14.双子のはかりごと
カロンはキルノト村の宿屋の一室で目を覚ました。
昨夜遅くに帰還した2人は、全てが寝静まった静寂の中、起きていた宿屋の主人に中に入れてもらったのだ。
なんでも、交通の盛んなこの村では、夜中にやってくる旅人も稀にいるらしく、そのためにいつも交代で起きているのだそうだ。
どうやら娘であるシィナから事情を聞いていたらしく、面倒な手続きなどは無しにソルとリシュカが寝ている部屋へと案内された。
そして、眠る2人を目に収め、泥のように眠りについたのだ。
「…………?」
「ほら、起きろ。エリス」
隣で寝ぼけているエリスのほっぺたをペチペチと叩きながら、カロンは今日もルナを探すべく、気を引き締める。
と、そこでおかしなことに気づく。
「…………」
額に汗が流れる。
念のため立ち上がり、カーテンやベッドの下、様々な場所を確認するが、異常はない。
「……手紙?」
そこで、聞こえたエリスの呟きに、ハッと気づいてそちらを向く。
そういえば、机の上を確認していなかった。
『親父と母さんとリシュカへ』
机の上には、そう書かれた紙がポツンと置いてあった。
『気になることがあったので村長に面会してくる。7時に一度戻るので、それ以降帰った形跡がなかったら何かあったと思ってほしい』
その手紙―――書置きは、部屋に姿が見えない息子、ソルからの物だった。
「……どういうこと?」
「さあ、考えなしにこんなことをしたりはしないだろうと思うが……」
そう言いながら、カロンは息子の字を見て密かに息を飲む。
(いったい……どこでこんなに文字を覚えたんだ……?)
もともと文字を教えた覚えはない。
一番簡単な文字は絵本を見ながら覚えたと言っていたが、さすがにこれだけの文章を書くことができるとは思っていなかった。というか、そもそも字を書くところすら見たことがない。
「綺麗な字……カロンの字にそっくりね……」
エリスの何気ない呟きに、カロンはペンで隣に字を書いてみると、確かにそっくりな字だった。
いったい何故息子がこんな字を書けたのか……その疑問で一瞬考えが逸れたが、問題はそこではない。
今考えるべきことは息子が何故こんな書置きを残したのかだ。
「とりあえず、行ってみるしかないか」
「そう……ね。リシュカを起こしましょ」
「いや、俺だけで行ってこよう。もしこっちに戻ってきたら入れ違いになる。リシュカは寝かせといてやれ」
何もわからず眠る獣耳の少女を見やり、カロンは着替えを始める。
「今6時か……7時までには戻る。何か話が聞けるかもしれないし、少し時間が必要だ」
着替えを終えたカロンは身なりを整え、部屋のドアに手をかける。
「わかったわ。行ってらっしゃい」
「ああ。行ってくる」
カロンは手を振ると、心の中で不安な時間を過ごさせてしまうエリスに謝りながら、宿屋の階段を駆け下りた。
数分後。
「……すまん。もういっかい頼む」
「だから、人攫いのいる場所の候補がある程度絞れたって言ってるんだよ」
「…………」
息子の言っていることに理解が及ばず、カロンは言われた言葉をなんとか理解しようと頭の中で延々と繰り返す。
目の前にいるのは地図を広げて説明をする息子と、その後ろにいるバラノ村長とその他数人。
その人達のいずれもが真剣な面持ちで手元の資料を睨みつけ、ソルの言葉を子供の戯言と切り捨てている者は誰一人としていないようだった。
「それが……本当だとして、なんでこんな集まりに……?」
「村のすぐ近くで誘拐事件となれば我々も動かないわけにはいきませんからね。ソル君が詳細を教えてくれたので助かりましたよ」
カロンの問いに、ソルの代わりにバラノ村長が答える。
「息子さんの持ち込んでくれた情報は実に興味深いものです。すでに兵団の一部を捜索隊として盗賊団捜索に駆り出しています」
「と、盗賊団?」
「先日お話ししたじゃないですか。ヨルト村を滅ぼした賊が、リシュカさんを追っているかもしれないと」
言われてハッとし、ソルを見るが、ソルはその時いなかったはずだ。
今回もいらぬ不安を与えぬようにと人攫いの目的に心当たりがありながらもソルとリシュカには詳細は伏せていたのだ。
この場でその話が挙がる、それについてソルがさも当然のような顔をして聞いているということは、つまりソルはもともとヨルト村の賊についても、ルナを攫った犯人についても、どんな目的なのかの推理ができていたということなのだ。
書置きのことと言い、村の上層部を招集し納得させるほどの会話力と言い、ちょっと頭がいいじゃ片付けられない能力の高さに、目の前にいるのが本当に5歳児なのかを疑ってしまう。
しかし、そんな状況に追いつけないカロンを置いて、バラノ村長は続ける。
「我々の方でも村に滞在している旅人たちで起きている人に聞き込みを行なってみましたが、概ね息子さんの調査と同じ結果になりました。おそらく、アジトの位置はこの範囲の中にあります。優秀な息子さんのおかげで早めに動けましたので、そろそろ調査の結果が出始めるでしょう」
バラノ村長はそう言いながら手元の地図の確認を行なっている。
今この時にも、盗賊団のアジトの候補地を探しているのだろう。
全く地図を見ることなく、闇雲に探していた昨日の自分たちが恥ずかしくなるほどの手際の良さだった。
「親父、俺の言うことが信じられないんなら、とりあえず俺が調査した結果だけでも聞いてくれ。そのうえで意見を出してもらえれば、もっといい結果になるから」
そう言われ、カロンは取り敢えず、
「あ、ああ」
と、返事をするのだった。
♪
「チッ、まさか間違ったやつを攫ってくるなんて……」
「すんません……金髪のガキだってんで……」
「ガキ過ぎんだろ!!これよりあと5歳は上だ!あと、獣人だって言ってんだろ!!」
「いやでも……帽子被ってて……まるで隠すみたいにギュって被りなおしてたもんだから……」
「うるせえ!」
目の前で繰り広げられるやり取りの一部始終を、攫われた少女、ルナは地面に転がされた状態で聞いていた。
おそらく目の前にいるのは賊の首領、言動から察するに、リシュカを追っているようだ。
「ああ、畜生、やり難くなった……ここもさっさと引き払わねえと……」
周りを見渡すと、この場所は森の中、背後を崖にした状態の場所で、水が汲める川も近いようだ。
周りは迷彩柄の布や木々で遮られていて、その中にテントや物資が置いてある。
街道からだいぶ離れたところにあるので、旅人が覗いて見つけられるような場所ではない。
しかし、賊がいるということを前提とした捜査が行われれば、容易に見つかってしまうだろう。
「おい、何見てやがる」
突然、賊の首領と目が合った。
何ができるわけでもないので周りを観察していたのだが、それで偶然目が合ってしまったらしい。
「なんだ?怖くて声も出ねえのかぁ?」
実際のところ、どう反応していいのかわからなくて声が出ない、というのが正しいのだが、残念ながら訂正する機会は与えられない。
「まあ、無理もねえなぁ。人違いでとは言え、盗賊に攫われたんだもんなぁ?」
賊の首領がケタケタと笑いながらにじり寄ってくる。
別に悪い顔ではないのに、そこはかとない嫌悪感を感じてルナは顔をしかめる。
「ハッハ、強気だなぁ?珍しい奴だ。まあ、すぐにお仲間を捕まえてきて一緒に処分してやるよ。楽しみになぁ?ハハッ」
どうやら、すぐには殺されないらしい。
しかし、リシュカを捕まえたらすぐ殺す、と。
どうするか、どうすれば助かるか。
瞬時に考え、そして、思いついたことを言葉にする。
「……ねぇ、おじちゃん」
「んん?」
できるだけ、子供っぽく、年相応に、それでいてウザくならないように。
正直なところ、めちゃくちゃ難しい。
「これ解いて……痛いよぉ」
「んん?ああ。腕の縄か。解いてほしいのかぁ?」
「うん。あのね、チクチクって変な感じで、動くと痛いの……」
「へぇ、そうか。わかった」
意外にあっさり。
ちょろいもんだ、とルナは心の中でガッツポーズをする。
「早く解いて……」
後ろに回った賊の首領に、ダメ押しでお願いする。
盗賊といえど、多少の良心はあるはず。子供が苦しんでいれば、心が痛むはずだ。
「……これか、よぅし、できた」
「……?……イタッ!!」
身をよじって後ろを見ると、さらにきつく結ばれた縄を動かしてルナの腕を痛めつけながら、賊の首領がニタァと笑っている。
「おじちゃん酷いよぅ……」
「ハッハッハ」
マズイことに、どうやらこの男には良心なんてものは存在しなかったらしい。
(こいつは強敵ね……っていうか本当に腕痛い!血、止まるんじゃないのこれ!?)
ルナはさらに酷くなった痛みに本気で顔をしかめながら考える。
さっき考えた案を実行するには、とりあえず自由に動けるようにならないといけない。
このままだと何もできずに終わってしまう。
「うう、うぇーん……」
「ハッハッハ、ガキが泣いてんのは胸糞悪いが、やっぱ自分で泣かせると気持ちがいいもんだなぁ」
(こ、こいつ……人の渾身のウソ泣きを……)
無理やり涙を流すためにバレないようにしながら目を見開いていたので目が痛い。
さらに言うと涙を出したはいいが拭えないせいで前がぼやける。
アホである。
「ちょ、お頭、やりすぎですってぇ……」
(ん?もしや救世主?助けてぇ!ヘルプミー!)
ぼやけて見え難いが、どうやら目の前に誰か来たようだ。
「だぁれ……?ヘブッ!?」
(ちょ、顔に土!土かけられた!救世主?何それおいしいの?)
「あ、ああ、ゴメン!ほら、これで拭えよ」
布で涙を拭きとられ、目の前を見ると、これまた厳つい顔をしたオッサンが1人。
兵団の教官なんかにいたら怖そうだなぁ、などと思いながら見上げていると、どうやらオッサンは賊の首領になにか掛け合っているようだ。
「お頭、その子は俺が面倒見ますから」
「ああ?なぁにが楽しくてそんなことを……ああ、そういやおめえ、ヨルト村でもガキ殺すときは顔背けてたなぁ……」
「どうせ何も出来ねえんだからいいでしょう。お頭が面倒見ねえんだったら俺が見ますよ」
「んー、まあ確かに面倒見る奴なんていねえなぁ。飯でもやってほっときゃいいだろ」
「いやいや、どうせ暇ですし。それに人質に使うつもりなんでしょ?」
「ああ、まあ、確かに死なれると困るわなぁ……」
何が何やらわからないが、どうやらオッサンの方が賊の首領より優勢な様子。
これでまた子供をいたぶるのが趣味な鬼畜だったら笑えないが、ひとまず状況が変わることを願って、応援しよう。フレーフレー!
「むぅ……そこまで言うんなら、お前に預けるか……飯の世話、あと移動もお前が面倒を見んだぞ?」
「へいへい。いやぁ、話が早いっすねぇ」
「ああ。もう連れてけ。あ、あと、間違っても死なせんなよ?あと、逃げられたときはすぐ報告しろ」
「了解です……ほい、じゃあ行こうか。えーと……」
どうやらルナの親権争いはオッサンの方に軍配が上がったようだ。
実際どんな人物なのかはわからないが……子供が嫌いな様子はなさそうだ。
「……お名前はなんて言うんだい?」
「……ル……」
ルナ、と言いかけて止める。
偽名だ。偽名を使おう。
どこで役に立つかはわからないが、念のため。
「……ナルだよ。おじちゃん」
なんだかすぐにばれそうな偽名だが、致し方ない。初めにルと呟いてしまったので、取り返しがつかないのだ。
「そうかぁ。俺はミョーンっていうんだ」
(…………!?)
「…………?」
「…………」
「…………?」
「…………えっと……ミョーンさん?」
「ああ。んじゃあ、ナル、おまえの寝床に案内するよ。悪いけど、抱えていくぞ」
「う、うん……」
ミョーン?に担ぎ上げられた時に、ふと賊の首領の顔が見えた。
(笑ってる…………)
耳を澄ましてみると、どうやら小声で何かを呟いているようだ。
「あ、あいつ、そういやあんな名前だったな……ガキにまであんな反応されるとか……プッ……クク……」
ミョーン?は気づいてないようだが、周りで仕事をしている他の男たちも似たような反応をしている。
なるほど、そういう人か。とルナはミョーン?のことを納得し、これからどうなるかを考える。
どうなるのか、どうするのか、良い方向に転ぶことを願って、ルナは運ばれていった……
ルナの話は比較的書きやすいんですが……
ソルの話とかカロン目線の話になっちゃうと説明口調みたいになっちゃってどうしても書きづらいです。
喋らせたいことは頭の中にあるのに、会話の流れ的にその話を言い出せない。そんな状況です。
自分の力不足ですね。練習します……




