魔女と双子
「魔女集会で会いましょう」ネタです。
盛大に遅刻しました。
よろしくお願いします。
人間とは、なんと馬鹿な生き物だろう。
繰り返す争い。無闇な殺生。何の得にもならない妬み嫉み。
何より馬鹿なのは、異質なものを受け入れられないところだ。
たとえば私は、不思議な力があるせいで村中の人間から殺されかけた。
「魔女だ!」と石をぶつけられた傷は、まだ背中に残っている。
そこから逃げ出したおかげで、今は森の奥で穏やかな生活を送れているわけだが。
あれから何十年経ったんだろうねぇ、とシワの増えた頬を撫でる。
まぁいい。どうせ、あの時私を追い回した人間どもはとっくに土の中だろう。
下らないことを考えて時間を無駄にしてしまった。
無意識に頁を進めてしまっていたのを戻し、活字を目で追う。
そのとき、遠くから赤子の泣き声がした。
……またかい。
私は本を開いたまま机に置き、椅子を立つ。
馬鹿な人間は、まだあの下らない風習を続けているらしい。
”双子や三つ子は忌み子である”
忌み子が生まれた場合は、すぐに殺すか、捨てるしかない。
手を汚すのが嫌なのか、最近は森に捨てていく人間が多い。
殺す覚悟もないのなら生むな、と思うのだが、人間は一体何を考えているのだろうか。
そもそも、一人でも二人でも何人でも祝福すべき命なのは変わらないだろう。
なんて、一人で生まれても忌まれた私が言うのは可笑しいか。
家を出て、周りの森に入っていくと、声のする方へ進む。
突然、うるさかった泣き声が止んだ。
死んだか。
神経を研ぎ澄ませて森中の気配を探り、小さな存在を見つけた。
その場所に、走る。
ホウキに乗って飛べたらどれほど楽だろうか。
残念ながら、そんなファンタジーな魔法は使えたことはない。
だから、足を動かして走るしかない。
赤子が、手遅れになる前に、見つけてやらないと。
少し拓けた場所に籠を見つけた。
その籠の上を青い蝶がくるくると飛んでいる。
近づくと、赤子がキャッキャッと笑っているのが聞こえてきた。
「何だい、老体に鞭打たせやがって……」
その場に座り込み、肩で息を整えていると、青い蝶が頭に留まる。
”あら、また走ったの?貴女もう若くないのに”
「うるさいよ。頭に乗るなっていつも言ってるだろう」
振り払うと、蝶は私の手をひらりとかわし、赤子の籠の縁に留まった。
”そんなことより、この子たち、とっても可愛いわよ”
中を覗くと、まだ小さく無垢な笑顔がふたつ。
少し育っていることや布で優しく包まれているのを見ると、愛情がなかったわけではないのだろう。
でも、捨てざるを得なかった。
「あんたたちの親が悪かったんじゃない。悪いのはタイミングだ。少しでもずれていりゃねぇ……」
あんたたちはたーんと愛されたろうに。
二人の頬を撫でると、想像以上の柔らかさに思わず手を引いた。
赤子はキャッキャッと笑ったままだ。
蝶の笑い声が降ってくる。
気付けば、また頭に乗っていたらしい。
”人情深い魔女だこと”
「その青い羽を捥いでやろうか?」
”おー怖い怖い。で?今度はどうするの?”
「そうさねぇ……」
私は赤子の額に手をかざす。
そして、二人に魔法をかけた。
「生まれたままの姿で死ぬより、姿が変わっても自分で生き抜けたほうがマシだろう」
それは、森の動物や虫になる魔法だ。
二人の赤子が、二匹の小さな青い蝶に変わる。
「生まれたからには、生きてみな」
二匹の蝶が私の周りをくるくると飛び回る。
”ママは?”
”ママはどこ?”
「こいつだよ」
私の頭の上を指すと、”わ、わたしぃ!?”と青い蝶が素っ頓狂な声を上げる。
「あんたこの子たちのこと可愛いって言ってたじゃないか」
”だからって……”
「なに、人間の赤子みたいに手がかかるわけじゃないんだ。仲間だと思って気楽にやんな」
”もう!勝手なんだから!わかったわよ、わたしがママになる!”
”ママ!”
”ママー!”
”そうよ、ママよ!さぁ行くわよ!”
””はぁい!””
青い蝶を先頭に、小さな蝶が二匹続く。
見送っていると、青い蝶が飛び去りながら告げた。
”……本当はね、わたしも感謝してるのよ。この子たちみたいに捨てられていたわたしをこの姿に変えてくれて、……家族をくれて、ありがとう”
「……ふん。ただの気まぐれだよ」
”泣き声が止んだだけで全力疾走のくせによく言うわ”
「うるさいよ!羽の色を変えてやろうか!?」
”じょーだん!この色は気に入ってるのよ、貴女のくれた色だから”
蝶たちが高く飛ぶと、青い空に青い羽が溶け込み、見えなくなる。
その眩しさに、目を細めた。
”またね!”
そのまま、三匹は何処かへ飛んで行った。
やれやれ……と眩しい空から、赤子が入っていた籠に視線を戻す。
これは倉庫にでも入れとこうかねぇ。
籠に手を伸ばすと、正面の茂みがガサガサと揺れた。
「すごい……」
「あっ、馬鹿!」
そして、人間の声。
「誰だい」
声をかけたが、返答がない。
しーん、と場が静まり返る。
”子供だよ。七歳から十歳くらいかな”
木が身を揺すって答えた。
”悪さはしてないよ。ずっと見てたの”
足元に咲いていた白い花が付け足した。
茂みに近づき、茂みを搔きわける。
そこには、全く同じ外見の幼い少年が二人。
「捨て子にしちゃ、随分育ってるじゃないか」
着ているものは汚れたボロ布同然のものだし、痩せこけている。
だが、二人の目は明らかに自我を宿していた。
今までの赤子とはわけが違う。
口を押さえられていたほうが、その手を退かし、声を上げた。
「おばさん!さっきのどうやったの?」
目がキラキラと輝いている。
私はふっと笑って、少年に問いかける。
「見てたのかい?」
「うんっ!ちょうちょ、」
「馬鹿!怪しいのと喋んな!」
「むぐ」
目つきの悪い少年はもう一人の口を塞ぐと、私をキッと睨みつけた。
「おばさんだとか怪しいのだとか、散々な言われ様さねぇ。元々、私の森に入ってきたのはお前たちのほうだろう?」
「……出てく」
目つきの悪い少年が立ち上がる。
その少年がふらりとしたのを、同じ顔立ちの少年が慌てて支えた。
「邪魔したな、おばさん」
おばさんの部分を強調しやがった。
なんて小憎たらしいガキだ。
「待ちな」
声をかけると、二人が足を止める。
「……怪我、してんのかい?」
「他人には関係ねぇ」
「あのね、隣町のひとが急に家に来て、朝陽の足を……」
「やめろ!」
隣町から逃げてきたのか。その傷だらけの細い足で。
私は二人の正面に回ると、しゃがんで視線を合わせた。
黒い服の裾が地面に触れたが、汚れきっている少年たちを前にして、気に留めるほどのことじゃない。
「人見知りのほうは朝陽って言ったかい。そっちの人懐っこいほうは?」
「人見知りじゃねぇよ!」
「僕は夕陽!」
「そうかい、そうかい」
私は双子の肩をがっしりと掴んだ。
睨みつけてくる朝陽と、きょとんとする夕陽。
「うちに来な」
「……は?」
私は、ニィと微笑みかけた。
笑顔を作るのは何十年振りだろうか。
あんまりにその顔が不気味だったのか、朝陽どころか夕陽までもちょっと引きつった顔をした。
……笑顔は止めた。
「私は魔女さ」
「まじょ……?」
「そう。さっきのは魔法だ」
「まほー!?」
「……馬鹿じゃねぇの」
「お前もさっき見ただろう?朝陽」
「……」
「うちに来たら、魔法も教えてやる」
ついでに、怪我の治療も。
「本当に!?」
夕陽の方は魔法に興味があるらしく、今にも頷きそうだ。
だが、ちらちらと朝陽のほうを気にしている。
朝陽は私から視線を落とした。
そして、小さく目を見張る。
見ているのは、私の足元だ。
正確には、地面に触れて汚れた服の裾。
朝陽は顔を上げ、私から目を逸らさずに答えた。
「……行く」
夕陽がぱあっと顔を輝かせた。
「僕も行く!」
「よし」
怪我をしている朝陽を強引に抱きかかえ、夕陽に手を差し出した。
「いいかい?魔法を教えてやるんだから、私のことは先生と呼びな」
「せんせー!」
「そうだ」
夕陽が私の手を握る。
朝陽はずっと気を張っていたのか、重くなったと思えば、寝ていた。
幼い寝顔と幼い笑顔に、苦笑する。
……まさか、私が拾うことになるとはねぇ。
「まぁ、巣立つまでは置いてやるよ」
人間の子供は手がかかるくせに、成長するのは早い。
朝陽と夕陽はあっという間に青年になった。
椅子をふたつ並べてその上に寝そべって本を読んでいる朝陽に訊ねる。
「荷造りは出来たかい?」
くぁ、と欠伸をして、朝陽は頷いた。
赤い髪が室内の蛍光灯に反射してきらりと光る。
「終わったよ。そりゃあ何ヶ月も前に決まってたしな」
「僕もぱーってやっちゃったよー」
台所から顔を覗かせて、夕陽も答えた。
「……そうかい」
明後日、朝陽と夕陽はこの森を出る。
「実はねぇ、話しておかなきゃいけないことがあるんだ」
切り出したのは、夕食のときだった。
「何だよ」
「朝陽、そうがっつくんじゃないよ」
両手でパンを持つ朝陽に注意すると、渋々片方のパンを皿に戻した。
「夕飯は逃げないよー、朝陽」
「ほら、夕陽もこぼしてる」
指摘すると、夕陽は慌てて台拭きで机にこぼしたシチューを拭った。
「ったく、ちゃんと人間界で生きていけるのかねぇ……」
「そんなことより話って何だよ」
「あぁ、そうだそうだ」
スプーンを置き、私は二人に向き直った。
「実は……二人には、成長を抑制する魔法をかけているんだ」
だから、二人の見た目は十代後半だが、本当は出会った日から何十年も経っている。
拾って、過ごす内に情が湧いた。手放したくなくなった。
そんな下らない理由で、二人の時間を狂わせた。
非難されるかと思ったが、二人の反応は淡々としたものだった。
「まぁ、そうだろうな」
「普通に気付くよねー」
その反応に驚いたのは私のほうだ。
「お、驚かないのかい?」
「馬鹿じゃねぇの。何十年も外見変わらなかったら気付くだろ」
「私の見た目が変わらないから時間の経過に気付かないかと……」
「馬鹿にされてるの僕らのほうだった!」
ひどい!と夕陽が嘆く。
「まぁ、寝てる間に髪色変えられてたときは驚いたがな」
「しかも、見分けがつかないから、なんて理由でね」
朝陽が自分の赤い髪を指した。夕陽も茶色の髪を撫でて苦笑する。
「それに比べたら、時間くらいどうってことないよねー」
「俺たちともっと長く一緒に居たかったんだろ?そのくらい分かるっつーの」
「あ、あんたたち……」
寿命をいじられることより、髪色をいじられることのほうが驚くことかい?
やっぱり、馬鹿は、あんたたちのほうだよ。
どれだけの人間が、被害より理由を重視することが出来ると思ってるんだ。
「……そう思ってるのが、自分だけだと思うなよ」
「僕らだって、先生ともっと一緒に居たいよ」
なんて、優しい子に育ったんだろう。
私は、自分の仕事に満足しながら、二人に笑いかけた。
「ありがとう。その言葉だけで十分さね」
一緒に過ごした数十年と、その言葉だけで、私はこれから一人でも生きていける。
対して、二人はきょとんとした。
何だい、その表情は?
朝陽が呆れたように溜め息を吐く。
「まじか……」
「先生、まさか……一緒に来ないつもり?」
「……は?あんたたち、巣立つんだろう?」
「仕事は始めるがな。一緒に引っ越しするんだよ、馬鹿」
「どおりで荷造りしてないわけだ。ただ面倒がってるのかと思ってた」
二人が同時に席を立つ。
食べ終わったようだ。
私は慌ててスプーンを取る。
「先生、早く食えよ」
「終わったら、荷造りだからね」
食器を洗いながら言われ、「わかったわかった」と返す。
「あのね、先生。新しい家は朝陽が用意してくれたんだよ」
「へぇ、そうかい」
「あぁ、だから……」
朝陽が、ニヤリと笑った。
「まぁ、死ぬまでは置いてやるよ」
”まぁ、巣立つまでは置いてやるよ”
……あぁ、これを言い返すために家まで買って。
楽しそうに笑い合う二人を見て、私は笑った。
何年、何十年前から計画していたんだろう、と思うと、可笑しくて、可愛くて、嬉しくて。
笑っていると、二人に「笑ってないで早く!」と怒られてしまった。
ありがとうございました。
この子たちは、今後の作品でまた登場する予定です。
正直、お気に入りの子たちです。みんな可愛いので。
ここまで読んでくださってありがとうございました!