6話:双剣の少女
――そこに立っていたのは、一人の若く美しい少女だった。
身長は少し低めで、真っ白で動きやすそうなドレス姿の胸や肩に小さな白銀の鎧を付けている。腰まで伸びた長い髪は真っ直ぐで雪の様に白く、あまりの美しさにその先端の方はガラスの様に透き通って見えた。顔立ちは綺麗に整っているが少し幼さが残っており、その大きな瞳は紫水晶の様な色に輝き、星空と月光を水面の様に反射し映している。
そして腰には左右に一本ずつ、金色と銀色の長い刀の様な片手剣を装備していた。
俺達を見るその表情からは敵意は感じられないものの、彼女の瞳はまるで感情が無いかの様に静かで冷たかった。
そして、俺はその少女の姿に見覚えがあった。
「君、俺達が最初の草原に召喚された時に一緒に居たな……と言うことは、君も俺達のクラスメイトの一人か。ここまで歩いて来たのは俺とハル、そしてコウキだけのはずだったが、一体どうやってここまで来たんだ……?」
それに、さっきのあの身のこなし。とても俺と同い年の高校一年生の女の子に成せるような動きではなかった。それどころか、人間にあんな動きをする事自体が不可能のはずだ。となると、あの動きは彼女の持つ『ユニークスキル』の力によるものなのか……?
「……あなた。」
すると、少女が口を開いた。綺麗で透き通ったかわいい声だったが、やはりそこにも感情がこもっているようには聞こえなかった。
「俺の事か?」
俺が聞くと、彼女は静かに頷いた。
「……あなたの力を貸してほしい。さっきみたいに、剣の姿になって。」
この子、俺の『ユニークスキル』の能力についても知っているのか……?やはり俺達を前から尾けて来ていたという事か……ますます不思議で怪しい人だ。しかし、ここを生き抜くためにも、今は彼女を信じて力を貸すしかないみたいだな。正直会ったばかりの人物に自分の命を預けるのは少し躊躇いもあるが、ここでこの子の手を借りなければ守れるものも守れなくなってしまうだろう。
俺は、少女を信じて自分の力を貸す事にした。
「……分かった。剣になればいいんだな。」
俺はハルの右目から飛び出すと、再び一本の黄金の剣へと姿を変えた。
「ダイム君、大丈夫なの?そんなにあっさり力を貸しちゃっても……」
ハルがまだ怯えた様子で言った。
「この少女が何者なのかは確かに気になるところだが、今は彼女を信じるしかない。どうせこのままじゃ全員この怪物に殺されるだけなんだし、貸せる力はいくらでも貸すよ。」
そう言うとハルはしばらく黙り込み、引き締まった表情で再び口を開いた。
「そうね……それじゃあ、私も信じるからね。その代わり、絶対に死んじゃだめだよ!」
「大丈夫、お前が生きている限り俺は死なないよ。」
俺は心の中で頷き、白髪の少女の方へ振り返った。
「と言うわけで、君に力を貸すよ。でも、大丈夫なのか?力を貸そうにも、俺は今能力の都合で全然力が出せないんだ。それに、剣なら君も既に2本も持っているじゃないか。」
俺の言葉に、少女は少し黙り込んだ。
「……問題ない。それに、私が同時に使える剣は一本だけ。だからあなたの力が必要。」
「二本の剣を装備しているのに、使えるのは一本ずつ……もしかして、君の『ユニークスキル』の能力と関係しているのか?」
彼女は静かに頷いた。
「それじゃあ、行くよ。『アカシア』、力を貸して……」
少女は右手で再び腰の左側に装備された銀色の剣を抜くと、左手で俺の変化した黄金の剣を手に取った。
「二本の剣って事は、やっぱり二刀流か……って、うわああぁぁッ!?」
俺が話す暇もなく、彼女はもの凄いスピードで怪物の喉元を目がけて飛び上がった。10メートル以上の高さをものともせずに、彼女はまるで一人だけ超強力なトランポリンの上にいるかの様に高く跳んだのだ。
「グオオオォォッッ!!!」
すると、怪物の方もすかさず少女に向かってその巨大な爪を振りかざした。
「よ、避けろおおぉぉっ――!!」
――シャキンッ!
その瞬間彼女が何をしたのかは速すぎて見えなかったが、気が付いた時にはもう既に怪物の前足が斬り飛ばされていた。あまりに正確で素早い動きに、彼女の武器として斬りつけた俺自身も一瞬何が起こっているのか分からないほどだった。
「グルオオオォォッッ!!!」
怪物は再び苦しみに悶えた。その轟音の様な雄叫びが辺りの木々を強風の様に激しく揺らす。
「……あなたの剣、なかなかいい切れ味ね。」
「そ、そうだろ?……って、うわぁっ!?」
少女はそう呟くと、すぐに右手に持っている銀色の剣を音も立てずに振りかざした。
「グルルオオオォォッッ!!!」
すると、今度は怪物の左の頭が吹き飛んだ。あっと言う間に、これで残りの首は一つになった。
――スタッ
少女は再び悶える怪物の前に静かに降り立った。
は、速すぎる……!速すぎて見えない二連撃だった。ここまで一方的にこのバケモノを圧倒するなんて、一体どんな『ユニークスキル』なんだ……!?それとも、これが彼女の純粋な戦闘能力なのか……!?
「グアアアァァッッ!!!」
すると、怪物がもの凄い形相で俺達に向かって牙を剥き突進して来た。
「……『アカシア』じゃ、防ぎきれない。」
「えっ?」
今、防ぎきれないと言ったのか!?それなら一体どうするんだよ……!?
「……でも、大丈夫。」
すると、少女は素早く銀色の剣を鞘に戻し、俺を右手に持ち替えた。
「……『ウィル』、今度はあなたの力を貸して。」
そう呟くと、彼女は左手でもう一本の金色の剣を引き抜いた。その細く美しい刃が月光を金色に映す。
「ゴアアアアァァッッ!!!」
ダメだ、ぶつかる――!!
――ガキィンッッ!!!
完全に喰われたと思ったその時、怪物が何かにぶち当たる様な鈍い音がした。
「こ、これは……!?」
金色の剣を構える少女は、目の前にまるで透明で巨大な壁ができたかの様に怪物の攻撃を完全に防いでいた。その見えない壁越しにでも感じる怪物の凄まじいパワーを、少女の力は当然の様に完全に無力化していたのだ。
「グオオォッ!!」
その圧倒的な防御力に怪物が怯むと、少女は俺と金色の剣の二本を鋭く構えた。俺の剣と少女の剣。二本の黄金の剣の輝きが、少女の前で交じり月明りに煌めく。
「……これで、終わり。」
――シャキィンッッ!!
怪物に向かって再び飛び掛かると、美しいほど滑らかな二本の剣の同時攻撃で怪物の最後の首が吹き飛んだ。そのあまりに完成された剣技に、もはや怪物の首の切り口からは、まるで自分が斬られた事に気付いていないかの様に血もほとんど吹き出していなかった。
――ドスウウゥンッ!!
巨木が倒れる様な音を上げて怪物が息絶えると、少女は血を払いゆっくりと金色の剣を鞘に戻した。
「……ありがとう。いい剣だった……やっぱり、あなたの中には大きな可能性が眠っている。」
そう言うと、彼女は優しく俺を手放した。この戦いの中でも、少女の表情は終始無表情のままだった。
「……!!」
あまりに圧倒的な力の前で俺が動けないでいると、少女は同じくショックを受けた様子で座り込むハルの方へと歩み寄って行った。
「……これ。」
すると、彼女はハルに透き通った緑色の液体の入った小さなガラス瓶を手渡した。
「こ、これは……?」
「……それ、回復薬。そこで倒れている氷の人に使って。」
少女はそう言うと、暗闇に包まれた森の方へと歩き出した。
「ちょっ、ちょっと待ってくれ!」
俺が思わず叫ぶと、彼女は足を止め振り返った。
「助けてくれて、本当にありがとうな。俺の名前はダイムって言うんだ。君が何者なのか、これからどこへ行こうとしているのかは分からないが……せめて、君の名前だけでも教えてくれないか?」
俺がそう言うと、少女はしばらく黙り込んでから口を開いた。
「……1年B組、出席番号31番。名前はノア。」
「ノア、か……」
少女が振り返り再び歩き出そうとすると、彼女はもう一度足を止めた。
「あなた達なら……本当に『世界石』を手に入れられるかもしれない。」
そう言い残し、少女ノアは森の闇の中へと消えて行った。
な、何、俺達が『世界石』を……!?
「あ、あの子は一体何だったの……?」
ハルがゆっくりと立ち上がりながら言った。
「分からない……それに、俺達が『世界石』を見つけるって?あの女神も俺達に『世界石』なる物を探すように言っていたが、一体それはどんな石なんだ……?なんにせよ、謎だらけの少女だったな。」
俺はそう言ってハルの右目に戻った。
あのノアも俺達と一緒に地球から転移したクラスメイトのはずだが、一体なぜ彼女はまるで『世界石』の事を知っているかのような口振りで話していたんだ……?それに、もう一つの謎は『出席番号31番』だ。確かに、俺が入学する前に聞いていたクラスの人数は総勢30人のはずだった……戦いにもすごく慣れていた様子だったし、もしかしたら彼女は何かとんでもない秘密を抱えているのかもしれないな。
「そうだ、この回復薬をコウキ君に使わないと!」
ハルはノアに渡された瓶を持って、倒れたコウキに走り寄った。
「うぅ……」
コウキの腹部の傷口からは未だに大量の血が流れていた。彼は苦しそうな表情を浮かべながらも、既に気を失っている様子だった。
「コウキ君、こんなになるまで戦って……でも、まだ息はあるみたいね。早く薬を使ってあげないと!」
ハルは安堵のため息を吐くと、瓶に付いた金色の蓋を開けた。
「お願い、これで元気になって……!」
コウキの口に光り輝くエメラルドグリーンの回復薬を注ぐと、ハルは頭の前で手を組み祈った。
――パアァ……!
すると、彼の体は柔らかな緑色の光を放ち輝き始めた。その優しく温かい光が、俺達をふわっと包み込む。
「頼む、生きてくれ……!」
俺達が祈ると、コウキの周りの血が消滅する様に空気中にどんどん消えていった。
「こ、これは……!?」
彼の周りと腹部から血が完全に消えると、今度は大きく切り裂かれた傷口がみるみるうちに閉じて回復していった。致命傷の大怪我が、一瞬で何事も無かったかの様に元通りになる。まるで夢の様な光景だった。
「まさか、本当にこんな短時間であの大怪我が治ったのか……!?」
コウキの表情はすっかり和らぎ、傷が完全に回復した彼は地面に横たわったまま静かに眠っていた。
もう死ぬ手前まで行くような状態だったのに、あんな小さな瓶の薬を飲んだだけで全回復するとは……やはり、ここは俺達の想像の遥か先を行くファンタジー世界のようだ。転移一日目でこんなアイテムを持ち、あの人間とは思えない美しい戦いぶり……あのノアと名乗っていた少女、ますます謎が深まるな。
「ああ、コウキ君……よかっ……た……」
ハルは恐怖と不安から解放された安心感からか、コウキが回復するのを見届けるとすぐに倒れて眠ってしまった。それと同時に、彼女の目の中にいた俺の視界も真っ暗になった。
「ハルまで寝ちまったか。それにしても、まさか異世界生活初日からこんなすごい事になるとはな……」
コウキも言っていたが、やはり俺も今でも本当に異世界に来た事が信じられない。前回眠った時には日本のごく普通の自宅の部屋のベッドの上にいたのに、一日経った今日はあんなバケモノを倒した後の何もない草原で眠るんだもんな……まったく、人生何が起こるのか分からないもんだ。
それにしても、これからはこの異世界での生活が始まるのか。まだ人の住む町すら見つけていないし、よく考えればまだこの世界に人が住んでいるのかも分からない……とりあえず、当分の目標はあの女神やノアの言っていた『世界石』と、元の体を取り戻して地球に帰るための情報の調査だな。姿形を自由に変えられるのは少し便利な部分もあるが、こんな生物ですらない体で一生を過ごすのはゴメンだからな。
さてと……俺もそろそろ眠くなってきたな。本体のハルが眠ると、保持スキルである俺の意識も薄れていくのか……それじゃあ、今は明日に備えてゆっくりと休む事にしよう……
……そうして、俺達3人は草原の上で皆静かに眠りについた。
おまけトリビア・その5:
魂の姿のダイムに触れる事ができるのは何故かハルだけ。それ以外の人物が触ろうとしても触れずにすり抜ける。ちなみに触っても別に温度や質感があるわけではなく、ただそこに『在る』という感覚があるだけ。