三、愚かな面白さ
割り当てられた部屋は、勇者という薄っぺらい称号と反比例するように、勇者という欺瞞だらけの称号を誇示するかのように、煌びやかで金持ち然としていた。元の世界とは技術レベルに大きく差(およそ二世紀ほど)があるようだけれども、素材の良さかそれとも機械と手作りの違いなのか、ベッドも椅子もカーペットも何もかもが僕の使用していたものとは格が違う。
まあ、王族も使うわけだしそこそこのものなんか置いてあるはずがないのだろう。
ベッドに身を預けたまま視線を横にやれば、外面だけは天使な王女さまがそこにいた。昨日、僕に凄まじい毒を吐き欲深な豚どもに甘言という餌を与えた口は閉じられ、世界を嘲る瞳は目蓋によって見えなくなっている。
――まず。そう、まず何よりも最初に声を大にして言いたいのは、決して手を出したりはしていないということだ。僕は幼女に性的欲求を抱くほどストライクゾーンは広くないし、こんな性悪に手を出すなんて危ないことを自ら進んでしようなどとはまったく思わない。
言い訳は、すればするほど胡散臭く感じられてしまうものだが、この場合僕が言っているのは嘘という不純物が一切混入していないまっさらな真実なのだ。真実は黙していたら効果を無くしてしまう。
取り敢えず、僕にこんなくだらない言葉を使わせた元凶をベッドから蹴落とす。僕はレディファーストなんて差別用語は使わない。差別は最低の所業だ。そんな人間に生きる価値などありはしない。吐瀉物に塗れて死ね。
そんな僕の情け容赦無い蹴りを脇腹にくらった彼女は、ベッドから絨毯の敷かれた床の上へと転がり落ちる。
鈍い音が室内に響いてから二秒後、僕は爆発して気絶した。
「いやほんと、死ぬかと思ったよ」
「死ねばよかったのに」
「…………」
「それに、あなたがあんなことするからじゃない。衝撃で目が覚めるなんて初めてよ、死ぬかと思ったわ」
「死ねばよかったのに」
「…………」
誰かを殺したいと思うことは、生きて人と接していくのならば数限りなくあることではあるけれど、こうまで明確な殺意を抱いたのはもしかしたら初めてかもしれない。
朝食をとるための道具である銀製のフォークを、何故か持ち方を知らない子供が箸を鷲掴みにするようなかたちで握り締めている両者。
視線を交わし、見つめ合い、ふふふと笑い合い、通常の握り方へと戻す。どんなに気に食わない存在であろうと、僕にとって彼女は利用価値の高い道具であり、彼女にとっても僕は政治的に重要な道具。互いに利益が出るならば、そこに感情の入り込む隙間はない。それが、大人ってものだ(僕も彼女も大人と呼べる年齢には程遠いが)。
「それにしても――魔法って本当にあるんだね。まさか、身をもって知ることになるとは思わなかったけど。便利な力だ」
そして、危うい力でもある。
気絶する原因となった爆発は、勿論、手榴弾や爆弾を投げ付けられて発生したわけじゃない。そんな技術はこの世界ではまだ発達していないので、手榴弾爆弾と言った単語すら理解できないだろう。
彼女が使ったのは、魔力を消費し夢物語を想像を絵空事を具現化する、僕のいた世界ではまず考えられない現実離れした、言葉にしてしまうとどうしても陳腐な感が否めない魔法という術。それが、何種類何十種類とあるかは知れないがともかくそんな力を行使し、僕の意識をブラックアウトさせたというわけなのだ。
「この世界にいるなら、魔法を身につけるのは最低条件よ。魔法の使えない勇者なんて虫けらにも劣るわ。まあ、勇者は魔力の総量の一番多い人間がなるように設定されてるから、すぐ使いこなせるようになるでしょうけどね。最初はイメージしにくいらしいけれど、慣れてしまえば簡単よ。世界がそうなってるのだから」
「あと必要な経験値は、ご都合主義と言わんばかりの敵を殺して積めってわけか……。よく、考えられた茶番だね」
「あら、なにがいいたいのかしら?」
「いや別に。言いたいことなんて何もないさ。こっちは右も左も分からない、勇者二日目の異世界人だからね。聞きたいことならたくさんあるけど」
「ふーん、ま、いいわ。一ヵ月、準備期間として設けられているから追々説明していきましょう。魔王は知性ある化け物。きっと、今の内にひよっこ勇者を殺してしまえなんて空気の読めないことはしないでしょうから」
「随分寛大な人類の敵もいたんだねえ」
「ええ、王として座して待つくらいの器量を持っているのよ」
はー、そうですかそうですか。
自分にとって驚異となるかもしれない芽を摘まない、出る杭は打たない。打ち倒しに現れるその日まで、眼前に来るその日まで、剣を向けられるその日まで、魔王は姿を見せず見逃してくれる。
ああ、なんて理に適っていない行動なのだろうか。なんとも、不可思議な存在なのだろうか。
それなのに、この世界は魔王を目の敵にして恐怖の象徴として、勇者という道具に消させようとする殺させようとする。
三流喜劇もいいところ。安っぽいファンタジー小説にだって、こんなストーリーは使われないだろう。
そう、だからこそ、それ故に、みんな愚かで面白いんだ。