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塔の選別者 番人ガド

      【終わりの荒野】


 世界の果て、人の世を否定する荒野。

この地には、場違いな塔がそびえ立つ。古く、雲を突く石造りの塔。

荒野の風を受けても朽ちる様子もなく、いつからあるかもわからない。


まばらに草木がある程度の荒野を、一人の戦士が塔を目指していた。

顔を覆い隠す兜、鉄板作りの兜には細かい傷があり、幾度か直したような後がある。

彼の立派な装備は兜だけだった。体には鎖帷子と殆どが革の鎧。

肘や肩にある程度の鉄があるものの、基本的には動きやすさが重視されていた。

背中に背負うのは軽めの盾。足元は更に動きやすさを重視しており、膝近くまでのブーツ、長めのズボンに簡単な鉄の当て物がされているに留まる。


 彼は、強い意志を持って塔へと歩く、右手にはそれなりに使い込まれた剣。

自身の腕と同程度の長さのそれを振りながら、崖を超え、大きな壁を望みながら進む。


 塔を目前としたこの場所には、朽ちかけた小屋が一つ立っていた。

長年雨風にさらされ、木造の小屋は軋みながらも立ち続ける。

その前には切り株のような石、武骨な戦士はただその上に座り、来訪者を待っていた。

「来たか・・・」

武骨な戦士は、大きな棍棒を肩に担いで立ち上がる。

革鎧にブーツ、軽装兵の装いをした男は髪も髭も伸ばしたままだった。

「それ以上進むでない」

真っ直ぐに塔を目指す、鉄兜の男を言葉で制した。

「ここは試練の塔、神へと至る事を望む者達が集まる所だ。だが、貴様はこの試練の本質を知らない。この塔に立ち入った者は死ぬ事を許されなくなる。試練を乗り越える事だけを求められ、終わりのない地獄のような試練。ここが運命の分かれ道だ、わかったなら引き返せ」


 鉄兜の戦士は語らない。ただ、塔を目指して足を前へ出した。

「間に合わなくなる前に、この俺が殺してやろう」

武骨な戦士は、大棍棒を構え、その歩みを止めさせた。



  『塔の選別者。番人ガド』



 鉄兜の戦士は、背負う盾を左手に通し、武骨な戦士へ対峙する。

 ガドは、巨木から彫りあげたであろう棍棒を両手で持つ。その棍棒を左から右へ振り回し、その勢いで左足を一歩踏み出す。

鉄兜の戦士は、飛び退き距離を取ってそれをかわした。




 二人の距離感は遠い。



 ガドが少しずつ距離を詰め、鉄兜の戦士がまたそれを離す。鉄兜の戦士は、棍棒の間合いの内側に入る隙をうかがっていた。

今一度、ガドは左から右へ、大振りの一撃を繰り出した。

それを受け、鉄兜の戦士は前へ進む。兜をかすめる大木、その軌道を正確に捕らえ、ギリギリにかわして内へ入る。ガドは棍棒の勢いで、左足を踏み出した。

鉄兜の戦士の斬撃が、右脇腹へと穿たれる。鎧が切られ、少し血がにじむ。ガドの体に剣を通す事が出来たが、それを倒し切る事は出来ない。

ガドは傷を気にすることは無く、そのまま棍棒を振り上げた。

そして、それを見た鉄兜の戦士が、更にガドの右脇腹から後ろへ回り込むように動いた。

ガドは、それを追跡しながら棍棒を振り下ろす。

ガドの棍棒は、地面を叩いて少しのくぼみを作る。鉄兜の戦士をとらえる事は出来ていなかった。


 鉄兜の戦士は、剣をたくみに振り、細かく相手の自由を奪っていく。

決定的なダメージではないものの、ガドは確実に体を切られ続けていた。次第に血が辺りを濡らし、ガドの防具を赤く染めていく。

鉄兜の戦士が、ガドの脇腹を再度切り抜けた時、ガドはついに膝を付いた。棍棒を杖のように使い、荒い息をするガド。


・・・荒い息と衣擦れ、鉄兜の戦士は、警戒しながらも剣をガドに向ける。




 咆哮と共に、唐突な衝撃に鉄兜の戦士が後ろへ後退する。ガドが発する咆哮、それは衝撃を伴い、周りを揺らした。ガドは咆哮をしながら立ち上がり、杖ではなく棍棒として構えを戻す。

ガドの強い思いが、彼を立ち上がらせたのかもしれない。ガドは今一度、鉄兜の戦士を睨みつけ、全身に力を込めた。それを鉄兜の戦士は見ていた。剣を構えてただ殺す為に。


 ガドの構えが変わる、その棍棒を地面へ向け、何かの力を込めているように見えた。

地面が盛り上がる。それは一箇所では無かった。ガドの周辺を取り囲むように、盛り上がった地面の中から石柱が顔を出す。土を落とし、二人の身長を遥かに超え、石柱の森は荒野に影を落としていく。

石柱の森は、ガドも、鉄兜の戦士をも覆い隠し、二人の姿は互いに確認が出来なくなった。




 突如、石柱は破壊される。

鉄兜の戦士は、飛び散る弾丸のような石つぶてに視界を奪われた。石柱の破壊者はガド。彼の作った石柱の森は、その棍棒で破壊されるために作られたものだった。

石柱ごと、ガドは鉄兜の戦士に向けて棍棒を振る。破壊された石柱が足場を悪くし、飛ぶ石つぶて、岩の塊が鉄兜の戦士へと襲いかかる。

ガドは鉄兜の戦士を狙い、乱暴に辺りにある石柱を破壊してまわる。躱し続けていた鉄兜の戦士は、ついにその棍棒をまともにうける。


 血を吐き、鉄兜の戦士は石柱の森から外へ押し出された。かろうじて命を保っていた鉄兜の戦士は、懐から飲み薬を取り出し、それを一気に飲み干した。

その瞬間、鉄兜の戦士は瀕死の体をおこし、まるで戦う前のように体を軽く動す。


《命の雫》


神聖な魔法が込められたこの薬品は、使用者の傷をたちまちに癒やす。だが、その効果は完全なものではなかった。体を動かした後、鉄兜の戦士は再度吐血とともに、胃の中身を吐き出した。

そう、《命の雫》には回復の限界がある。打ち込まれた棍棒によるダメージを、完全に癒やすことは出来なかったのだ。


 ガドは、一通り破壊の終わった石柱を荒野の土に還す。

そう、これはガドの放つ魔法、侵入者を拒み、その力を試すための魔法。

砕けた石柱は、その全てが荒野の土へと還り、再度の詠唱により石柱の森がガドを取り囲む。

鉄兜の戦士も、この森に再度取り込まれていた。


 ガドは、再度石柱をその棍棒で破壊し、鉄兜の戦士はその只中で体をかわす。

鉄兜の戦士は、棍棒も石柱も、かろうじてかわすことが出来てはいる。

だが、それは長くは続かなかった。砕かれた石柱をまともにくらった鉄兜の戦士。倒れそうになるその体を転がし、無理やり地に足をつけて体制を立て直す。

ガドは、その立て直された体制を、追い打ちで崩しにかかる。振り抜かれた棍棒は、鉄兜の戦士を捕らえ、全身を打ち抜いて吹き飛ばした。

瀕死の鉄兜の戦士、だがガドは特に待つ事をせず、棍棒を振り下ろしてその生命を断つ。

鉄兜の戦士は、潰された肉塊となり、絶命して視界は暗くなっていった。




 

荒野の果て、神へと至る塔。


その荒野、塔の入り口前にボロ小屋はあった。

ボロ小屋の裏手、そこに不自然に置かれた棺桶。突如棺桶の蓋が持ち上がり、革手袋が棺桶の縁を掴む。鉄兜の戦士、棺桶の中から雑に起き上がり。彼は辺りを見渡す。

鉄兜の戦士は、自身の体を確認した。傷一つ無い。この荒野へ足を踏み入れた時と、何も変わってはいなかった。



そう、荒野に入った時から体も、鎧や兜の状態すらも、何一つ変わっていないのだ。



ガドの言葉、これ以上進む事を咎めるその言葉は、既に手遅れだった。

塔は挑戦者を好み、そして去る者を許さない。



挑戦者には恩恵を、脱落者には罰を。



塔の祝福と呪い。挑戦を続けるものは、変わらずに挑戦出来る肉体、そして挑戦の為に装備すら巻き戻す。死は終わりとならず、復活により再度の挑戦を求める。

ガドの住む小屋は、既に塔の一部。ガドはその言葉から推察できる思いとは違い、塔の試練の一部と化していた。


 鉄兜の戦士は、自身の体を確認した後、小屋の主が座る石のところへと足を進めた。

小屋の主、ガドは変わらず石に腰掛け、来訪者の到着により腰をあげる。二度目は語らず、ただ大棍棒を構えた。

ガドの姿も最初に対峙した時と変わらない。切り開いた鎧も、血に濡れた体も、何もかもが夢のように消え、元の姿へと戻っていた。これこそが、この場所が塔の影響下にある、何よりの証明。


 三度、鉄兜の戦士は棺桶を開けた。


その度にガドは同じ動きをし、そして鉄兜の戦士は新しい対応を試みては敗れる。

棍棒で薙ぎ払われ、潰されて、石柱を浴びる。


 四度目、同じ動きでガドは膝をつき、変わらぬ咆哮を辺りに撒き散らした。

また、石柱をガドは生成する。

鉄兜の戦士は、石柱の森から抜け、一旦の観察を選択した。ガドは構わず、石柱を破壊してまわる。

一つの事がここから推測出来る。ガドは相手を認識した上で棍棒を振り回しているわけではない。相手が森の中にいるだろうという予測で、当たれば良いと棍棒を振り回しているのだ。

そして、一通りの破壊が終わった後、ガドは鉄兜の戦士を間合いに捕らえてから、詠唱を始めて石柱を再生成する。

鉄兜の戦士は、その大きな隙を捕らえて間合いを詰め、ガドを切り刻む。

ガドは変わらず、石柱を破壊し、棍棒が相手に当たる事を期待し続けていた。だが、その期待には鉄兜の戦士は答えない。石柱を破壊するために、大振りな棍棒の動きは、間合いを詰めて見れば躱す事が出来るものだった。

石柱に隠れ、見えていなかった真実。石柱が無ければ、膝を付く前よりはるかに大振りで、左右へ薙ぎ払うのみの棍棒の動き。変に間合いと取る方が、石柱の影響を受けてしまう。

その事に気が付いた鉄兜の戦士は、肉薄する間合いで棍棒を避ける。そして、石柱を破壊し終わった後、やはりガドは詠唱を始めた。

詠唱により、石柱を荒野へ戻し、石柱を再生成する。その間、ガドは切られ続けていた。

そして、同じ事をまた繰り返す。鉄兜の戦士の被弾は確実に減り、ガドの傷は増える。

ついに放たれた鉄兜の戦士の一撃。


 ガドはついに力尽き、光を帯びた塵となって消えていく。

死体としても、存在した痕跡を残さず、ガドは塵のように空へと消えてなくなったのだ。

人の存在証明にはならないが、唯一残ったのは光を放つ、何かの塊。鉄兜の戦士は、それを拾い上げた。



 《ガドの神性》

アスラの戦士、ガドが持つ神性。

ガドは塔の半ばで脱落し、仲間と共に逃げ帰った。

だが、塔を離れた仲間達は塵となって消え、ガドは塔の呪いによりこの場所を離れる事が出来ないと知る。

ガドは死の恐怖から、塔を登る事も帰る事も出来ずにここへ留まった。

そして、塔へ入る者を選別する事に自身の価値を見出し、塔の試練の一部へとなった。

永劫に続く試練、既に彼の心は壊れ、亡者のように来訪者を襲うのみ。

手遅れになる前ではなく、手遅れになった後で選別を行うのは、ガドにはこの地を離れる術が無い。ただそれだけのことなのだろう。

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