20.村側の事情
「これより、キルノト村運営会議を開始いたします。皆さん、お集まりいただき、ありがとうございます」
ソルが両親に自分の説を披露していたころ、バラノ村長の家では、村の重役たちが集まって、会議を開いていた。
「議題は……」
「例の誘拐された子どもの件だろう?」
バラノ村長が議題を切り出そうとすると、テーブルを挟んで向かいに座った厳つい男が、いかにもバカバカしいといった口調で遮った。
「捜索隊に編成した兵士にも、被害が出てる。俺はこのままやるのは反対だぞ」
「……確かに、被害は出ています。しかし、反対というのは?」
「兵士たちから苦情が出てる。なんで見ず知らずの子どもを探すために自分たちが危険な森に入らにゃならんのか、ってな」
「それが、兵士の役目でしょう。人々を守るための仕事なんですから」
バラノ村長に意見を申し立てているのは、この村の兵士をまとめる兵団長だ。
バラノ村長とは一緒に酒を酌み交わす仲だが、今は二人の間に険悪な雰囲気が漂っている。
「だが、守るべき人々は村の人々であってよそ者じゃねえ。しかも今回のは、大事な商談の相手って訳でもねえ」
「それでも、動くのが兵団と言うものでしょう」
「村長、あんた、私情で動いてるだろ?」
「……」
バラノ村長が、兵団長のその一言を受けて押し黙る。
確かに、今回の迅速な対応、私情がないと言えば嘘になる。
だが、だれが断れるだろうか?
たった5歳の子どもが、自分の姉のために頭を下げに来たのだ。
しかも、しっかりとした下調べを行った上でだ。
これを断っては、この先一生後悔することになる。
「村を訪れた旅人が、村長の私を頼って来てくれているのです。無下にできると思いますか?いや、できるはずがない」
「だが、そもそもあの子供が言っていることが正しいなんて確証があるのか?5歳だぞ?」
「誘拐は実際に起こっています。それは確かです」
「ああ。それは確かだ。だが、誘拐犯がこの近くに留まっていると断言するあの自信がわからない」
「それは、説明したでしょう。あの家族の事情も」
「それも、あの子供から聞いたことだろう?しかも、狙いは年の離れた獣人の子供だっていうじゃないか。間違えて人間の子どもを連れ去るなんてこと、あるのか?」
「それは……」
「あの子供は、その獣人を追ってきた賊が犯人だって断言してるみたいだが、そもそも別口の犯人だった場合、俺たちはいもしない犯人を捜して森に兵士を送り出すことになるんだぞ」
「……」
兵団長の強い口調に、バラノ村長は渋い顔になる。
助けを求めるように周りの他のメンツを見渡すが、他の重役たちも、皆一様に苦々しい顔で目を逸らすばかりだ。どうやら味方はいないらしい。
「あと2日、捜索を続けられないでしょうか?」
「無理だ。そもそも、最近森の魔獣が狂暴になっている。兵士たちはみんな行きたがらない」
「きっと、明日、ソル君が有用な情報を持ってきてくれます」
「俺も今朝聞いてたが、あれは有用な情報とは言わんぞ?確かに年に似つかわしくないことは言っていたが、だからと言って普通の大人より優れてるわけじゃない。あれはただの一般人の一意見であって、絶対確実な予言って訳じゃない」
兵団長はそう言うと、一呼吸おいて、続けた。
「とにかく、これ以上捜索を続けることはできない。死者は出てないが、魔獣のせいで腕一本を無くした奴もいるんだ。それに、これ以上捜索隊に人数を回すと村の防衛にも支障をきたす」
「そう……ですか……」
個人としては、ソルのことを応援したい。
しかし、村を納める立場としては、旅人にかまけて村の運営を疎かにする訳にはいかなかった。
「わかりました……ですが、森に入れとは言いませんので、捜索は続けられないでしょうか?」
「兵士に危険の及ばない程度に……というのなら、大丈夫だろう」
「わかりました。では……次の議題に移りましょう」
♪
「と、言うわけで……残念ながら、捜索は打ち切り、ということに……」
「そんな!何とかならないんですか!?場所もわかったんです!」
「残念ながら、決定事項です……今後、キルノト村の兵団から人を出して森の中を探させることは、できません……」
バラノ村長は、目の前にいる親子を見ながら、ただただ申し訳なさそうにしていることしかできなかった。
すると、見かねたのか、昨夜からずっと部屋で話し合っていた兵団長が部屋の奥から出てきた。
「あんたら……」
「わかりました。なら、我々だけで行きます。ただ、ソルを残していくので、生活費は持たせますがもしものことがあったら便宜を図ってもらえないでしょうか?」
「え?ああ。それくらいなら。もちろん」
そして、何かを言おうとした瞬間、カロンの発言によって思いっきり遮られた。
「親父……?」
「大丈夫だ。もともと俺とエリスで探そうとしてたんだから。支援が得られなくなっただけさ」
「そう……か……」
「ああ。大丈夫。こう見えて、俺は剣も使えるんだぞ?盗賊が来ようが、魔獣が来ようが、大丈夫さ」
「ん、ああ。そういえば……そうだな……」
「ん?お前に言ったことあったっけ?ま、いいや。バラノ村長、支援が受けられないのであれば、俺たちなりに精一杯やるだけです。なので、村に残していくソルとリシュカのことは、守ってくださいね」
「ん、はい。もちろん、村にいる間は全力で守らせていただきます」
「それじゃあ、時間が惜しいので……」
「ええ。ご武運を……」
タッタッタと駆け足で去っていくカロンとソルを目で追いながら、バラノ村長は深いため息をつく。
「はあ、本当はもっと助けになりたかったのですが……心が強い人ですね……ん?」
横から、何やら小刻みに震えが伝わってくる。
「………………この、俺を無視して行っただとぉ!?」
「別にいいじゃないですか。納得させる手間が省けて」
「そう、だが……そう、じゃ、ない!そうじゃないんだ!」
「は?え、ちょ、どこ行くんですか!?」
「副長に伝えろ!俺は用事ができたとな!!」
兵団長、テッド=チェルノーが、走り出した。




