確認ミス
一年前、その少年はいきなり現れた。
辺境の村からやって来たという彼は冒険者試験を悠々と通ったのだ。
冒険者は危険な職業で、それ故に冒険者になるための試験は第一の関門…
試験内容は冒険者志願者の力量を見極めるための模擬試合が多い。
少年の相手を勤めたのはCランク冒険者パーティーのリーダー…巨大な戦斧を巧みに操ることで有名なクロードという巨漢だった。
クロードはスキル<不屈>を持つギルドが誇る優秀な冒険者の一人であり、冒険者試験の監督として雇ってもいる。
そんな巨漢を前にして、彼は怯むことなく試合を行った。
両者の得物は模擬試合用の木刀だ…だからだろう、クロードは最大限実力を発揮できていなかった。
しかし、一流の冒険者であるクロードはそれでも相応の力をみせていた。
だが負けたのだ。
クロードが言うには、少年の動きは早すぎたらしい。
横凪ぎに剣を振ったと思えば上段から攻撃される…上段から打ち込まれると思いきや突きの攻撃がくる。
予測できない攻撃に防御する術は無く、こちらの攻撃は避けられる。
並の身体能力では獲得できないその動きは、スキル<身体強化>を用いても不可能なものだった。
身体強化は一時的、ほんの数秒の間だけ筋力を増強させ、普段よりも強力な攻撃を行う為のスキル。
その効果には勿論限界があり、連続使用は後に響く他、疲労が溜まりやすかったりと不利益が大きい。
しかし少年は常に身体強化を行っていていて、疲労も見せずに数分模擬試合を続けていた。
ギルドの敷地で繰り広げられる試合を足を止めて見ていた者たちは、皆一様に少年の力に驚愕していただろう。
特に手合わせをしたクロードは、強く少年の将来に可能性を見たのだった。
そんな少年…フィルは早くもランクを上げ、魔物の討伐に向かっていった。
混雑していたギルドも多少落ち着きを取り戻していたところ、一人のギルド職員の顔が真っ青になった。
彼女は新人職員のレイナという女性で、先月から受付勤務を行っている。
レイナは自分の手元にある資料と確認書類を見て冷や汗をかいていた。
「レイナ、どうしたの?」
先輩の女性職員が声を掛けると、血の気の引いた顔でレイナは自分のミスを伝えた。
書類にはこう記されていた…【Eランク以上の冒険者四人パーティーを推奨】と。
「私…やっちゃいました」
レイナの言葉と共に差し出された資料に目を通す先輩職員は、数秒後に声を上げた。
Eランク冒険者が四人パーティーを組んで行う<パーティーランクE>の依頼にEランク冒険者が単独で向かってしまったのだ。
パーティーランクとは、パーティーを組んだ冒険者のランクを平均したランクであるため、このような依頼に単独で向かう場合は表示ランクよりも上位の依頼に指定される。
そんな依頼に、Eランクの冒険者を推薦してしまったのだ。
職員側にはギルドの監督不行き届きとして、担当のギルド職員に上から罰が下される。
だが、冒険者側は下手すれば帰ってこれないという事態になってしまう。
それを防ぐためにも直ぐに手を打たなければならないのだ。
「レイナ、後悔するのは後で…今は直ぐにこの冒険者の安全を確保するのよ」
冷静に事態を把握して指示を出すのは流石ギルドの職員とも言える。
そんな先輩職員を見たレイナは一つ頷くと、至急ギルド内の冒険者に救援を頼み込むのだった。