3話:魂の契約
「ユ、ユニークスキルに転生したぁ!?」
俺の言葉に、二人はひどく驚いている様子だった。両目を大きく見開き、まるで俺の言葉を聞き違えたのではないかと言わんばかりの表情をしている。
「ダイム君、それってどういう事なの……?」
ハルが困惑の表情で尋ねた。
「まあ、つまりはあの『女神』から与えられた力の概念そのものに、俺の魂が宿ってしまったって事だな。あの時女神も最後に言っていただろ?『肉体とスキルの適合が少し間に合わない』って……なぜそんな事になってしまったのかは分からないが、つまりこの状況で言えば、ハルは肉体はそのまま転移できたものの『ユニークスキル』が宿らず、そして俺は逆に肉体が無い代わりに本来貰うはずだった『スキル』に魂が宿った。
これで俺は存在自体が『能力』となり、同時に生物ですらなくなったって訳だ。まあこれも全て、俺の記憶にステータス情報としてアップロードされたものなんだがな……」
「お、おい、それって大丈夫なのか!?俺にはまだお前の状況をよく理解できねぇけどよ……生物ですらなくなってるなんて、そんなんでどうやって生きていくんだ!?」
コウキが慌てた様子で言った。確かに彼の言う通りだ。生物でないとすれば、ある意味で俺はもう死んでいるのではないのかと……俺も最初はそう思った。
「生物でないって事は、俺はもう生や死を超越した存在になったって事なんだが……それでも、死ぬのと同じように『消滅』はする。現に、『ユニークスキル』として力の概念になってしまった俺は、あと1時間以内に俺の『スキル保持者』となる者を見つけないと消滅してしまうっぽいしな。」
俺がそう言うと、二人は一瞬ぽかんと口を開け、そしてすぐに焦った表情に変わった。
「ちょっ、そ、それってヤバいじゃねぇか!って言うか、ダイムはどうしてそんなに冷静でいられるんだよ!?このままじゃ、もうすぐ消滅しちまうんだろ!?」
「だって、ここで変に慌てたってどうにもならないだろ。こんな非日常な状況だからこそ、パニックになって冷静さを失ったら即アウトだ。」
俺は外面ではなるべく平然を装っていたが、正直内心は少し焦っていた。確かに、早くしないと俺はもうすぐ消滅してしまうのだからな。俺の転生した『ユニークスキル』……それは人の扱う特殊能力の事だ。
つまり、俺という能力を宿し扱う人間がいなければ、俺は存在する事ができないと言う事だ。だから今はすぐにでも俺のスキル保持者となる器が必要なのだ。
「お前はそう冷静に言うけどよ、それならお前のその『スキル保持者』?になってくれる人の当てでもあんのかよ?」
コウキが尋ねた。
「ああ……まあ、あるにはあるんだが……」
そう言い、俺はチラッとハルの方を見た。
「も、もしかして、私……?」
すると彼女は呆けた表情で自分を指さした。
「ああ。できる事なら、ハルに俺の主になってほしいと考えている。丁度お前は俺達転移者の中で唯一『ユニークスキル』を持っていないっぽいしな。俺も幼馴染のお前になら、安心してこの身を任せられる。」
「私が、ダイム君のスキル保持者に……?」
「急で悪いが、今はお前しか頼れる奴がいないんだ。しかし、俺の主になると言うことは俺の命をお前が常に預かる事になると言う事でもある。そうなれば、きっと俺達は嫌でも離れられない関係になってしまうだろう。……ハル、それでも頼まれてくれるか?」
いくらこれまでの人生の殆どを共にしてきた幼馴染とは言え、急に俺一人の命を丸ごと預けさせてくれと言っているんだ。そんな事、すぐに受け入れられるものじゃない事は分かっている。俺は勿論断られる事も覚悟していた。
「……も」
「……も?」
「――もちろんいいわよっ!ダイム君にそこまで頼りにされちゃあ、断る理由なんてあるわけ無いでしょ!」
ハルは嬉しそうにそう言うと、荒い鼻息で俺を掴んで振り回した。
「ちょっ、そこ一応俺の核なんだよ!目が回るからやめてくれっ!」
「おっと、ごめんごめん。」
うぅ……やはりこの体には慣れられそうにないな。早く対策を思いつかないと。
「ははっ、二人は随分と仲が良いみてぇだな。」
コウキは俺達の様子に苦笑いを浮かべていた。まあ、俺とハルは昔からこんなお気楽な関係だからな……流石にこの状況では真面目に話し合わないとだが。
「はぁ……それで、本当にいいのか?俺の記憶の中のスキルに関する情報を見た感じ、俺がお前のスキルとなれば、俺達は完全に一心同体となる事になるんだぞ。それはすなわち、魂の在処を共有すると言う事だ。お前が死ねば俺も死ぬし、またその逆も同じ。もしかしたら互いの考えが常に筒抜けになる可能性もあるかもしれない。そして一度お前が俺の保持者となれば、もう取り消す事はできないと思う。それでも、本当に協力してくれるのか?」
「ええ、構わないわ。私なんてまだ異世界に来た事すら信じられないし、まだ自分達の置かれている状況を完全に理解できているわけではないけど……どんな姿だって、ダイム君が一緒にいてくれるのなら心強いもの。」
ハルはそう言うと目を細めてニコッと笑った。
またこいつはこんな事を……昔のこいつからはこんなセリフ絶対に出なかっただろうな。
「それでダイム、お前はどうやってハルさんのスキルになるんだ?」
すると、コウキが尋ねた。
「簡単さ。俺がハルの体の中に入って彼女の魂に触れれば、それで契約は完了する。俺は晴れてハルの所有スキルになるって訳だ。」
「魂に触れる……?」
二人は首を傾げた。
「まぁ、口で言うより実際にやってみた方が早いだろ。それじゃあハル、準備はいいか?」
「え、ええ!いつでもいいわよ!?」
彼女は何故か空手の様な構えをしながら頷いた。別に痛みとかがある訳じゃないと思うんだが……
「……よし。それじゃあ、行くぞ――!」
俺は意識を集中させ、ハルの胸の中へと飛び込んだ。
――ドクンッ!
その時、ハルは自分の体のどこか奥深くが不思議に揺らぐ感覚を感じた。そして同時に、彼女のステータス画面が開き、そこに大きく一つの文章が現れた。
《ユニークスキル:『ミステリオーソ』を獲得しました》
「……よし、これで完了だ。と言うわけでハル、これからは一応、俺の主としてよろしくな!」
俺がそう言うと、ハルとコウキは二人とも困惑した様子で辺りを見回していた。
「これで私がダイム君のスキル保持者になったの……?」
「でも、そのダイムはどこに行っちまったんだ?まだハルさんの中にいるのか?」
声は普通に聞こえるものの、二人の前からは俺の姿が忽然と消えていたのだ。
「ここだよここ、鏡で自分の顔を見てみろって。」
俺がそう言うと、ハルは再びポケットから手鏡を取り出し自分の顔を映した。
「こ、これは……!?」
すると、そこには右目の瞳だけ琥珀の様な金色に変化したハルの顔が映っていた。
「これで俺はお前の体の中に入り、文字通りの一心同体となった。こうしていれば、お前の体の感覚を借りる事だってできるんだぜ。」
「そ、それじゃあ、ダイムはハルさんと体を共有する関係になったって事なのか!?」
コウキがそう聞くと、俺はハルの体から抜け出し再び人魂の様な姿で二人の前に現れた。すると同時に、ハルの右目の色も元の桜の様な桃色に戻った。
「いや、ちゃんと俺はいつでも出てこれるぞ。あくまで繋がっているのは『魂』だけだからな。ただ、ああやってハルの体になら入る事もできるってだけの話だ。」
そう言い、俺は再びハルの右目へと乗り移った。
「こうしておけば、あの魂だけの人魂の姿で弱点を晒す事もなくなるしな。」
「よく分からないけど……とにかく、これで無事にダイム君は私の『ユニークスキル』になれたって事なのよね。消滅とかしなくて本当によかったわ……」
ハルは安堵の表情を浮かべていた。
「そう言えば、いつの間にか日が落ち始めてきたな……まだこの世界の事は何も分からないことだし、この人数で草原の夜道を歩くのは危険だ。とりあえずは人の住んでいる町を探して、今後の事はそれから考える事にしよう。俺の体を取り戻す方法に、元の地球に帰る方法、あの女神が探すように言っていた『世界石』についてなど……気になる事は沢山あるが、今ここで考えても仕方がない。すぐに出発しよう。」
そう言うと、コウキは何かを待つようにソワソワしていた。
「……ハルと俺だけじゃ不安だし、もしよければなんだが……コウキも一緒に来てくれないか?」
俺は何かを察し少し控えめに彼に尋ねると、コウキの表情は一気に明るくなった。
「おう!!もちろん、俺もご一緒させてもらうぜ!それじゃあ改めてよろしくな、二人とも!」
コウキは迷わずに即答した。そうして彼が差し出した手を、ハルが握って握手をした。
「よろしくね、コウキ君!」
「ああ、一緒に頑張ろうな。」
俺としてもハルと二人だけじゃ不安だったし、一人でも一緒に行動する仲間が増えてよかった。この大谷コウキと言う少年と共に、これからは俺達3人で頑張ろう。
「……ところでよ、そう言えばダイムのスキルの肝心の能力をまだ聞いていなかったじゃねぇか。『ユニークスキル』っていうんだから、やっぱり特別な力があるんだろ?」
しばらく草原を歩いていると、コウキが尋ねた。
「そうね、私も聞いてないよ。」
ハルも気になっている様子だった。
「あぁ、あるな。俺の記憶のステータスによると、スキル名は『ミステリオーソ』っていうらしいんだが……ちょっと能力がややこしいんだ。試す前に、もう少し俺のステータスから詳しい力を分析したい。今は一刻も早く町を見つけたいし、後で機会があればちゃんと見せるさ。
それで、そう言うコウキの『ユニークスキル』はどんなやつなんだ?お前にはちゃんと元から一つあるんだろ?」
俺が聞くと、コウキは苦笑いを浮かべながら頭を掻いた。
「それが、俺もさっきから試そうとはしてるんだけどな……体が馴染んでいないのか、まだ全然扱えそうにないんだ。俺の方こそ、機会ができれば見せるよ。それともう一つ気になってたんだが、お前の中心にあったあの模様は何なんだ?」
彼は俺にそう尋ねた。
「模様……?ああ、これか。」
俺はハルの右目から姿を現し、コウキの前に俺の魂の核を見せた。そこにはまるで刺青の様にはっきりと、不思議な模様が浮かんでいたのだ。
「正直、俺にもこれが何なのかはよく分からないんだが……これは俺が生まれた時から心臓辺りの位置にあった痣と同じ模様だ。別に傷でも何でもないし、特にあって問題があるものではないが……この痣は俺の父や祖父、そしてそれ以前の代にも同じものがあったらしい。だが自分に子供ができると、この痣は突然消えそして生まれてきた子に移されるそうだ。俺にもいつか子供ができれば、この謎の模様も消えるかもな。」
「へぇ……なんだか不思議な話だな、そりゃ。」
コウキは興味深そうにその模様を見つめた。
「でも、結構素敵な話じゃない?ダイム君の一族に代々受け継がれる家紋みたいで、私はいいと思うけどなぁー……」
ハルは昔から俺のこの不思議な特徴に興味を持っている。彼女だけでなく、様々な人々が俺の一族に継承されるこの痣について調べ回ったそうだが……未だに真相は謎のままだ。まあ、結局はただの強い遺伝によるものなのだろうが。
そんな話をして更にしばらく歩いていると、俺達は大きな木々の立ち並ぶ森の前で立ち止まった。
「森か……もう日もほとんど落ちてしまっているし、何が潜んでいるかも分からない夜の森の中を歩くのは避けたいな。少し遠回りになるかもだが、この森の周りを歩いて行こう。」
「ああ、そうした方がよさそうだな。」
そうして再び歩き出そうとすると、ハルが木々の影の方を見ながら足を止めた。
「ねぇ、あれ……!」
彼女が青ざめた顔で指を指す方向を見ると、そこには無数の赤い光が妖しくこちらを睨んでいた。
「あ、あれって……!」
「まさか、モンスターとか……!?」
まさか、本当にそんな怪物が……!?まずいな。この世界の生き物の常識は分からないし、今の俺達じゃ無事に対処できるか分からないぞ。
「グルルルル……」
その影から姿を現したのは、無数の大きな黒い狼の群れだった。その全てが白い牙を剥きながら、血の様な紅い眼光で俺達を睨みつけている。
「おいおい、これって大ピンチなんじゃねぇのか……!?目の前にいる奴らだけでも10匹、いや20匹はいるぞ!奥にいる奴らも数えたらもっとだ!」
「ああ、これはちょっと本格的にヤバいな……」
俺達は固唾を飲みながらゆっくりと後ろに引いた。それと同時に、狼の群れも唸り声を上げながら少しずつこちらへと近づいて来る。
「ど、どうするのよこれ!?もしかして私達、こんな所で死んじゃうの……?」
ハルは怯えた声で言った。
「いや、いくら何でもそんなに易々と餌になってやる訳にはいかねぇだろ……」
コウキはそう言うと、苦笑いを浮かべながら首の骨を鳴らした。
「……ああ、その通りだ。こうなったら、やるべき事は一つしかない。」
「――俺達の『ユニークスキル』を使って、こいつらと戦うんだ!」
おまけトリビア・その2:
ダイムとハルは生まれた時から一緒にいる、言わば兄妹の様な関係。二人は親友同士で会社を立ち上げたダイムの父とハルの父の二つの家庭それぞれの息子と娘であり、偶然に誕生日も同じ(5月12日)。