アイリズと初めての災難(前編)
この話から新章のつもりです。
ギャグ風味を強くしたい八話目です。
汽車に乗り込み数時間。村を出て初めての朝を元魔王の少女、アイリズは汽車の中で迎えた。
彼女がいるのはエスタロースが取った最高級の客室。こんな部屋を3日で取れてしまう従僕がどんな職業についているのがかなり気になったが、自身にはあまり関係ないかと思うと興味は失せていった。
就寝前にエスタロースに聞いた話通りなら、この汽車は朝にはカールトン地方を出てその隣の区の大きな駅に昼ごろまで停車するらしい。
が、朝になったにも関わらず汽車は走り続けている。何か異変でも起こったのかとため息をつきたくなった。何があったのか尋ねようと寝台から起きて部屋を探すがエスタロースは見当たらない。豪華な室内に引かれた肌触りのいいカーペットが包帯をしてあるものの靴擦れで痛む足を撫でる。白のワンピースが森の中にいたせいでかなり汚れたのでこれまたエスタロースの用意した衣服に昨日着がえたのだ。その時にまた一悶着あったのだがそれは割愛する。
襟元に赤い紐リボン。白のブラウスの上からクリーム色と控えめなピンク色のセーラーブレザー。そして赤色のプリーツスカート。用意されていた靴下は包帯を巻いたせいで履けなくなったので机の上に残されたまま。よって白い素足が晒されている。
机の上の靴下、その横に積まれた暇つぶし用の本を手に取る。山小屋の本棚にあったものを参考にしたのかその中には自分好みのミステリー作品が沢山あった。
(本当に、どこ行っちゃったんでしょう)
これは帰ってきたらお仕置きだな。そう決めた直後、ドアを雑にノックする音が聞こえた。エスタロースが帰ってきたのだと思ったアイリズがドアを開けるとそこには傷だらけの顔に眼帯をした屈強な男が安っぽい刀を持って佇んでいる。
「おお、まだガキがいやがったのか。しかもかなりの上モノじゃねえか。
大人しくしてりゃあ殺さねえからな…。じっとしてろよぉ?」
値踏みするような目線を向けられたアイリズはこの男が自身の敵だと理解すると同時に
「あっ!後ろ!」
と叫ぶ。もちろん後ろには何もないのだが、男が後ろを向いた瞬間ラリアットを食らわせて男を廊下へと押し倒す。廊下には幸い誰もいなかった。まあ、いたとしてもこいつを人質にすればいいだけだとアイリズは思っていたのだが。気絶した男を縛ってタンスの中に放り込み、そのタンスを扉が下になるような倒す。
(一体何がどうなっているのやら…。)
状況確認のために靴を履いて部屋から出ると、後ろから視線を感じとっさに振り向く。しかし長い廊下の先、列車の接続部あたりからこちらを覗くのは明らかに喧嘩に弱そうなひょろったらい少年。繋ぎを着ていて顔は半分以上帽子に隠れている。一瞬男の仲間かとも思ったがありえなさそうだと思って少年に近づいた。
「私はさっきの男の仲間ではありません。
アイリズ・ユーリウスと言います。知っていることだけでいいので今の汽車の状況をお教えいただけませんか?」
敵意はない証拠として両手を広げて歩み寄るが近づくでない!と拒絶され廊下の途中で立ち止まる。近づいてわかったがこの少年、只者ではなさそうだ。立ち振る舞いや言葉遣いは一般市民のものとは違うし、着ている服の近づいてよく見ると生地も簡素なデザインと相反してなかなかに上質な物。
『お忍びで旅行にやって着た上流貴族ないし王族』
と行った具合だろうか。
「申し訳ありません、驚かせてしまって。しかし私も状況がうまく掴めないのです。ここからで構いませんからどうか経緯をお話いただけないでしょうか」
「……。
分かった。一度だけ話してやらないから聞き逃さないでくださいよ」
________一時間前。
列車内、第四車両。
繋ぎに帽子で顔を半分以上隠したスタイルの少年、基いお忍び旅行中だったブリティア王国第三王女リティシアは上質な食材を使っての優雅な朝ごはんを楽しんでいた。旅行はすべて順調に進んでいた。魔術学校の入学記念だと言ってお父様にお願いしたので連れのものも必要最低限しかいない。今まで周りには絶対何かしらの人がいたせいで少し寂しい気もするが、初めての自由は随分と心地よかった。
ふふん。得意げに笑ってスコッチエッグを食む。すると直後にガラリと扉が開く音がして、女性たちが黄色い声をあげたのが聞こえた。扉の方を向くと紫髪の端正な顔立ちの青年が神妙な面持ちで席についている。私は彼を知っている。
エスタロース・セイシス。
歴代最年少の19歳で宮廷魔術師のトップの座についた希代の天才。かつ、王女である自分の元家庭教師でもあった。もっとも彼は王女である自分の魔術指導に対してやる気がなかったのかすぐにやめてしまったのだが。こんなところで騒がれては困ると帽子を深くかぶり直し、もっと俯く。
彼にバレないように静かにご飯を食べ進め、食事していた車両から出て自身の席のある二等車へと急いでいた途中車内放送が始まる。やっと駅に着くのかと思って放送を聞くため廊下で立ち止まる。
『この汽車はこのタスダロ盗賊団が完全に支配した!大人しくするなら命だけは取らないでいてやる。各車両にいるやつは先頭車両に来い。もし隠れているやつを見つければ殺す』
タスダロ盗賊団。最近ここらで闊歩しているという軍人崩れのろくでなし集団。余程執着しているのか金になるものしか盗まないと聞く。
(ですがわたくしが捕まって万が一王女と分かればお父様達に大きな迷惑をかけることになる。そうするともう二度と旅行もでき無くなる!?
それは困りますわ!ど、どうしましょう…!)
頭を抱えて迷っていると、前の車両である一等車から乱雑な男の声が聞こえてくる。
(隠れなければ、でもどうすれば…!?)
しかし、男はいつまでたってもやって来ない。疑問に思って恐る恐る廊下の扉を開けるとのされて地面に横たわる男とそれを部屋の中に引きずっていく黒髪の美少女。考えずに一等車の扉を開けて廊下で呆然としていると少女が部屋から出てきた。そしてこちらを見ると両手を広げてこちらへ向かってくるではないか。
___________
「という感じですわ」
「なるほど。乗客は皆前方車両にいるのですね。それだけ分かればいいです。ありがとうございます」
話の流れと今の状況を加味して考えるとエスタロースはあっさりと捕まってしまったのだろうか。というか彼が宮廷魔術師であったことに驚いている。きっと正都に着いた時に知らせて驚かそうとしたのだろう。
微笑ましい従僕の努力に少し脱力した。
「では、私はツレを助けに行きますので貴方はここで隠れておいてください。足手まといを連れていくわけには行きませんし」
「はあ!?わ、僕を誰だと思っているんだ!僕もいくぞ!」
「でも戦えないじゃないですか、貴方」
「ま、魔術が使えるぞ!君には使えないだろう?」
「いや、別に使えますけど」
「で、でも僕がいた方がきっとうまくいくぞ!」
「いえ、やはり足手まといを連れていくわけには行きません」
「うるさい!僕が行くと言ったら行くんだ!」
「…(聞き分けのない子供ですね。このままここで押し問答していたってしょうがないですし面倒ですが連れて行きましょうか)
わかりました。では、今、貴方は何ができますか?
私は魔術を使うことが十数年ぶりなので軽い肉体強化や鑑定魔法以外使えません。」
「僕は、水魔法が使える。ていうか君の方ができること少ないじゃないか!」
「生憎、私は肉弾戦の方が好みなので大丈夫です。
ていうか貴方もどうせ調整が苦手で狭い場所では使えないみたいなオチ付きでしょう?」
「うっ…。うるさい!」
「まあ、作戦は立てれますから。ていうか一つしかありません。よく聞いてください」
耳打ちされた作戦はリティシアからすれば絵空事、机上の空論に近いものだった。しかしこの少女があって仕舞えばすべてうまく行く気がして気つけば了承してしまっていた。
(乗りかかった船、魔術が使えるわたくしがいれば最悪何があっても大丈夫ですわ!)
アイリズの後に続いて廊下を歩きながらリティシアは密かに意気込むが、
「あ?こんなところになんでガキがいやがんだ?こっちにはドルドが行ったはず。まあいい、嬢ちゃんたち、俺らは忠告したぜ?痛い目にあっても…」
「アイリズパーンチ!」
「ごはあ!?」
ダサい技名とともに駆り出された少女のアッパーで軽々と吹き飛び漫画のように天井に頭が突き刺さる大男を見てやっぱり自分来なくてよかったんじゃね?と思ってしまうのだった。