7話:初めての朝
「……う、う~ん……」
はぁ、もう朝か……って、あれ?ここは……?
「よぉ、随分と長い間お休みだったな。」
「お前は……!」
目を開けると、そこには椅子に座ってのんびりと紅茶を飲むコウキの姿があった。
「コウキ!よかった、ちゃんと回復できたみたいだな。」
「ああ、おかげさまでな。」
コウキがそう言ってニッと笑うと、俺は再び人魂の姿になってハルの右目から飛び出した。
「なあダイム、それってどうしてもその人魂みたいな見た目にしかなれねぇのか?生物にはなれなくとも、何か人型ロボットみてぇなのになれたりはしないのかよ?」
コウキが俺を指さしながら言った。
「俺もそう思ったんだが、残念ながらまだそんな高度な物に変身する技術は俺にはないみたいだ。だからハルの体の外で完全に自由に動き回れるのは、この魂をむき出しにした人魂の姿だけなんだよ。他の姿でもある程度は自分で動けるが、やっぱりまだコントロールが難しいみたいなんだ。」
「へぇ~……やっぱり苦労が多そうなんだな、その『ユニークスキル』。」
コウキはそう言うとゆったりと紅茶のカップを口に近づけた。
「ああ、まったくだ……って、のんびり話なんてしてる場合じゃないだろ!ここは一体どこなんだ!?俺達はあの森の側の草原にいたはずだろ!」
俺は思わずツッコんだ。
それもそのはず、俺達が今いるのは立派なログハウスの一室だったのだ。ガラス張りの丸い小窓からは暖かな朝日が差し込み、外からは元気な小鳥の鳴き声が聞こえる。その落ち着いた雰囲気の部屋の木造ベッドに、俺とハルは寝ていた。コウキはこの前まで着ていた小さな鎧や手袋を外し、古めかしい雰囲気のロッキングチェアの上でまるで自分の家かの様にくつろいでいる。
どう考えても、あの何もない草原から突然こんな場所にいるのはおかしいのだ。
「まあ、驚くのも当然か。なんたってお前とハルさんは、3日間も呑気に爆睡してたんだからな。」
「……は?」
コウキの言葉に、俺は一瞬固まった。
「3日間!?嘘だろ!?」
そんなに長い間気を失っていたのか……!?やはり、初めてのスキルの使用でエネルギーを使いすぎたのが原因か……
「ホントだよ。あの時、俺はうっすらとしか覚えていないが、ダイム達が俺に回復薬を使ってくれたんだろ?あの後すぐに俺だけ目が覚めてさ、お前とハルさんを担いでしばらく草原を進んだら一つの村を見つけたんだ。」
村を見つけただって!?そうか、それでこのログハウスに……
「それにしても、あんな事があった後によく人一人を担いで歩いてこれたな……」
「自分でも信じられないくらいに回復してたし、元から体力には自信があるからな。でも俺の『タッチ・オン』の氷をジェットパックみたいにして進んだら、意外と楽だったぜ?」
コウキは随分とお気楽そうだった。
「ふあ~ぁ……おはよう……」
すると、後ろのベッドからハルが両目をこすりながら起き上がった。
「おっ、ハルさんも起きたみたいだな。」
「あれ?ダイム君に、それにコウキ君!?よかった、元気になったのね!あの時は本当に心配したわよ……」
ハルは嬉しそうに言い、ほっとため息を吐いた。
「おうおう、生まれて初めて女の子にこんなに心配されたぜ……!」
コウキが目に涙を浮かべながら言った。
「おいコウキ、そんな悲しい事言うなよ。俺もちゃんとお前のこと心配してたぞ!」
「いや、男に心配されても嬉しくないから。」
俺の言葉に、コウキは冗談めいた真顔でそう返した。
「まあ待て、それはどうかな?体がスキルになった今の俺には色々と付いてないし、もう実質女の子だろ。」
「は???」
「いやブチギレすぎだろ。」
「……ふふっ、そんな冗談が言えるのなら、本当にすっかり元気になったみたいね。」
ハルがそう笑うと、俺達も自然と笑顔に戻った。まあ、俺の表情は表に出ないんだが。
「ああ、本当に死ななくてよかったよ。」
「お前こそな。」
俺達は3人で安心感から笑い合った。
「ところでコウキ、今の俺達の詳しい状況はどんな感じなんだ?この家で普通に寝てたって事は、村の住民には受け入れてもらえたって事なんだよな?」
俺が尋ねた。
もしできれば、しばらくこの村を拠点に今後の計画を立てたいところだが……まだ村の人にも会っていないし、それが可能かは分からないな。突然やって来た異世界人を警戒するかもしれないし……
「……いや、それは可能だ。」
「――!?」
突然聞こえたその声の方へ振り返ると、そこには部屋のドアの前に立つ一人の男がいた。
「あっ!おはようございます!」
すると突然コウキが立ち上がり、その男に一礼した。
「ああ、おはようコウキ。それで今の話だが……お前達が望むのなら、気の済むまでこの村に置いてやるよ。ただ、その分色々と働いてはもらうけどな。」
男は貫禄のある笑顔で言った。
その男はかなりガタイのいい40代ほどの見た目で、金色の装飾の入った黒い袴の様な服を着て腰には銀色の大きな剣を装備していた。瞳は青く髪は尖った短い赤茶色で、その全身からは歴戦の戦士の様な立派な風格を感じる。
この男は一体……?それに今、まるで俺の心の中を読んだかのような口振りだったような……
「なんで心の声が分かったのかって顔だな、少年ダイムよ。」
男は低く重みのある声で言った。
「ま、また心を……!って言うか、なぜ俺の名前を?」
「そりゃあ、そこにいるコウキに聞いたからな。お前らの事情や3日前の森で何があったのかも、もうたっぷり聞かせてもらったぜ。体を失くして『ユニークスキル』に転生しちまうなんて、まったく災難な話だ。」
何?コウキが既に話していたのか……?いや、3日も経っていれば当たり前か。それで結局、この男は何者なのだろうか……?
「それじゃあ話を進める前に、ここいらで軽く自己紹介でもしておくかな。」
そう言うと男はその太い筋肉質な腕を組み、俺達3人の元へと歩み寄った。
「――はじめましてだ、少年ダイムに少女ハル。俺の名はノルマン・モルタス。旧騎士名はノルマン・アズリエルという。このアズル村の村長にして、元・七聖騎士団の騎士団長だ。」
おまけトリビア・その6:
コウキは苦いものが大の苦手。ダイムの前で飲んでいたコーヒーにも砂糖が山の様に入っていた。