1話:混ざりあう時
――あれは、俺達が高校生になって初めての朝だった。あの時の俺達、1年B組の生徒達は新たな高校生活に胸を躍らせ、担任の教師が入ってくるのを教室で待っていた。
しかし、この時は誰も予想だにしていなかった。まさかこの日、この高校生活最初の日に、皆揃って異世界に行くことになるなんて。そして俺の身にあんな悲劇が起こるなんて……
……そして数多の戦いと冒険の末に、一人の少年が遂には『神』の地位にまで到達する事など、この時は誰にも分からない事だった――
「おはよう、ダイム君!」
俺が自分の席で文房具の整理をしていたところを、突然誰かが後ろから肩を叩いた。振り返らずとも、俺はその聞き慣れた声の主が誰かすぐに分かった。まだまともに言葉も喋れない頃からずっと聞いてきた声だ。
「よぉ、ハルか。まさかまたお前と一緒になるとはな……」
「これで幼稚園から高校生になるまで、ずっと一緒のクラスだね!」
振り返る俺に元気な笑顔を見せる彼女は、幼馴染の桜井春。長く綺麗な栗色の髪のポニーテールと大きな桃色の瞳が特徴の、元気で明るい性格をした奴だ。長年一緒にいる俺は特に何とも思わないが、どうやら他の男子にはかなりモテるらしい。
そして彼女の言う通り、俺は学校でもどこでも物心のついた頃からずっと彼女と共にいる。所謂腐れ縁と言うやつだ。最近は更に俺に付きまとうようになってきたが、まあ正直悪い気はしないので俺もこいつとは今でも仲良くしているわけだ。
「ついに始まるんだね、念願の高校生活!今年はどんな先生になるのかな~?」
ハルは後ろの席で目を輝かせていた。まったく、いくつになっても子供の頃と変わらない表情をする奴だ。
「俺は先生よりも友達ができるかの方が心配だな……このクラスに知ってるやつ全然いないし。」
俺はそう言って憂鬱なため息を吐いた。
「何言ってるの、ダイム君にはいつでも私がいるじゃない!それとも、私じゃない他の女の子の方がいいのかな~?」
ハルは妙なジト目で俺の顔を覗き込んだ。
「お前はもう常に居るのがデフォルトだからノーカンだよ。それに、俺は彼女とか女友達じゃなくて、何でも熱く語り合えるようないい男友達が欲しいんだ。」
「えぇ……私とだっていつも色々語ってるじゃん。そんなに男にこだわるなんて、もしかしてソッチ系なの?」
「違うよ!?」
そんな何気ない会話をしていると、教室に鐘のようなチャイムが鳴り響いた。ざわついていた教室が、一瞬静かになる。
「ほら、もう先生が来るぞ。ハルも席に就けよ。」
「うん、そうだね。」
……しかし、しばらくして教室に現れたのは、決して担任の教師などではなかった。と言うより、『人間ですらない』……と言った方が正確だ。
――パッ!
「うわっ、何だ!?」
生徒たちが教師を待っていると、突然黒板の前に明るい黄金の光の球が現れた。そこから発せられた光はすぐに教室全体を包み込み、俺達はそのあまりの眩さに思わず目を塞いだ。
「……!?」
しばらくして再び目を開けると、そこには信じられない光景が広がっていた。
「な、なんだよこれ……!?」
気が付くと、そこはもう俺達のいた教室ではなかった。周りには黄金に輝く終わりの無い不思議な空間が広がり、俺達1年B組のクラスは全員その空間の中心で立ち尽くしていたのだ。つい数秒前まで座っていたはずの椅子も机も、教卓も黒板も何もかもが消えている。あまりに突然の出来事に、俺は自分の目を疑う事しかできなかった。
「お、俺は夢を見ているのか……!?こんな空間、あり得ないだろ……!」
俺はにわかには信じられない光景を前に両目をこすった。
「一体何が起こっているの……!?」
後ろではハルも唖然とした表情を浮かべていた。
普通の日常の一日が、突然こんな非日常に。俺を含め全員がこの事態に困惑していた。
「――こんにちは、若き人々よ。」
「――!」
すると、何やら綺麗な透き通る様な声が聞こえてきた。まるで全方位からその声が聞こえてくる様な、不思議な感覚を味わう。
「だ、誰だ……?」
――パァッ!
すると、俺達の前に輝く巨大な人影の様なものが現れた。その影は髪の長い美しい女性の姿をしていて、全てを包み込む様な優しくも神々しい雰囲気を醸し出している。その言葉では表しきれない圧倒的な姿を見て、その場の全員が心の奥深く、生物としての本能で確信した……
……これが、『神』なのだと。
そう感じた根拠は無い。しかし俺達はただ、その事実を認めざるを得なかった。それほどに圧倒的な存在感を、この『神』は放っている。
「突然ですが、あなた達に使命を与えます。」
その神が口を開いた。美しい音楽の様な声が再び辺りに響き渡る。
「これから私は、あなた達をこことは別の異世界へ送ります。」
「い、異世界……!?」
その言葉を聞いて、俺達は皆言葉なく固まった。
異世界だって……!?いきなり何なんだよ、このラノベみたいな展開は……俺は本当に夢を見ているのか!?
「飛ばされた世界でどう生きるのかはあなた達の自由です。しかし、あなた達には世界のどこかに眠る『世界石』を見つけ出し、世界を救う為にそれを手に入れて欲しいのです。
最初に『世界石』を手に入れた者の願いを、私は何でも叶えて差し上げましょう。元の世界に戻るのもいいですし、望めば私の様な『神』になる事もできます。」
「神になる、だと……!?」
あり得ない様な状況に困惑しながらも、俺達は少しずつ自分が置かれている状況を掴んできた。普通ならこんな時、こんな事を突然言われても冷静でいられるはずがないが、これも神の力なのかこの場にいる全員が彼女の言葉を理解し飲み込んでいた。
……俺達は本当に、神の力でこれから異世界へ行くんだ。その場にいる全員が、心から自分の運命を確信していた。
そして同時に、俺は何か不思議な違和感を感じていた。優しさに満ちた女神の表情には、同時にどこか焦りや不安が混じっているような気がする。もしかしたら俺の気のせいかもしれないが……彼女は、何かを急いでいるのか……?
「異世界へと送り出す前に、あなた達にそれぞれ唯一無二の『ユニークスキル』を与えます。その力を使い、異世界を生き抜くのです。」
「『ユニークスキル』……?」
「それって、ゲームとかに出てくる固有の能力の事、だよな……?」
「そ、そんな力を私達に!?」
女神の言葉に皆がざわついた。
『ユニークスキル』なんて言葉が出てくるって事は、俺達が飛ばされる世界には他にも固有じゃない『スキル』やら特殊能力やらが存在するって事なのか?まさか、本当にラノベの様なファンタジー世界に……?
不安を感じながらも、俺は内心少しワクワクしていた。夢にまで見たファンタジーの世界へ、本当に行けるのだと。全てが未知で満ちた広い世界を冒険する事は、俺の小さい頃からの夢だったのだ。
しかし、それと同時にこの世界の事も頭によぎった。異世界と言っても、もしかしたらすごく危険な世界かもしれない。うまく生きていけずに命を落としてしまう事も十分に考えられる。
それに、俺は地球でだってまだやりたい事、やり残した事は沢山ある。家族とだって別れたくはない。異世界に行くのも悪くはないかもしれないが、やはり突然今までの人生をぶち壊されるのはゴメンだ。
そう考えると、なんだか急にこの現実に対する不安や怒りがこみ上げてきた。
――ザ、ザザッ!
「な、何だ!?」
すると突然、鈍い雑音と共に空間全体が大きな地震の様に揺らぐのを感じた。それと同時に、目の前の女神の姿も少し暗く、薄くなった気がする。
「時間がありません……もう私の力の限界が迫っています。なので今すぐに、あなた達に『ユニークスキル』を与えて異世界へと送り出します……」
彼女の声は少しずつ途切れを見せ始めていた。
「――!!」
すると、俺は自分の体が更に大きく揺れるのを感じた。
「ぐっ……!何だこれ、急にめまいが……!」
周りを見ると、他の皆も同じようにふらついて地面に膝をついていた。
「こ、これは……!?も……申し訳……ありません……思わぬ事態のため……転移先の肉体と、『ユニークスキル』の適合が……少しだけ、間に合わな……」
女神の声と空間はますます歪み始めた。
って言うか、今なんて言ったんだ?肉体とスキルの適合が間に合わないって……まさか俺達に見えていない所で、何かヤバい事が起こっているのか……!?
「もう……本当に、時間が……ありません……あれが、もう……そこまで……!」
彼女はまるで何かに追われているかの様な様子だった。
「これでは、やむを得ません……このまま……転送を、開始します……皆さま、ご健闘を……お祈り……しています……どうか必ず……『世界石』を……!」
女神の必死さに満ちたこの言葉を最後に、俺達の意識はコードが突然引き抜かれたテレビの画面の様にプツンと途切れた。
……そして同時に、俺の人間としての短い人生はここで幕を閉じた。
これは、一人の少年がやがて神になるまでの物語である。
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