前世編~そして彼は日常を失う~
本当に大切な物は失ってから気づく、というのは良く言った物である。
……僕は失うまで気づかなかったのだから。
宙を見つめ、僕は思考する。僕の絶望が始まった日も今日の様な快晴だったと……
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僕は今日も日常の中で微睡んでいた。日常の中ではいつも変わらず黒板の前で教師が教鞭を振るっていたし、周りの生徒はカリカリとノートに黒板の内容を書き写していた。
「今日も何時もと変わらない……退屈だなぁ……はぁ……」
何時ものようにチャイムの音が学校の終わりを告げた。
帰り道、なんとなく空を眺めた。
「今日は快晴だな……晴れすぎて気持ちが悪いくらいに……」
いつもと違う空を見て、何故か胸騒ぎがした。「……早く家に帰ろう!」
僕は走った。何故かはよくわからないが、嫌な予感がする……
何時もの挨拶
「母さん!ただいま!」
……返事が無く、少し嫌な臭いを感じた。
胸騒ぎが大きくなり、息が苦しくなった。
リビングへと繋がる扉のドアノブに手を触れ、勢いよく扉を開けた。
「嘘……だろ……」
そこでは母が首を吊っていた。何時も穏やかな微笑を浮かべていたその顔は白く染まり、口元からは涎がたれ、足元には汚物が落ちていた。
何時ものような母の姿はそこになく、肉塊が一つ縄に吊るされぶら下がっていた……
僕はその場に立ち尽くし、気を失った。───────────────────────────────────────
目が覚めると、見知らぬ白い部屋に寝かされていた。
周りを見渡すと点滴の袋があり、そこから伸びた管が僕の腕に繋がっていた。
「ここは……病院か……?」
あれは夢だったのか……それとも現実なのか……考えるうちに漠然とした恐怖に襲われた。
点滴の音がやけに大きく聞こえる。
僕は狂ったように叫びながらシーツの中で小さく縮こまった。点滴の袋が引かれて床に落ちたのだろうか……大き音が聞こえ、正気を取り戻した。
その音に気づいたのか、足音が聞こえ病室のドアが開かれた。
僕はシーツから顔を出し、辺りを見渡した……
足音の主はすぐに見つかった。厚手のコートを来た大柄な男がこちらを見ていた。
「〇〇くん、私は警察の者で安藤という。」
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安藤さんは僕に全てを教えてくれた。
顔も見たこともない父が莫大な借金を抱え自殺したことや、勝手に保証人にされていた母がそのあまりの額に絶望して自殺したこと
────そして、その借金は今僕が支払わなければいけないということを……
それからの僕の行動は早かった。高校を辞め、バイトを始めた。
住む家も無く生活していたのに借金取りは僕の元を訪れては所持金を奪っていった。
日に日に僕は衰弱して行き、比例して僕の絶望は深くなっていった。
鮮やかだった日々の色は落ち、灰色の日常の片隅で…
……僕は命を落とした。