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魔王系少女はやはり勇者が救った世界でも自由人を貫く  作者: あさはごはん
カールトン地方
3/10

魔王と騎士

三話目です。

楽しんで呼んでくだされば幸いです。

チリリリリリリ

ご主人様の朝は早い。

まだ空が深い紺色に染まっている時間帯に響く目覚まし時計の大きな音がそれを再認識させる。

『別に貴方はそこまで早く起きなくても構わないのですよ』とは言われているがそれで言葉に甘えて主人より遅く起きるなんて従僕失格どころか人間失格だ。

ふふふ、とにやけた顔のまま知ったばかりの主人の好物であるココアをカップに注ぐ。ここに来る前に知ることができていたなら自身の全権限を使って国中から極上のココア粉と砂糖と牛乳を手に入れることができたのに。


「おはよう、エス」

「おはようございます、ご主人様。朝食の支度はすでにできておりますよ」


エスは主人がつけてくださった愛称だ。

様々な種類のパンが入ったバスケットをターンオーバーで焼いた目玉焼き、ジャガイモとベーコンのソテー、アボカドとモッツァレラチーズのサラダなどが盛り付けられている皿の近くに置き、主人が座る椅子を引く。感謝の言葉を一言口にしてから椅子に座った主人。


私がここにきてから約三週間経ち、もうすでにご飯作りは自分の仕事になっている。ここでの生活にも慣れてきた頃合い。初めの頃は主人を早く魔王に戻そうと急いで出す料理も用意する衣服も、風呂に貼る湯の色まで黒にして怒られた記憶は懐かしい。その時の『貴方のしたいことがいまいちよく理解できないのですがこれ以上このような事をなさるのなら少々お仕置きしなければなりませんね』というお言葉に何か目覚めそうになったことは内緒だ。


「やっぱり毎日エスに家事を任せっきりなのは申し訳ないですし、私も…」

「私が好んでしていることですのでご主人様が気になさることありません。

私の作ったものがご主人様の口に入り、喉を通り、胃に下り、消化される。ご主人様が私の張った湯船に入り寛がれる。ご主人様が私の用意してくださった服を着て下さる。

皆のものであったご主人様が、王が私にお世話されている感覚がたまらないのです」

「……」


ドン引き。

ご主人様と慕っている少女から蔑むような目を向けられていることに気づかず雄弁に語るエスタロース。きっと第三者がこの場にいたならエスタロースをすぐに憲兵に突き出しただろう。

裏を返せばそれだけ王への愛が深いということにも繋がるかも知れないが、台詞だけ聞くとただの危ないロリコン野郎だ。


「少し食欲がなくなってきました…」

「大丈夫ですか!?

た、大変だ。ご主人様が病に伏され」

「もうエスは黙ってて」




______


天窓からは暖かな日光が差し込み、まさに『長閑な』午後の一時。

居間にはリンゴを焼くいい匂いが漂っていた。今度は朝と違いキッチンにはエプロンをつけた少女が立っている。エスタロースはソファに座っているがそわそわとせわしなく動きちらりと少女の顔を見ては顔を下げてを繰り返していた。朝ごはんのお礼だから、と言われて主人の菓子作りをここに座って見守っているがエスタロースは生きている気が全くしないのだ。

やはり、自分が作ったほうがいいのでは。

しかし主人の作った料理を食べれる機会などそうそうない。

きっとこのことが知れればほかの七従臣や、魔王過激派には怨みを買うだろう。

ああ、しかし、でも。

主人が私のために作ってくださった菓子。

なんて甘美で誘惑的な。


「味は保証付です。どうぞ、召し上がれ」


白い皿に置かれているのはパイ生地の上につやつやときらめくリンゴが敷き詰められたタルト・タタン。

フォークで一口サイズに切り取り、口に入れると広がる甘みとリンゴの風味。

「お口に合いますか?」

エプロンを外した少女が側に座るとまたエスタロースの体が固まる。三週間経とうと距離の近い魔王にはなれない。

もきゅもきゅと咀嚼する音が聞こえてくるあたり隣の主人はかなり上機嫌なのだろうとエスタロースは思った。


「少し、浮かれているかも知れません」


ポツリと一つ零した言葉に少女の方を向くと、食べ終えたタルト・タタンの乗っていた皿をソファの前の机に置いていた。


「生まれ変わって十余年経ちましたが、私の下まで来て、もう一度私に尽くしてくれた部下はあなただけだから。

その、とても嬉しいんです」

「ご主人様……!

わ、私も嬉しゅうございます。この世に生まれ、またあなたに出会えた。そして今、あなたの側で息をしていられる。

これ以上の幸福、ありましょうか。いえ、私はないと思っています。

これからは私があなたの一番の部下として一生お守りします。もう二度とあなたを死なせない。

ですのでどうか、もう一度騎士の誓いを」


跪き、頭を垂れ座る少女の手を握るエスタロース。そしてそれに応えるよう音を出さずソファから立つ少女。その顔はさきほどの


「汝、エスタロース・セイシス。

二度目の生も全てを私に捧げること、そして忠誠を誓いますか?」

「無論。私はあなたの盾となり、剣となり、魔杖になりましょう。我が命は我が王のみのもの

この命、どうかあなた様の糧とし、またこの世界を暗黒へと導いてください。

それこそ、我が至高の喜び」

「…それは、できません。私はもう悪ではないから。

ですが、約束します。あなたに栄光を。騎士としての最高の名誉を」


今、半世紀ぶりに山の中で魔王に忠誠を誓う騎士が誕生した。

このことを知るものは、誰もいない。

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