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雨降る夜に

作者: 喉元思案

 雨降る夜。

 拓哉は鉄橋の上から、流れる大きな川を見つめていた。その顔はやつれていて生気が感じられない。

 季節は冬。空から舞い落ちる雨粒は、拓哉の身体を濡らし、体温を奪っていく。

 かじかむ手。けれど、この手と冷えた身体を温めてくれる存在は……もういない。

 小さくて、可愛くて、拓哉の大切な存在だった彼女。

 そんな彼女と話す事も、笑い合う事も、抱きしめる事も……もう出来ない。

 彼女という存在で埋まっていた拓哉の心は、ぽっかりと孔が空いてしまった。

 生きる理由だった彼女を失った拓哉は、もう自分の人生に価値を見出す事が出来なくなっていた。

 「待っててね。今、君の所に逝くから……」

 独り呟き、鉄橋の柵に足を掛け、そして──。

 「待って!!」

 その時、その身を投げ出そうとしていた拓哉の背中に後ろから声が掛かった。

 掛けていた足を降ろし、拓哉は後ろを振り向く。そこには拓哉と同じクラスの亜紀が、膝に手を付いて息を切らしながら立っていた。

 「……何か用?」

 「っ……」

 拓哉から発せられた声は驚く程感情が無く、冷たく鋭利なものだった。亜紀は心臓が締め付けられるような苦しさに苛まれながらも、拓哉に声を掛けた。

 「拓哉君、何してるの……?」

 「何って……死のうとしてるんだよ?」

 「どうして……どうしてそんな事しようとするの?」

 「どうしてって……僕にはもう、生きる価値がないからだよ」

 「……佳奈ちゃんが、死んじゃったから?」

 「そうだよ」

 迷いも不安も無い、まるで自分が死ぬのが当たり前と言うかのように淡々と話す拓哉。何故拓哉がこんな状態になっているのか、亜紀は知っていた。

 佳奈。それは拓哉の彼女で、同じクラスの友達だった。二人は仲睦まじく、笑顔が絶えなかった。他のクラスメイトも、二人の作り出す、胸焼けを起こしそうな程甘ったるい雰囲気に辟易へきえきしながら、二人の事をよく思っていた。

 誰もがずっと続くと思っていた二人の関係。しかしそれは、突如終わりを迎える。

 五日前、佳奈が事故で死んだのだ。視界の悪いT字路で、佳奈が道路上に出て行った所を、走行中のトラックが轢いたのだ。突然現れた佳奈に、運転手は対応出来ず、そのままトラックは直撃した。

 トラックから直撃された佳奈は、脳挫傷に背骨の骨折と頭蓋骨陥没、即死だった。

 事故があった翌日、佳奈が死んだ事は亜紀達生徒に伝えられた。それを聞いた拓哉は急に席を立ち、教室から走って出ていった。

 そんな拓哉が心配だった亜紀は、放課後拓哉の家を訪ねたが、拓哉は帰っていなかった。

 心配になった亜紀は、それから毎夜、町を走り回って拓哉を探し、そして遂に拓哉を見つけ今に至る。

 拓哉君を死なせるわけにはいかない。その一心で、亜紀は拓哉を説得しようと試みる。

 「もう、何言ってるの?ほら、風邪引いちゃうから帰ろう?」

 「関係無いよ、どうせ今から死ぬんだから」

 「お父さんもお母さんも、心配してるよ?」

 「関係無いよ、どうせ今から死ぬんだから」

 「……どうしても死ななきゃいけないの?」

 「……僕は佳奈が死んだって聞かされた日から、ずっと佳奈を探してた。町中走り回って、色んな人に聞いた。佳奈が死んだなんて、信じられなかったから」

 「でも佳奈はどこにもいなかった。死んだんだよ。なんで……なんで佳奈が死ななきゃならなかったんだ!!どうせなら、僕を……っ」

 右拳をこれでもかと言うくらいに力を込めて、唐突に力を抜きダランと腕を降ろす。

 「だからさ、こっちにいて会えないなら、向こうに逝って会いに行こうと思ったんだ」

 「そんな事したって、佳奈ちゃんは喜ばないよ!!拓哉君には、絶対生きていて欲しいと思ってる!!」

 「じゃあ……じゃあどうすればいいんだよ!!佳奈が死んで独りになった僕に……僕は、どうすれば……」

 顔を掌で覆い、嗚咽を漏らし始める拓哉。亜紀はそんな拓哉に近づいて、震えるその身体をそっと抱きしめた。

 「私を……私を拓哉君の生きる価値にして。私は絶対に拓哉君の前からいなくならない。だからお願い……私を頼ってよ……死ぬなんて、言わないで……」

 「っ……うぅ、うああああああああああ!!」

 拓哉は亜紀の胸に顔を埋めながら、大声を出して滂沱の涙を流した。

 そして、そんな拓哉の姿を見ながら、亜紀は静かに微笑んだ。

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