逆鱗
ギルバートはみやことお茶の約束をした後1人甲板へと向かっていた。
「ハハッ、みやこかぁ、素敵な名前だスペルはどうだろうか!いや、それにしてもなんというのだろうか、美しいと言うよりも保護してやりたいと言うようななんとも言えぬあの愛くるしさは!そして見たこともない人種でもある!是非とも嫁に迎えたい!」
頭の中がハッピーで一色になってしまった男は周りの音や景色さえ認識しにくくなってしまったようで後ろから腕を掴まれるまで1人ではない事に気付かなかった。
「船長!もう、何回呼んだと思ってんですか?確かにあの娘はべっぴんだけどね、あんた船長なんだからもちぃっとビシィっとしてくれないですかね?」
呆れ顔の部下からお叱りをうけてギルバートは少し冷静になったのか申し訳なさそうに一言詫びてきた、がその直後に顔が真っ赤になり口元が緩み見られたくないのか両手で顔を隠し始めた。
どうやら殴られたいらしい。
だがまぁ仕方ない事なのだろう、恋をするときっとこんなもんなんだ。
と心の中で納得した部下に思いっきりビンタされてようやくギルバートはいつものギルバートに戻った。
「んで?俺に用ってのは?」
サラサラのブロンドを掻き分けて白い歯を見せながらギルは部下に問いかける。
ここにいるのにさも遥か遠くにいるような、そんな冷めた目をかっこいい船長さんに向けて、部下は問いかけに答える。
「それが、こないだの街で拾ってきた奴隷どものうちの何人かが厄介な病気にかかっちまってたみたいで、伝染したりとかってのはないらしいんですが、ちょいと早めに治療してやらんと死んじまいますよ。」
「そいつは参ったな、別に勝手に死ぬのは構わないが病気で死んだ人間は海には放れない掟だしなぁ、死体と航海する趣味もねぇし、仕方ない、近くに陸はあったか?」
「まぁあるにはあるんですけどあんまり行きたくないとこですね。」
部下の男は心底うんざりしたような顔で答える。
「と言うと?」
ギルもわかっていながらイタズラに聞き返してやり、遂には2人で声を揃えて。
「「ランス」」
男が2人顔を向かい合わせて悪そうな笑顔でそれを口にし、急に楽しげにウキウキと歩き出す。
「あぁ、全く俺ぁあんなとこには停まりたくはないんだがなぁ!なぁ、おい!」
言葉とはうらはらになんだか歌い出しそうな声でギルは言う。
「ですが船長、俺らの船が停められて、奴隷を棄てたり売ったりしても文句の言われない場所なんてこの近くだとあそこくらいしかないんじゃねぇかなぁ?」
部下の男も楽しげに上目遣いまでし始めた。
「そういうものかなぁ?なら仕方ないかもしれんなぁ、そこに停まる他ないのかもなぁ。」
ギルはニッコリと微笑みそして部下の首に剣を突き立てた。
「俺らの船だと?これは俺の船だ!俺が親父から継いだ!俺だけの!」
ギルは殺気を迸らせた目で睨みつけ怒気を含ませた声でまるでさっきとは別人のように怒り狂い始めた。
「お、落ち着いてください船長、ちょっとした言い間違いだよ、勘弁してください!」
「次、また勘違いした事を言いやがったら有無を言わさず首を刎ねてやるからな。」
「わ、わかったよ、すまなかった、申し訳なかったです。」
冷や汗でぐっしょりになりながら部下の男はひたすら謝り、なんとか許しを得ることが出来てほっと胸を撫で下ろし、ギルがその場を離れるのをじっと眺めていた。