正都と新しい生活
更新は前日にアクセスが集中している時間帯にしようかと思います。今日は朝8時、夕方6時、夜8時でしたが明日は変わるかもしれません。
不規則でごめんね、十話目です。
正都は50年前に魔王から解放されたブリティア王国の首都の俗称だ。総面積は約2.188平方キロメートル、総人口は国の約半分近くを占める約100万人。その中には人類だけでなくエルフや人型竜種、幻獣種も混じっており、東西南北どこに行っても異様な盛り上がりようを見せている。目玉の一つは学園街と呼ばれる魔術学校及び学生寮の周りにある学生対象の商店街。休日になれば出店が商店街の中をずらりと並ぶこともある。
そして正都の真ん中にどこからでも見えるようにそびえ立つ白い王城。ただし王城の近くは貴族や軍人の屋敷が建っており、一般市民は近づけないようになっている。
そんな静かな『屋敷通り』の中でもやたらと目立つのは外壁をエメラレルドのタイルで囲ったひときわ大きな屋敷。エメラルドには魔法よけの効果があると言われていて、貴族は金庫やら子供部屋の一角やらにエメラルドをはめたりするのだがこのように外壁をコーティングするなどという贅沢をする貴族は珍しかった。というか、金がかかるので誰もやりたがらないのだ。
没落貴族の荒れ果てた屋敷と土地を数年前、この家の主であるセイシス家の当主が買い取り郊外から越して来た。紫髪に正都では珍しくない青色の瞳を持った少年を抜け切ったばかりの青年がこの家の主であることを知った近隣の者たちは驚いた。後々、それに加えて彼が希代の天才宮廷魔術師と呼ばれ始め、急行列車のごとき出世を成し遂げたことも理由の一つになるのだが。
はてさて、そんな宮廷魔術師は現在正都への入り口と比喩されることが多い駅ターミナル付近の商店街で荷物持ちをしていた。しかし普段からよく沸点の低い人物だと言われる彼はその仕打ちを喜んでいる。理由は二つ。
一つはこの荷物持ちは自分がしたくてしていることだから。主人の荷物を持てることを本人はとても光栄に思っている。
二つ目。それはただ、目の前ではしゃぎながら色々な場所を駆け回る主人がとても可愛らしいから。普段はツインテールにされてる長い黒髪はこの日に限って後頭部の高い位置で一つにされて所謂ポニーテールになっており、柄になく動き回る主人とリンクするように動く。それさえも愛しかった。
「エス、見てください。『ドラゴン探偵〜俺の逆鱗が疼く〜』の最新刊ですよ!
白虎探偵との五巻にも及ぶカンフー対決がついに終わると書いてます!
作者も疑問を抱くほどの長かったバトルが終わるのです。これも買いましょう、エス!」
本を笑顔で渡されると頬が若干引きつった気がするが、気のせいだろう。
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「正都には色々なものがあるのですねぇ!」
「はい。世界中の物品、情報、人々はこのブリティア王国の首都に集まると言われていますから」
先ほど買った荷物(七割が本で二割が洋服、残り一割が生活用品)のせいで自分たちが用意した馬車に乗れなくなった二人はアイリズの要望もあって歩いてセイシス家の屋敷まで向かうことになった。
「この街に来たのは数十年ぶりで、昔のことなんてちっとも覚えていませんでしたがここまで活気にあふれた街ではなかった気がします」
物思いに耽るアイリズが思い出したのはまだ魔王だった時の記憶。人々は魔王軍を恐れて滅多に外に出ようとはせず、また、差別主義者の多かった魔王の部下は人間以外の人種の正都(その頃はエデルと呼ばれていた)への侵入を禁止していたため、『敵でない』人型竜種やエルフを見たのはアイリズにとって初めてだった。
だから、感動しているのだ。
受動的に能動する人々に、活気付く街に、沈まぬ希望の太陽に。
「やっぱり、ここに来れてよかったです。ありがとう、エス!」
心からの感謝をエスタロースに伝える。
あの山小屋から出たくなかったのは怖かったからかもしれない。自分がつけた傷跡がまだ正都には色濃く残っているのではないかと。
しかしそんなことはなかった。
人は日々、進歩し、前を向くのだと今、痛感した。
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従僕の屋敷に着くと脱出の時に荷馬車を引いていたと思われる男性に挨拶される。セイシス家に三代前から支えているらしい執事で今日からは私の世話をしてくれると言う。
案内された自室は屋敷の三階をワンフロアぶち抜いて作られた部屋。大理石の床には繊細な柄の編み込まれたはるか東国で作られた羊毛のカーペットが引かれており、その上にある天蓋付きのベッドはキングサイズよりも大きい。壁に備え付けられた本棚には先ほど買った本が著者別に並べられていた。アンティーク調の机は漆が濡れておりツヤツヤと輝いている。
エスタロース曰くここは私、つまりは主人がいつか住むことを想定して作ったらしい。
まさか本当に住むことになるとは思いませんでした、半笑いしたエスタロースにムカついたので頬を背伸びして両手でつまむと、痛い、痛いです、と涙目になったので手を離したのは先ほどのことで、もう部屋、というかこの階には自分一人しかいない。
肌触りのいいカーペットの上をゆっくり歩いてバルコニー付きの大きな窓を開けると、夕日に照らされた街が一望でき、思わずうわ、と声が出た。
屋根の上の様々な色のレンガは透明感のある赤で染められ、暖かく光っている。商店街の道筋に作られた光の線はまるで夕空の中に天の川を見ているようだ。
そして、窓を閉じていた時には聞こえなかった人の声。
子供の笑い声、楽しそうな歌声、乾杯の音頭、全てが心を震わせた。
もうここは暗いだけの場所ではなかった。絶叫も泣き声も今は聞こえない。
それでいいのだ。この、楽しげな街に不幸などいらないだろう。




