5話:『タッチ・オン』
「今度は、俺の『タッチ・オン』が相手だ――!!」
――パキィンッ!!
コウキは深く息を吸うと、足元から更に大量の氷を伸ばし周りの狼達を結晶の中に凍結させた。
「助かったぜ、コウキ!お前の『ユニークスキル』は氷を操る能力だったのか!」
「いや……そうだが、普通の氷とは少し違うな。」
そう言うと、コウキは凍らせた狼達を指さした。
「――!これは……!?」
よく見てみると、狼達は閉じ込められた氷塊の中でまるで炎に焼かれるかの様に黒く焦げていた。
「グオオオォォッ!!!」
そして新しく凍らせた狼達を見てみると、彼らは氷の中で悶えるように苦しんでいた。氷塊からは湯気の様な煙も出ている。
「氷の中で、狼達が焼かれている……!?」
ハルは困惑した表情で言った。
「俺の『ユニークスキル』、『タッチ・オン』の能力は氷結!ただし、俺の操る氷は冷気ではなく熱を帯びている。相手を凍らせるだけじゃなく、同時に燃やす事ができるんだぜ!」
――パリィンッ!
コウキが拳を握りしめると、黒焦げになった狼達の入った氷塊が中身ごとバラバラに砕けた。
「さぁ、どんどん来いや!!」
「グルルオオォォッッ!!」
そこからの彼の戦いは、控えめに言ってえげつなかった。どれだけの数の狼が一度に襲いかかろうとと一瞬で凍らされ、そこから何もしなくとも燃える氷が奴らを焦がす。氷を手足に生成して盾として使う事もでき、そこから氷に触れた敵を瞬時に凍らせて砕く事もできた。彼はたった一人で大量の敵を圧倒していたのだ。
「……ふぅ、こんなもんか。」
しばらくすると、コウキの周りには砕け散った狼達と氷の残骸が山の様に散らばっていた。そして血の匂いが漂う静寂の中で、もう新たな敵が来る様子も無くなっていた。
「す、すごい……」
その異様な光景を、俺とハルは圧倒されながら眺めていた。俺は彼の圧倒的な戦いぶりを見ながら、いつの間にか再び人魂の姿に戻っている。
これが、女神に与えられた『ユニークスキル』の力……召喚された1年B組のクラスメイト達は、みんなこんなえげつない力を持っているのか……!?
「す、すげぇなコウキ。まさかお前の力がこんなレベルだとは……」
ハルの右目に戻り、俺達は恐る恐るコウキの元へ近づいて行った。
「……ごめんな、お前ら。でも、俺達も生きるのに必死なんだ……どうか許してくれ。」
すると、彼は自分の殺した狼達の死体に向かって静かに両手を合わせていた。
「……!」
その様子を見て、ハルは一瞬周りの光景に改めて戸惑いながらもコウキの横に並んで立った。
「ごめんなさい。どうかせめて、あの世ではみんな一緒に幸せに暮らしてね……」
目を閉じて祈る彼らの姿を見て、俺も心の中で手を合わせた。
よく考えれば、俺達は皆こんなに大量の生き物と戦って殺すのは初めての事だ。生きるためとは言え、やはり少し心が痛むな……この先もこんな生死を懸けた戦いが待っているのだろうか。
「……さて、とりあえずこれでピンチは抜けたみてぇだな!」
しばらくすると、コウキが笑顔でそう言った。
「そうね。みんな無事で良かったわ……」
ハルも安堵の表情を浮かべていた。
「それにしても、俺も自分で信じられねぇよ……つい今朝までは普通の高校生活を想像していたのに、まさかクラスみんなで異世界に来て、こんな力まで手にしちまうなんてな……」
コウキはすっかり暗くなった夜空を見上げてため息をこぼした。
「まったくだな。それに、俺達だけでもこんな強大な力を持っているんだ。他のクラスメイト達が与えられたスキルを悪用するような事も、これから起こるかもしれないな……」
「まあ、その時はその時だろ。それより、この後はどうする?スキルを使いまくったせいでもう長く歩けるような体力も無いし、どこか安全な――」
――バリンッ!!
「――!!」
その時、背後の氷塊から黒焦げになった狼の一匹が氷結を破って姿を現した。
「こいつ、まだ生きて……!?まずい、急いで攻撃を――!」
「ワオオオォォォン!!!」
するとその狼は、体中から血を吹き出しながらも辺りに大きな遠吠えを響かせ、その後すぐに地面に倒れ息絶えた。
「な、何だったんだ……!?」
「分からない。だが、すごく嫌な予感がする……周りに注意した方がよさそうだな。」
――ドスッ……ドスッ……
すると、俺達の耳に何か巨大な足音の様な音が聞こえてきた。その音が響く度に、地面が少し揺らぐのを感じる。
「こ、この音は何……?」
「ますます嫌な予感がするぞ……森の方からとてつもなくヤバい何かが近づいて来る。」
俺達は息を飲みながらその音がする方向に身を構えた。
「グルルルルル……」
「……!!」
大きな木々の影からその異形が姿を現した瞬間、俺達は恐怖で思わず構えを緩めた。
そこに現れたのは、高さ10メートルはあるであろう巨大な3つ首の狼だった。6本ある足はそれぞれが大木の様に太く、長い黒と銀色の体毛が夜風に靡いている。それぞれの首からは血の様に紅い二つの目が不気味に輝き、その巨大な漆黒の体から発せられる足音と唸り声は大地を揺るがす。俺達はただ黙ってその怪物が全身を現すのを待つしかなく、絶対的で圧倒的な威圧感だった。
「そ、そんな……まだこんなのがいたなんて……!」
ハルは再び青ざめた顔で震えていた。
マズいな……俺の出せる力の強さは、本体であるハルの『意志の強さ』によって変化する。今の怯えているハルじゃ、俺共々まともに戦う事ができない……と言うより、元より体力もほとんど使い切ってしまっている。この状況、これが絶望か……!?
「――!」
しかし隣を見ると、コウキの目にはまだ光が見えた。こいつはまだ諦めていない。この男はこの絶望的な状況でも、まだ戦おうとしている……!
「コウキ……悪い、またお前に任せる事はできるか?身勝手で情けない話で悪いんだが、俺とハルはもう動けそうにないんだ。もし動けるようになれば、必ず加勢する。」
俺がそう言うと、彼はニッと笑った。
「ああ、言われなくても俺は戦うぜ。どんなに相手が強力で戦力差があっても、諦めるわけにはいかない。俺が必ず、お前らを守るッ!!」
――ズバババッッ!!
コウキは眉を狭めて歯を食いしばると、全力で氷の攻撃を目の前の怪物にぶつけた。
「うおおおおおッ!!!」
――ピシイイィンッ!!
勢いよく伸びる氷に、怪物の体はあっと言う間に首元まで凍てついた。
「燃えろ、氷よ!!『タッチ・オン』!!!」
コウキのその掛け声と共に、怪物を覆いつくす氷は肉の焼ける様な音を上げて煙を出し始めた。
「うおおおおおおおおッッ!!」
更に叫んで氷の勢いを強めるコウキに対し、怪物は無言で彼を見下ろしていた。自身の燃える体にまるで苦しむ様子のないその様は、極めて不気味と言う他無かった。
「グルルルゥ……」
――ズバッ!!
「ぐはッ――!!」
次の瞬間、気が付くとコウキの体は後ろへと勢いよく吹き飛んでいた。その巨体に似合わぬ驚異的な素早さで、3つ首の狼が彼の体を切り裂いたのだ。その体に付いていた氷塊も、いつの間にか全て粉々に砕け散っている。
「コウキ!!」
「ぐ、ぐぅ……ッ!」
彼は腹部から大量の血を流しながら倒れていた。それでも手足を動かそうと藻掻くが、彼の体は疲労と痛みでもう思うようには動かなくなっていた。
「そんな、コウキ君……!」
ハルの目には涙が浮かんでいた。
「グルルルル……」
狼の化け物が、コウキのすぐ足元まで歩み寄る。
もうダメだ。コウキも倒れ、俺は動きたくてもハルの意志の強さが不足しているせいでまともに動く事ができない。この状況では、もう本当にどうすることもできない……!
俺は自分の無力さを呪った。こんな所で仲間を失い、幼馴染を失い、そして自らの命をも失うなんて……とてもすぐに受け止められるような現実ではなかった。
――しかし突然、そこに一筋の希望が光る。
――シャキンッ!
「グオオオオォォッッ!!!」
死を確信したその時、その鋭い金属音と共に狼の首が一つ空中へと吹き飛んだ。
「あ、あれは……!?」
そこには、月光に照らされた一本の銀色に輝く剣を構える人影が見えた。その人とは思えない華麗な身のこなしで、一瞬の内に化け物の首を真っ二つに切り裂いたのだ。
――スタッ
その謎の人物は、ほとんど音も立てずに俺達の前へと降り立った。そして苦しみ悶える化け物を無言で見つめながら、持っていた片手剣を静かに鞘へ戻す。
「き、君は一体……!?」
俺の声に、その人物は長い髪をかき分けながらゆっくりと振り返った。
――そこにいたのは、一人の若く美しい少女だった。
おまけトリビア・その4:
コウキは異世界に来る前までは色々なスポーツを掛け持ちするスポーツ少年だった。頭脳に関しては馬鹿ではないが、別に頭が良いわけでもない。