に向かった。
「仲良く交際できているみたいじゃない。内山さんは澤田さんのこと好きなの?」
「はい、好きです」
「でもそんな気持ち、彼女には半分も伝わってないわよ! こんなのは楽しく遊んでいるだけの『恋愛ごっこ』で交際なんかじゃない! このままじゃいつになっても結婚なんておとずれないよ! あんたは彼女のこと何て呼んでいるのよ?」
「澤田さんですが……」
「ねぇ聞くけど、澤田さんの名前は知っているの?」
「美咲さんですよね……」
「知ってんだ! いつまでも苗字なんかで呼んでいたら他人みたいだわ! 今日から名前で呼んで、出来る?」
「はい」
高志と澤田さんからの大まかな話しの流れはこんなところだ……峯崎からの聞き取りが終了した二人は同じ部屋で会い、峯崎から名前で呼んでいくことを約束させられた。
まるで中学生レベルの話しだが、この二人は結婚まで辿り着くことができるのだろうか?
「美咲ちゃん」
「高志くん」
照れながらも二人は名前で呼びあった。
高志は美咲ちゃんを、待ち合わせした近所のスーパー ランチャーまで送り届け、初のフルデートは終了していった。
十一.本気モード?
その後も毎日のラインと、回数は一回減ってしまったが一週間に二回の電話は続いていたが、更に名前で呼びあうことにも随分慣れてきたようだ。
二人は限られた時間の中で、何とか会える時間をやりくりしながら、一週間に一回はディナーデートをして楽しい時間を過ごしていた。
この日もやきとり屋に行き、その後は公園を散歩していた。
高志はかわいい美咲ちゃんの横顔を見て、手を繋ぎたいという気持ちになったが、やはり行動に移すことはできない。
手を繋ぎたいと思えば思うほど緊張して、手から汗が滲み出てきて止まらない。
勇気を出して言った言葉が……
「美咲ちゃんは手を繋ぐことに抵抗ありますよね?」
そんな聞き方ある?
手を繋ぎたいなら『繋ぎたい』と言うか、スッと手に触れたらいいのに何故だ……不思議なもんだ。
結局この日は手を繋げなかったが、それは自分でチャンスを潰しただけだった。
このデートの内容は、エンジェルの石野カウンセラーから峯崎カウンセラーの耳に伝わり、高志はまたもや大目玉を食らってしまったのだ。
「バカじゃないの!」
人は怒られて成長していく……それならば良いのだが、願いとしてそうあって欲しいものだ。
成婚を約束した六ヶ月まで、残すところあと一ヶ月となったこの日から、驚きの急展開をしていくことになる。
まともに手も繋げないウブな三十九歳の男が、峯崎の元で成長し羽ばたいて行くということなのだろうか?
七月十七日(土)、この日は美咲ちゃんの仕事はお休み、高志とフルデートをする予定になっていた。
美咲ちゃんからの希望で、行き先はパークゴルフに決まっていた。
美咲ちゃんはパークゴルフがとても気に入ったらしく、わざわざ平日の休みにマイクラブとボール、それとティーを二セットを高志に内緒で購入していた。
このデートの日、サプライズとして待ち合わせ場所の『スーパー ランチャー』に持って来ていた。
やけに大荷物でやって来た美咲ちゃんを見て、高志は目が点になってしまった。
そして一言「美咲ちゃん、やる気満タンクだね」
「今日は勝たせていただきます」と今日の美咲ちゃんは本気モード、いざ決戦が始まった。
試合はどちらも譲らずに十八ホール目を迎えていた。
今日は一ラウンドだけのプレーを予定していたので、実質このホールが最終決戦となる。
最初のショットは美咲ちゃん。
しかし美咲ちゃんのティショットは残念ながらカップまでかなりの距離を残してしまった。
次に高志が打ったが、美咲ちゃんよりもかなり近い位置にボールを置くことができた。
余裕の顔の高志と、次の一打に全てをかける真剣な顔の美咲ちゃん、美咲ちゃんが先に打つことになる。
そんな美咲ちゃんが放った一打は、この日一番のスーパーショット!
そのままカップに吸い込まれていった。
思わず大声ではしゃぎ、よろこびを全面に表す美咲ちゃん、あ然とした顔の高志。
高志はプレッシャーからくる緊張から手元が狂いミスショット、大きく外れたボールはそこから二回打ってようやくカップに入れることができた。
この戦いは最後に美咲ちゃんが勝利した。
お昼ご飯は勝利した美咲ちゃんのリクエストで、駅前にある回転すし屋に決まった。
二人はすしを堪能したあと、そのまま駅前をフラフラとショッピングをしたり、カフェに入ったりしながら貴重な二人の時間を楽しんだ。
夕飯は高志の希望で、二人で初めて行ったやきとり屋『鳥久』を予約していた。
二人は丸々一日、ずっと一緒に居ても疲れないし飽きない、とても楽しいらしい。
『鳥久』では、最初に二人で来た時の事を思い出し話しながら、今夜もやきとりを堪能していた。
残念ながらこの日は車で来ていたこともあり、アルコールは抜きとなったが、二人はとても幸せな時間を過ごすことが出来た。
「少し公園を散歩しない?」と高志が声を掛けた。
「はい」と笑顔で答えてくれた美咲さん。
二人は公園へと向かった高志、もしかしたらこの前手を繋ぐことができなかったことの、リベンジを考えてるのでは! 今日は繋ぐことができるかな?
二人は公園に着き、ライトアップされた新緑が鮮やかな公園を歩いていたが、高志はソワソワしたままで、まったく落ち着きがない状態、それは美咲さんにもそれは伝わっていた。
そんな状態のまま少し高台にある鐘の丘まで歩いていき、そこから見える綺麗な景色を眺めていた。
とつぜん高志が美咲さんの顔をガン見して「美咲ちゃん、僕と、結婚して下さい。喜びも悲しみも分けあいながら、最後の一秒まで一緒に居て下さい」そう言って美咲さんの手を掴み、丘にある白い鐘を目指して歩き出した。
高志は左手、美咲さんは右手、お互い繋いだまま、鐘から伸びているひもを握った。
「『はい』の返事なら鐘を鳴らして下さい」
それが鳴るまでに時間は掛からなかった。
『カーンカーン♪』
「ありがとう、ありがとう……美咲ちゃんと出会ってからは、今までの人生で味わったことが無い気持ちが続いてるんだ。人のことを好きになるっていうことは、こんな気持ちなんだと。楽しい気持ち、苦しい気持ちが入り乱れている。美咲ちゃんに会えない日はこんなに苦しい気持ちになるんだって思うこともあった。その苦しみがスーッと無くなるのが、美咲ちゃんと会っている時なんだ。嬉しくて、楽しくて、このままずっと一緒に居られたらって、いつも思ってしまう。美咲ちゃんとずっと一緒に居たいんだ。美咲ちゃんとずっと一緒に居て、美咲ちゃんをずっと笑顔にして、その美咲ちゃんの笑顔を独り占めしていたい。いづれ、笑顔の数が増やせることができたら嬉しい」
「ありがとう。ずっと一緒に居て下さい」
高志はこの日、美咲ちゃんとの結婚を決めた。
美咲ちゃんは「来週の土曜日休み取るから、一緒にパーフェクトワンに行って報告しよう」と言ってくれた。
十二.おめでとう
七月二十四日
報告に来た二人はパーフェクトワンに入るなり、「結婚します」と宣言。
「まぁ、とにかく座りなさい」と峯崎カウンセラーが落ち着かせている。
そう言って後ろを向いた峯崎カウンセラーだったが、遅れて感動が込み上げてきた。
「おめでとう」と峯崎カウンセラーから言葉。
高志の目からは涙が溢れ出てきた。
しかしいつまでも後ろを向いている峯崎カウンセラーのことが気になり、顔を覗き込んでみると……あり得ないくらいぐちゃぐちゃな顔で泣いていた。
「わぁなたは本当に手間の掛かる子だったわよ。女性のことなんて何も知らないし、バカでどうしようもない男。グスン、でも絶対に私が見つけると約束したから、ぜぇーたいに見つけるんだという思いでやってきた。今日はとても嬉しい。良かった……良かった……ここはね、絶対に結婚させる結婚相談所なんだから! 私はそこのカリスマカウンセラーの峯崎瑠璃子よ。二人とも幸せになってね。二人なら絶対に大丈夫、絶対に幸せになれるよ」
そして峯崎カウンセラーがとつぜん「恒例だから歌います」そう言って大きな声で『あの鐘を鳴らすのはあなた』を熱唱した。
最高のプレゼントだ。
峯崎カウンセラーは高志と、四十歳の誕生日までには結婚させるという約束をしていたが、なんとかその約束は果たせそうだ。
どこまでも熱い、熱い、結婚相談所、パーフェクトワンの峯崎カウンセラーだった。
高志は心の中で呟いた『ここに入会して本当に良かった』
おしまい
著者:Z通勤時間作家
【その他の作品】
・もったいぶる青春
・前世の旅
・哀眼の空
・昨日の夢
・ニオイが判る男
・幽霊が相棒の刑事