8話:世界石と七聖騎士団
「――はじめましてだ、少年ダイムに少女ハル。俺の名はノルマン・モルタス。旧騎士名はノルマン・アズリエルという。このアズル村の村長にして、元・七聖騎士団の騎士団長だ。」
その男、ノルマンからは大木の様な静かな威圧感が漂っていた。
「あなたが村長さんなんですか!?それに、そのナントカ騎士団って……?」
ハルが首を傾げて彼に尋ねた。
「七聖騎士団ってのは、この世界を構成する創世神を除いた7人の神にそれぞれ仕え、世の秩序と『世界石』を守る存在の事だ。俺はその中でも、水の神アズリエルに仕える騎士だった。今は大分衰えちまったが、当時は最強の騎士とか呼ばれていたんだぜ?」
……ん?
「ま、待て!今なんて言ったんだ、ですか!?」
今、確かに『世界石』を守っているって……それに、このおっさんはそんな神に仕える騎士団の団長、それも最強の存在だったのか……!?
「騎士団は『世界石』を守っていると……そう言ったんだ。コウキの話で、お前ら異世界人の若造共がその石を探し求めている事は分かっている。『世界石』ってのは、世界の創世期に作られた、全ての頂点に立つ創世神アルケアの力が込められた世界の結晶の事だ。今までにも、神の力を手に入れるために数多の人々がその宝石を探し求めた伝説がある。」
ノルマンはそう話しながら俺達の向かいの大きな椅子に腰を下ろした。
「……だが、そう易々と誰かに『世界の全て』とも言える創世神の力が詰まった『世界石』を渡すわけにはいかねぇ。だから創世神は『世界石』を封印し、自身の創り上げた7人の神を祀るそれぞれの祠にその封印を解く『鍵』を隠したんだ。まあ、この世の誰も『世界石』が何処に封印されているのかは知らないがな。」
「なるほど。それでその封印を解くための7つの『鍵』を、あなたが入っていた七聖騎士団が守っているわけですか。」
とりあえず、『世界石』がどんな物なのかはこれである程度分かった。となると、俺達をここへ送り込んだあの金色の女神……あれが創世神アルケアなのか……?『世界石』を作った張本人が俺達にそれを探させるのも、考えてみれば変な話だが。
だがとにかく、これで俺の体を取り戻して地球に帰る手がかりを一つ掴めた。確かに神の力を持つ石ならば、俺の肉体を復活させる事も可能だろう。
「……ふむ、少しずつ俺達の目標が見えてきたな。」
俺達が女神に与えられる任務を終え元の世界に帰るには、なんとかして『世界石』を手に入れなければならない。だが、『世界石』の封印を解くためにはまず7人の聖騎士達から『鍵』を奪い取る必要がある。と言うことは……
「……『世界石』を手に入れるためには、七聖騎士団の7人全てを倒さなければならない。」
ノルマンが姿勢を低くして言った。
「……これはまた、随分とムリゲー感満載のミッションを与えられたみたいだな。」
俺は苦笑いで言った。
だって、世界の創世期から今までずっと『鍵』を守り続けている凄い騎士を7人も倒さなければならないんだろ?それも、それを召喚された他のクラスメイト達よりも先に達成しなければならない。そのために世界中を旅しなければならないだろうし、道中にも数多の危険が待っているだろう……まったく、考えるほど気の遠くなる話だな。
「私は今の話を完全に理解できた訳じゃないけど……その、ノルマンさんはいいんですか?私達が『世界石』を手に入れようとしても。だって引退したとは言え、あなたもその『鍵』を守る七聖騎士団の一人、それも騎士団長だったんですよね?」
ハルが心配そうな表情で尋ねた。
確かにそうだ。騎士団の目的が『鍵』の守護なら、なぜこの男はここまでの情報を俺達に伝える……?
「……その理由は決まっている。俺達七聖騎士団の最終的な任務は、お前達に封印の『鍵』を託す事だからだ。」
……は?
その言葉に、俺達は一瞬固まった。
「ど、どういう事だ!?俺達に『鍵』を託すって……一体なぜ!?」
「まあ、驚くのも無理はない。俺もまさか自分が生きている内に、本当にこの最終任務を遂行しなければならない状況になるとは思わなかったからな……」
七聖騎士団の最終任務が、俺達に『鍵』を渡す事……!?もしそうなら大分手間が省けて助かるが、一体どう言う事なんだ……!?
「詳しい理由は、こいつを見れば分かるさ。」
そう言うとノルマンは袴の袖の中から一冊の分厚い本を取り出し、それをハルに渡した。
「これは……?」
その本には茶色い革のカバーが取り付けられており、紙は古く最低でも製造から100年は経っていそうな代物だった。
「そいつに書いてあるのは、この世界の創世神話だ。神話本文の内容は長ったらしいから今は説明しねぇが、お前達に見てもらいたいのはその最後のページだ。」
ノルマンに言われハルが本を最後のページまでめくると、そこには綺麗な白紙の中央に一つの文章が書かれていた。
「うわ、こりゃあこの世界の文字か?こんなの読めるわけが……いや待て、読めるぞ!?」
「私も読めるわ!ど、どうして……?」
そこに書いてある文章には確かに見たこともない不思議な文字が使われていたが、俺達は何故かそれを日本語と同じ様に何の苦労も無く読む事ができた。
これもあの女神の力なのか?異世界の言葉が瞬時に脳内で日本語に訳されるとか……?よく考えたら、このノルマンと言う男とも普通に日本語で会話できているしな。
「俺もそうだったが、何故かその文字が普通に読めるんだよな。他のページも全て異世界語のはずなのに、問題なく読める。まったく不思議なもんだ。」
コウキが腕を組みながら言った。
「まあとにかく、そのページを読んでみてくれや。」
「えーっと、なになに……」
俺とハルはそこにある文章を読み始めた。
「『創世神の力が尽きる時、異界から召喚されし数十人の若者たちが現れる。その者達はそれぞれ『世界石』を目指し、やがて選ばれし一人の若者が石を手に入れ世界を救うだろう。その時が来るまで、この世界の人々は必ず『世界石』と『鍵』を守り抜かなければならない。』……こ、これは……!?」
これってまさか……!
「ああ、それが神話の最後に記された『予言』だ。異界から召喚される若者達は、この世界の力の全てとも言われる『世界石』を目指し、数多の冒険の末にこの世界を救うと言われている事から、この世界の人々には『世界攻略者』と呼ばれている。でもまさか、本当に異界からお前らの様な若者たちが現れる事になるとはな……それも、お前らはあの創世神アルケアらしき女神に召喚されたと聞く。これはもう、その『予言』に記されている時が来たと考えるしかない。」
ノルマンが話した。
創世神話の『予言』……こんな物まであるのか。そしてこの最後の文の『時が来るまで世界石を守り抜く』って使命を担っているのが、このノルマンも所属していた七聖騎士団だな。やっぱり、これは完全に俺達の事を指しているとしか思えない……待てよ、と言う事は……!?
「でもこの『予言』が本当だとすると、その女神様の力が今まさに尽きようとしているって事なんですよね!?」
ハルが慌てた表情で言った。
「そのお嬢さんの言う通りだ。『予言』に記された時が今だとするのなら、創世の女神の力……つまりはおそらく、寿命が尽きる時が近いと言うことだ。創世神アルケアは、この世界の維持とあらゆる恵みの源となる存在。そんな彼女が死んでしまえば、この世界はあっという間に闇の中へと滅んでしまうだろう。」
ノルマンは深刻な表情で言った。
「だからそれを回避するために、異界から召喚された俺達の誰かが『世界石』を手に入れなければならない……か。でもそれなら、俺達が七聖騎士団と戦う必要はないんじゃないですか?俺達が『予言』に書かれている若者だと納得さえしてもらえれば、すぐに封印の『鍵』を渡してもらえるんじゃ……?」
「いや、七聖騎士団が『鍵』を渡すのは、その若者たちの中でもそれぞれが『世界の命運を任せるのに十分な力がある』と認めた者のみだ。だからお前らが『世界石』を手に入れるためには、どうしても七聖騎士団を真っ向から相手しなければならない。」
……なるほど。確かに納得な理由だ。考えたくはないが、召喚された俺達のクラスメイトの中には『世界石』の力を女神に渡さずに悪用しようとする奴がいるかもしれない。初日に俺とハルの事を見下していたあいつらなんか、特に危なそうだ。ならば、七聖騎士達も『鍵』を渡す人物を慎重に選ぼうとするのは必然だろう。
「つーわけで、俺からお前らに提案がある。」
そう言うと、ノルマンは重たそうにその腰を上げた。
「提案……?」
「この俺は、お前らの倒さなければならない七聖騎士団をまとめていた男だぞ?そんな俺が、お前らに本当に『世界石』を目指す旅に出る資格があるのかを見てやろうってんだ。お前らにこの世界と人々を救う事ができるのかを……な。」
ノルマンが俺達の資格を確かめる?……なるほど、そういうことか。
「つまり、あなたが俺達の前に立ちはだかる最初の関門って事ですか。」
「おっ、いい勘をしてるじゃねぇか。……ああ、そうだ。俺がお前ら『世界攻略者』の超えるべき最初の壁――
――外に出ろ!全員まとめて、俺が相手をしてやる。」
おまけトリビア・その7:
この世界の人間は基本的に誰もが創世神話の内容を全て暗記している。神の存在について語られる神話は、人々にとって欠かせないものなのだ。