9.迫害少女を助け出せ②
そして物語は、冒頭へと舞い戻る。
宿屋から出た3人は、カロンからの指示で荷物を全てまとめて荷馬車に積み込み、昼頃に見知らぬ少女を連れてヨルト村を出発した。
「……そろそろ、良いかな?」
村から離れ、1時間。休憩をとるために、そして説明をするために、カロンが馬車を停める。
家族と一緒に馬車に乗り込んだ見知らぬ少女も馬車から降り、休憩の準備を見守る。
「それじゃあ、説明、するぞ。この子は……」
村から完全に離れるまでは待ってほしと言われて我慢していた3人が、待っていましたとばかりに耳を傾ける。
カロンが紹介しようと話し始めると、少女は小さな声で「私が言います」と遮った。
「えっと……リシュカ=フランシュカと申します。今回は……ご迷惑をおかけしてしまい本当に申し訳ございません。私のことは、邪魔だったら放り出していただいても結構です。なんなら今すぐにでも……わひゃあ!?」
「阿呆!全然説明になってないし、そんな話はしなくていい」
「あ、はい。すみません……」
自虐的な方向に走り始めたリシュカの自己紹介を遮り、改めてカロンが何があったかの説明を始める。
「結論から言うと、俺はリシュカをイセナまで連れていきたいと考えてる」
「イセナ?まあ、もとからイセナまで行く予定だったから、連れて行くだけなら異論は無いけど……その……」
エリスは言い淀むと、リシュカを見、そして子供たちを見た。
リシュカの人格や抱えている問題がわからない以上、安易にうなずくことはできなかった。
それがわかったのか、カロンはリシュカの出自を明かす。
「リシュカは、リューデス聖教会の神官らしい」
「あ、その、見習い……です……」
「……見習いらしい」
リシュカの中で譲れないポイントだったのか、わざわざ見習いの部分を強調する。
リューデス聖教会は、世界中の多くの国々が国教とする、聖都ミュジエを本拠地とする世界宗教だ。
教会の信仰する神はミリア神という女神で、リューデスは最初にミリア神より奇跡を授かった人間とされている。
リューデス聖教会では、音楽好きなミリア神に音楽を捧げることを日々の務めとしているので、信仰が深い国ほど音楽の活動が盛んなことが多く、逆にリューデス聖教会を否定している国では音楽が禁止されていることもある。
そのリューデス教会については、ソルもルナも、もちろん知っているし、一応は教会の信者ということになっている。
しかし、知っているからこそ、リシュカの姿に、疑問を覚えた。
「えっと……その耳は……」
リシュカの格好は、お世辞にも良い格好とは言えず、ボロボロの布切れに顔を出す穴だけを作ったかのようなボロを纏っている。しかも、体中泥だらけ、傷だらけで、とても教会の神官には見えない。
しかし、気になったのは服装ではない。ソルとルナの動揺は、そんな服装など気にならないほどに目立つ、帽子からはみ出る獣の耳が原因だ。
「ひ……あの……違うんです!ほんとに……ほんとに神官見習いなんですぅ!」
ソルが頭についた耳について指摘すると、リシュカは目に見えて動揺した様子になり泣き出してしまった。
「え、いや、そこは疑ってないんだけど……」
ソルが困ったようにそう言うが、リシュカは「うぅ……ほんとなんです……」と言いながら聞く耳を持たない。
「リシュカ、大丈夫だから。俺の家族はあの村の奴らとは違うから、泣き止んでくれ」
「うぅ……はい。ごめんなさい……」
カロンが宥めると、リシュカはようやく泣きやみ、鼻をすすりながら涙を拭いた。
「悪いな。その、リシュカは、この耳のせいで信じてもらえずにヨルト村で偽神官呼ばわりされて、そのうえ身なりのせいで逃亡奴隷と勘違いされたらしいんだ」
「……!!」
「少しトラウマが蘇っただけだから、気にすんなよ」
「ああ、うん」
教会の神話は、ミリア神が様々な獣を、音楽を奏でることができる人間に変化させるところから始まる。
獣人は、その時に中途半端に変化したまま変化が止まってしまった者達の末裔で、神の奇跡を拒んだ不逞の輩とされている。
それ故、獣人の神官というものは本来ありえず、リシュカはそのせいで信じてもらえなかったのだろう。
また、獣人の中でも身元の危うい者は奴隷にされる場合があり、地域によっては差別意識もあるので、そのことも相まって誤解を生んだようだ。
しかし、これはあくまでリシュカが言っているだけで、リシュカが本当に嘘をついていないかはわからない。
「リシュカちゃんは神官なのね。でも、どうやって獣人が神官になれたの?」
「うぅ……見習い、ですぅ……私の母はある町の教会の神官で、普通の人間なんです。だから、私は、父親が猫の獣人で、母が神官で……母が神官なので特別に見習いになることを許されたんです」
そんな理由で神官見習いになれるのか、疑問はあるが、少なくとも筋は通っている。
エリスはひとまずこの少女が神官見習いだということをを信じることにした。
しかし、問題はその後だ。
「じゃあ、リシュカちゃんが、なんでそんな恰好なのか、なんでイセナまでいかなくちゃならないか教えて?」
見習い神官、それはわかった。しかし、なぜこんなボロ雑巾のような格好なのか、なぜイセナまで行く必要があるのかがわからない。
「それは……賊に襲われたんです……キィリュから国境を越えてイセナリアに入って2日のことでした」
「キィリュから……ってことは、ローザ関所を通ってきたの?」
「はい……」
キィリュはイセナリアの東にある都市国家だ。ローザ関所を通って3日ほど進むと、カロンたちが通ってきた街道に合流し、ヨルト村へとつく。
「私の仕事はイセナまで神具の楽器を届けることで……でも楽器も盗られちゃって、私はそのままイセナ大聖堂に配属されることになっていたのでとにかくイセナを目指そうと……それで村で助けを求めたらあんなことに……」
聞けば、リシュカは村についてすぐに村長に挨拶に行ったらしいが、殴られて追い出された後、奴隷商に引き渡すつもりで村の中に置かれていたそうだ。
服は、その時すでにボロボロだった服が破れてしまったので新しく与えられた物だそうだ。
「私、護衛の人たちが頑張って逃がしてくれたから生き延びられたんです。でも、それってつまり、一緒に行ったら迷惑をかけるってことで……そんな小さな子供もいる家族に迷惑なんて掛けられないです……すぐに歩いてどっかへ行きますね……」
話しているうちに、最初の暗い気持ちが戻ってきたのか、リシュカは俯くと、尻すぼみの声でそう言った。
カロンがそれを宥めようとするが、エリスが手でそれを遮る。
エリスはゆっくりとリシュカに近づき、顔を上げさせると、こう言った。
「出世払いよ」
「ふえ?」
「私たちは商人よ。あなたを連れて行くんだから、当然対価はもらう。けど、見たところあなたは子供だし、まだろくに収入もないだろうから、出世払いって言ってるの。ね?あなたはイセナに行く必要がある。私たちはあなたにイセナに行って偉くなってもらう必要がある。双方に利益のある有意義な商談よ」
エリスが成り立っているようでまったく成り立っていない詭弁を披露すると、それでも納得したのか、納得したふりをしたのか、リシュカは数秒の後、「はい」と肯定の言葉を口にした。
「よし、私はもういいわよ。あとはソルとルナだけど……」
「俺はもともと反対してねえし」
「私もよ」
「じゃ、決定ね。リシュカちゃんをイセナまで連れてくわよ!」
「おー!」「おー!」
最終的にエリスがまとめると、笑顔でリシュカに手を伸ばした。
「じゃあ、これからイセナまで、よろしくね。リシュカちゃん」
「あ、はい。こちらこそ、よろしくお願いします。あと、今更ですけど、リシュカでいいです……」
エリスとリシュカが握手を交わす。
それを見たカロンがぽつりと呟いた。
「あれ?俺、決定事項を説明するだけのつもりだったのに、いつの間に同行を許す許さないって話になってたんだ……?」
それを聞いたソルとルナが、この親父はほんとに自己中だな……と呆れたのは言うまでもない……