12.リシュカ?誘拐事件
キルノト村へとやって来て4日目の昼。
村長宅から帰ってきたカロンとリシュカは、すでに出発の準備が整っている家族のもとへと向かった。
まだ宿代は残っているが、ヨルト村を襲った賊の目的が想像通りなら、きっとキルノト村までやってくる。危険な場所に長居は無用だ。
「じゃあ、お客さん、またねー」
「ああ。戻ってくるかはわからんけどな」
何故か会うたびにからかわれて妙に仲良くなってしまった宿の看板娘、シィナに手を振り返し、村の北側、ヨンドル側のゲートへと向かう。
大都市であるヨンドル市内に逃げ込むことができれば、賊も容易に手出しをすることはできないはずだ。
すでにこの村での取引も終え、旅の準備も終えたので、とどまる理由はもはやない。
「ソル、ルナ、急なことで本当に悪いけど、我慢してくれ」
「ううん、大丈夫。わかってるよ」
理由も何も説明していないのだが、まさか5歳の脳で何が起こっているのかの見当がついたのかと想像を膨らませ、さすがにありえないと首を振る。
リシュカだけが、何故予定を早めるのかがわかっていない様子だったが、何をするにも遠慮がちな少女は何も聞こうとはしなかった。
街道を1時間走り、休憩を挟む。
「こんなところでぐずぐずしてて、大丈夫かしら。すぐにでもヨンドルに駆け込みたいところだけど……」
「無理してもしょうがないだろう。それと、あいつらに悟られるなよ?特にリシュカの耳には……」
「そうね。自分を追ってきた賊に村が1つ壊滅させられたなんて知ったら、あの子はきっと耐えられないわ」
賊の目的がリシュカであり、その目的を達成するためには村1つ壊滅させることも辞さないということに、カロンとエリスはヨルト村壊滅の一報を聞いた瞬間に悟った。
そしてその時に、絶対にリシュカの耳にだけは入れないと心に決めたのである。
自分たちが相当な爆弾を抱え込んでしまったということはわかっていたが、今更リシュカを放り出す気なんて毛頭ないし、このか弱い少女を傷つくことを良しとする気もなかった。
「ところで、あの子、妙に楽しそうに手を振っていたけど、どうしたの?」
「!?」
カロンには、突如として目の前の妻の雰囲気が豹変したように、感じられた。
あの子……とは、リシュカのことではないだろう。エリスはリシュカのことを子供のように思って家族同然に接しているからだ。
とすると……
「あの、シィナって子、凄くいい笑顔だったわね?宿にいるときも楽しそうにおしゃべり……」
「い、いやあの、エリス、誤解だ……」
「なに?私は何も言っていないけど……?」
マズイ、と、カロンは乾いた笑みを浮かべる。
こうなったエリスは、説得するのに多大な時間と労力が必要とされる。
心なしか、エリスの背後にうっすらと鉈を鞘に収めた死神が見える。これが鞘から抜かれたら、アウトだ。
「ご、誤解なんだー!!」
「うふふ……何のことなのかわからないわよ?」
♪
(またやってる……)
ルナは馬車の影から両親の様子を見て、ため息をつく。
自分も昔はああだった。と昔を思い返しながら、それがどんなに不毛なことなのかを目の前で実践してくれるエリスに感謝する。
(まったく、ソルとリシュカを残して何をやってるんだか……ソルも多少頭がいいとは言えまだ子供だし、リシュカなんて現在進行形で狙われてる身なのに。まったく、私がしっかりしないと……)
子供を目の届かないところに置いて痴話喧嘩をする両親に呆れながら――いや、ある意味で子供を遠ざけるのは正しいのだが、そもそも痴話喧嘩をする時点で間違っている――ルナは決意を新たにする。
「ソル、リシュカ、3人で一緒にいましょ?」
子供だけでも、少しでも危険を減らすために3人一緒の行動を提案し、日よけの帽子をギュッと被りなおして後ろを振り向く。
そこには、馬のピートを世話するソルの姿と、リーンの世話をする……世話を……?リーンの世話をしている者がいない。
「……?ソル、リシュカは?」
「ん?ルナと一緒にいたんじゃ……」
2人で顔を見合わせ、慌てて、馬車の中を探し回る。
いない。
「ソル、お父さんとお母さんにリシュカがいないって伝えてきて。私はそっちの森の中を見てみる」
「わかった」
ソルが駆けていく。
もし、嫌な想像が本当なら、リシュカは今頃……
焦燥に駆られながら森の中を見渡し、そして一歩踏み出した瞬間、ルナの視界はブラックアウトした。
♪
「んむー!?むー!!んー!!」
森の中を、走る人影が運ぶ荷物の中から、そんなくぐもった声が聞こえてくる。
荷物からは金色の細い尻尾が覗き、時折運ぶ人間の視界を塞いで邪魔をする。
「おい、邪魔だ!うざったいにも程があるだろう!」
「おい、黙れ、でけえ声出すんじゃねえ」
1人が耐えかねて怒声を上げると、隣を走るもう一人がそれを窘める。
「だってよぉ、こいつがよぉ!」
「いいから黙って運べ。無事アジトまで連れてったら殴ろうが蹴ろうが好きにしろや」
「え?マジ?」
「あ、いや、お頭に聞いてからにしろよ……?」
「おいお前ら、お喋りしてないでさっさと走れ!」
3人の人影は危険な森の中を一直線に走っていく。
担がれた荷物の中からは、くぐもったうなり声が聞こえ続けた……
♪
「わた、私、私の!私のせいです!私が急に、急にお、おトイレなんて行ってたから!」
「落ち着けリシュカ。お前のせいじゃない!とにかく、一度村まで戻ろう!」
「嫌です!私もエリスさんと一緒に残ってルナちゃんを探します!」
涙で目の前も見えていないのだろう。リシュカがよろめきながら叫ぶ。
「いいか。もし、人攫いがいるんだとしたら、その狙いは子供だ。ソルもリシュカも、この場所に残しておくことはできない」
「でも、でも!もしかしたら、私を探して森の奥に入っちゃったのかもしれないじゃないですか!」
「ルナは賢い子だ。俺たちの目の届かないところでそんなことはしない!」
咄嗟に出た、その言葉。それは娘への信頼からくる、紛れもない本心だ。
しかし、カロンは一瞬の後、自分の失言に気づく。
「ぅ……」
「リ、リシュカ……?」
「ぅぅ……」
大人のいないところに何も言わず行ったりしない。
これは、恥ずかしくて誰にも言わずにトイレに行ったリシュカの心に、ズキンと響いた。
「と、とにかく、一旦戻るぞ」
「はいです…………」
カロンは何も言わずに待っていた妻と息子に向き直り、自分の馬車へと向かう。
「エリス。2人を村に置いたらすぐに来るからな。……気を付けて」
「ええ。そっちこそ、気を付けてね」
3人を乗せた馬車は村へと向かい、エリスはただ1人、その場に残って娘を待つ。
ルナがどうなっているのか、2人には全く分からなかった……




