海賊船
みやこは静かに目を開ける、綺麗な木目の天上に豪奢なシャンデリアがぶら下がっている、高級ホテルのベッドのような寝心地、フカフカで軽い布団、部屋は煌びやかな装飾で飾られ、部屋に置かれた調度品も精巧な細工が施され職人の高い拘りを感じずにはいられない品々、そしてなにより部屋中に光が溢れているし、どこからか波の音まで聞こえる。
「きっとここが天国なんだなぁ、ママ、アキちゃんなっちゃん、今までいっぱいいっぱい優しくしてくれてありがとう。楽しい思い出いっぱいありがとう。」
「…あとパパも。」
そう心の中で呟き、みやこはもう一度部屋を見渡しそして部屋の丸窓から外をじっと眺めた。
そこからは綺麗に晴れた夏の空と水平線だけが見えている、ときおり渡り鳥が顔を見せてはまたどこかへ飛んでいく。
「あぁ、渡り鳥さん、私を家族の元へ連れて行って!」
なんて現実逃避していると部屋の入り口、みやこのベッドの正面にある大きな両開きの扉がバーンと大きな音を立てて開かれた。
みやこはビクッと肩を強張らせて音のする方に視線を向ける。
そこにはあの男がいた。
「やぁ、起きたかいお嬢さん、突然で申し訳ないのだが君を僕の船で結婚を前提に拉致監禁する事にしたんだ!それでなんだけどさっそく名前を教えていただけないかな?」
昨日の様子とは打って変わって陽気なラテン男が饒舌に畳み掛けてくる。
みやこは男の姿を見た途端全てがフラッシュバックしてきて体が小刻みに震え、過呼吸気味になり男が何を言ったのかよく理解出来なかった。
あの時は本当の本当に窮地だった、だからこそ覚悟が決められた、だけど今はもう違う、一度助かってしまった、もう二度と殺される覚悟なんて出来ない、生きる事しか考えられない。
「やぁ、ハニーごめんよ、そうだよねまだ混乱してるよね。」
男はみやこの耳元で優しく諭すように話し始める、なぜか男の声には妙なカリスマがあり人を安心させ納得させるようなそんな気分にさせる。
みやこは少しづつ落ち着きを取り戻し男の言葉に相づちをする程度には慣れてきた。
「僕が怖いかい?」
小刻みに頷く。
「安心して、もう君を傷つけたりしない、わかってくれるね?」
「、、、はい」
か細い声で返事をする。
「勝手に君をこの船に乗せてしまったけれどしばらくこの船は何処にも止まらず進む事になる、理解出来る?」
「出来ます。」
少しづつはっきりと発音し始める。
「つまりこれからしばらく僕らは共同生活をする、だから仲直りをしよう、いいね?」
みやこは男の目を見て、静かに頷く。
男からコロンのような良い香りがしてきて凄く落ち着く。
「僕の名前はギルバート、この船で生まれこの船で育った、ギルって呼んでくれ。」
「…ぎる。」
男の名前を確かめるように発音してみる。
男の甘い声と匂いにみやこはもういっそこのまま見つめ合っていたいと思い始めた。
「そう、じゃあつぎは君の名前を聞かせてくれないか。」
「私の…名前は…みやこ。」
照れ臭そうに頬を赤らめみやこは答えた。
と同時になにか変なスイッチが入った。
「みやこ!始めて聞く発音だ!君はあの街の人じゃないんだってね、不思議な…なんかモコモコした変な服を着てるし肌も青白くて月明かりに映えてとても神秘的だった、君の目を見た時すごく興奮したよ、美しかった!あぁ、今でも鮮明に思い出せるよ!」
名前を告げた途端に急に興奮気味に話し始めるギルにみやこは驚き呆れて呆然としてしまう。
「え、なにこの人、いろんな意味で怖いよぉ」
みやこがさっきまでこの男を信用しそうになっていた自分を情けなく思い始めたとき、部屋の隅からコホンッと咳払いが聞こえ、そこに、天使がいた。
いや、天使と見紛う程の美女が、そこにいた。
「ギルバート様、みやこ様が怖がっておいでです、少し落ち着いてください。」
「あぁ、すまない、僕は根っからの冒険家でね!珍しい物や真新しい物に目がないんだよ!いや、申し訳なかった。」
みやこはさっきからずっとキョトンとしっぱなしだ。
「ではギルバート様、みやこ様のお着替えの準備をしますので。」
「あぁ、ごめんよ、すぐに出て行く!じゃあまたお茶の時間にでも!」
ギルは清々しいくらい男前な笑顔でムカつくくらい爽やかに次の予定を立てて部屋を後にした。
「みやこ様、とりあえずお紅茶を。」
「あ、ありがとうございます!えっとぉ、お名前は?」
みやこはいつも通りの斜め45度で相手の顔を覗き込む。
「ひ、ヒルダです。」
耳まで真っ赤にしてメイド服の女性は自己紹介をする。
金髪、青い瞳透き通るような白い肌、すっと通った鼻筋にすらりと伸びた手足、出るとこ出て引っ込むとこ引っ込んで、まさに芸術品のような女性。
のハニカミ顔、可愛すぎる、みやこは心の中で悲鳴をあげながら身悶え転げ回った。
そして我慢できずににやけてしまい、はたから見ると美少女2人なんだかいけない事でもしてるような甘い空気に見えなくもない。
はっと先に我に返ったヒルダさんがみやこの緩んだ顔をみてプフッと吹き出しそれにつられて正気に戻ったみやこも笑顔になり、少しの間2人はただ笑い続けた。
会話を続けてみると年が近いという事も発覚し、2人は友達になった。
着替えが終わり紅茶を飲みながらみやこがヒルダに尋ねる。
「ねぇ、いつから部屋にいたの?」
「お目覚めになる少し前です。」
「…え。」
「もっと言うと、渡り鳥さん、私をかぞ…んぐっ!」
「そのことは忘れて!」
みやこはヒルダの口を慌てて手で塞ぎ血走った目で脅すように言い放った。