8.迫害少女を助け出せ①
リクセル一家の馬車2台は昼間からヨルト村を出発する。
前の馬車に御者のカロン、ソル、ルナ、そして見知らぬ少女、後ろの馬車に御者のエリスが乗り、街道へと繰り出す。
後ろからはおよそ好意的とは思えない表情の村人たちの見送り付きで、なんとも最高の旅立ちとなった。
どうしてこうなったかは、今日の朝早くまで遡る……
♪
パルミコにいた頃、ソルとルナの朝は同年代と比べて異様に早かった。
2人で起きだして父のカロンに見守られながら外壁沿いの道で散歩という名のランニングをし、帰って朝ご飯を食べるのが日課だった。
「……おはよ」
「……?」
そんな日々を送っていたせいで、今日も2人は5時起きである。
移動中は野宿が基本だったので、慣れない環境の疲れをとるためにも見張りを両親に任せてぐっすりと眠るように心がけていたのだが、どうやら久しぶりにベッドで寝たせいで安心して習慣が出てしまったらしい。
起きる予定は無かったのだが、一度ついた習慣はなかなか抜けないものだ。
目を擦って起き上がったルナを見て、ソルも欠伸をすると、ウーンと伸びをしてベッドから降りる。
両親は旅の疲れもあって爆睡中だ。
「起きちゃったけど……どうする?」
「トレーニング……はあまり見られたくないし、できないわよね……」
この時点で、二度寝をするという選択肢はすっぽりと頭から抜け落ちている。
いつも見守ってくれるカロンがいない中、外に行くというのは危険だし、かと言ってカロンを叩き起こすのも忍びない。
いや、ソルは別にたたき起こしても一向に構わないと考えているのだが、ルナが寝かせておいてあげようというので放っておいているのだ。
「とりあえず、日の光でも浴びようぜ」
「ええ……そうね。ちょ、あんた、届くの?」
「うぅ……なんと……かぁ!?」
椅子に乗って窓に手を伸ばしたソルがドサッと椅子から転げ落ちる。
「イッテテ……なんでこの宿の窓は鍵がこんなに高いんだ!」
「言わんこっちゃない。私が開けるわよ」
ソルに代わり、ルナが椅子の上に乗って窓のロックに手を伸ばす。
ここは2階なので、窓を開いた拍子に落っこちないようにしっかり重心を確認する。
「う、ぐぐ……」
「なーにをやっとんだお前らは?」
もう少しで届きそうなルナの手の先で、何者かの大きな手が窓をバッと解き放つ。
「うわ!眩し!ちょ、起きてたのお父さん!?」
「そりゃ、あんだけ頑張って窓開けようとしてりゃ起きるだろ……」
その手の正体――カロンは、欠伸を噛み殺しながら日光をその身に浴びて伸びをする。
「ふわーぁ、眠み……」
「むぅ……5歳の娘が頑張って一大事業に取り組んでたっていうのに、父親なら優しく見守ってあげるべきなんじゃないの?」
「普通の5歳児は一大事業なんて言葉使わねえよ。どこで覚えたし。俺の賢い娘なら、拗ねたりしないってわかってるからやってんだよ」
「俺もいるんだけど……ルナばっかりだな」
「おうおう、そういや、かっけえ息子もいたなぁ」
ソルの戯言に適当に返しながら、カロンはルナを抱き上げて窓の高さまで持っていく。
「……」
「いや、落とさねえぞ?」
「言ってないでしょ!?」
ソルも2人の隣に椅子を移動し、3人でポケ~と窓の外を眺める謎の会が始まった。
「農村の人たちは朝が早いなぁ……」
「そりゃなぁ。暇ではねぇだろうからなぁ……」
「ふぁー、あったかー」
「おい、ルナ、せっかく起きたのにここで寝るなよ……」
「寝ないわよ……あ、ほら、あそこで子供たちが遊んでる……」
「ほんとだ……微笑ましいな……」
ソルもルナも5歳児で、見つけた子供たちは10歳ほどなのだが、カロンは突っ込まない。突っ込まないが、突っ込みを入れたそうにプルプルしている。
「何して遊んでんのかしら……」
「さあ……?玉蹴りじゃないか……?あの木の裏にボールでも置いてあ……!?」
「!?」
ちょうど宿の窓から死角になっている木の裏に向かって子供の1人が走りこんで何かを蹴る動作をすると、反対側から何かが――否、『誰か』が吹っ飛んだ。
「イジメ?」
「いや、あれはイジメの域を超えているだろ……体中傷だらけじゃないか?」
「……お前達はここで待っていてくれ。俺が見てくる。ついてくるんじゃないぞ?母さんが起きたら事情を説明しておいてくれ」
急に目に飛び込んできた異常事態に咄嗟にカロンが動く。
村のことによそ者が口を出すのは良くないが、目に入ってしまったものを見逃すことはできない。
カロンはソルとルナがついてくることを心配したが、ソルもルナも、教育上見せたくないというカロンの思いや、巻き込まれる危険があるということはわかっている。気にはなるが、身の丈に合わないことをする気はなかった。
♪
「ふわぁ……っくしょん!!……おはよう2人とも……お父さんは?」
欠伸……と思いきやくしゃみをブチかまして起き上がったエリスは、寝癖を弄りながら服を着替え始めた。
「それが、ちょっと面倒なことになって……」
「ふぇ?」
ソルとルナが、これまでの経緯と、カロンがまだ帰ってこないことを説明した。
すでに1時間。本当ならばすぐにでもエリスに事情を話したかったところだ。しかし、寝起きの悪いエリスのことを考えると、寧ろよくこの時間に起きてくれたと拍手を贈りたい。
「そう。そんなことが……ここから見えるの?」
「うん。けど、移動しちゃったみたいで今は誰もいないんだ」
「近くに大人がいたのに黙認してたから、もしかしたら凄く面倒なことになってるかも知れないわ」
それを聞いてエリスの顔が曇る。
もし、村ぐるみでの差別やらが関係しているのだとすれば、よそ者のカロンが擁護しても聞き入れられない、寧ろカロンたちリクセル一家への当たりが強くなる可能性もある。
おそらくもう二度と来ない村だが、子供たちがいる以上無用な諍いは避けたかった。
しかし、話を聞く限り、カロンが思いとどまるとは思わないし、エリス自身もその場を見たならきっと動くだろう。そう考えると、寧ろ『良くやった!』と頭の中で夫を称賛したいエリスだった。
「じゃあ……」
コンコンコンとノックが聞こえたのは、エリスが口を開いた直後だった。
エリスがガチャリとドアを開けると、仏頂面をした宿屋の従業員が立っていた。
「はい、何でしょう?」
「旦那さんが外でお待ちです」
「主人が?」
従業員は、聞き返すエリスには答えずに、言うことは言ったとばかりにそっぽを向く。
困惑を浮かべながらも「わかりました」とだけ伝えたエリスはドアを閉め、双子に向き直る。
「絶対、なにかあったわね」
双子はその質問に、首をぶんぶんと縦に振って肯定の意を示すしかなかった。